第七六話 精神支配(コントロール)
「こんにちは〜、昭島です〜!」
今私は先輩のお家……東京としては比較的一般的な二階建ての白い壁の住宅の前に、ミカちゃんと一緒に立っている。
結局……ミカちゃんに押し切られる形で先輩の家へと来てしまったが、よかったんだろうか? と少しだけ悩むところではある。だって男性の家にお邪魔するなんて経験ないからね、私は。
「はいはい〜、ちょっと待ってね」
インターフォンから女性の声がするが……そういえば先輩はお姉さんがいるとか言ってたっけ。バタバタと音がして、ドアが開くと茶色の髪と健康的な美人といった風貌の女性が顔を出す。
この方は……たまに先輩が話してたお姉さんか、確か上に二人いるっていってたっけ。
「あー、楓お姉さんこんにちは。今日はあかりんも連れてきました」
ミカちゃんがフツーに挨拶してるけど……、ちょっと待ってなんでミカちゃんこんなに先輩の先輩の家族と普通に話してるの? ちょっとドン引きした顔の私を横目に、ミカちゃんは楓お姉さんと呼ばれた女性と談笑している。
「あー、涼生がよく話してる灯ちゃんって貴方なのね」
「すいません。自己紹介が遅くなりました……初めまして、新居 灯です」
楓さんが私の顔を見てニコニコ笑ってお辞儀をする……その姿を見て慌てて私もお辞儀をして挨拶をするが、呆気に取られて私は普段の思考ができていない気がする。
楓さんは私たちを家に招き入れながらだが、少し表情を曇らせて口を開く。
「さ、上がって上がって。ただ、あの子体調悪いみたいで……話してみるわね」
私とミカちゃんはリビングにあるソファーに腰掛けて……お茶を飲んでいる。カップもいいやつだなあ……なんとなくだけど、先輩のお姉さん方の管理が行き届いているのか、埃ひとつ落ちていない。
我が家は自らで掃除をする主義なので、自分が使っている場所は掃除をしているのだけど、お父様の部屋などは結構な荒れようで、痺れを切らして私がたまに掃除をしているくらい、場所によって汚れ方が違う。
お手伝いさんなどを入れることは考えていない、ということだったのでやはり先輩の家にも負けないくらいの清掃を今度は考えねばいけない時期に来ているのかもしれないね。
「あー、ダメみたい……布団に潜ったまま出てこないわ」
楓さんが困った顔で……階段を降りてリビングへと戻ってくるが、その瞬間……ふわりと私の鼻腔に気になる感覚が感じられた。
私がその匂いで少し身を固くしたのは、他の二人には気がつかれていない。私はこの匂いを記憶から引き出していく。
『魔素、そして記憶にある前世で嫌というほど嗅いだ魔族の匂い』
どういうことだ? 楓さんはミカちゃんに先輩が布団から出てこない、と話しているがこのお姉さんが魔族……いや、彼女に付着した匂いは彼女からというよりは、後からついたもののように感じる。
嘘をついているような顔でもないし……正直言えば本当に困っているという感じなので、おそらく彼女やもう一人のお姉さんが先輩に対して危害を加えているわけでもないだろう。
すると先輩は……何かしらの降魔による攻撃を受けているということだろうか? KoRJの構成メンバーである彼を直接的に知っているものからの攻撃になるのだろうか?
「……ミカちゃん、体調悪いのに押しかけちゃったから帰ろう」
「そうだね……お姉さん申し訳ないです」
ミカちゃんと私はお姉さんに頭を下げて、ソファーから立ち上がる。楓お姉さんはごめんね、と謝りながら玄関の外まで出て挨拶をしてくれている。
ずっと魔族の匂いが気になっていた私は外に出た後、お姉さんに軽く話しかけてみることにした。
「……先輩、何か最近変なことはないですか?」
「そうね……夜は随分うなされているみたいで……ここ数日で一気に体調が悪化してるの。病院に連れていこうと思ってるんだけど……」
楓お姉さんはかなり困った顔で二階の方向を見ながら、頬に手を当てている。夜か……昼間は一応動いているということは、先輩に攻撃を仕掛けている降魔の種類はある程度判別がつくな。KoRJに向かって過去の文献を調べれば、種類も含めて対処方法を考えることができるだろう。
「ありがとうございます、アルバイト先にも先輩の体調が悪いことは伝えますね」
私はそれだけ伝えると、ミカちゃんを伴ってすぐにその場所から離れる……、おそらくだけど私が先輩の元へと来たこと自体は降魔も認識しているだろう。
私は家から十分離れたところで、ミカちゃんへと話しかける。
「ミカちゃん、私バイト先に行ってくるから、また明日ね」
「さて……そろそろメインディッシュといこうかしら。この人美味しくないんだもの……」
人が寝静まる深夜……青梅 涼生の自宅を望む小さな丘の上にある公園。
女淫魔のオレーシャは、茂みの中から身を起こして舌なめずりをする……その背後にはピクピクと痙攣する哀れな犠牲者の姿があった。
一時間ほど前にオレーシャの姿を見て声をかけてきた若者……だった犠牲者は若者とは思えないほどに痩せ細り、まるで木乃伊のような姿で倒れている。
「でもまあ、暇つぶしににはなったわ」
「そう、随分とご機嫌ね……」
いきなり声をかけられてオレーシャはその声の方向を見ると、黒髪を夜風に靡かせ紺色の制服に身を包んだ……新居 灯の姿があった。
アライ アカリ! オレーシャは自然と笑みを浮かべる……テオーデリヒから説明されていた最終的な目標がここへ来るとは!
しかも自分に気が付かれずに気配を消してなど……実に、実に素晴らしい! 強敵を目の前にしてオレーシャの体が武者震いで震える。
「あなたがアライ……オウメの恋焦がれた女性ですね! ここに来るとは!」
「女淫魔が先輩に取り憑いているなんてね……これも降魔の差金ってことですかね」
私は日本刀をすらり、と鞘から引き抜いて片手で構える。KoRJの記録では女淫魔の出現例は非常に多く、過去より人類は陰ながらこの悪魔の被害を受け続けていたそうだ。
悪夢、そして極度の疲労、体調不良その辺りの情報をまとめていくと、数種類しか原因となる降魔は存在していない。
そして記録上では女淫魔は個体差の多さから結構厄介な降魔として記録されており、今回の特定にはそれほど時間はかからなかった。
前世でも分類上夢魔と呼ばれる悪魔の被害は多かった。
一国の王が女淫魔の支配下へと堕ち、悪行を為すなど被害には枚挙に遑がない。完全に籠絡してしまうと、その人間は堕落しきった下僕と化すため、精神を崩壊させて奴隷人形と化すのだ。
国が傾く原因ベスト一〇に入るんじゃないかというくらい、前世でもメジャーな存在だった、そして健全な冒険者は密かに夢想してたりもするのだ、『一回くらいは絞られても死なないんじゃないか』と。
まあ大体それでさっくり死んだりもしてる先輩冒険者を見ているので、やめた方がいいとは思ったけどね。
「今夜で下僕になりそうなのよ、あの男性は……夢の中で何度も何度も貴女に迫られてね。そろそろ我慢の限界なんじゃ無いかしら」
クックックッと引き攣るような笑いを浮かべて、女淫魔は私の顔を見ているが、私はあくまでも冷静だ。ただ……目の前の女淫魔に腑が煮えくりかえりそうなくらいの怒りしか感じていないというだけで。
無表情を貫き、黙ったまま日本刀を女淫魔に向け、少しだけ腰を落とす。
「あら……怒ってるの? なぁんだ、貴女もあのオウメのこと気に入って……」
「ミカガミ流……彗星」
女淫魔の言葉が終わらないうちに私は地面を凹ますくらいの脚力で蹴り飛ばし、超高速で距離を詰める突進突き技、彗星を繰り出す。
一〇メートル近い距離をダッシュで詰め、普通の人間だったら何が起きたか分からないまま日本刀で貫かれてしまうであろう神速の突き技を繰り出すが、私の突きは空を切り女淫魔はひらりと空中に翼を広げて飛び上がって攻撃を避ける。
「私の名前はオレーシャ……女淫魔のオレーシャよ、よろしくねアライさん」
オレーシャと名乗る女淫魔はぎらりと目を輝かせると、その両手の爪がまるで獰猛な肉食獣の鍵爪のように太く長く伸びる。
私はすぐに日本刀を構え直す……オレーシャは空中を旋回しながらタイミングを測っており次第に旋回速度が上がっていく。おそらく一瞬でも隙を見せた途端に、襲いかかってくる気なのだろう。
「いくわよぉ、アライさん!」
その言葉とともにオレーシャの姿が掻き消える、いや正確には消えたわけではなく超高速で迫ってきているのだ……私は目で追わずに、予測されるオレーシャの攻撃地点へと下から刀を凪ぐ鳳蝶を叩き込む。
私が予測した攻撃地点にオレーシャが突撃してきたことで、斬撃が彼女の体を切り裂く……肉を断ち切る感覚と共にそのままの勢いでオレーシャが私の後背の地面へと激突して轟音と共にめり込む。
「ミカガミ流……鳳蝶ッ!」
「ギャアアアッ! つ、翼が!」
私の日本刀はどうやら彼女の片方の翼へと命中したようで、斬り飛ばした翼が地面へと転がる……はっ……ざまあないわ。私は笑いながら……腹部に感じる痛みに膝をつく。
交錯の瞬間オレーシャはきっちり私の腹部に鋭い爪の一撃を入れており、私は戦闘服の切れ目から血を流しているが、内臓まで達する傷ではない。
お腹を片手で抑えながら、私は日本刀を構えて……オレーシャと名乗る女淫魔に語りかける。
「降伏すれば……実験台くらいには使ってあげるわよ……」
オレーシャは肩からもげた翼の付け根を抑えながら、歪んだ笑みを浮かべて咲う。
「そんな傷抱えながらよくいうわ、アライさん、それと……背後に気をつけてね?」
その言葉と同時に私の背後に木製のベンチが空中へと浮き上がり……回転しながら迫ってくるのが視界の端に見えて……私は振り向きざまに日本刀を上段から振るう。
「こ、これは……」
バターでも切り裂くかのように、ベンチは真っ二つとなり……音とともに地面へと落下する。
私はこの攻撃にめちゃくちゃ動揺する……だってこの能力は、先輩の得意としている念動力なのだから。視界の先に……私が今回守ろうとした人の姿が見えて、もう一度大きく心臓が跳ね上がる。
「灯ちゃんに……何をしているんだ、この化け物め!」
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