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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第59話 第一聖職者


 訓練場を通り過ぎたライチは、その木柵に沿うようにして外廊下があるのを見つけた。

 外廊下が続く先を見ると、白い大聖堂と似た、白い石の外観がシンプルな建物と連結している。


 建物から出てくる男性たちが木柵の中に吸い込まれたり、木柵を出た者が建物に消えていくのを見る限り、どうも聖騎士団が使う建物のようだ。


(こっちではなさそうだな)


 ライチは引き続き、大聖堂の周りを回ることにした。




 大聖堂の正面から、ちょうど真裏に近づくと、聖騎士団用の廊下ではない、別の外廊下を見つけた。


「おっ? これっぽい?」


 部外者が勝手にずんずん敷地の奥に行ってもいいのか迷う気持ちもありつつ、ぜひ試供品を使って欲しい気持ちが勝って、ライチはその外廊下を進んでいくことにした。


 壁はないが、白と水色のモザイクの石床に、等間隔に白い石の柱が並んでいる。柱の上には木の屋根が乗っており、雨や日差しから守られる安心感のある美しい廊下である。


(あれかな?)


 荒い石作りの建物が、外廊下から横に飛び出すとよく見える。急に素朴で庶民的な建物になったので、おそらく正解だろう。


――キィィ……


 廊下に戻って歩き進めていくと、廊下の先の木製の扉が開き、中から白ずくめの女性が出てきた。

 急ぎ足のはずなの、気品があり、とても優雅に見える。


(とうとう第一聖職者発見!)


 ライチはすぐに片手を挙げて、声を掛けたいですよ、のポーズを取った。


「……あの、すみませ――」


 女性がある程度近づいたところで、さっと声を掛ける。


 そこで、ライチは二の句が継げなくなった。




---




(『黒は、罪人の証』)


 なんとなく聞き流した、そのワードが蘇る。


 若く見える。十七歳ごろだろうか。離れていても分かる、目鼻立ちの整った、とても美しい女性である。


 黒髪や茶髪の多いこの領地で、あなたはアルビノの方……? と見紛うばかりの、輝く美しい長い銀髪を、丁寧に一本の三つ編みにしている。


「……孤児院に何か御用でしょうか?」


 呆然と立ち止まるライチに、女性が立ち止まって声をかけてくれた。近くで見ると、整った眉毛も、長いまつ毛も銀色で、紅潮した頬とさくらんぼのような唇の赤の色彩が鮮やかだ。

 大きな瞳の色は、雲がかかった空のような白っぽい水色で、中央にかけて緑色も混じっている美しいグラデーションだった。


「…………ぁ……ぇっと、その、育児用品の寄付をしたくて……」


 ライチは呆然としながらも、不審がられない程度で、なんとか続きを絞り出した。


 白い衣装は、オスティアの小修道院で見たものより、うんと高価な作りに見える。


 白くて長い、ハイネックで長袖のアオザイ風の修道着は、織りに上質な糸が使われ、艶がある。白地に白い糸で刺繍がされているようで、動く度に模様が光を跳ね返している。ピラピラした広い袖口には、水色の糸で美しい刺繍が施されている。


 鎖骨の間の穴も、水色のリボンではなく、全て刺繍によって装飾が成されていて、神聖石のブルーレースの宝石が、まるで何よりも高価な装飾品のように輝いて見えた。


 首から下げられた水色の長い帯も、白い生地と同様に、どう見てもいい作りのものだ。

 銀の頭には、水色の*マーク以外の一面が白糸で刺繍をされたヘアバンドが着いていた。


 そう、何から何まで白と水色と銀で構成された、この聖域にぴったりな、全面的に色素の薄い、神秘の女性なのである。


 ――その薄い薄い色素に、たった一点。


 濃い墨を落としたような、漆黒の石が。

 視線を絡め取って離さないように、女性の額で主張をしていた。


(貴族の人だ。それも、魔力を封じられた、罪を犯した? らしい人……)


「寄付ですか。こちらまで回ってきてくださり、ありがとうございます。孤児院入り口にて受付させていただきますので、どうぞお越しください」


 一生を祈りに捧げ、領地を守るために命を燃やす聖職者たち。そして、親がおらず、子供ながらにそれに近づかんとする孤児の生活は、多くの寄付によって成り立っていると聞いた。ライチのような訪問者は、日常茶飯事なのだろう。

 女性は笑顔で踵を返すと、ライチを連れて孤児院へ向かう。


(いい人だ。お貴族様でも、何か悪いことをしたかもしれない人でも、いい人だ)


 女性の後ろで、ブンブンと首を振ると、ライチは額の黒い魔石のことは、一度完全に忘れることにした。

 どうせ、『あなたはどんな罪を犯したんですか?』なんて、口が裂けても聞けないのである。気にするだけ無駄だった。




---




 孤児院は石造りで二階建ての、横に広い建物だ。

 入ってすぐの大広間は縦に長く、正面奥の壁に木製の*が掲げられ、簡素な長机と椅子が多く並べられている。食事用にも、作業用にも見える部屋だ。

 大広間の奥で、ボロ着を着た子供たちが、*に向かって、熱心に祈っているのが見えた。


「寄付のお品は、こちらの机にお願いいたします」


 一番手前の長机を丁寧な仕草で指示されたので、いそいそと背負っていた袋から、葦ストロー付き粉ユキミルクと、布オムツを取り出した。


「……あの? ……これは、一体……?」


 てっきり、パンや干し肉などが寄付されると思っていたのだろう。得体のしれない物を広げられて、女性はたじたじ、といった困り顔になった。


「俺は山奥のスピネラ村に滞在している、旅人のライチといいます。これは、そのスピネラ村で作った、赤子用の育児用品になります。

 ゆくゆくはこれらを新商品として、街で売り出したいのですが、始めは寄付という形で、孤児院の子供たちに使ってもらうのがよいと、アドバイスを受けまして、ここに持参させてもらいました。

 来る途中に郊外村に殆どを寄付してしまったので、今回はあまり数はないんですが……どうでしょう、使い方の説明をしてみてもよろしいですか?」


 貴族様相手なので、どうも肩に力の入った話し方になってしまう。それを、まだ若い女性が、優しく受け止めてくれる。


「それは……遠いところから大変でしたね。

 ライチさん、ですね。わたくしはアルフィアーナ・フィル・…………いえ、“アルフィアーナ”と申します。

 郊外村への寄付もされたのですね。孤児院にも、ヤギのお乳を飲むしかない乳飲み子がおります。どうぞ説明をよろしくお願いします」


 ファーストネームしか聞かない街で、初めてファミリーネームまで言おうとする場面に出会った。どんな名前なのかが気にはなったが、掘り下げられないので、さらりと流して、新商品の説明を行うことにする。


「これは、粉ユキミルク、こちらは布オムツ、と言いまして、使い方は――」




---




「俺が毒見で口をつけたものになりますが、最も安全性が証明できているのがこのコップのものなので、赤子に飲ませてもいいか気になる場合は、よければ一口どうぞ」


 おっさんの飲んだミルクなんて、若い女の子は飲みたがらないだろうね、とは思いつつ、『安全ですよ』のアピールのためにそう言うと、アルフィアーナは迷いなくコップを手に取った。


「頂戴いたします。……ん。……なるほど。ほんのり甘くて、美味しい。これが、赤子用完全栄養食、なのですね?」


 高校生くらいのとびきりの美人さんとの間接キスに、性的な意味でなく、背徳的な意味でドキドキしてしまう。

 中学生か!俺は!と突っ込みたくなるが、それくらい、若くて美しい高貴な貴族様に、自分なんぞの飲み残しを飲まれるのは、よろしくない気持ちになるものなのだ。


「そ、そうです。子供も大人も飲めますが、まずは栄養摂取の難しい赤子からでお願いします。

 これさえ飲んでいれば、腹持ちがいいので、夜に空腹で泣くこともなくなります。……といっても、夜泣きの原因はそればかりではないし、特性として何をやっても寝ない子もいますが、ヤギの乳が合わずに“空腹で眠れない子”は、いなくなります。

 布オムツも、赤子を寝かせる場所の清掃が減り、かなりの負担減になるかと思います」


 なんとなく……なんとなく!その口元から目を背けつつ、美しいグラデーションの瞳を見ながら自信を持って説明をする。


 伊達に我が子三人を育ててきていない。夜泣きとオムツのことならドンと任せて欲しい。

 何度『新生児 赤ちゃん 寝ない なぜ』『赤ちゃん 寝ない いつまで』『寝ない子 個人差』などのワードで検索したことか。

 メンタルリープという不機嫌周期のサイトは、迫りくる“寝ない期”として、夫婦で必死に心の支えにしていたものだ。


「布オムツも、出したものを吸ってくれて、お湯で脱水ができるのはとても興味深いですね。すぐに院で使わせていただきます。

 お心遣い、ありがとうございます」


 アルフィアーナは気品たっぷりのお辞儀をすると、孤児院の扉を開け、大聖堂の方まで帰りの案内してくれた。


「……あれ? 孤児院の裏って下町なんだ」


 来るときは気付かなかったが、孤児院の建物の背景に見えていたのは下町だった。

 大人の肩くらいの高さの、石の囲いの外を見る。家の外観も、着ている服も富裕層と違うが、汚物でしこたま汚れているので、鼻で孤児院の裏手が下町だとすぐに分かる。

 大通りから大聖堂がよく見えると思っていたが、下町側から見えていたのは、手前にある孤児院だったようだ。


「はい。大聖堂正面の北門は、貴族街に続く富裕層街の北大通りにありますが、孤児院裏の南門は下町の南大通りに接続されています。下町への配給なども、南門でしております」


 なるほど。下町から孤児院へ向かいたいときは、ぜひこちらの南門を利用させてもらおう。


「――では、わたくしは大聖堂のことで気になることがございますので、こちらで失礼いたします。本日はありがとうございました」


 外廊下は短く、そんな話をしていたらあっという間に大聖堂の裏手に着いた。


「試供品とのことですので、また使用感など気になることは、皆で吸い上げて集め、準備しておくことにいたします。

 わたくしは、基本的に孤児院か、大聖堂におりますので、またお越しの際は、どうぞお声掛けください。

 “貴方に、神の光が降り注ぎますように”」


 言われてみれば、アルフィアーナは初めに急ぎ足で大聖堂方面に向かっていたのだった。中断させてしまって申し訳ない。


 ――キラキラキラ……


 最後の言葉は、どうやら別れの常套句のようだ。

 腕を胸で交差し、片足を引いたカーテシーのようなお辞儀を受けると、神聖力のおかげなのか、本当に世界が少し輝いて見えた。


(なにこれ!? 聖職者、凄い!)


 目の前の、美貌的にも神的にもキラキラと輝く女性に、なんという言葉を返していいか分からず、ライチはお礼を言って、その場を後にした。


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