第五三話 恐怖の夜(テラーナイト) 〇七
「待っていたわ……新居 灯さん……いえ、ミカガミ流の剣士さま」
荒野の魔女……アマラ・グランディは体のラインがはっきりとわかるとても高価であろう、夜会などで使われるドレスを身に纏っていた。
なんていうかー……胸部装甲がですね、遠目でもわかるくらいボインボインのバインバインな感じで……ちょっと驚くくらいのグラマラスな体型がドレスの薄さも相待って……現世が女性である私ですら赤面したくなるくらいのド迫力を感じて少し引き気味である。
私前世でもあんなすごいの見たことないんですけど! 目のやり場に少し困ってモジモジしたくなる気分を抑えて、私は一歩前に出る。そんな私の葛藤を知ってかしらずか、彼女はにっこり笑っている。
彼女は大きなパーティ用の広間の奥に設置された豪華な椅子に一人だけで座って、近くに複数置かれたモニターで外の様子を確認しながら、ワインを飲んでいる。酔っている様子はないので、それだけアルコールに強いかそもそも酔わない体質なのか、だ。
ちなみに前世のノエルはお酒が……良い酒も悪い酒も大好きだったが、現世では私の年齢ではお酒が飲めない、ということで現状一滴もアルコールは摂取していないので、この身体がアルコールに強いか弱いかはまだ分かっていない。
ただまあ少なくとも立場や周りのイメージなどを考えると悪いお酒は避けたいなあと思う次第である。
「何? その無粋な装置……要らないわよね?」
彼女が指をパチンと鳴らすと、私の腰についていた認識阻害装置が火を噴いて……私は慌ててその装置を投げ捨てる。軽い爆発音と共に装置は燃え尽きてしまい、私の顔を隠すものが完全に無くなる。
「あなた……日本人離れした容姿を持っていて、とても可愛いのだからそんな装置いらないでしょう?」
私と彼女以外に存在しないこの空間には、モニターから流れる悲鳴や咆哮、そして戦いの音が響いている。そこで私は彼女がここで外の様子を楽しげに見つめていることに気がついて……今までにない強い怒りを感じた。
「なぜ……」
「なぁに? 美しいお嬢さん」
「あなたは、なぜこんなことをしたんですか?」
私は、まっすぐにアマラを見つめながら問いかける。私の視線を正面から受け止めると、彼女はクスッ、と失笑した後に、その美しい顔に微笑を浮かべてワイングラスを揺らして答える。
「……楽しいからよ、それ以外無いわ」
「……っ!」
あまりにシンプルで、正直言えば他人からは聞きたくなかった答え……私は思わず叫ぶ。
「なんなんですか?! 楽しいからって……たくさんの人が死んでいるんですよ?!」
そんな私の叫びを聞いても、アマラは全く動じずに、ワインをグラスから煽るとボトルからグラスへと真っ赤な、血のように鮮やかな色をした液体を注ぐ。
そして……恐ろしく無感動な、とてもつまらないものを見たかのような、感情のない冷たい目を私に向けて口を開く。
「……案外つまらないことを聞くのね、あなた」
本当に心の底から残念そうな顔で彼女はワインを軽く飲むと、私に美しいながらも不気味に歪んだ笑顔を見せて咲う。その歪んだ笑顔を見て、私は確信する……この女性はもう……人という存在から少し外れてしまっている可能性が高い。
「つ、つまらないって……楽しい、楽しくないという気分だけで人を……これだけの不幸を撒き散らすのか!?」
私はゆっくりと前傾姿勢をとる。相手は魔法使いだ、私のようにひたすらに接近戦の技術を磨き上げた剣士と違い、接近戦においては素人同然のはず。
「おお、こわいこわい……このパーティを企画した時に、いろいろ準備したのよ? それはもう大変だったの」
アマラはニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべながら、準備というものを語り始める。
各国から集めた受刑者や、貧困に喘ぐ無辜の民を生贄としてあれだけの降魔を異世界から無理矢理に召喚したこと、準備には暴力団の下部組織の下っ端を使っていたこと、今回はオダイバに設置したコンテナに触媒を詰め込んで魔力を注いで、一気にあれだけの数を召喚した……何人の魂が触媒になったのかわからないことなど。
それはもう満面の笑みで、彼女は嬉々としてその準備を語っている。私はあまりにひどい話に呆然とその自慢話を聞いている……何を、何を言っているんだこの女は……。
「そうそう、傑作だったのはね、兄妹で連れてきた不法入国者がいたんだけど……『俺を犠牲にしてもいいから妹は助けてくれ!』って叫ぶもんだから、それならってお兄ちゃんを触媒にして降魔を召喚したら、出てきた小鬼族の王とその一党に妹が犯されちゃってね……助けを求めて泣き叫んだ時は傑作だったわ……兄はそこで肉塊になってたってのにね」
彼女は楽しそうにそれまで行ってきた兇行を語っているが、私は体を震わせて呟く。
「……まれ……」
「どうしたの? 新居さん、まだ続きがあるのよ? そうねえ次は子供を守るために身を差し出した母親の話なんかどうかしら……? まあその母親が食屍鬼になったんで、泣き叫ぶ子供を食べちゃったんだけどねえ」
アマラは少し頬を染めて、うっとりとした表情で興奮したように吐息を吐いて……私を見つめて笑う。その余裕のある表情と、口から吐き出される胸糞悪い内容に私の中で何かがブチンと音を立てて切れる。
「……黙れと言っているッ!」
私は完全にキレた……床面が陥没するくらいの力で床を蹴って一気に荒野の魔女へと突進する。
ミカガミ流、飛燕剣の型の突進技である刹那……一瞬で間合いを詰めて、抜刀攻撃を仕掛ける技だが、この間合いなら確実に殺せる、というか絶対殺す。こいつはここで殺さないと……人間にとって脅威にしかならない。
凄まじい速度で迫る私を見ても慌てる素振りを見せずに、余裕ある笑みを浮かべたままの彼女の表情に違和感を感じるが、私は躊躇せずに全力で抜刀攻撃を仕掛け……たはずが、彼女との間にある見えない壁のようなものに阻まれて、眼前で日本刀が何かにぶつかったように止まり、甲高い金属音を立てて何も無い空間を滑るように力が逃げ私の体勢が完全に崩れる。
「な?! ……防御結界か?!」
「あらあら、どうしたのかしら……こわい顔して……女の子がはした無いわよ」
アマラはぎらりと獰猛な笑顔を浮かべて指をパチン、と鳴らす。その瞬間に私の全身に凄まじい衝撃が加わり……私は一気に吹き飛ばされる。
「ああああああっ!」
なんだこれは……まるで超巨大な槌矛で思い切り殴られたような衝撃というか、打撃を受けて私は一〇メートル近く吹き飛ばされた後に地面へと叩きつけられる。いけない……追撃を受けたら……私は身を起こそうとして、全身に走る鋭い痛みに悶絶する。
「うあ……」
どろり、と頭から流れる血液で視界が真っ赤に染まる。頭のどこかに大きな傷ができたのか、それとも骨にヒビが入ったのか締め付けるような痛みを感じて私は表情を曇らせた。今までKoRJの任務を受けてここまでの怪我を負った記憶はない……目の前の魔法使いは、前世と現世を通じて最強の……とんでもない魔法使いだ。
「あらあら……顔中血だらけになって、可愛い顔が台無しねえ……」
アマラはくすくす笑うと、手に持ったワイングラスから一口ワインを飲む。
震える足をなんとか抑えながらも私はゆっくりと立ち上がる。ボタボタと私の顔から血が滴り落ちて、私は少しだけ意識を失いそうになるが……どうにか堪える。凄まじい痛みが全身を包んでいる……というか頭の傷は、これ……普通の人間なら致命傷になってもおかしくないはずだ。
「よ……余裕で……すね……」
私はぐらつく視界の中でニヤニヤ笑いを浮かべているアマラを見つめて、日本刀を突きつける……力がうまく入らない……揺れる剣先を見て、噴き出すアマラ。意識が飛びそうだ……必死に意識を繋ぎ止めるが、体は正直なもので私は何度も倒れそうなくらいぐらつく。
「もう帰った方が良いんじゃない? 新居さん、もう戦える体じゃないわ……」
彼女は手に持ったワイングラスを一気に煽ると、再びボトルを持ってグラスへとワインを注ぐ……そして一口口に含むと、グラスを回して満足そうな笑みを浮かべる。
「そんなに強いのに……どうして……人を滅ぼそうとするんですか……」
私は必死に意識を保つために、口を開く……いや喋ってないともう意識が無くなりそうなくらい私はあの攻撃でダメージを負っている……少しでも時間を稼いで、回復する時間が欲しい。
必死に絞り出した声を聞いたアマラはふうっとため息を吐くと本当に面白くなさそうな顔で、私を見つめる。
「つまらないわねぇ……そんなお行儀の良いセリフを……私は聞きたくないわ」
アマラが私に向かって手を突きつけると……指先から凄まじい勢いで電撃がほとばしり……まだ完全に回復しきっていない私の体を捉える……。
その電流はまるで大蛇のように私の体の表面でのたうち、跳ね回る。
「ああああああああああッ!」
「……雷撃」
アマラの言葉に反応するかのように私を捉えた電撃は、私の全身に凄まじい衝撃と、痛みを与えて私はのたうちまわる……彼女の指先から放たれる電撃は私に絡みついて終わりを見せない。
「ぎゃああああああああっ!」
全身を包む痛みで私が動けなくなっているのを見てニヤニヤと笑ったまま、電撃に込める魔力を増やしていく……私は目を見開いて、増えていく全身への衝撃と痛みに、ボロボロと涙をこぼして……悲鳴をあげる。
「あらあら……最初の威勢の良さはどこへ行ったのかしらねえ……」
苦しみ悶える私を尻目に、アマラはクスクスと笑いを浮かべて……さらに魔力をこめていく。
_(:3 」∠)_ やっぱ敵は胸糞悪くないとね(我儘
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