第二四〇話 堕ちた勇者(フォールンヒーロー) 〇二
「ではまずはこれで小手調と行こうじゃないか!」
「な、ちょ……まった!」
アンブロシオが手に持った聖剣光もたらすものを振るうと、まるで空蝉かと思うような衝撃波が放たれ、私へと迫る。
私は咄嗟に背中の全て破壊するものを引き抜くと、迫る衝撃波を刀を振るって弾き飛ばす……先手を取られた!
「おお、さすが剣聖……この程度は余裕か、次は君の技を見せてくれ」
「こなくそっ! ミカガミ流……竜巻ッ!」
私は地面を蹴って一気にアンブロシオとの距離を詰めると、体を回転させながら全て破壊するものを横薙ぎに振るう。
だがその攻撃を片手で持った光もたらすもので易々と受け止めると、空いた左拳を私の腹部へ向かって撃ち抜く……まずい! その拳を私はなんとか足を上げて膝で受ける。その衝撃のまま後ろへと大きく飛ばされ、地面へと回転しながら着地する。
私は着地と同時に防御した膝が思い切り痛みを発したことで思わず叫んでしまった。
「いったああああああ! ……咄嗟に膝で受けちゃったけど、受けるもんじゃないわね……」
『膝で受けるから……折れてはないだろうが、次からはやめとけ? な?』
うん、わかった……軽く状態を見てみるが、赤くなってるものの打ちどころはそこまで悪くなかったようで、動きに影響は出そうにない、軽く膝の調子を確かめてから再び全て破壊するものを構える。
そんな私を放置したまま、アンブロシオはニヤニヤと笑いを浮かべて立ったままだ……まるでロールプレインゲームでいうところの『まおうはこちらのようすをみている!』的な何かだな。
恐ろしく余裕があるのは実力差を実感しているからか? それともそういう戦い方なのか……少なくとも絶対的な実力者であるという自負を感じる。
「良いか? ノエルと本気で戦えることはなかったのだから、ぜひ君の全力を見せてほしい……」
「む……むかつく……なんか上から目線で……ならッ!」
私は全て破壊するものを担ぐように構え直すと、一気にアンブロシオとの距離をつめる……反撃をさせないように連続攻撃を繰り出すしかない。
私が左右の斬撃を繰り出すものの、その攻撃を難なく片手で受け止めると、次に放った私の斬撃を受け流し私の体勢を崩しにかかるアンブロシオ……くそ、なんかやりにくい。
私の攻撃を受け流したアンブロシオはつまらなさそうな顔でボソリとつぶやく。
「本気でやってくれ、剣聖……これではすぐに戦いが終わってしまう」
「く……上から目線で……」
体勢を崩した私を狙って、光もたらすものを上段から振り抜こうとするアンブロシオ。だが私は無理やり地面を踏み締めると彼の後ろ、私からすると前方なのだが一気に身を投げ出すように飛び込む……ギリギリで私を両断できずに地面へと突き刺さる聖剣。
地面へと転がるように身を投げ出した私は、全身のバネを使って全て破壊するものを構え直しながら立ち上がる、ほとんど大道芸のような動きだが、一瞬でも判断が遅れたら、と思うと背筋が寒くなる。アンブロシオは片手で顎に手を当てて、何度か右手の聖剣を振るうと不思議そうな表情を浮かべている。
「ふむ……前世と違って体が小さい分身のこなしが違うな……ではこれで!」
すぐに私へと向き直ると、彼は左手を私に向ける……掌に魔素が集中すると、それはまるで雷を纏った蛇がのたうち回るかのように、稲妻が私に向かって迸る。
や、やば……私はその攻撃を受けることができないと判断し、必死に回避していく……エツィオさんが放つ稲妻ほどの威力はなさそうだが、それでも体に当たったら火傷どころでは済まないはずだ。
地面……ここは煉獄の花の花弁の上なので植物なのだが、それを焼き焦がす勢いで稲妻を連続で放つアンブロシオ。
「う、うわ……わ! 地面が!」
回避に専念していくと、地面が急に身じろぎをするかのように動く……それはまるで身を焼かれた生物が悶えるかのように、意志を持って動いているように見える。
ま、まずいこのままだと……地面に全て破壊するものを突き刺すと、それと同時に地面が一気に傾いていく……そのまま花弁の上に乗っているものを振り落とそうとしているのか、私たちが戦っていた花弁だけが斜めに傾き、その上にあるものを排除しようとしている。
「無粋な……元に戻せ、煉獄の花……痛覚などないだろう?」
アンブロシオがそう話しかけると、まるで忠実に命令を聞く動物のように花弁が元の高さへと、水平になるように振動しながら動いていく……なんとか花弁からの転落を免れた私は地面に突き刺していた全て破壊するものを引き抜くと、再び構え直すがそれを見たアンブロシオがロイド眼鏡を片手で少し直すと私へと語りかける。
「すまんな、煉獄の花は自己防衛機能が強くて、損害を与えると排除する機構が備わっている……だが、落ちずに残っていたことはさすがだ」
「そいつはどうも……」
なんとなく悪態をついてしまったが、私がこいつに勝つには剣術でなんとかするしかないだろう……私は水平に全て破壊するものを両手で構えると、ほんの少しだけ姿勢を下げる。
見たところ前からの斬撃は私と同じくらいのレベルで防御を行える技量があるようだ、そして少し離れた場所へは魔法攻撃……威力も申し分ない、はっきり言えばさすが勇者、としか言えないくらい高次元で戦闘能力を有している相手なのがわかる。
『……だが、お前もこれまでの戦いで強敵と渡り合ってきている、だから気後れすることはない全てを出し切れ』
全て破壊するものの声が心に響く……そうだ、私は今までの戦いを思い返す……どんなに辛くて、どんなに強い敵でも私は、いや私たちは勝って来ている。
だから私は自分自身を信じて、前に出るだけだ……私の雰囲気が変わったことに気がついたのか、アンブロシオがおや? という顔で微笑んでいる。
「ふむ……剣での戦いを望む目だな……よろしい、本懐である」
アンブロシオが片手で聖剣光もたらすものを構える……キリアンがよく使っていた構え、ひどく懐かしい気分を感じるが実際に敵として目の前にするとこれほど恐ろしい剣術はないだろう。
キリアンはミカガミ流などの剣術流派には属していなかった、彼の剣は完全に我流でどちらかというと生き残るために磨き上げられた戦場の剣と言っても良い。
敵を前にした彼の剣は油断すれば勇気を粉々に砕かれそうな、そんな凄みを私に感じさせている。
剣士の剣術はそれそのものが連綿と受け継がれてきた、最適化された技と型に統合されていると考えれられている。最適化された技は敵を斬り殺すための最短距離を辿ることができる、だがそれ故に対策を講じられるケースも多く、単純に剣術を修めただけでは無敵の剣士になれるわけではない。
前世のノエルはあくまでも剣術は基本、そしてその上に実戦経験による応用力を重視していた……技を連発しても倒せない相手なども多かったせいもあるけど。
対してキリアンの剣は彼が一から戦いの中で見出してきた動きをベースにしている、ある時他派の剣術を学んだ剣士がキリアンの戦いを見て笑った、おそらく彼にとってはキリアンの剣術は見るに耐えないものだったのだろう。
だが、その後模擬戦を行ったその剣士はプライドをズタズタにされるくらい、キリアンの前に手も足も出なかった……確かに彼の剣術には無駄も多いし、おそらくそれほど格好の良いものではない。
だが、そんなことを吹き飛ばすことができるくらい、キリアンはいざ戦いとなると強かった、剣でも魔法でも彼は誰よりも努力し、誰よりも戦い、誰よりも強くあろうとした。
勇者の剣……それがキリアンが振るう我流剣術に与えられた称号だ。
前世の世界では勇者として名を売ったキリアンを吟遊詩人たちが歌にしていたが……そうか敵はこんな恐ろしい迫力を感じていたのか。
私の手がほんの少し震える……恐怖、そうか恐怖を感じるのか……軽く息を吐き出し私はじり、じりとすり足で移動を開始する。
それに合わせて片手で聖剣を構えるアンブロシオも間合いを測るかのように私との距離を詰めながら移動していく。
「……勝てるのか?」
思わず自分で呟いた言葉にハッとして気を引き締め直す私……勝てるのか? じゃねえよ! 勝つんだよ! 私はミカガミ流の剣聖……ノエル・ノーランドを引き継ぐ剣士、この世界を守るものだ。
移動をしながら、私のこめかみに汗が伝う……もう何時間もこうしているような気がしてくる、おそらく時間は全然経過していない……それくらい一秒一秒が長く感じる。
次の瞬間、お互いが同時に駆け出した……アンブロシオは上段の振り下ろし……私はその振り下ろしの軌道にあえて飛び込むような格好で前に出る。
その行動にロイド眼鏡の奥に光るアンブロシオの赤い目に動揺が走る……そりゃそうだ、彼はこのまま振り下ろせば私を両断できる、その軌道にあえて飛び込んでくるような愚か者は今まで存在しなかったのだろうから。
「……だが容赦はせん!」
アンブロシオが上段から電光石火の斬撃を振り下ろす……彼の記憶にあるような敵はここで真っ二つに切り裂かれ、血飛沫を上げながら倒れ伏したのだろう。
まさか真っ直ぐ突っ込んでくるとは……ノエルは考えながら戦う男だったが、所詮はこの世界の女に転生した身、猪武者となってしまったのかもしれないな。
過去にないくらいその斬撃は鋭く、彼自身も自信に満ち溢れた一撃だった……だが、いつまで経っても手応えがない、どういうことだ? と考える間も無く、彼の一撃は地面へと食い込む。
「な、なに……?」
「ミカガミ流……朧月……」
背後から聞こえた冷静な新居 灯の声と同時にアンブロシオの背中に熱い何かが食い込むような衝撃と鋭い痛みが走る……彼が後ろを振り向くとそこには全て破壊するものを振り抜く新居 灯が立っていた。
表情を歪めて彼女から離れようとするが、うまく足が動かない……彼女の斬撃は背中を切り裂き、アンブロシオの背中からは赤い血が流れ出している。
なんとか距離を離すと、アンブロシオは肩を押さえながら苦しそうな息を吐いて目の前の新居 灯へと問いかける。
「ば、馬鹿な……確かに斬った、斬ったはずなのに……消えるだと?」
「……ノエルは技のことは説明しなかったのね、なら私にも勝機があるってことか……」
_(:3 」∠)_ 三章までは六〇話縛りでやってましたが、四章はその制限外してます(とはいえそんなに大幅なオーバーはしない予定です)
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