第八五話 不死の王(ノーライフキング)
「ようこそ、ミカガミ流を使う女剣士よ……」
アーケードの地下街、竜牙兵に案内されて到着した空き店舗の後を改造して作ったのであろう、あまり整理整頓をされていない何者かの住居が作られている。
どこから持ってきたのか、マネキンや既に少しだけ壊れた粗大ゴミなどが所狭しと並べられている。うーん……随分と生活感のあふれる空間だなあ。
そして部屋の奥から、のそりと一見すると浮浪者のような草臥れた茶色いローブに身を包んだ人影が姿を現す……前世で何度も出会い、そして戦った相手。
不死者としては最高位に属する命なき者たちの王たる存在……不死の王が姿を現す。ロールプレイングゲームなどではリッチ、リッチーなどとも呼称されるが、前世ではこの呼称が一般的だった。
「不死の王……なんでこんな場所に」
私は慌てて腰に差したままの日本刀の柄を握りしめて、警戒態勢をとる。
魔術師や司祭などが生前に究極までに自らを高めた状態で、死後転生を果たすことで生まれる存在であり、超強力な魔法や神の奇跡を呼び出すことのできる竜などと並べられることの多い魔物だ。
ちなみに死霊魔術を極めることでこの存在に昇華することもできるのだけど、その方法だと性格というか魂が歪んでしまうらしく、邪悪な存在へと堕ちると言われている。
前世の仲間だったエリーゼさんも死霊魔術の研究は行なっていたが、見た目が気に食わないという理由で不死の王の研究は進めていなかったはずだ。
「おっと……こちらは戦う意思はない、倒せるのであればもう竜牙兵が君を真っ二つにしている……違うか?」
「……確かにそうね……それで、何かしら」
真紅に輝く目とまるで白骨標本のような骸骨の顔でカタカタと笑いながらこれまた白骨化した指を顔の前で左右にふる。確かに……私は柄に当てた手を下ろすと、憎々しげに相手の顔を睨みつける。
不死の王はよろしい、と言わんばかりに頷くと竜牙兵に何かを命じる……そしてテーブルと椅子が置かれた場所を指差し……こちらが想像もしていなかった言葉を口にする。
「まずは歓談を……椅子に座ってくれたまえ……紅茶でいいかな?」
「新居 灯……ジョシコウセイ、とな。落ち着いたかな?」
不死の王……彼は自分の名前をリヒターと名乗った……は、私から見ると笑っているようにはとても見えない笑顔で、私が警戒しながら紅茶を飲んでいるところを見つめている。
竜牙兵が持ってきた紅茶は、少し年代もののカップに入っていたものの、きちんとした淹れ方で……正直にいうなら私が入れている紅茶よりも数段上手な淹れ方だった。
「は……まあ……で、お話とはなんでしょうか?」
くそー、なんで骸骨よりも私紅茶淹れるの下手なのよ……そこはかとない敗北感を感じつつ、私は少しだけ警戒した面持ちでリヒターへと問いかける。
ふむ……と彼は顎をさするように指で何度か撫でると、真紅の瞳をぎらりと輝かせる。
「実は……君らの組織、KoRJというのか? そこへ私を加入させてほしいのだ」
「は? 今なんて言った?」
「だから、仲間に入れてくれって言ってるんだ」
「……誰が? KoRJに入りたいって……」
「私を入れてくれと言っている」
いきなりのサプライズに、こちらの理解が追いついていっていない……えーと、不死の王は降魔で、一般的には魔物とされている存在なわけで。
前世で私はさんざん不死の王と戦っているけど……人間側につこうなんて考えを持った不死の王なんてみたことがない。
「む、無理じゃないですかね……」
「……わけが必要か。なら話そうか……」
リヒターがKoRJへと入りたい、と願う訳を話し始める……リヒターは元々異世界で不死の王となった知識の神を信仰する侍祭であり、一〇〇年近くを魔法の研究に費やしてきた筋金入りの学者だったそうだ。
魔法の研究といっても彼自身の興味は、神の奇跡よりも……召喚魔術を中心に魔法の研究と知識の収集に割かれており彼曰く穏健派であったということだ。
「お、穏健派の不死の王って……そんなの存在しているのね……」
「だって、イメージ通りの死霊魔術って臭いし汚いじゃん……私はこの通りちゃんと匂い対策しておるぞ」
とてもではないが超高位不死者とは思えない軽い口調で、懐からスプレー型消臭剤を取り出して自らの体に吹きかけている……なんていう光景だ。
前世では暗くて、ジメジメしてて、なめくじみたいに臭い場所にいたはずの不死の王が体臭対策をしているなんて……。
「でまあ、私がここに召喚されたのは二年ほど前だ。既にこのアーケードは使用されていなくてな……人もいないし悠々自適にこの世界の情報などを仕入れていたのだが……」
リヒターは遠い目をしながら先日作業員が彼の姿を見てしまった、というあらましに辿り着く……そうか、それでKoRJに依頼が来たということに繋がるのか。
この見た目のくせに日本語が恐ろしく達者なのは彼自身が学者として研究をした成果、ということなんだろう。
「このアーケードには打ち捨てられた書庫のようなものがあってな、そこに置かれていた書物を読み漁って言葉なんかも覚えた。何せ私は食事が必要なくてな、時間だけはたっぷり使えたのだ」
書庫……ああ、つまり古書店か何かがそのままになっていたということだろう。そこから言葉を覚えて、って部屋の傍に少し古めのパソコンが電源つけて置いてあるけど……電気を理解しているってことか?
「ああ、ぱそこんってやつだな。これは便利だ、夜中に少し外に出た時に落ちていたものを拾って使っているが、まだ動くものを捨てるほど、この国は裕福なのだな」
粗大ゴミに出ていたパソコンを使うとか……どれだけハイテクな不死の王なんだ。ネット接続環境とかどうしているのだろうという疑問は湧くものの、それ以上に恐ろしく学習能力が高いということに驚愕する。
降魔として呼び出されたものは彼ほどこの世界に興味を抱かないか、破壊衝動などに従って人を殺すことしか考えていないと思っていた……だが目の前のリヒターはそうではない、というのだから。
前世とのギャップであまりに頭が痛くなってきた私は頭を抑えながら……リヒターがカラカラ骨を鳴らして笑うのを見ている。
さてどうしたものか、KoRJに相談するべきだろうか、間違っても契約者として扱われたりしないだろうな……。
「私はな、この世界に来たことはあまり後悔しておらんのだが、アンブロシオやララインサルのやり口は気に食わんのだ」
「ッ! あなた関係者なの?!」
リヒターが少しだけ真面目な……といっても真紅の眼を輝かせるだけだが……表情になって話した内容で私は一気に緊張感を高める。
この世界を脅かす降魔の親玉の名前が出たことで私は思わず椅子を蹴って日本刀をいつでも抜けるように柄に手を当て構えるが、当のリヒターはつまらなそうな顔で安心しろと言わんばかりにヒラヒラと手を振る。
「安心しろ……私はそもそも魔法研究を生業としている学者だ。人を殺すなどに興味はない……どちらかというとこの世界の知識を学ぶ方が性に合っててな……」
「……人で無くなっても神の教えに従う、と?」
私の疑問に黙って頷くと、懐からボロボロに汚れた聖書を取り出して愛おしそうにその表面を撫でる。それはまるで慈愛に満ちた神父のような表情……いや、どちらかというと企み事をしている邪悪な神官のようにも見えてしまう。
目が光るし……なんか赤いし……。
「これを拾ってこの世界にも神を信仰するものがいるのだ、と知った。我が神は貪欲に知識を学べと教える……この世界の宗教もいろいろな宗派に分かれているが、その知識や哲学を学びたい」
一応……筋は通っているか。
見た目はどう見ても邪悪な不死の王のリヒターだが、穏健派という言葉に嘘はなさそうだ。少し悩みつつ、リヒターに断りを入れるとインカムへと話しかける。
「あの……穏健派の不死の王って仲間にする気あります?」
『はい? 穏健派の不死の王?』
インカムの向こうでオペレーターさんが絶句する……そりゃそうだろうな。私も面と向かって話をするまではそんなのが存在しているとは思っていなかった。
私は経緯を説明し始める……今現時点で会話ができていること、二年ほど前からここに住んでいて降魔ではあるが、人に害をなす存在ではないこと。情報源としての価値が高いこと。
知識を知りたいだけで、それ以外にはあまり興味がなさそうなこと……もしかしたら降魔と戦ってくれる可能性があるかもしれないということ。
『上と相談しますね……少しだけ待ってください』
「おお、これがへりこぷたーというやつか。初めてのるなあ」
なぜか嬉しそうな顔で上空から降りてくるヘリコプターを見て嬉しそうに眺めている……不死の王の威厳って……その傍で武装解除された竜牙兵がリヒターの荷物を背に静かに立っている。
KoRJの職員たちはリヒターとその護衛を薄寒そうな顔で見つめているが、そんな視線などどこ吹く風か……彼自身は私の手をしっかりと握って嬉しそうに話しかけてくる。
「感謝するぞ、新居……私の願いを聞き入れてくれて」
「あ、でもこれから検査とか調査には協力してほしいです。当分本部での検査になっちゃいますけど、我慢してくださいね」
その言葉にまかせろ、と言わんばかりにサムズアップするとリヒターは意気揚々とヘリコプターへと乗り込む……。私は苦笑いと共に手を振って彼が本部へと移動していくのを眺める……。
こうして、アーケード街に出現した降魔被害は一応の解決を見ることになるのだが……この選択が正しかったのか、間違っていたのかは今この時点ではわからない。
考えても仕方ないか……私はリムジンへと乗り込むと、青山さんの運転で本部へと戻ることにした。
「落ち着いたら、向こうの話とかを聞かせてもらうかな……」
_(:3 」∠)_ ファブってるぞ、こいつ……ッ!
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