第八四話 竜牙兵(スパルトイ)
「さて……今日もバイト、か」
私は日本刀を腰に、人気のないアーケード……もはや現状は取り壊しを待つだけの廃墟なのだが、そこの中を歩いている。
東京郊外の小さな街にバブル以前に建てられた場所なのだが、バブル崩壊以後近隣に大型ショッピングモールが建設されたために次第に客足が途絶え……気がつくと廃墟と化していたそうだ。
長らく土地の所有者と行政との交渉が続いていたが……近年ようやく取り壊しが決まった。
が、いざ工事を開始しようとしたところ……なんと長らく放置されていたこのアーケードに降魔が住み着いていたことに今更ながら気がつき……調査に入った作業員は全員が恐怖に打ち震えた状態で戻ってきた。そしてその場所に住む降魔のメッセージをくくりつけられて戻ってきた。
『人の身でここに入ること能わず』
ということで、KoRJへ行政を通じて依頼が入り……たまたま連絡のついた私が駆り出されたということだ。
私の左手は少し痺れのようなものが残っており、包帯を巻いたままだけどこれって効果あるんだろうか? 普段と違って少し違和感のようなものもあるし、左手で日本刀を構えることは避けた方がいいかもしれない。
「今日って誰かバックアップが入るんですかね?」
「実は……別の場所でも降魔被害が起きてまして……灯ちゃんだけなんです……」
インカムから大変申し訳なさそうな声が響く……おいおい、コードネームも忘れてんのか。しかしオダイバの一件から本当に出動比率が増えた。
実はKoRJにも新しいメンバーを入れる話は出ているらしいのだが、全世界的に降魔被害が発生しているニュースが流れていて別の国から出張してくるなどの対応が難しい。
エツィオさんは相当無理矢理こっちに異動したそうで、イタリア支部などは火の車だとかで。
関西に出張している悠人さんも手が回らないということで、全体として新人を育てる方針に舵を切っているそうだが、実際に能力者として戦闘能力を発揮できる人物はそれほど多くない。
予算もついているにしても育成にはもう少し時間がかかるということで……当分は私たち現場のメンバーが必死に対応しなければいけない状況は続くのだろう。
「わかりました……こちらでなんとかしますね」
ため息をついて、私はアーケードの中を進んでいく。
昔はこの辺り一体に住んでいる人たちが集まってきたのだろう、比較的広い通路に多くのテナントが入るはずの場所は全てシャッターが降りており、前世の迷宮にある通路のようにも見えてしまう。
迷宮……勇者パーティの一員として数多くの迷宮探検をこなした私だが、あれはもうゲームであるような綺麗なものではない、というのが正直なところだ。
まず……めちゃくちゃ不潔だ。
虫や小動物の排泄物や、放置された腐乱した死体、それに群がる屍肉喰らいなど実にカオスな空間なのだ。その中を探検する冒険者はひどい匂いの中を歩き回り、魔物の襲撃を退け、暗闇の中を歩き続ける。
そして、最新部に到着した冒険者達の前に現れる超強力な魔物……運よくその魔物を退治して、そこから再び地上を目指して冒険者は戻る……同じだけの工程をこなして地上へと脱出した時に冒険者は思うのだ。
『もう二度と……迷宮へ潜りたくない……』
と。
それくらい過酷で不潔で、きつい労働なのだ。思い出しただけで背筋が凍る……中で仮眠をとった後目を覚ました私の目の前に、超巨大な死体を食べる虫が触覚をピロピロ動かしていた時の恐怖と言ったら……。
それはもう現世で蜚蠊が飛んでくるくらいの恐怖体験なのだ、あ、思い出しただけで私帰りたくなってきた……そういう理由で実は私は蜚蠊が超苦手だったりする。
「い、いないわよね? ここ……」
キョロキョロと周りを見渡すが……私の感覚に少しだけ何かが徘徊する音を感知して、背中がびくりと震える。
カチャリ……と何かが擦れる音が響き、私は日本刀の柄に手を当てて音の方向を確認する。
骸骨戦士? 白骨死体が鎧と剣、盾を持って立っている……違う、こいつは竜牙兵だ。竜の牙を元に召喚される魔物だ。
骸骨戦士は人間の死体をベースに死霊魔術で作成される不死者だが、竜牙兵は触媒をもとに召喚魔術で呼び出されるという大きな違いがある。
それと根本的な戦闘能力が全く違う……骸骨戦士は単純な命令に従って動くが、竜牙兵はある程度自立した思考能力を持っており、召喚者の命令をある程度理解した上で行動するというなかなかの高性能さを持っている。
「侵入者……排除……御命令のままに」
私を視認したのか片手剣と円盾を構えて私に向かってゆっくりと歩いてくる。思ったよりも性能高いなこいつ……会話までこなすのか。
前世で見たエリーゼさんが召喚した竜牙兵は宴会芸すら可能な超高性能なタイプが存在していた。そういやあいつ……最終的にどうなったんだろう。
受け答えも実に自然で、どうやったらあんなことを学習させられるのか、本当に不思議だったのだけどね。
「ま、そんなこと考えるより斬る方が先ね……」
私は閃光の構えをとり、ガチャガチャと音を立てながら走ってくる竜牙兵を見ている。
左手で鞘を抑えようとして……ビリッと痺れと痛みが走り私は顔を顰める。なんだ? このタイミングで左手が麻痺したように動かない……。
竜牙兵がそんな私にお構いなく片手剣を振るう……私は慌ててその場から大きく後方へとステップして跳ぶと、左手をみる……なんだこれ……まるで自分の手ではないかのようにビリビリと痺れている。
「ちょ、ちょっと……動いて……」
焦る私の元に竜牙兵が再び迫ると鋭い横凪の斬撃を繰り出す……その斬撃をギリギリで避けながら、私は右手で日本刀を引き抜き反撃するが……難なく円盾で受け止める竜牙兵。カタカタと歯を鳴らしてまるで嘲笑うように私を何も入っていない眼窩で見つめる……。
なんか馬鹿にされているような気がしてムカッとした私は、竜牙兵を蹴り飛ばすと、日本刀を右手に構えて腰を低く保つ。
こういう場所で戦うときの技は……全方位攻撃である隼鷹が良いだろうか。
オダイバでは複数の骸骨戦士を殲滅するときに使ったが、本来は単体の敵に対して防御困難な連続攻撃を仕掛ける技だったりもする。
「ミカガミ流……隼鷹!」
私は一気に壁や天井を蹴り飛ばし、竜牙兵の上から、横から、下から、背後から一気に襲い掛かる……だが竜牙兵はその攻撃の全てを円盾を使って受け流していく。
アーケード内の壁や天井、街灯を使って速度を上げていく私……しかしその攻撃を全て受け流して、空洞にしか見えない眼窩を常に私に向けている竜牙兵……速度が足りていないのか?
本調子ではないとはいえ、私の速度は人間では対応できないレベルの超高速機動のはずだ……それをあまりに的確に防御していく竜牙兵の性能に内心驚愕を隠せない。
嘘だろ……! 隼鷹を的確に防御していく相手を見て私は正直動揺している……ノエルの記憶でもこの技による全方位攻撃を防御できる敵などそれほど多くなかったはずだ。
「は……はれ? ……嘘でしょ!?」
攻撃を防がれている動揺から少しだけ脆くなっていた部分を踏み抜いてしまい、私はバランスを崩して天井から落下しかけてしまい……慌てて落下を防ぐために左手で何かを掴もうとして……痺れが走り咄嗟に突起をつかめず、そのまま無防備なまま地面へと落下する。
まずいまずいまずい! こんなバランスを崩して落ちてくる剣士なんか、真っ二つにするのに最適だ。まさかこんなところでミスをするなんて……。
だがしかし……落下してくる私を見て竜牙兵は持っていた武器を置くと、落下地点へと動き私を優しく受け止める。
へ? なんでこんな普通に受け止められちゃってるの私……しかも、前世現世通じて初めて竜牙兵にお姫様抱っこされてしまうなんて……凄まじく恥ずかしいんですけど!
「女性……あなた……怪我してますね……脅威と見做せません、戦闘終了します」
竜牙兵は私を優しく地面へと下ろすと、本当に私を脅威と見做していないのか……背中を見せて地面に置いた剣を鞘に収め、背中に円盾を掛け直すとまるで執事のようにお辞儀をする。
「……どうして? 殺すチャンスだったんじゃ……」
私は訳がわからんという気持ちで目の前のそれまで戦っていた敵へと問いかける……前世を通しての記憶で竜牙兵に命を救われた、というものはない。
「主人からのご命令です……脅威と見做せないものを殺すな、と」
うう……脅威ではないって……私ちょっと傷つくんですけど。
なんだか強い敗北感を感じて呆然としている私を見つめて……少しだけ首を傾げる竜牙兵。
「主人からのご命令で、あなたとお会いしたいとのことです」
竜牙兵は私へと向き直ると改めて頭を下げる。
お会いしたい? その主人とやらが今の無様な戦いを見て会いたいと話しているのだろうか? 少しだけ悩むと、私は口を開く。
「わかったわ……案内してちょうだい……」
_(:3 」∠)_ 骸骨にお姫様抱っこされちゃうぞ!(オイ
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