第五六話 恐怖の夜(テラーナイト) 一〇
「アー……アー……ネストォ……」
自我を失ったと思われていたアマラが、志狼さんを見てまるで屍人のように虚な目で彼に向かって手を伸ばす……その動きに呼応して紅血が高速で打ち出される。
その動きはまるで獲物に向かって迫る蛇のように畝り、有機的な動きで志狼さんへと迫る。
肩を抑えていた志狼さんは慌ててその場から飛び退くと、打ち出された紅血の帯が地面を抉り取り、その勢いのままアマラは腕を振るって、紅血を鞭のようにしならせて次は私へと叩きつけようとしてくる。
「もう慣れたッ!」
私は日本刀を使って強烈な勢いで振るわれる紅血を受ける……日本刀に紅血が衝突する刹那の瞬間に力の方向を変えて、受け流すとそのままの勢いで日本刀の上を滑っていった攻撃は私の頭上を飛び越えて、壁へと衝突して轟音と共にホテルの壁をぶち破る。あーあ、このホテル建て直しだろうなあ……基礎ごとガタガタになってそうだ。
「キアアアアアアアアア!!」
アマラは口から悲鳴とも、怒りの咆哮ともつかない甲高い声を上げて、紅血を手元に引き寄せようとする。その隙を狙って、私はアマラとの距離を詰めるために走り出す。
それを見て、アマラは口から紅血の弾丸を連続で射出していく……その攻撃に対して左右に軽快なステップを繰り出して、交わしながら私は脚に力をこめて、力強く地面を蹴り飛ばした。
スドン! と音を立てて私は弾丸のように前へと飛び出すと、アマラとの距離……約数メートルを一気に縮める。
肉薄するのと同時に、水平に日本刀を構えた私は体を横回転させながら、アマラの胴体を横凪に切り裂くべく、斬撃を繰り出した。
「ミカガミ流……竜巻!」
私の一撃がアマラの胴体を横一文字に切り裂いていく肉を断ち切る感覚と共に、アマラの上半身と下半身が切り離された……はずだった。
技を繰り出し終わった私が地面へと着地すると同時に、背中に強烈な殺気を感じて……私は急いでその場から飛び退って距離を取り……振り返ってアマラを見る。するとそこには想像を超えた光景が広がっていた。
「な……なんだと……」
志狼さんが呆然とした顔で、異形の姿と化したアマラを見ている……下半身は上半身を失っても倒れていない。上半身と下半身は真紅に輝く紅血により辛うじて繋がって……いや、正確にいうのであれば、直接繋がってはおらず蠢く紅血が切り離されたはずの上半身を下半身へと持ち上げて……肉体を連結させようとアメーバのように蠢いている。
アマラの上半身はケタケタと笑いながら下半身に手を添えて、強引に自らの身を連結させようとしている……これもう人間超えちゃってるんじゃないんですかね……切断面がうまく閉じないのか、アマラは音を立てて漏れ出した内臓をぼんやりとした目で見ながら、なぜ溢れているのかを考えるように頭を傾げながら手で持ち上げて腹の中へと収めようとしている。無理やりに収めようとする腹部から何度も溢れる内臓をイライラしたように雑に扱う彼女……。
「うぷっ……ゲホッゲホッ……」
想像以上にグロい光景に、戦い慣れたはずの私は気分が悪くなって、口を押さえる。なんだ、これは……屍人? いや違う……紅血魔術によって血液そのものが生命と化しているのか?
アマラ自身は紅血を留めておくための依代と化しているということだろうか。するとアマラを攻撃しても滅せず……紅血そのものを完全に消滅させないといけないのだろうか?
「そんなこと……できるのか……?」
殲滅という点でいくと、私のミカガミ流は個を相手にしたときは確かに有効なのだが、実体のないものを攻撃するのは専門外だったはずだ……そういうのは魔法使いの役目であってだ、その魔法使いは目の前にいるが……敵なんだよな。
ちょっと幼児体型で、前世の私がさんざん『ロリまな板!』と弄りまくったエリーゼ・ストローヴさん! 現世の私を見たら絶対に嫉妬する大魔法使いのエリーゼさんは、なんで日本に転生していないんですか! 今こそあなたの無茶苦茶な威力の魔法をぶっ放す出番ですよ……だってあなたは敵方の砦を爆裂魔法で地形ごと変えたじゃないですか! 今それが必要なんです! ヘルプ、まじヘルプ!
私はこの世界には存在しない仲間の名前を心で叫んでみる……が、そんなことをしたところで仲間は出現するわけでもなく、再びアマラは私に向かって狂気とも言える笑顔を浮かべて……一歩前へと踏み出す。辛うじてくっついている上半身がゆらゆらと動いている。
「ア……アマラ……」
私と志狼さんは出来の悪い操り人形のような動きで、一歩一歩前に出てくるアマラの不気味すぎる迫力に後退する。
その時……アマラと私たちの間の空間に連鎖的な爆発が巻き起こる……え? もしかしてエリーゼさん来ちゃった? そんなことを考えた私のお尻に、スカートの上からぺろんと男性の手が撫でる感触が走る。
「ひゃあっ!」
まさかこのタイミングでこんなセクハラを食らうと思っていなかった私は、思わず変な悲鳴をあげて慌てて背後を振り返ると……そこにはとても凛々しい顔をした悠人さんと……少し頬を膨らませて悠人さんの頭をぽこぽこ叩く先輩の姿があった。
「待たせたな……ここは俺の出番だと思う」
私は……この絶妙のタイミングで現れた悠人さんの顔を見つめて……少しだけ笑顔を浮かべた後、先ほどの手の感触は明らかにこのKoRJのセクハラ大王の仕業だと気がつき……すぐにジト目でじっと彼の顔を見つめる。
「あの……私のお尻……触りました?」
「俺のやる気は灯ちゃんにかかっているんだ……わかってくれ……」
悠人さんは私の視線から目を逸らすように……そっぽを向きながら、タバコを蒸している。こ、こいつ……こんなやばい状況で普通にセクハラしやがったのか……そして悠人さんをふくれっ面でぽこぽこ叩き続けている先輩は、一体何をしているんだ。
「僕の目の前で新居さんのお尻触ったあ……僕はそんなことしたことないのにぃ」
先輩は本当に悔しそうな顔で、悠人さんの背中を叩き続けている……いや、その気持ちは嬉しいけど……別に先輩なら許すってわけじゃないんだぞ、わかってるのか?
「青梅……俺は、灯ちゃんのおっぱいが揉めれば死んでもいいと思っている人間だ……先ほど尻を触ったことで、俺は思った……やっぱりあのデカいおっぱいが揉みたいと。だから生きて帰りたい」
悠人さんはものすごく真面目な顔で、普通にコンプライアンスに引っかかりまくってレッドカードが出そうな言葉を連発する。
うん、やっぱこいつ殺そう……私が目を光らせて日本刀を構えようとしたその時、完全に目を離していたアマラの紅血が一気に迫る。
「──ッ! 念動盾!」
先輩がその飛来する紅血を念動力のバリアで受け止める……先輩の展開した念動盾に衝突した紅血がまるで液体をぶちまけたかのように広がり……威力を失う。
いつの間に先輩はこういう小技を使えるようになったのだろう? と少しだけ感心するが、その紅血に向かって悠人さんが発火能力で着火する。
「アアアアアアッ!」
紅血に炎が燃え移った瞬間、依代となったアマラが苦痛に満ちた悲鳴をあげ……紅血が炎から逃げるようにアマラの体へと逃げていく。
その隙を狙って私たちは崩れた壁が瓦礫となっている場所……アマラの視界から一時的に逃れられる壁の後ろへと隠れて、一旦息をつく。
さっきの件だけど……もしかして炎、というよりは悠人さんの炎に含まれる魔素に反応したのか?
「効いてるみたいだな……それとなかなかデカいな」
悠人さんも興味深そうにアマラと紅血、そして視線はアマラの大きな胸の感想を呟く。わかりやすいなこの人……というか今の超グロい状態の彼女を見ても普通にそのセリフが出るのが恐ろしい。
アマラはわたしたちを見失って辺りを見回しているが、すぐに見つかってしまうだろうから対策を急いで考えなければいけないだろう。
「悠人さん、日本刀に炎を着火できますか?」
色々言いたいことは多いのだけど、彼の能力で日本刀に炎を纏わせて……魔素を一時的に私でも扱えるようにすれば、有効な斬撃をアマラに加えることが出来るかもしれない。悠人さんの炎は彼が解除しなければ燃え続けるという特性を持っている……つまり意図して彼が能力を解除しなければ、私の斬撃はあの紅血にも効果的な威力を発揮するだろう。
私はその場にいる全員の顔を見ながら宣言する。
「日本刀に炎を纏わせて……あの紅血に攻撃を加えてアマラを倒します」
_(:3 」∠)_ セクハラすら起きて……
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