第七七話 同士討ち(フレンドリーファイア)
「先輩……目を覚ましてください!」
「うるさいぞ降魔! 灯ちゃんみたいな喋り方で騙そうなんて……僕は許さないぞ!」
先輩は女淫魔のオレーシャを背中に庇うように、電柱やベンチを宙に浮かばせて私に敵意のある目を向けている。
今の私、どういう風に見えているんだ? 日本刀構えてる降魔というのも珍しいと思うんだけど……ちょっとどんな姿に見えているのか聞いてみたいところではある。
「先輩、早く降魔を倒してください」
オレーシャが私の声で、先輩の耳へと囁く……その声に反応して先輩が大きく頷くと、私へと憎しみに満ちた視線を向けてくる。
この……! ニヤニヤと笑うオレーシャを睨みつけるが、彼女は不気味に歪んだ笑顔を浮かべたまま、先輩の背後に隠れている。そんな私へ向かって先輩のコントロールする木製のベンチが回転しながら迫る……厄介だ。
先輩の能力は的にしたら恐ろしく面倒だとは思ってたけど、これほど面倒だなんて、一体どれだけの量を空中に浮かせられるのか私ははっきりと分かっていない、というか絶対先輩も自分の能力の限界なんて分かっているはずがない。
分かってたらそれを向上させようと躍起になって努力するであろうから、彼はそういう人間だ、だから私は好意を抱いていたのだ……彼のそのひたむきな努力する姿に。
日本刀でベンチを両断すると、私は一気に先輩との距離をジグザグにダッシュして詰めていく……私に向かって飛んでくるベンチの残骸や、木材が私が数秒前にいたであろう地面へと突き刺さるが、私は攻撃を交わして先輩のガラ空きの横っ腹に峰打ちの日本刀を横凪に叩きつける。
「念動盾!」
甲高い金属音とともに、先輩に叩きつけたはずの日本刀が彼の掌に触れるか触れないか……数センチの空間で止まる。ギリギリと音を立てて押し戻されていく日本刀……先輩が歯を食いしばって念動盾を展開したことで、私の一撃は彼の力によって押し戻されていく。
いけない、舐めてかかっていたわけではないけど先輩は何度かの戦いで接近戦すらこなせるようになっていたのを忘れていた。
「衝撃波」
「ガハッ!」
私が咄嗟に後ろに飛びすさるのと同時に、先輩が念動力による衝撃波を私に全力でぶつける……私はその衝撃波を全身で受けてしまい、一〇メートル近く飛ばされて地面へと叩きつけられる。
なんて威力だ……アマラの衝撃波ほどでないが、軽自動車が衝突してくるくらいの勢いと威力があるのではないか? 私は震える足に力を込めてなんとか立ち上がる……。
「先輩……あいつまだ立ちますよ、止めを」
オレーシャが先輩に囁くと、彼は頷いて再びベンチや瓦礫の残骸を宙に浮かせてゆっくりと私との距離を詰めるように歩き出す。
「せ、先輩……目を覚ましてください……あなたの後ろにいるそれは、私ではありません」
私は再び構えを取りつつ先輩に語りかけるが、戦闘体制をとったままの私の声を聞く耳は持っていなさそうだな……なんとかしてオレーシャを行動不能にして先輩の洗脳を解かなければ。
もしくは先輩に一撃入れるか? だが念動盾の防御力は結構高い……本気で叩き切ってしまい、先輩に危害を加えてしまったら?
その可能性を考えて少しだけ刃先が揺れる……はは……なんだこれ、私は今動揺しているのか。先輩を傷つけてしまう可能性があるってことに、それと……先輩に攻撃されている今の状況に。
「ったく……何考えてるの私……」
私はボソリとつぶやくと日本刀を構えて腰を少しだけ落とす……はぁっと息を吐く。集中しろ、先輩の攻撃は意識してから能力を発動するまでに少しだけ間がある。
私が高速移動している間に攻撃を当てられていないことがその証拠だ、遠距離攻撃は私には通用しない。そして先輩は一瞬で私に迫るだけの機動力はない。
彼ができることは私を近寄らせないか、攻撃を受け止めて反撃をするカウンター攻撃で私を行動不能にすることだけだろう……だから、その真理をうまく突くしかない。
「先輩……少し痛いですよ、我慢してくださいね」
私は一言だけ伝えると一気に突進する……全力だ、私は全力で先輩を斬る。
「落ちろっ!」
先輩のコントロールする瓦礫が迫るが、私はその攻撃を再びステップしながら躱していく。当たらない攻撃でも諦めずに次々と念動力を使って瓦礫を飛ばす先輩。
私は一気に懐へと迫ると、体を回転させて日本刀を振り抜く……今度は刃を返していない。その煌めきに先輩の背後で様子を見ていたオレーシャが不気味に咲う。
「無駄だ! 念動盾」
「分かってますよ、これブラフですから」
先輩の念動盾が私の日本刀を受け止めるが……私は日本刀から手を離してもう一度体を回転させて、背中に挿してある小剣を引き抜き、全力で先輩の背後に向かって投擲する。
小剣は凄まじい速度と威力で油断しきっていたオレーシャの頭部に突き刺さり……女淫魔は短い悲鳴をあげる。
「ガッ……!」
「あ、灯ちゃ……え?」
頭部に突き刺さった小剣の勢いそのままに、オレーシャはひっくり返って倒れる……その攻撃を見た先輩が真っ青な顔になって背後を見る。
倒れたと思ったオレーシャが、ギリギリのところでひっくり返らずに、ゆらりと体勢を戻す……頭に突き刺さったままの小剣はそのままに、クスクス笑い出す。
「やるわね……油断してたわ……」
「お、お前は……誰、だ……」
先輩が真っ青な顔のままオレーシャから距離を取ると、私とオレーシャを何度も見比べて、何かに気がついたかのように、泣き出しそうな顔で私を見つめている。
土下座でもしそうなくらいの表情を見た私は、なんとなくバツが悪くなってしまい頬を掻いてごまかすように、日本刀を拾いながら先輩に声をかける。
「……後で、後でいくらでも話は聞きます。だから今は協力してください」
その言葉に頷くと、先輩は今度はちゃんとオレーシャに向かって構える。
「クハハ! なんてことだ、洗脳が解けたのか……愛の力ってやつかしらね」
小剣を掴んで力強く引き抜いたオレーシャは、無造作に剣を放り投げる。剣の刺さっていた傷跡は見る見ると塞がっていき、妖艶な笑みを浮かべた女淫魔の美貌は元通りに復活する。
屍人じゃないんだから……頭を破壊したと思ったのにまだ生きて動いている? あの一撃で脳までは達していたはずなのに、それではとどめにならないということか。
「なら……細切れにするべきかしらね」
私は両手で日本刀を斜めに構えてオレーシャとの距離を一気に詰めるように突進する……人間の速度を超えた突進だが、オレーシャは笑顔のまま一撃を躱す。
その隙を逃さず先輩は瓦礫を持ち上げると一気にオレーシャに投げつけると、その瓦礫を避けきれないと判断したのか、彼女は爪を振るって瓦礫を切り裂く。
「ハハッ! 連携が取れて……ガァアッ!」
「ミカガミ流……大瀧ッ!」
切り裂いた瓦礫を縫うように私が一気にオレーシャに接近して日本刀を振るう……渾身の一撃が、オレーシャの肩口から左腕を切り飛ばす。
血が噴き出して、オレーシャは肩を押さえながら必死に私との距離を取ろうと後ろへとステップするが、それは私が狙っていた意図に沿った動きだった。
間髪入れずに私は地面を蹴り飛ばすように前方へとダッシュすると、片手で構えた日本刀を突き出す。
「ミカガミ流……彗星」
私の彗星がオレーシャの胸を貫き、そのままの勢いで後ろにあった壁へと衝突する。壁はひび割れて陥没するも、オレーシャは日本刀に串刺しになったまま壁に貼り付けられた状態になる。
血反吐を吐きながらも必死にもがくオレーシャを前に、私は侮蔑の意味を込めて薄く笑う。
「馬鹿なァ! 人間ごときに……ブベッ」
なおも何かを喋ろうとしたオレーシャを私は拳で殴りつける……こいつは強かったが、あまりにやり方が卑劣だ。私は、このやり方は許せない。
表情を変えずにオレーシャの顔面を何度も何度も殴りつける……殴るたびにオレーシャの顔面が陥没し、血が噴き出し骨が砕ける嫌な音が響く。
「ガハッ……も、もう許し……ギャアッ……くだ……」
ボロボロの顔だが目から滝のような涙を流してオレーシャは哀願するような悲鳴にも似た赦しを請うが……それでも私は熱に浮かされたように殴りつける。
するといきなりその殴りつける拳が不思議な力で引っ張られたことで、私は内心舌打ちをしながらその力の源、後ろを振り返って口を開いた。
「何をするんですか? まだ操られていますか?」
「だめだ、灯ちゃんそいつは戦意を無くしている……それ以上は単なる虐殺だ」
私の手を引いたのは先輩の念動力……恐ろしく強い力で私の腕を完全にロックした状態になっている。ギリギリと腕に力を込めるが、この力はそう簡単に解けそうにない。
私はその先輩の引く力に構わずに拳を振り下ろそうとするが、先輩は必死にそれを押しとどめる……。
「私は……この女淫魔を許す気はありませんよ? 離してください」
「灯ちゃん、戦意を失ったものを受け入れることも……僕たちは殺戮者じゃない……」
先輩の言葉に、私はため息をついて……力を緩める。
彼はわからないかもしれないが、この夢魔という種族は基本的に本能として人を襲う、被害を与えることしか考えていない。ここで許したところで、何も意味がないと思うのだが……。
「わかりました……先輩は……甘すぎますよ……」
私はあくまでも冷たい目でオレーシャを見つめる……まあ、戦意は完全に無くなっている。顔面も陥没してご自慢の美貌も役に立たない。
当分は動くことも、人を襲うこともできないだろう、インカムに任務完了の報告を入れる。
「終わりました、それと女淫魔を捕らえています。捕獲用の人員もお願いします」
私はそれだけを伝えると、先輩を見ると……彼は私の視線に気がつくと少しだけ気圧されたようにたじろぐが……すぐに深々とお辞儀をする。
そのお辞儀を見ながら、私は地面へと落ちていた小剣を拾い上げると背中に装備している鞘へと仕まう、日本刀は……捕獲班が来るまではこのままか、仕方ない。
「先輩……気にしないでください。女淫魔の能力は強力ですから……」
「灯ちゃん……すまない。操られていたとはいえ君に手を上げるなんて……僕は……」
_(:3 」∠)_ ヒューイ・ルイスのパワー・オブ・ラヴを思い出したw
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