第五八話 恐怖の夜(テラーナイト) 一二
「アマラ! こっちだ! 僕をみるんだ!」
志狼さんは大声をあげて四足歩行で私たちから注意を逸らすかのように走り出す。その声に気がついたのかアマラが走っている志狼さんを見つけると、依代となっているアマラは満面の笑みを浮かべて、嬉々として両手を伸ばす。
その動きに合わせて紅血が触手を伸ばして彼を追いかけていく。
「ミツケタアアアアアア! マテエエエエエ!」
紅血は凄まじい勢いで壁や天井を走り続ける志狼さんを追いかけていくが、それと同時に触手が壁や、天井にあるライトやシャンデリアを破壊していく。
あーあ、本当にこのホテル建て直しだなあ……私は振動と煙に包まれていく空間を見て残念な気分になる。とはいえ今日一日でオダイバは本当に取り返しのつかないくらいの崩壊ぶりを見せている。
ミカちゃんがよく『デートするなら一度は夜のオダイバがいいな!』と話していたが、こんな状況じゃなあ。残念だけどミカちゃんが初デートする時は別の場所をチョイスしてもらう方が良さそうな気がする。
そういえばちゃんとミカちゃんは家に帰れたのだろうか? スマホもKoRJへと預けてしまったので彼女の安否がわからない……。少しだけ心細い気分と、無事帰れたら思い切りミカちゃんと一緒にケーキを食べに行きたいな、と思った。
「さて……悠人さん。お願いします」
私は日本刀を悠人さんにぐい、と突き出す……彼は頷くと日本刀に軽く手を添えて……精神を集中させていく。
悠人さんの発火能力の原理は、正直いうとKoRJの研究者たちには解明できていないのだと説明されている。
「炎よ……灯ちゃんを守るんだ……」
空間に強力な電磁波が流れて発火するとか、原子を動かして熱エネルギーを異常増加させるとか、空気中のリンに着火するとか推測されてはいるのだけど、誰も彼の能力の原理を解明できた者はいないらしい。
ゆっくりと日本刀の表面に薄い火が灯り始め……それは大きく、激しく燃え盛るように強くなっていく。私はその炎を纏った日本刀を目の前に掲げて、ほぅ……と息を漏らす。
その炎を見つめた私の脳裏に一つの記憶が蘇る。
炎の武器という魔法が前世で存在した。魔力によって武器に炎を纏わせて、一時的に魔力を持った武器として扱えるようにする、いわゆる付与魔術に属していた魔法だ。
魔法使いからすると初級で扱える馴染み深い魔法の一つだが、御多分に洩れず魔法の武器なんてものは一回の冒険者が持つような物ではなく……大半の冒険者はこういった付与魔術に頼るケースが多かったと聞いている。
私も前世の冒険者人生の前半はパーティを組んだ魔法使いに付与魔術をかけてもらい、物理で殴っても死なない死霊や不死の王など、高位の不死者と戦っていたものなのだ。
「ありがとうございます、先輩は悠人さんと共に防御に専念してください」
私は悠人さんと先輩に頭を下げる……ここから先は私と志狼さんが本気で彼女を殺す、いや倒すために戦う時間だ。今更気がついたが二人は体のあちこちに傷を負っているし、血がこびりついたりしてボロボロの状態だった。
無理をさせてしまった、という申し訳なさも感じつつ私は炎を纏った日本刀を手に歩き出す。
「新居さ……いや、灯ちゃん。必ず生きて戻ってきてくれ」
先輩が私の背中に声を投げかける……大丈夫私も生きて先輩からラテ奢ってもらうから。
私は振り返り彼に笑顔で親指を立てると、瓦礫の影から飛び出した。
「マッテエエエエエ!」
アマラの伸ばす触手が狛江のすぐそばを掠め、壁面に大きな穴を穿つ。ギリギリでその攻撃を避けた狛江は、紅血に対して鉄をも切り裂く爪を斬撃のように繰り出す。
一瞬の抵抗の後に、紅血の触手はまるでゴムを伸ばしたかのように弾力を伴って伸びて衝撃を吸収していく。
「くっ……やはり物理攻撃では……」
狛江は急いでその場から飛び退ると、大きく咆哮を上げる。
獣人に備わる咆哮の能力にはさまざまな効果を載せることができる。狛江が使うことのできる咆哮は数が限られているが、そのどれもが強力だ。
呪縛……呪屍人に使ったが、相手の動きを無理矢理に止めることができる。
戦慄……魂に直接作用して、一時的な恐慌状態を作り出すことができる。
KoRGBおよびKoRJには二つの咆哮しか報告をしていないが、彼にはもう一つだけ隠しているものが存在している。
「くらえ! 貫通!」
狛江の咆哮と共にアマラに向かって、空間が裂けていくような見えない力が地面を割って一気に押し寄せる……秘密にしていた未登録の能力。咆哮することで敵を貫く強力な衝撃波を直線上に放つことができる狛江唯一の遠距離攻撃。
その不可視の衝撃波の飛来を察知したのか、アマラが紅血をまるで大きな膜のように前面へと展開させる。
「シッテルウゥゥゥ! シッテルゥゥ! アーネストノカクシテルチカラァ!」
貫通の衝撃波が膜のように展開された紅血に突き刺さる……が、膜は弾力を持ってその威力を受け止め、貫通することを許さずにアマラの眼前で止まる。クスッと笑って狛江を見つめるアマラ。
「馬鹿な……君には話したことすらなかったのに……」
狛江は驚きで立ちすくむ……なぜこの能力のことを知っているんだ君は!
「アハハハハ! ワタシハアーネストノコトナラナンデモワカルノ!」
アマラは高笑いを上げながら、複数の紅血を大きく広げて、連続で打ち出していく。狛江は少し咳き込みながら……回避体制を取るために腰を落とす。
咆哮は単に吠えているわけではなく、体から能力として絞り出す力だ。つまり効果をのせて吠えることは彼自身の消耗につながっていくデメリットも存在している。
「くっ……思ったよりも消耗が激しい……」
狛江は連続で飛来する紅血の触手を回避しながら、何度も咳き込む。口の端から軽く血が流れており、喉を痛めたことがわかる。
二回目の貫通は自分自身が動けなくなるくらいの消耗を起こす可能性がある……いざという時のために撃つわけにはいかない。
「くそっ……避けきれないなんて……はあっ!」
避けきれそうにない触手を、狼獣人の腕力を載せた拳で弾き返していく。拳で殴るという動作はあまり慣れておらず、痛みを感じながらもなんとか距離をとる。そこへ一度は引いたはずの触手が大きく回り込むように狛江へと接近してくる。
避けきれない?! 狛江の集中力は最高潮に達しており、その迫る触手がとても遅く感じるが……体が動かない。
「ミカガミ流……泡沫!」
そこへ割って入ってきた新居 灯が炎を纏わせた日本刀を横凪に振り払い、触手を炎と共に焼き切っていく。
悲鳴をあげたアマラは慌てて触手を自らの元へと戻していくが、切り裂かれ地面に落ちてまるで虫か何かのようにバタバタと蠢く紅血の残骸を見て、新居は日本刀で突き刺すと悪臭と黒い煙をあげて紅血が消滅していった。
新居は狛江の顔を見て少しだけ笑うと、すぐにアマラへと向き直り、炎を纏わせた日本刀を突きつけて叫ぶ。
「さあ、第三ラウンド開始ね……覚悟なさい!」
効果はある……私の立てた作戦は正しかった。
炎を纏う日本刀はアマラが打ち出した紅血を切り裂いたというよりは、焼き切った感じだが……今まで何度も叩きつけるように技を繰り出しても切り裂くことのできなかったあの厄介な触手を斬ることができた。
「やれる……これなら倒せる!」
「チカヨルナァァァッ!」
私は片手で大きく日本刀を振りかぶると、一気に地面を蹴って跳ぶ。
狙いはアマラの体から伸びる触手と体にまとわりついて刺青のように見えるが、不気味な輝きを放ち蠢く紅血本体。
私の狙いを察知したのか、アマラは慌てたように触手を大きく伸ばして私に向かって打ち出す。最初は面食らったこの攻撃だが、既に私の目は完全に慣れてきていた。
「無駄だッ! ミカガミ流……大瀧!」
私は体を縦回転させて迫ってきた触手を大瀧で切り裂く。黒煙をあげて消滅していく触手……再び私は着地すると同時に足に力をこめて地面を蹴る。私の全力の脚力を受け止めきれなかった地面が大きく凹む。
触手を焼き切られたアマラの顔が恐怖に歪む……新しく生えてくる触手を打ち出して私を後退させようとするが、私は避けきれない触手のみを斬り払って突進を続ける。アマラは勢いを止めずに距離を詰めてくる私を見て叫ぶ。
「カカッタナ!」
私は下から恐ろしいまでの殺気を感じて視線を落とす……その時地面を割って槍のように鋭い触手が一気に飛び出してくる。
避けろ避けろ避けろ! 勢いよく突進している私は急には姿勢を変えられない。
眼前までスローモーションのように迫る穂先、集中しろこういう時前世のノエルはどうしていた? ミカガミ流の剣聖はどうやって危機を逃れていた? 頭にあるイメージが閃く。
次の瞬間鋭く伸びた触手が私を貫く……アマラはついにこの厄介な敵を倒した、と判断してほくそ笑むが……一瞬の間を置いて私の姿が掻き消える。
「!? イナイ? ナンデ?」
アマラは私の姿を探して辺りの様子を伺う……表情は完全に慌てており、私を探そうと躍起になっている。
「……こっちよ」
背後から不意にかけられた言葉……アマラがゆっくりと振り向く。まさか……? あの一瞬でここまで? 混乱する思考の中、背後を振り返ったアマラ。
その目に、空中で大きく日本刀を振りかぶってアマラを斬り裂こうとする新居 灯の姿が映った。
_(:3 」∠)_ 次回戦闘決着でござるよ
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