第八一話 好感度(フェイヴァラビリティ)
『……僕よりも怪物じゃないか……』
目の前の降魔の目が怯んだような光を浮かべたことで、私は少しだけ余裕ができたと内心ほくそ笑み、少しだけ顔に出てしまったことに気が付くと表情を再び引き締める。
だが私の心中は穏やかでなく、心臓は恐ろしい勢いでバクバクと鳴っている……当たり前だ。だって予想だにしていない不可視の衝撃波なんてとんでもない攻撃を見せられたのだから。
目の前の怪猫と呼ばれる降魔が単なる力押しだけの化け物ではないと今更ながらに再認識して、私の前世の知識にない怪物と叩くことがいかに危険なことなのかを感じている。
あっぶねー! 何これ、こんな危ない遠距離攻撃持ってるって最初っから言ってよ! 私咄嗟に大蛇剣の型の受け流し技である螺旋で衝撃波を受け流しできたから良かったものの、普通これ回避して避けるのが必要だった攻撃じゃない!
その証拠に日本刀は折れたり曲がったりはしていないものの、それを握る手が痺れと痛みで感覚が無くなっている。何度か握り直して痺れをとるが……情報不足も甚だしいのだぞ、これは。
「エツィオさん情報全部話してよ……」
ボソリと独り言を呟くも、エツィオさんは先ほどの萌ちゃんのお父さんを保護して、KoRJの職員へと受け渡ししているだろうからすぐにはここには来れないだろう。
しばらくは時間を稼ぐ必要がある……日本刀を片手に構え直して、一気にジグザグに走って距離を詰めていく。相手が動揺している今こそ攻撃に転じて反撃の目を潰す……まずは連打だ。
「ミカガミ流……紫雲英!」
超高速の斬撃を連続で叩き込む大技だが、怪猫はその斬撃を鋼鉄よりも硬いであろう爪を使って丁寧に防御していく……速度的にはほぼ同じくらいか。
動体視力も恐ろしく高いのであろうが、降魔の黄金色の瞳が細かく細動して私の斬撃をきちんと見切っている! 受けきれない攻撃をしなやかな動きで躱していくあたり、戦闘慣れした個体なのだろうと予想できる。
私は斬撃を横凪へと変化させて、爪による反撃を封じると一気に距離を取ると、再び集中して日本刀を構え相手の出方を見る。
『グルル……この世界では見たことのない高速移動、攻撃……実に興味深い』
「そうですか? 普通ですよ、現代では」
まあ、これは嘘なんだけど思っていたよりも刃物に対する防御がしっかりとしている、知能の高さとそれを生かした運動性能なども含めて、これまでに戦った動物型の降魔の範疇を大きく超えている。
どちらかというと剣の悪魔などのいわゆる魔族の分類に近い存在なのかもしれない……見た目は完全に魔獣でしかないのだけど。
『つまらないジョークを……カァアッ!』
再び咆哮による衝撃波を生み出す怪猫。
アスファルトを引き裂きながら迫る衝撃波を、今度は受け流さずに身を翻して回避していく……受け流しでもあれだけの衝撃だ、まともに食らったら、と思うとゾッとする。人間の体なぞ簡単に引き裂くか、砕いてしまうだけの威力はある。
距離をとりながら相手の視線の動きに注意を払う……おそらくだけど、相手の眼はこちらが考えているよりもはるかに良いようで……いくら動いてもなかなか視線を外したという感覚がない状態なのだ。
「見られている……下手に隙を見せると一気に責め立てられる可能性が高い……」
ゆらり、と巨体が動いたかと思うと近くに落ちている瓦礫を前脚で弾いてこちらへと飛ばす……軌道としては私の前方? ま、まずいこれは……私が慌てて足を止めると、そこへ六本の足を蠢かして一気に距離を詰めてくる怪猫。
鋭い牙を備えた口を大きく開いて、密林で獲物へと襲いかかるジャガーの様に、一足飛びに私が立ってる地面ごと抉り取ろうとするような破壊力のある攻撃……私は一瞬迷うものの、後ろへ一気にステップして逃げる。
爆発音のような凄まじい音と共に、目の前の地面を噛み砕く怪猫。
目の前に五メートルを超える黒い巨体が聳え立つのを見て、さすがに身がすくむ想いだが……私は間髪入れずに技を繰り出した。
「ミカガミ流……彗星!」
距離は短いが、片手突き技である彗星を繰り出すと厚い毛皮を切り裂き日本刀が肩口の肉へと食い込む手応えを感じる……怪猫が痛みに悲鳴をあげるが、一撃では倒れるだけの威力は出ない……距離をとらなければ、と日本刀を引き抜こうとするが、降魔は筋肉を収縮させる。
「ぬ、ぬけ……抜けない……」
何度か引っ張ってみるものの深く食い込んだ日本刀と筋肉の収縮で私の力では抜けそうにない……降魔が私を見て……ニヤリと笑う。
まずい……日本刀を手放して距離を取ろうとした私に向かって前足の一撃が襲い掛かる。
咄嗟にその攻撃を腕でガードするも、あまりに力強い前脚の攻撃は私の体を大きく跳ね飛ばし……私は衝撃そのままに数メール先の地面へと叩きつけられる。
「ぐあっ!」
『危ない危ない……まさか毛皮を貫かれるとは……英雄はこの時代にもいるということだな』
肩口に突き刺さったままの日本刀と流れ出るドス黒い血を見ながら、呆れた様な表情を浮かべる怪猫。
私はなんとか立ち上がるが、ガードした腕は激しい痛みを発している……折れてはいないがヒビくらい入っただろうか、それと視界が定まらない、まずい追撃だけは避けなければ……。
少しだけ体が揺れるがなんとか気力で堪える……なんて一撃だ……今までに食らった攻撃よりも無造作で単純に発揮してくる腕力が凄まじく、体に結構なダメージを残してしまっている。
『打たれ弱いね……攻撃は確かに鋭いが、肉体的にはそこまでではないということか。殺せるな』
ベロリと満足そうな不適な笑みを浮かべて、怪猫は再び身構える。
先ほどまでの動揺は消え失せ、凄まじいまでの殺気が巨躯に満ちる……私は背中の小剣を引き抜いて、あくまでも抵抗をやめない、という意志を見せる。
野生の猛獣などはこれだけでも攻撃を躊躇うこともあるのだが、目の前の降魔ははるかに知能が高かった……武器のリーチも短いと判断したのか、一気に距離を詰めてくる。
「くっ……!」
剛腕による攻撃を必死に避ける私……食い込んでいる日本刀のおかげか、その攻撃は痛みを伴うらしく先ほどまでの速度は出ていない、とはいえ一撃一撃は非常に重く、破壊力を伴う……交わしながら小剣を叩きつけるが、怪猫の毛皮は恐ろしく厚く、軽い傷をつけていくことしかできない。
『諦めなよ、君はもう僕を倒すことなんかできないよ』
余裕の笑みを浮かべて、前脚を振り回す怪猫。
私は回避に専念しつつ、体力の回復ともうすぐ到着するであろう援軍を待っている……早く、早く来て、エツィオさん……早くその無茶苦茶強力な魔法をぶちかましてください!
な、なんて他力本願な状況だろう……自分の考えに内心イラっとするが、状況の変化がないとこの窮地は脱せそうにないのだ……呆れちゃうわ、自分のことながら。
「お待たせ、またこれで君からの好感度が上がってしまう。罪な男だよ、僕は……」
『なん……グギャアアアアッ!!』
闇を切り裂くかのように、凄まじい速度と威力を持った雷撃が怪猫を捉えると、黒い毛皮を焼き尽くすかのような電流が魔獣の全身を覆い尽くす。
焦げ臭さと、肉の焼けるような匂いを発しながら一時的に昏倒した降魔が地面へと倒れる……た、助った。ホッと息を着くと、私は小剣を鞘に戻すと痛む腕を抑えて疼くまる。
「大丈夫かい? 日本刀がないけど……ああ、あそこに食い込んでいるのか。頑張ったね」
エツィオさんが涼しい顔で私の頭をそっと撫でる。
ちょっとだけこの男性の優しい一面を見た気がして、少しだけドキッとしてしまったが……いやいや、この人中身女性だからな、そんなこと考えているのはおかしいだろう。
でも頭を撫でた彼の手は恐ろしく暖かくて少しだけ、心地よかったのは事実だ……いかんいかん、油断すると私も乙女になってしまうのだな……頭を振ってなんとか思考を元に戻す。
彼は無造作に手を日本刀に向けると、魔法による念動力で怪猫から引き抜き、私へと手渡す……なんか、随分紳士だな……黙って私は日本刀を受け取る。
「さて、まだ奴は生きている……トドメを刺さなければね」
私はその言葉に頷くと、片手で日本刀を構える……それを待っていたかのように、昏倒していたはずの降魔は身を震わせてゆっくりと立ち上がった。
『き、貴様らぁ! 許さないぞ!』
大きく咆哮した怪猫だが、ダメージは隠しきれていない……ボロボロにあちこち焼け焦げた毛皮がボロリと剥がれ落ち、そこから血が滴る……凄まじい威力だったのだろう、降魔もふらふらの状態になっており、羽は片方が力無く垂れ下がり、翼膜もズタズタに切り裂かれている。
「お嬢さん、動けるか?」
エツィオさんが降魔を油断なく見つめながら私の状態を確認してくる。私は黙って日本刀を一度振るうと、彼に向かってニコリと笑う。
「大丈夫です、ミカガミ流剣士としてここは負けられない戦いですから!」
_(:3 」∠)_ 好感度が上がる罪つくりな男(中身は女性)
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