第二三八話 追憶(リコレクション)
「今、攻撃を、出し、まし……た? 理解不能」
自動人形がいきなり攻撃をやめて飛び退ったことで、私はなんとか一息つく……どうしたんだ? 私は確かに反撃をしようとしたが、体は全く動いていなかった。
だが私は確かに反撃の意思は見せた……その意思自体が自動人形に存在しない攻撃を感じさせた、ということだろうか?
ノエルの記憶が強く呼び起こされた時に、生前のノエルが一対一の決闘などで、相手に存在しない攻撃を繰り出すことで、防御をさせないという技術を使いこなしていたのは理解していたが、私自身もそれを扱うことができている、ということか。
『やれやれ、ようやくここまできたか……剣気とは意思、お前は確かに今までノエルの技を繰り出すことには成功し、確かに才能を見せていた、だが相手を倒すという意志の力においては、前世に及ばなかった。お前はまだ剣で斬ることを意識しすぎている、本当の剣聖は意志の力でも敵を斬れる、ということだ』
全て破壊するものの声が心に響く……意志の力でも敵を斬れる? 私はまだ武器で斬ることにこだわっているということだろうか?
私が困惑しているのを見て、自動人形が再び構えを取り直す、だがいきなりは襲いかかってこない。先ほどの存在しない攻撃が理解できずに不安を感じているのかもしれない。
「……確かに、あなたは、意志を継いで、いますね、確かめます」
自動人形が一気に突進を開始する……考えても今の私には理解できないかもしれない、もはやここから先は感覚で状況を打破するしかないだろう、覚悟を決めて私も前に出る。
相手の右正拳突きを大刀の腹で受け止める……その衝撃波凄まじく重いが、私は衝撃を後ろに受け流すように体を回転させると、刀ではなく裏拳を自動人形の顔面に叩き込む。
バシイッ! とすごい音が響くが、私の裏拳は彼女の掌による防御に阻まれる……くそ、案外いい線いってたと思うんだけどな!
「いい、ですね、剣士で、あり、ながら、格闘戦も、ウフフ」
「それはどーもッ……うぐ!」
ニヤリと嬉しそうな笑顔を浮かべると、自動人形は軽く私の拳を跳ね上げる……ガラ空きになった横っ腹に逆手の竜爪を叩き込まれ、私は再び悶絶するがなんとか相手の足を蹴り飛ばすように飛びすさり、その威力を殺して地面へと着地する。
それでも凄まじい威力だ……胃の中のものが逆流しそうな気分に陥るが、私はなんとか堪えると、さらに前に出る。
「ミカガミ流……紫雲英!」
ミカガミ流の剣士が竜や巨人相手に使用する、超高速連続斬撃技である紫雲英。私の斬撃が自動人形に迫る……威力も速度も十分、単体に向かって使うことで回避の難しい連撃へと変化していく技だ。
だが私の紫雲英を見て、薄く口元を歪ませたかと思うと、両腕を目まぐるしく動かすことで斬撃を的確に防御していく自動人形……その巧みさはまさに武神と並び称されたシルヴィを彷彿とさせるものだ。ある意味見惚れてしまうようなその卓越した技術に、私の口元が自然と綻ぶ。
「くそ……ッ! なんて素晴らしい技……」
「お褒めに、預かり、光栄」
その言葉と同時に回し蹴りが飛んでくる……これは私もたまに使う竜尾だな……その蹴りを大刀で受け止めると、刀を回転させるように威力を殺して反撃に移る。
その動きに反応して自動人形が片手で防御姿勢をとり、攻撃を見極めようとこちらの動きを観察しており、その攻撃の後に最大級の反撃を繰り出そうと、虎視眈々と狙っているのがわかる。
何かしないと……反撃で死ぬ?! それは嫌すぎる……私だってまだまだやりたいことはたくさんあるのだから……だから死ねない!
『……剣気を飛ばせ』
前世での師匠の声が一瞬響いた気がする……私が視線の移動と共に、本気で切り裂くための剣気、フェイントを繰り出す……その気迫を感じ取ったのか自動人形の防御姿勢が乱れ、実際に振り抜こうとしている斬撃ではない、あらぬ方向へと反撃の手を止めて防御姿勢を作り出す。
だがその攻撃は存在しない……呆然とする自動人形を前に、全て破壊するものが易々と腹部を切り裂いていく……金属を断ち切った時のような抵抗感を手元に感じるが私は一気に振り抜く。
ガクガクと自動人形が姿勢を乱す……かなりのダメージは与えているが、ほんの少し踏み込みが浅かった、体を断ち切るまでは行っていない、次の技だ!
「……!? 確か、に、防御を、した……はず」
「……うあああああっ! ミカガミ流……花霞!」
私は体を回転させるように、そのまま超高速二連撃である花霞を左袈裟、逆袈裟で振り抜く……自動人形は最初の腹部への斬撃で動きは恐ろしく鈍っており、花霞の一撃目を防御することには成功したものの、二撃目でそのまま体を切り裂かれる。
驚いたように切り裂かれた体を何度か触って確認すると、切断面からずるり、と断ち切られ地面へと崩れ落ちていく。
「……これは……花霞……ノ、エル……」
バリバリと、音を立てて自動人形の体が崩れていく……どういう材質でできているのかわからないが、断ち切った感触は金属でできた魔道人形に近かった。
自動人形は断ち切られた体を何度か確認した後、表情を変えずに私をじっと見つめる……そして私が驚くくらい自然な笑みを見せる。
まるで命が宿っていたかのような、自然な微笑みに私は驚いてしまう……その笑顔がまるで前世のシルヴィさんのような美しいものだったからだ。
「シルヴィ……」
「……最後に、もう一度、会えた……この私は、私では、ないけど、想いはずっと、あなたの、ことを……」
そこまで話すと、自動人形の全身に大きな亀裂が走る。慌てて私は彼女の横へと膝をつき、伸ばした手をそっと両手で包み込む。
私に触れられているのを感じ取ったのか、自動人形は再び嬉しそうな笑みを浮かべる……作りものでありながらも、その表情は恐ろしく柔らかく、自然なものだったため私は困惑してしまう。
「シルヴィ……さん? 本人なんですか?」
「いいえ、記憶だけ、私……あなたは、美しい……強くて、ノエルと、一緒……会いたかった」
私の手をぎゅっと握り締めつつ、私の両目から涙がこぼれ落ちる……私じゃない、ノエルが泣いている……私も彼女の手を優しく包み込む。
アンブロシオがどういうことをしたのかわからないが、シルヴィさんの記憶をなんらかの形で模倣してこの自動人形の中に封じていたのだろう、それ故に武神流の技を使いこなしていた。
なんてことはない、動かすもの自体が本人の記憶なのだから、そりゃあ手強いのも当然だろう……。
「私は、記憶だけ、だから、本人ではない、悲しまないで……」
「シルヴィさん……」
バキバキ、と音を立てて断ち切られた下半身が崩れると、歯車やワイヤーなど体を動かすための装置が現れていく……まるで人間と同じような作りの骨格なども見えている。血が出ない、というのがむしろ不気味に感じるくらいなのだから。
自動人形の外装が崩れ落ち、美しかった顔もワイヤーや金属の骨格などが剥き出しになっていく……だが、変わらず私の目からは涙がこぼれ落ちていく。
「キリアンを、止めて、世界を、守れ、剣聖……」
次の瞬間、活動限界が来たかのように自動人形はその動きを完全に止める……私はそっとその体を引き寄せると、優しく抱きしめる。
記憶だけだとは話していても、やはり前世の仲間、そして前世の自分が愛した人の姿をしたものを斬るのは辛い……そして私の中に沸々と煮えたぎるような怒りが沸き立つ。
私の怒りなのか、それともノエルの怒りなのか……もう私には判別がつかない。
そっと自動人形の体を地面へと横たえると、私は地面に落としたままの全て破壊するものを手に取り、背中の鞘へと収める。
「……行こう全て破壊するもの……私がこの世界を救うわ」
「ふむ……あっけない。まあ、記憶だけではあそこが限界か」
アンブロシオは目の前の水晶……自動人形が敗れる光景を目にしながら、ほんの少し残念そうな表情を浮かべる。
かなり強力な守護者として自動人形を用意していたのだが、中途半端な戦闘能力しか発揮できていない気がするのだ。
本物の、自分の仲間であった武神、シルヴィそのものであれば新居 灯は勝つことはできなかっただろう。現に、最後の方の動きは明らかに何かおかしかった。
新居 灯は気が付かなかっただろうが……あからさまなフェイントに引っ掛かるなど自動人形にはあり得ないと思っていたが、記憶の元になっているシルヴィの意志が介在したのだろうか? 破壊された後の残骸に価値はないが、剣聖を退けた後に再び回収は必要だろう。
「仕方あるまい……結局は自分自身以外は信じるな、ということかもな……」
キャンプ用の椅子から立ち上がると、軽く畳んで異空間へと収納するアンブロシオ……背後にある煉獄の花の雌蕊を見上げ、そこから立ち上る光の柱を見て、満足そうに笑う。
膨大な魔素と、混沌の力が渦巻くその光の柱は天空を貫き、宇宙へと向かってずっと伸びている……この世界の天文学における宇宙の存在、真空の空間が広がっているとされているが……その先に何があるのか? この世界の人たちはまだそれを知らない。
両手を広げてアンブロシオは大きく高笑いを始める……それは狂気のような感情が入り混じるものだった。
「クフフ……もうすぐだ、この世界の人たちが驚くような光景を見せてやろう……絶望という名の変革をもたらすのだ!」
_(:3 」∠)_ 次回以降終盤戦になります、最後まで読んでいただけますと本当に嬉しいです
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