第八九話 誘い込む罠(インスネアー)
「久々のバイトか……灯ちゃん、先日の件怒ってるんだろうなあ……」
青梅 涼生は少しだけブルーな気分で、KoRJより依頼された任務へと一人でついている。
というのも女淫魔のオレーシャに魅了されていたとはいえ、新居 灯へと攻撃してしまったことは事実であり、彼女が必死に止めるのも聞くことができなかったからだ。
「まさかあんなに操られるとは……本当にどう弁解すればいいのだろう……今日も一人ってことは嫌われたのかなあ……」
フラフラと東京都のとある街にある地下街を歩いていく青梅……今回の任務は地下街にて人が失踪している事件があるということで、その痕跡や、原因を調査をすることになっている。
実は戦闘任務ではないので、新居 灯が当てられることは少ないのだが……先日の失態を悔やんでいる青梅には冷静な判断ができていない。
はっきりいえば、任務説明も職員から何度も確認をされるくらい上の空だったからだ。
「灯ちゃんに何か差し入れを持って行った方がいいのかなあ……昭島さんに聞いたら良いアイデアが出るだろうか……」
青梅はうんうん悩みながら地下街を進んでいく……この地下街は迷路のような作りになっており、一般客でも迷いやすいという。少し前にこの地下街から人が消えるという事件が発生した。
消えた人たちは千差万別、老若男女問わず数人がふらっと何処かへと消えたかのようにいなくなったという。あるものは買い物の途中で、あるものは待ち合わせの最中に、またあるものはふと目を離した瞬間に、まるで煙になってしまったかのように消えたというのだ。
『東京の神隠し』
とマスコミ各社が騒ぎ立て始めたことで、人々はこの地下街で何かが起きていることに気がついた……危険を感じた人たちは慌ててこの地下街を避けるようになり、店舗などからも人があっという間に消えていったのだった。
KoRJにこの地下街の調査依頼が入ったのはそんな時期……調査ということもあって、青梅が選ばれ……ちょうど最近任務についていなかった青梅は了承してここへと来ている。
ただ、彼には別の思惑があり……もしかしたら任務で新居 灯が一緒になるかもしれないという期待をしてここへ来ていた。思惑の外れた彼は少しだけ、自分の過去の行動が彼女を怒らせているのかも、という猜疑心に悩まされていた。
とはいえ仕事は仕事……すぐに心を入れ替えると、軽く頬を叩いて気合いを入れ直す。
「くよくよしてても仕方ないか……また別の機会に謝るしかないよね」
青梅は人気もところどころの照明が消えている不気味な雰囲気を漂わせる地下街を歩き始める……時折何かが走るような音や、照明が明滅することで余計に不安感を煽るが……青梅としてはそれまでに経験した出来事よりは危険が少ないと考えている……アマラの使った紅血魔術……あれは本当に恐ろしかった。
念動盾の発動が少しでも遅れていたら、と背筋が寒くなる……そしてあの時に見た戦いで、KoRJでは狛江 アーネスト 志狼と新居 灯の戦闘能力が明らかに飛び抜けている、ということも感じていた。
「あそこまで差があると……本当に僕は彼女と一緒にいたいって思っていいのかわからないよな……」
ため息をつくと、新居 灯の顔を思い浮かべる……戦闘中時折見せる冷たい目や、人間離れした超戦闘能力……狛江さんと灯ちゃんなら並んでもおかしくないのかもしれないけど、とも。
それでも狛江さんは今KoR本部へと戻って人材発掘などの仕事に従事しているという、その一環であの軽薄そうなイタリア人の男性、エツィオとかいう男性がKoRJへと異動してきたのだろう。
「彼はイマイチ信用できないんだよな……」
エツィオと初めて顔を合わせた青梅の第一印象は、軽薄そうで信用できそうにない、だった。荒野の魔女の後継者とされていて、魔法使いであることは理解できるのだが、あいさつや仕草がどうにも芝居掛かっていて本心を隠しているような雰囲気が漂っていた。
まだ青梅とエツィオは一緒に任務に着くことはなかったので余計によくわからない人、という印象になってしまっている。
ふと、通路の先で何かが動いたような気がして青梅の意識が一気に現実へと引き戻される。なんだろう?
青梅は暗闇へと目を凝らす……そこに何か立っているような気がして、彼は腰につけている鋼球を入れているポーチの蓋をゆっくりと開けると、中から鋼球を一握りつかむとゆっくりと宙へと放る。
無造作に投げ出された鋼球は意識に呼応したかのようにまるで生きているかのように青梅の周りをゆっくりと回転していく。
「……誰かいるのか?」
青梅は軽く目の前の暗闇へと声を掛ける……本来であれば何も声をかけずに、というのが正解だろうが……もしかしたら逃げ遅れた人や、肝試しに来てしまった一般人がいるかもしれない。
声に反応したのか、少し息を呑むような声が聞こえ……油断なく青梅は戦闘態勢を崩さずに暗闇へとゆっくりと忍び寄っていく。彼の緊張感に呼応したのか鋼球の回転は少しだけ早くなっている。
「いるよね? ……悪いやつじゃなきゃ、何もしないから出てきてくれ」
青梅は腰に差していたフラッシュライトを取り出すと暗闇を軽く照らす……その中に浮かび上がった姿を見て思わず息を呑むと、鋼球がバラバラと音を立てて床へと落ちていく。
美しい外見だった……銀色の髪を長く垂らし、驚くほど透き通るような白い素肌、赤く輝く紅の瞳……不安そうな顔で暗闇の中に立っている。
しかし、青梅はふと疑問を感じた……彼女の後ろに見えている影が蠢いているように感じて、そちらに向かってフラッシュライトを当てて思わず背筋を凍らせる。
美しい女性の下半身から、虹色に輝く鱗を持つぬらりとした胴体が長く伸びている……それはまるで大蛇のように、のたうち、蠢いている。自らの下半身に青梅が気がついたと分かった目の前の女性は、大きく顔を歪めて咲う。
「こんにちは……おにいさん……ワタシとあそびましょう?」
青梅は思わずフラッシュライトを取り落としそうになる……あのお台場の海魔と同じ、言葉を理解する降魔……そしてKoRJの記録にあった該当する情報を思い出す。
「人蛇……」
ギリシア神話では半人半蛇の魔物として描かれる人蛇だが、ゼウスに見初められたことでヘラの怒りを買い、ゼウスとの間にもうけた子供を全て失い、悲痛のあまり恐ろしい異形の姿へと変化した化け物である。ギリシアでは子供の躾にも使われることもあるが……実際に見るとこれほど異様な姿はないだろう。
「よく、わかりますね……あなたは……なんというおなまえですか?」
人蛇はずるりと大きな下半身を蠢かせながらあっという間に青梅との距離を詰めて……彼の顔をまじまじと見つめて笑いながら問いかける。
その笑みは少し歪んでおり、この降魔が人を襲う側の化け物であることは理解できる……美しい瞳がじっと青梅を見つめているのに気が付き、少しだけ頬が上気する。
「お、青梅です……」
頬にそっと人蛇の手が添えられて、どきりと心臓が高鳴る。鼻腔に感じる香りは花のような心地よいものだが……頭のどこかで、この匂いは異質だと考えている自分がいる。
「お、うめ……いいこ……わたしとこちらへ……」
「ど、どこへ……」
人蛇が青梅の手を引いて、地下街の奥へと導いていく……地下街に響く大きなものを引きずるような音、そしてどこへ連れていくのか? と考えながらもなんとなくこのままで良いのではないか、と思ってしまっている青梅がいた。
不安そうな青梅の顔を見て、人蛇は再び怪しく咲う……おかしい、こんなに歪んだ邪悪な笑みなのに、僕の心には不安感がほとんどない……。
「いいところへ……あなたにおねがいがあります……」
「お願い? 何があるんだ?」
人蛇は人気のない地下街の中を進んでいく……誰もいない空間を青梅と異形の怪物が並んでいる姿は、異様だが正常な判断力を失っている青梅はそのことに気がついていない。
青梅は全く気がついていなかったが、人蛇は魔法を使うことができる……『魅了』。この場に新居 灯かエツィオ・ビアンキがいればすぐに気がついたであろう魔法。
この世界の人間である青梅ではこの魔法に対する抵抗力はほぼゼロに等しい……なんとなく感じる違和感に細かな不安を覚えつつも、青梅は人蛇に手を引かれるままに歩いていく。
「こちらへ……」
地下街のとある扉の前に立つ青梅と人蛇。
青梅はその扉をそっと開けていく……少しだけサビの浮いた蝶番が軋むような音を立てて、扉はゆっくりと開き、そこに広がる光景を見て青梅は思わず口を開いた。
「な、なんだここは……」
先ほどまで広がっていた地下街とは打って変わって、その扉の先に開いていた光景は異様だった。そこはまるで広大な空間の中に広がる不思議な欧州の街並みのような、幾重にも折り重なった建物が視界の端まで立っているのが見える。
そしてその建物からまるで重力を無視したかのような方向へと、別の建物が伸び……不規則な通路を形成している。
「なんで東京の地下街にこんな場所が……」
青梅はふらふらと中へと歩いていく……その様子を見て人蛇はクスッと笑うと、扉をゆっくりと閉めていく。背後で閉まる扉にも気が付かずに青梅はその空間の中を呆然とした顔で見ている。
通路の奥からコツコツと靴の音が響き渡る……その人影の歩みに合わせて、通路が有機的な動きを見せて音を立てて変形していくのを見て青梅は一気に現実に引き戻された。
「な……これ……は罠か……」
「ようこそ星幽迷宮へ」
青梅の前に忘れもしない……彼に強い屈辱を与えた恐るべき降魔、血色の悪い顔に勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、金髪を手で撫で付ける青い目の男性……そしてその本性は恐るべき虎獣人である、テオーデリヒが姿を現した。
「くっ……」
「オウメ、と言ったな……私は前回名乗っていなかった、テオーデリヒと覚えてくれたまえ」
青梅は慌てて戦闘態勢をとるが、テオーデリヒは薄く笑みを浮かべると大きく手を広げて彼へと語りかける。青梅は目の前の獣人にまだ敵意がないことを理解して警戒しつつ距離を測る。
「テオーデリヒ……なぜ僕をここへ?」
「人蛇の魅了はきちんと働いたようだな、君を捕らえてあの少女、アライ アカリを誘き寄せる餌となってもらう……」
ニヤリと笑うがいなや、テオーデリヒは一気に獣化を行い、神々しい黄金の毛並みを持つ巨躯へと変化していく。メリメリと音を立てて全身の筋肉が盛り上がるのを見て青梅は全身をこわばらせながらも再び精神を集中していく。
「やれるもんなら……やってみろ!」
そんな青梅の顔を見て……テオーデリヒはニヤリと笑うと大きく咆哮する……そのあまりに大きな咆哮は青梅の全身をビリビリと震わせ、彼の心に強い衝撃を与えていく……必死に崩れそうな心を奮い立たせて、青梅はゆっくりと前進する。
強い目だ……あの時に見た勇者の素質、それは間違いではなかったとテオーデリヒは内心満足感を覚える。だがしかし……まだ彼と戦うだけの力には至っていない。
「よろしい、では思う存分戦おうではないか……オウメよ!」
_(:3 」∠)_ 先輩は心は強いけど、魔法抵抗能力には乏しい感、決して美女に弱いわけでは……(以下略
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