第九五話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 〇四
『ノエル……眠いの?』
エリーゼさんが私を呼んでいる……そうかこれは前世の記憶。うとうとしながら私は、金髪碧眼の人形のように可愛いエリーゼに微笑みかけてから、地面へと寝転ぶ。
青い空が視界に広がる……平和ではないこの世界だけど、今だけは何も心配しない時間を過ごしていたいのだ。私の顔を心配そうな顔で覗き込むエリーゼさんの顔が広がる。
『ノエル……疲れちゃった? 私何すればいい?』
『そんなことはないよ、少しだけこうしていたいだけだ。俺に構うなよ……』
私はエリーゼさんにぶっきらぼうな返答を返す……わかってる、心配そうな彼女の顔も気持ちも、でも私はシルヴィがいて、彼女の気持ちに応えることができないのだから。
そんな目で見ないでほしい……痛いほど君の気持ちはわかるし、俺の心を支配しているシルヴィがいなければ、すぐにでも答えたいと思って……いや、いつからそんなことを考えた、私が見ているのは一人しかいないのだから。
『エリーゼ……俺は剣士だ、戦いしか知らない。俺につきまとうな』
『そんなこと言わないでよ……私、あんた以外に好きなやつなんか……』
それ以上いうな……私はエリーゼさんの口を抑えるように手を添えて、首を振る。応えられないのに、そんなこと言われてもお互いが辛いだけじゃないか……ふと気になってエリーゼさんを見た時に、私は驚いた……そこにいたのはエツィオさんだったからだ。
『どうしたんだ? 僕をそんな目で見て……もしかして受け入れることができるっていう話かい?』
え? 私そんな目で見てない! あなたのことはそんなふうには思っていない! 私は慌ててエツィオさんを遠ざけるために腕を使って距離を取ろうとする。
でもなぜか腕に力は入らず……エツィオさんの顔がゆっくりと私の顔へと近づいてくる……あなた魂が女性だって言ったじゃないか! 前世の姿で考えたらそりゃ適合するのかもだけど、貴方の前世の姿なんか見たこともないんだから。
なんで急にこんな夢を……ふわりと花のような香りを感じて私の視界が急に目の前の場面から遠ざかっていく……心臓は早鐘のように鼓動しているが、なんとか変な場面からは逃げ出すことができたってことか、安堵感から少しだけほっとした気分で私の意識が覚醒していく。
目を開けると私を心配そうな顔で見つめるエツィオさんの顔が視界いっぱいに広がる……私は寝ぼけ眼で周りを見回す。
今私はどんな格好だ? ふと背中と太ももを支えるエツィオさんの逞しい腕に気がついて、自分が彼にお姫様抱っこされていることに気がつく。強烈な羞恥心が芽生えて、私は恥ずかしさから頬が熱くなってしまい、両手で口元を押さえてエツィオさんに問いかける。
「あ……の……私なんでこんな……なんでエツィオさんに……」
「そりゃ君が疲れて寝たからだよ……何もしてないからな、勘違いするなよ?」
エツィオさんもバツが悪そうな顔で、私を下ろすが当の私といえば志狼さん以来のお姫様抱っこをされていたという事実に動揺を隠せない。だってミカちゃんもお姫様抱っこされたらもう落ちてもいい! と言い切る娘なので、その影響はめちゃくちゃ大きいのだ。……あ、竜牙兵はカウントしないからね。
「本当に何も……してないんですか?」
「……こんな場所で何もするもんか……してほしいのか?」
エツィオさんの言葉に私は首を振って否定する。そりゃしてほしいなんて思わないよ……私の心と体は別の魂で構成されているようなものだし……エツィオさんは優しいし頼りになるけど、恋人にって考えたら、多分無理だと思う。
先輩もそうだけど、エツィオさんや志狼さんといった男性陣はまあ、女性からしたら相当なイケメン揃いだろうが、私はやはり前世の魂の価値観に引き摺られている気がする。
エツィオさんに囁くように、私は改めて否定の言葉を伝える。
「前にも言いましたけど……私前世が男性なんですよ? 女性として育ってきたとしても、影響は大きいですって」
「それで言ったら私の魂は女性よ? 案外上手くいんじゃない?」
急な女性口調でウインクをするエツィオさん……え? 何で急にそんなことを。
キョトンとして彼の顔を見つめる私だったが、その言葉の意味を考えて急に恥ずかしくなってしまい目を伏せる私……そんな私を見て、自分が言い出したことに彼自身も恥ずかしくなったのか、ごほんと咳払いをすると再びエツィオさんは男性口調へ戻る。
「……冗談だよ……」
「冗談に聞こえませんでした……もう降ろしてください……」
その言葉に黙って私を優しく下ろすとエツィオさん、私は恐ろしく気まずい気分を共有して彼の顔を見れずにいる……言われて気がついたけど、私とエツィオさんは真逆の存在だ。
前世が男性の私と、前世が女性のエツィオさん、そりゃ確かにお互いがそうであれば上手くいくのかもだけど……なぜか胸の鼓動がおさまらない、意識を始めてしまうとそればっかり考えてしまう気がして自分の感情が乱されているのが良くわかる。そんな私たちを見て、リヒターが呆れたようにカタカタと顎を鳴らす。
「次の部屋に着くぞ、戯れもそこまでにしろ」
「広間ですね……」
通路の変形が始まる……うねるように天地がひっくり返っていくような不思議な挙動を見せていた通路が大きく広間を形作っていく。
構成された広間は天地が逆、つまり私たちが立っている場所が天井部分、そして天井に当たる部分が床面という視覚的にも少し認識のおかしくなりそうな部屋だった。
「普段と認識が変わると気分が悪くなるものだね」
エツィオさんが少し表情を曇らせて周りを見回しているが、確かに普段と見ている光景が変わるだけでこんなにも自分達の認識力がうまく働かなくなるのか、とある意味感心する。
「星幽迷宮の特徴の一つだな……視界を混乱させて、認識力の低下を測る。そしてそこへ戦力を投入する……きたぞ」
リヒターの言葉と同時に、目の前に不気味な姿をした巨体が姿を現す……熊のような頭部に筋肉質な上半身には巨大で不快、不吉な意匠を施した弓を携えている。そしてその上半身からは肉食恐竜を模したかのような、巨大な足と長い尻尾で体を支える蜥蜴のような胴体を生やした不気味な怪物がそこには立っていた。
怪物は顎を撫でるような仕草をして、私たちを見るとギラリと口元を歪めて獰猛な牙を剥き出しにする。
「ふむ……男、女、死体……随分と珍妙なメンバーだな」
「……魔族……ですよね?」
そうだ、前世の記憶にもあるが異世界では地獄、というのが実際に存在していて色々な魔術や儀式を駆使すれば人間も入ることができた。
イメージとしては地下世界のようなものだろうか……で、その世界には不思議な姿をした住人が住んでおり、その代表格が魔族だ。
いわゆる地上に住んでいる人間型の種族と違って、実に自由な進化や独自の外見をした知的生命体であり、価値観や論理感が全く異なる存在なのだ。
以前戦った剣の悪魔も魔族の一種だが、目の前の怪物はまたそれとは格の違う存在である。
「ほお、この世界の女でも私を知っているのか?」
目の前の魔族は、地獄の第一層に住んでいると言われる獸魔人と呼ばれる半人半獣の魔族だ。
殺戮と破壊を象徴すると言われているが、彼ら自身は極めて知的な種族で魔法の扱いにも長けており、見た目以上に厄介な連中だ。
戦闘能力は恐ろしく高く、手に持つ弓は竜と滅びた神々の骨を組み合わせた合成弓であり、威力は凄まじい。
下半身は肉食恐竜のような見た目だが、その鱗は恐ろしく固く、剣を弾くことすら可能であり、移動速度も人間をはるかに超えている。さらには太い尻尾の一撃で壁を破壊するなどはお手のものなのだという。
「ふむ……獸魔人まで配置したのか……豪勢なことだ」
リヒターが前へと歩み出る……その姿を見て獸魔人が不思議そうな顔で彼を見つめる。一緒に戦おうと私たちが歩み出ようとするのをリヒターは片手を上げて押しとどめると、獸魔人と対峙する。
先ほどまで彼の周りを漂っていた闇精霊が空気に溶け込むように実体を失って消えていく。どうやらこの場では不向きと判断したのだろう。
「リハビリしないといけないのでな……実験台になってもらおう」
「クハッ……まさか死体と戦うことになるとはな……」
獸魔人はリヒターを見て大きく笑う……まあそうだろう、誰がどう見たってリヒターは死体、というか白骨死体にしか見えないわけで。
だがしかし、次の瞬間に彼が発し始めた異様なまでの魔力のうねりをその場にいる全員が感じて驚く……服は仕立ての良いローブのような服装を支給されているが、とても強そうには見えないもんな……だがそれとは別にリヒターの魔力というか魔素の流れは異様だ。
私が対峙してきた荒野の魔女アマラ・グランディのような大きな力のうねりをリヒターから感じさせられて戦慄する。
「死体? ……失礼だな、不死の王と呼んでくれたまえ」
「クハッ……訂正しよう、不死の王殿……少しは楽しめそうだ」
獸魔人は弓を構えて矢継ぎ早に人間では引くこともできないであろう合成弓の弦を引くと、凄まじい速度で飛翔する矢を三本一気に放つ。
飛来する矢を見てリヒターがカタカタと顎を鳴らし、腕を横に振るとまるで力を失ったかのように矢が空中で勢いを削がれて、地面へと落下していく。
「ではこちらからも……出よ幻影獣」
「おお、これはこれは……」
リヒターの影から夥しい数の不気味な雰囲気を漂わせる複数の影のようなものが飛び出し、獸魔人へと向かっていく。
幻影獣、この魔法は召喚魔術などで呼び出される幻の怪物を呼び出し敵を攻撃する魔法で、その姿は見ているものが最も恐怖感を感じる姿を取る……私の目には黒い影のような姿にしか見えていないが、獸魔人には何か別の姿に見えているのだろう。
獸魔人は大きく咆哮して幻影獣が衝突する瞬間にその魔法の効果をかき消していく。
完全に魔法の効果が消失したのを見て、獸魔人はリヒターを見て牙剥き出しにして勝ち誇ったような笑いを浮かべる。
リヒターがふむ、と考えるような動作をすると再び大きく両手を広げて、叫ぶと次なる魔法の準備へと移っていく。
「面白い、地獄の第一層に住まう魔族……死んでからこれほど楽しいのは新居と対峙した時以来だぞ!」
_(:3 」∠)_ とりあえずドキドキさせてみる
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