第五〇話 恐怖の夜(テラーナイト) 〇四
「で……あなたは何者ですか?」
私は……目の前に立っている中東のイケメン風の男性に日本刀を向ける。
不思議な服装だ……ニュースで見る中東の王族のような服を着ているが、手には鞘に入った片手半剣を持っていて、整えられた髭と顔立ちが印象的な三〇代くらいの男性だ。
男性は整えられた顎髭をサラリと撫でると私を見ながら、世の女性だったら大半が一発で落ちそうなくらいのイケメンスマイルを浮かべて笑う。
「あなたが……ミカガミ流を使う女剣士、で良いのですよね? おそらくとてもお綺麗な方ですよね……」
「はぁ、それはどうも……もう一度聞きますけど、あなたは何者ですか?」
私は表情を変えずに再度問いただす……いや正確にいうと心臓バクバクなんですけどね、というかなんでこの人私がミカガミ流を使うって知ってるんだ? 認識阻害システムが働いていないのか? と私は不安になって腰につけている装置を軽く確認するが……モニター表示はオンになっているので認識阻害はされているはずなのだ。先ほどの彼の台詞も考えれば、私の顔は別の何かに見えていると思う。
そして違和感はそれだけではない……目の前のイケメンは見た目は中東の男性なのに、恐ろしく日本語が流暢なのがとても気になる。発音が日本人のそれにしか聞こえない。
「私の名前はドゥイリオ ルビオ……レイブン流の剣士です。聞き覚えはございますか?」
レイブン流という名前を聞いて、私の前世の記憶が一気に蘇ってくる。
前世の剣術で私……いやノエル ノーランドはミカガミ流の剣術を修め、世界最強の剣聖と呼ばれるに至った。
だがミカガミ流だけが剣術ではない、異世界では複数の剣術が流派を組織しており、ミカガミ流ははっきりいえば歴史は古いが門下生を失いつつあった落ち目の剣術一派であったのだ……悲しいけれどそれが現実なのよね。
レイブン流はミカガミ流とは違う古流の流派を祖とした剣術で、西方の騎士国で受け継がれてきた剣術だった、かな? ノエルの記憶に頼らざるを得ないので、結構あやふやな記憶なども存在していて、少しこの辺りの知識は微妙なものがある。
ただ一つ確かなことはレイブン流という剣術は現世には存在していないはずなので、彼がこの剣術を名乗ったということは異世界の関係者なのだと私は理解した。
「レイブン流……あなたはこの世界ではなく、異世界の関係者ですか?」
私は目の前の男性に問う、そういえばミカちゃんが見せてくれたファッション誌で『今、中東イケメンが熱い!』という企画が書いてあったのを見たことがあるが、目の前のドゥイリオという男性は『中東 イケメン』でググった時に出てくるような絵に描いたような美形の男性だ。整えられた髭と、どこまでも深く輝く青い目が私を見つめている。
「ウフフフ……異世界……異世界と言いましたか?」
ドゥイリオは私を見つめたまま、くすくすと笑う。
しまった、異世界という言葉を安易に使ってしまったのは私のミスだ。とはいえ、どう説明していいのかわからないのでそう喋らざるを得ないのだが。
「あなたのような少女がミカガミ流を使うとは信じられませんが、レイブン流を知っているということは……私と同じ転生者ですね」
転生者……つまり目の前の男性は、私と同じ世界からきた異邦者であると同時に、この世界の住人でもある存在ということだろう。
「転生者……あなたは前世の記憶を持っている、という認識であっていますか?」
私の問いに、ドゥイリオは笑顔を浮かべて頷く。
その笑顔で私は急にノスタルジーを感じて……胸が締め付けられるような気分に陥る。初めて……この世界に来てから同郷の記憶を持つ人と出会ったのだ、 感傷に近い感情が私を包み少しだけ体が震える。
しかしドゥイリオはそんな私を見て薄く笑う。
「前世の記憶に踊らされていますね、ミス アライ。前世は前世でしかないのですよ」
そう言い放つと、ドゥイリオは片手半剣を鞘から抜き放つ……その刀身は黒く、不気味な輝きを放っている。その輝きで私は、いや私の前世の記憶が強く警鐘を鳴らす。
「それは魔剣……ですか?」
その呟きを聞いてドゥイリオはニヤリと笑って……私を興味深そうに見ている。
「わかりますか、魔剣が! いいですね!」
ドゥイリオは手に持っている黒い刀身の片手半剣を眺めて、うっとりとしながら陶酔するような笑顔を浮かべる。
「この剣は影炎と言いましてね……心を壊す剣です。神の時代に高名な魔導師が携えた影霧という魔剣があったそうですが……共に暗黒族が鍛えたと言われている遺物ですよ」
え? 前世から持ち越してきた魔剣とかちょっとずるいんですけど……私の前世で使っていたグランブレイカーはいつまで経っても私の元には現れないし使えもしないのに、彼は前世から愛剣を引き継ぐズルをしているのだ。
もしこの世界に神様がいるとするのであれば、これは不公平すぎませんかね?!
私が不満そうな顔で影炎を構えるドゥイリオを見ていると、ぎらり、と黒い刀身が煌めく……私の脳裏に、心を射抜くような叫び声をあげる不気味な眼と、そして何かを探られたようなイメージが浮かび、驚いた私は思わず少しだけ後退する。
「魔剣があなたの心に直接干渉したようですね……この世界の住人は弱い。ですが今夜あなたという剣士と出会えて、私は幸運です。殺し合いができるのですから」
ぐにゃりと大きく笑顔が歪む……今までのイケメン風の笑みはどうやら演技で、この不気味な歪んだ笑顔が彼の本性なのだろう、実に不快さを覚える笑顔だ。
「それが本性ですか……」
私が軽蔑したような目で彼を見つめると、ドゥイリオは頬を少し撫でるように確かめると私の体のラインを舐めるように見てから再び笑う。
「この世界では戦場でもなければ無理やり女を犯せないし、殺せないからな……お前の心をへし折ってからゆっくり楽しませてもらう」
大きく歪んで開いた口から、舌を伸ばして舌なめずりをするドゥイリオは剣を上段に構えて、ゆっくりと間合いを図りながら移動する。それに対応するように私も日本刀を突きつけるような構えから、中段で両手で刀を構え直して間合いを図る。
一瞬の間ののちに、ドゥイリオは裂帛の気合いと共に一気に間合いを詰めて、影炎を振るう。……速いッ!……私は受け流しや防御よりも避けるという選択肢を選んで、横に一気に飛んで縦の斬撃を躱す。
地面へとぶち当たった斬撃は大きくコンクリートの地面にめり込むと、地面を切り裂いて大きな衝撃を伝える。速い上に力も相当なものだ。
ただ、先日戦った剣の悪魔ほどの重さではない、速さは全然違うが……この辺りは人間という枠組みの中で戦っている私に近いのかもしれない。
「……私の一撃を避ける……初めてだ、初めてこの世界で出会った……」
影炎を再び上段に構え直したドゥイリオは歪んだ笑みを浮かべたまま、笑い始める。
レイブン流の基本剣術は、上段に剣を構えて突進攻撃を仕掛けるものだったな。この構えからの斬撃が鴉が地面にいる獲物を捕らえる様に似ていることからレイブン流という名前がついた、とノエルの知識が告げている。
どちらかというとホーク派とか、イーグル派とか呼ばれても良さそうな気がするが、それはまた別に流派として存在しているのだそうだ。
強いて言えば現世では自源流の剣術に近いだろうか、ただその間合いを詰める突進力と一撃の重さは比べ物にならないのだが。
そして、もう一つレイブン流の使い手に共通する特殊な戦法があったと思うのだが、すぐに記憶が呼び出せず、私は一番大事なことを忘れている気がして不安を感じている。
「死ねぇぇぇっ!」
ドゥイリオは再び地面を蹴り飛ばすように間合いを詰め、上段の斬撃をギリギリで躱す私に、力任せの切り返しを放つ。その反応しなければ体が両断されかねない必殺の一撃も、私は大きく間合いを開けるように飛んで逃げる。
宙返りをしながら地面へと降り立った私に、更なる一撃を見舞うために襲い掛かるドゥイリオ。私は体を回転させるようにギリギリの間合いで避けると、そのまま日本刀を振り抜く。
「ミカガミ流剣術……幻影ッ!」
大きな衝突音とともに、影炎を持った右手とは逆の、左手にいつの間にか逆手に握られていた小剣で私の幻影を受け流すドゥイリオ。私はそのまま一気に間合いを離すように前に飛び、前転をしながら体勢を整え、立ち上がりながら振り向き彼へと日本刀を向けた。
目の前に……いない!?
「レイブン流……黒嘴」
上から恐ろしいまでの殺気を感じて、私は大きく後ろへと飛んで躱すとそれまでいた地面に、ドゥイリオの一撃が突き刺さり、地面をカチ割る。もうもうと爆風が巻き起こり、私の体に細かい石が飛んできては弾ける。
「素晴らしい! 反応速度も一撃もこの世界の人間ではあり得ない! 素晴らしいぞ!」
ドゥイリオは影炎と小剣を広げるように構える……これもレイブン流の構えなのだろうか、鴉が大きく羽を広げる様に似ているような気がする。
「それはどうも、貴方もこの世界には規格外すぎますね……」
私は日本刀を上段に剣先を前方へと向けた構えに取り直す……日本の剣術で言うところ『霞の構え』に近い。ただ、ミカガミ流にアレンジし直しているので、私は深く前傾姿勢をとるといつでも飛び出せるように両足に力を込める。
「その前に一つ問う、お前はなぜミカガミ流を使って異邦者と戦うのだ、聞かせろ」
ドゥイリオはこちらの構えに反応して、上段に片手で影炎を、前方に突き出すように逆手に持った小剣を構え直すと突然口を開いた。
異邦者? それが彼ら自身が呼ぶ呼称なのだろうか。
私はその問いに……少し前のノエルとの邂逅の記憶をほんの少し、思い出して薄く笑う。
「私は剣聖の意志を継いでいるので……この世界では負けられないんですよ」
_(:3 」∠)_ 剣士同士の殺陣をうまく書きたい……
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