第二四六話 相思相愛(ミューチュアル ラブ)
『……昨晩起きた大規模なテロ事件、政府はこの未曾有の大事件に際し、被害に遭われた方への緊急義援金を支給することを閣議決定……』
アンブロシオが起こした未曾有の大災害……翌朝から日本だけでなく世界中でこの不可思議な事件に関してのニュースが飛び交っていた。
不気味な紋様の浮き上がった人たちはある時間を境に、症状が改善したという……それまでの苦しみ方が嘘だったかのように、彼らは普通に立ち上がりなんともなかったかのように動けるようになったからだ。
布告の魔力は私からもいつの間にか消えていた……戦闘に夢中で気が付かなかったが、どうやらアンブロシオが一度切り刻まれた時、魔力自体の供給が絶たれたらしいのだ……まあ、これは後でリヒターに尋ねて分かったことなのだが。
メディアでは連日この不気味な紋様が浮かび上がった人たちのことを盛んに報じていたが、あの夜以来まるでそんなことがなかったかのように同じ症状を発症する人などは出てこなかったため沈静化しつつある。
数千人の病人や怪我人が亡くなった、と聞いている……また布告のせいで、身動きが取れず各地で様々な事故や事件が発生した。今はその事実を後追いで、メディアは取材を進めているところなのだ、と解説員が話していた。
世界は急速にその日常を取り戻しつつあった……そして再び暗く不安な夜も訪れるようになってきていた。
「おはよー……眠いー」
あの夜から一ヶ月ほど経過したある朝……鞄を手に歩く私の背後から、ミカちゃんの元気そうな声が聞こえ、私は微笑みながらミカちゃんに振り返る。
私の日常は一週間経過したら元に戻った、同じ学校だけでなく別の学校でも何人か犠牲になっているとは聞いている……とてもじゃないけど日常を再び送ることができるとは思えない、と言う声もあった。
だけど……結局は日常へと戻らざるを得なくなったのだ……人々は世界がどうなろうと、その悲しみを乗り越えて再び歩き続けるしかないのだから。
「バイトも当分お休みなんだよねえ……パパとママが危ないから落ち着くまではお小遣いくれるって言うしさ」
「そうなんだ……私はバイトあるからなあ……」
「いいなあ……ねえ、あかりんKoRJで書類整理なんでしょ? なんかニュースないの?」
「ないなあ……私末端だし、やってることといえば忙しそうにしてる職員さんのコピー取ったりお茶汲みしたり……結構夢がないよ?」
アハハと笑いながら私はミカちゃんに軽く手を振る……まあ、嘘なんだけどこの嘘をつき続けないと私がこれまで以上にKoRJに関わることができないしな。
私とミカちゃんは並んで学校に向かって歩いていくが、そんな私たちを見ながら声をかけてくれる同級生もちらほらいる……とはいえ、前よりも表情には元気がないし、やはりあの夜の事件はみんなの心に影を落としているのだろう。
「おーい、早くしないと門閉めるぞー」
エツィオさんの声が響く……なぜかエツィオさんは事件後学校の臨時教師へと再着任することになった……彼の表向きの理由は、彼が再着任の挨拶でご高説を垂れていたのだけど……何でも家族に不幸があってなかなか戻ってこれなかった。事件から少し経過し、やはり日本に戻ってきたい、この学園の子猫ちゃんたちと再び触れ合いたいと思った、と言うとんでもない演説をかましてくれて、学校の男子生徒からは総スカンを……女子生徒からは黄色い声で喜ばれることとなった。
随分緩い処分で済んだのだな、と思ったのだけどKoRJの職員としての資格は一年ほど停止されてしまうらしく、その間も監視を含めてこの学校に押し込めておいた方が良い、と言う判断になったそうだ。
『まあ、信用はされていないんだよ。一度裏切ってるからね……とはいえ僕の本心でもなかったから、その辺りはリヒターが鑑定をしてくれて助かったよ』
そんなことを言ってたけど……いいのか!? KoRJこの人女性の心を持ってたけど、今は違うかもしれないんだぞ?! 彼の顔を見ていると、エツィオさんは恐ろしく爽やかな笑顔で私へと近づいてくる。
周りの生徒もエツィオさんの目的が私、と言うことに気がついて何をする気なんだ? とばかりに興味深そうに周りで見ているのだけど……彼は私の前に立つと、軽くお辞儀をしながら私の手を恭しく取るが……その行動に周りの女子生徒が黄色い声をあげる。
「美しいお嬢さん、朝から眠そうですね、僕が君を抱き抱えて教室まで送りましょうか?」
「け、結構です……ぎゃー!」
エツィオさんの言葉に周りから「私もそんなこと言われたい!」とか「新居さんだけずるい!」とか色々な声が響くが……当の本人が私の手の甲に口づけをしたことで、周りの怨嗟の声が一気に大きくなっていく。
うぎゃー! とかきゃー! とか色々なざわめきの中、私は顔を真っ赤にしながらエツィオさんの手を振り解いて、そそくさと校門をくぐってその場を逃げ出すように小走りで走り去っていく。
そんな私の背後でエツィオさんのめちゃくちゃ緊張感のない声が響く……。
「……はーい、朝からいいもん見たねー。みんな早く校門をくぐろうねー、遅刻しちゃうよー」
「朝からひどい目にあった……」
私は下校途中に乳製飲料の入った紙パックのドリンクからストローで中身を軽く飲みながら、KoRJに向かって移動している……あのあと周りの女子生徒からあらぬ疑いをかけられたり、男子生徒がダメもとで告白をしてきたりと、まあカオスな一日だったのだ。
私のヒットポイントはもうゼロよ! と本気で言いたい、マジで言いたい……カバンに入れたスマートフォンが震えたのに気がついてカバンからデコレーションのたくさんついたスマートフォンを取り出す……着信? 名前は先輩になってるな……。
「はい、もしもし……」
「灯ちゃん、後ろ向いて」
え? と思って私がストロー咥えたまま後ろを振り向くと、そこには自転車に跨がった先輩がスマートフォン片手にニコニコ笑いながら手を振っている。
少しの間を置いて私は着信を切ってから、そっと咥えたままのストローを紙パックに差し直して……少し気恥ずかしい気分のまま先輩に軽く頭を下げる。
「……こんばんは……あの……普通に声かけてくださいよ……」
「ごめんごめん、今日はたまたま自転車で移動してて、灯ちゃん見つけたから驚かそうと思って……後ろ載る? 僕が送るよKoRJに行こうと思ってたんだ」
先輩も前籠に入れたカバンにスマートフォンをしまうと、自転車の後ろを指差す……私は少し考えた後、黙って頷くと彼の自転車の後ろ荷台に腰を下ろす……まあ人を乗せるようにはできていないからなあ……お尻痛くなりそうだけど仕方ないか。
先輩は私が彼につかまったのを見届けると、いくよ、と軽く声がけをしてから走り出す……ふわっと風が私の髪を靡かせる……不思議な気分だ、大体なんでも一人でやってたけど自転車の後ろに乗せてもらって走る、と言うのはあまりやったことがない。
「先輩今日はなんで自転車なんですか?」
「んー、気分だよ。これでも僕学校までは自転車で行ったりもするし……今日はたまたまそうだっただけだよ、電車の方が楽だけどね」
そうなのか……私と先輩はその後、なんとなく黙ったままゆらゆらと道路を走っていく……あの後オレーシャ達背教者は異世界に戻ることができなくなった……まあその数はかなり減らされており、組織としては瓦解していたようだが、それでも煉獄の花の崩壊、という事実は彼らにかなり失望感を与えることになったのだ。
『……私はまあ、仕方ない思ったけどね……魔王様が死んで、その力を受け取れなくなった煉獄の花が枯れる……何事もうまくいくことだけじゃないわ』
オレーシャはそう話すと苦笑いを浮かべていたっけ……彼女はKoRJや残った仲間と協力しながら世界のどこかに眠るであろう煉獄の花の苗を探す、と話をしていた。
いつか彼女が住む世界に戻るために……そしていつか再び起きるであろう、勇者と魔王の戦いに参加するために。そのために先輩や私の力を借りたいとも話していたっけ。
あまりに素直に話すものだから、私も思わず頷いてしまったけど……果たしてよかったのか……と思うけども、彼女自身が嘘をつくメリットもないしな。
一通り考えを巡らせた後、ふと私は先輩の背中を見る……その背中が一回り大きくなったような気がして、思わず彼の背中にそっと手を当てる。びくり、と軽く先輩の背中が震えたような気がするが、いきなり触ったら迷惑だっただろうか?
「あ、すいません……」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから……その、僕は言ってなかったことがあって……今更だけど君に謝りたいんだ」
「なんでしょうか?」
「……オレーシャのこと、黙っててごめん……僕は、彼女に……うわっ!」
そこまで話した先輩の背中に私は黙って顔を埋める……言わなくていい……そう言う意味を込めてだ。先輩が自転車を漕ぎながら息を呑むが、私は黙ったまま彼の体に手を回す。
ますます動揺したのか先輩の運転が乱れるが……そこは運動能力に定評のある私と先輩のコンビなので、倒れるようなことなどはなく、彼はうまく片足で地面を蹴りつつバランスを取り直して、ふらふらと走り出す。私は黙って先輩の背中に顔を埋めたまま、くすくす笑う。
「……危なかったですね」
「ごめん……びっくりしたよ……倒れなくてよかった……はは」
「ふふ……すいません、びっくりさせる意図はなくて……私先輩に伝えたいことがあっただけなんです」
私の言葉にお互い軽く笑いながら、私たちは道路を走り続ける……先輩は黙ったまま私の言葉を待っている……少しだけ彼の緊張が伝わってくるようでなんとなく私まで緊張してしまうな。
ずっと考えてて、でも彼に伝えることができなくて……それは前世の記憶があるからってだけではなく、私自身がどうしたいのかよく分かってなかったから。
でも、前にちゃんと私に伝えてくれた彼のためにも、私はちゃんと伝えることがあるのではないか? と考えていたから。彼の手に回す手に少しだけ力がこもるが……私は一度軽く息をついてから彼の背中に語りかける。
「……私、先輩のことが好きです。先輩に好きだって言ってもらった日から……だから私、ずっと答えなきゃって思ってました……でも私勇気がなくて、答えられなくて……でも私今だからはっきり言えます、私は先輩のことが大好きです」
その言葉に先輩の運転が再び乱れるが……彼はなんとか自転車をまっすぐに立て直す……しがみついた私の手に、大きく先輩の鼓動が伝わる……早鐘のように脈動するそれは、好きだって言ってみた私ですら驚くくらい早かった。
先輩は私の方を見ずに、でも軽く肩を震わせながら、前を見て走り続ける……少しの沈黙の後、先輩は前を向いたまま口を開いた。
「……ありがとう、灯ちゃん……僕は絶対に君のことを幸せにするって誓う。僕の一番になってください……僕も君のことが大好きです、僕の初めての恋人になってください」
先輩は自転車を路肩に止めると、スタンドを下ろして私の手をそっと振り解くと、私をそのまま抱きしめる……私は彼の抱擁に少し驚いたものの、彼の目に涙が流れていることに気が付き、黙って彼の背中に再び手を回す。
お互いの温もりを感じつつ、ほんの少しの間、路肩で抱き合っている私たちを見て周りの人たちが、温かい目で少し離れた場所を歩いてくれている……なんだか恥ずかしいけど、私はそっと先輩の耳に囁くことにした。
「ずっと私と一緒にいてください……友達じゃなくて、恋人として、ずっと一緒に……絶対に私を離さないでくださいね、涼生さん」
_(:3 」∠)_ 先輩と自転車乗るシーンは絶対に書きたかった……次回最終回です。
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