第八二話 騎士道(シヴァルリィ)
「ではまずは……稲妻の槍」
エツィオさんがパチンと指を鳴らすと、何もない空中に数本の電流が走り……それはまるで投槍のような形状へと変化していく。
私も怪猫へと日本刀を構えて対峙する……前世でも強大な魔物と戦う時に後ろに魔法使いを従えて、敵と戦うことも多かったが、今世でもこうやってパーティを組んで戦うことも多いが……彼は本当に頼りになると感じる。
「……後ろ預けますよ。……お尻とか見ないでくださいね」
「……君は本当に、ったく……」
呆れたようなエツィオさんの返答だが、私がそうやって後ろを任せると言った意味は理解したようで、私のダッシュに合わせて稲妻の槍を降魔へと発射する。
超高速でまるで真横に飛ぶ稲妻のように轟音と共に迫る稲妻の槍を傷ついた体を震わせながら、躱していく怪猫。
前方へと全力で走りながら日本刀を鞘へと収めると、私は最速の一撃を降魔に叩き込む。
「ミカガミ流……刹那ッ!」
『グギャアアッ!』
私の一撃はギリギリで身を翻した怪猫の翼を切り裂き切断する……血飛沫を上げながらも、私に向かって前脚の爪による薙ぎ払いで応戦してくる。
私は、その攻撃を後ろに飛んで躱すとすぐに前へとダッシュして体勢の崩れた降魔の前足に向かって体を回転させながら横凪の一撃を叩きこむ。
しかし毛皮を切り裂いて血が流れる程度で、それほど効果的な斬撃にはなり得ない……ただ、傷はつけられるということか。
「お嬢さん翔べ! 火球ッ!」
エツィオさんの声に反射的に一気に後ろへと大きく跳ぶ……直後怪猫に複数の火球が衝突し、連鎖的に爆発していく。
その威力は凄まじい……前世の記憶にあるような火球ではなく、ほとんど小型のミサイルのようなもので着地した私の体を震わせるくらいの振動が巻き起こる。なんて威力だ……エリーゼさん並じゃないか?
『ガ……ガアッ……ま、まだだ……』
煙が収まったあと、怪猫の姿が現れるが……六本あった脚のうち二本はもぎ取れ、血を噴き出しており、顔面の半分が焼け焦げ目も潰れている。
戦闘能力は既に喪失したと言っても間違いではない……私はゆっくりと怪猫の前へと近寄ると、日本刀を突きつける。
ギリギリと歯軋りをして悔しそうな顔をしているが、既に立っているのがやっとの状態だろう。
「もう諦めなさい、雌雄は決したと思うわ」
『ぐ……強い……強いなお前ら……あいつらの言葉は本当だったか……』
怪猫はガクリと力を失ったかのように地面へと崩れ落ちる。あいつら? この降魔をこの世界へと呼び出したものが何かを説明しているのか?
エツィオさんも既に戦意を無くしたと見たのか、私の隣へと歩いてくると、手に魔力を集中させてトドメをさす準備を始める。
彼の手に集中させた魔力が次第に電流と化していく……。
「さて……お前が人を殺して回っていたのは知っている、その報いを受ける時が来たぞ」
「だめええええっ!」
トドメを刺そうとした瞬間にエツィオさんと怪猫の間に、少女が……浮間 萌が割り込む。彼女は目にいっぱいの涙を溜めて、体を震わせながら降魔を必死に庇おうと両手を広げている。
「キャスをいじめないで! 私を守ってくれたんだもの!」
『モエ……君は僕を二度も助けるのか……』
グルル……と喉を鳴らして悲しそうな顔で萌を見つめる怪猫。
エツィオさんは少し戸惑ったような顔で少女を見て、魔力を収めようと一歩後退してから私を見てどうする? と目で合図する。それを見た私は日本刀をしまってから萌ちゃんを安心させようと声を掛ける。
「萌ちゃん……虐めているわけではないけど……その生物は危険なの、お父さんの元に戻りましょう?」
「いや! お父さんは私を捨ててるもの! 私にはもう家族なんかいないもん!」
萌ちゃんはいやいやをするように首を振ると、一生懸命に怪猫は悪くないと懸命に話す……支離滅裂だったが、なんとか降魔を助けようと必死の形相だ。
契約者となった以上、彼女はこれからの人生をまともに生きることはほぼできないだろう……こういう時はどうすればいいのだろうか。
「萌ちゃん……」
『モエ……契約を解こう……君はもう必要ない』
「キャス……だめだよ……」
怪猫は深くため息をついて……彼女の頭に軽く爪を押し当てると、萌ちゃんの体から黒いモヤのようなものが立ち上る。それと同時に彼女の黄金に輝いていた眼が、徐々に日本人らしい普通の色へと戻っていく。
そして降魔はゆっくりと身を起こす……。
『モエを連れていけ……』
「随分と……物分かりがいいのね」
その言葉にふっ……と鼻で笑うと怪猫は優しく萌ちゃんの頭を爪で撫でる。まるで子供をあやすかのような優しい表情を浮かべる。
その様子を見てエツィオと私は戸惑う、なんだこれは……恐ろしく知能が高い降魔だとは思っていたが、人間の子供を盾に使わずに、まるで子供のように接している?
『騎士は負けを認めた時には潔く命を投げ捨てるものだと話していた。愚かだと思ったが、なぜだが僕は感銘を受けた……僕はモエに助けられた、だから彼女の嫌うものを排除した』
トンと優しく爪で萌ちゃんの頭を叩くと、萌ちゃんがなんらかの魔力なのか、次第に意識を失ってその場に崩れ落ちる。
慌ててエツィオさんが萌ちゃんの息を確認するが、きちんと呼吸をしていることがわかり安心したように息を吐く。
そのまま彼は萌ちゃんを抱き抱えると、怪猫は頷くような仕草を見せる……エツィオさんも頷くと、そのままその場を離れていく。
「騎士? それは昔欧州にいた騎士のことかしら?」
『ああ……古い魂に刻まれた記憶、騎士道だ……僕は精一杯戦った。モエに助けられて僕は彼女を助けようと思っただけだ、彼女に罪はない……二度助けられたならその者のために命を投げ打て……古い言葉だ』
「騎士道……ね」
前世の記憶でも魔物の中に英雄と呼ばれるクラスの個体が生まれることがある、狡猾で邪悪さが際立つものが多いが、中には恐ろしく高潔な意識を保つものもいたのだろう。
この個体は根は邪悪だったが、人間に助けられ何か普通とは違う変質を遂げたものなのだろう。
怪猫はゆっくりと首を差し出すように首を垂れる。私はゆっくりと日本刀を引き抜くと、ぴたりとその首筋に刃先を当てる。
降魔はゆっくりと目を閉じ、その瞬間を待っている。私は日本刀を振りかぶると、一瞬の間を置いて一気に振り下ろす。
『さようなら、モエ……助けてくれてありがとう』
「怪猫……お前は強かった……」
目の前の金髪碧眼の騎士が、血まみれになった僕を見下ろしている……これは古い記憶、目の前の騎士は紋章のついた盾と直剣を手に肩で息をしている。
凄まじい死闘だった、僕は一八〇人の騎士を殺していた……中には怯えてしまうものもいたが、一人だけ剣が折れるまで互角に戦っていた騎士がおり、僕はその騎士の顔を思い出していた。
彼は剣が折れたことで負けを認め、潔く死を選んだのだが……僕はなぜだか彼の死体だけは汚すことができないと思い、大事に扱っていた。
彼が死ぬ間際に語ってくれた言葉がなんとなく気に入ってしまって、僕は不思議と彼を死なせてしまったことを後悔していたからだ。
そしてしばらくして現れた一八一人目の騎士は凄まじく強かった……ケイと名乗る彼は人間離れした剣術と膂力で何度も僕の攻撃を跳ね返し、僕の体に傷をつけていった。
最終的に僕は疲れ切り、血を失い……地面へと倒れ伏した。もう立ち上がることすらできない。
僕は負けたのだ……彼と同じ騎士という人間の戦士に、そしてより高潔な魂の持ち主に。
『……殺せ、負けたものは潔く死を受け入れる、のだろう?』
「それは誰に聞いた?」
ケイはトドメを刺そうとした剣を止めて、僕に尋ねてくる。黙って横たわっている騎士の方向を力の入らない手で指し示す。
彼はその方向を見ると、僕が集めた花で覆い尽くされた騎士の亡骸を見つける……僕は彼だけは汚さない、むしろ敬意を持って扱いたいと思っていた。
『人間は死人に花を手向けるのだろう? ……違ったか? 彼は……真の騎士だったよ』
「いや……合っている。そうか、お前は……」
ケイは少しだけ驚いたような顔をするが、少しだけ口元に笑みを浮かべて……悲しそうな表情を浮かべる。
グルルと喉を鳴らして、目を閉じる。そうだ、僕は負けた、負けたのだ。
せめて最後は潔く……死に様が美しいと思ったあの騎士のように。彼は、ゆっくりと剣を振り下ろす。
「哀れな怪猫よ、お前に信託を授ける……一度助けられたならその者を助けよ、二度同じものに助けられたのであれば、その者のために命を投げ打て、それがお前に課せられた罰だ……次の生でお前に良い出会いがあることを祈る、さらばだ」
私は日本刀を振って刀身にこびりついた血液を落とすと鞘へとしまう。
降魔は倒した、私の背後には首を落とされて動かない怪猫の体が横たわっている。
古い伝承の魔物、それが降魔として復活した、ということはこの世界に満ちている魔素の流れが少しずつ変わってきているのかもしれない。
それが何を意味しているのか? それまで魔素が恐ろしく薄く、魔法というものが存在しにくかったこの世界だが、異世界とこの世界の距離が次第に近づいているということなのだろう。
もしかして魔王を名乗る敵の目的は世界を同化させること? ということなのだろうか。私は少しだけその考えに至ったことに身震いする。
「……まさかね……そんなことができるはずなんて……」
_(:3 」∠)_ キャスパリーグの外見はもっと猫寄りでもよかったかもしれない。
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











