第二三七話 剣気(セイバースピリット)
「戦闘能力を、過小に、評価、再計算が必要」
自動人形の暴風のような連続突きが私を襲う……だが、その全てを紙一重で交わしていく私を見て、次第に彼女の口数が増えていく。
とはいえ私もそれほど余裕があるわけじゃない、見てから躱すと言うのは既に不可能な領域の速度に差し掛かっており、ほぼ勘と記憶の動きに頼った回避をし続けているため、数発に一度軽く戦闘服に掠めたりし始めている。
「……厄介! 躊躇いがないからシルヴィさんより面倒なんじゃないこれ!」
『とはいえ想像の範囲を超えてはいまい? 掠めているのはお前のほうが躊躇っているからだ』
全て破壊するものが冷静に批評をしているが……んなことはわかってんだよ! ほんの少しだけ私は反撃を躊躇って動きが鈍っているのだ。
仕方ない、あの顔を見ていて私の心のどこかで、目の前の自動人形を攻撃したくないと強く思っている部分があるのだから。
ノエルの魂が、愛した女性と同じ顔をしたものを攻撃したくないと強く願っているのか……相手に反撃を繰り出そうとする際にほんの少し反応が遅れる。
「くっ……なんで体がうまく動かないの……」
「反応、が鈍い、です、ね」
腰の入っていない反撃を易々と避けつつ、当たったら即死レベルの凄まじい打撃や蹴りを繰り出してくる自動人形。
武神流の完全コピー、模倣としてはほぼ完成の域にあるな……私は攻撃を避けながら少しでも距離を取ろうとジリジリと下がっていくが、彼女はそれを許さないように的確に距離を詰めて前進してくる。
無造作に見えるが、確実に殺しにきている正拳突き……それをギリギリで避けると、私はその隙を狙って体を回転させながら大刀を振るう……だがその見え見えの反撃は彼女の誘ったものだった。
斬撃を器用に左腕を使って、装甲の上を滑らせると逆に体を回転させながら私の体ごと後背へと受け流す……んがっ! これってシルヴィも使ってた受け流しの技法じゃないか!
バランスを崩して私は前に蹌踉けてしまい、慌てて体勢を整えようとするが、無防備な私のお尻に自動人形が放つ追い討ちの蹴りが入り、私はお尻を押さえて悲鳴をあげる。
「うきゃッ!」
「……隙だらけ、手加減して、あげます、次は、しません」
ジンジンと痛むお尻を押さえながら、私は少し彼女から距離を取る……まさか自動人形に手加減をされる日が来るとは……でもまあ命拾いをした。
私は再び全て破壊するものを構え直す……そんな私を見て、彼女はまるで歴戦の格闘家であるかのように、指をクイっと動かして私を挑発する。
「くそ、どこかの武道家じゃないんだから……」
自動人形がジリジリと距離を詰めてくる……私も大刀を構えて距離を詰めていく。お互いの攻撃範囲に入った瞬間、私よりも先に彼女が速射砲のような正拳突きを打ち出す。
空気を打ち抜くような音を立てながら、ぎりぎりで避けていく私を掠めていく拳……武器を避けたりと言うのはかなり慣れてしまったけど、拳は別の意味で怖いな。
だが私が反撃に移ろうとすると途端に、恐ろしく体の反応が鈍る……恐怖? いやこれは……やたら重たい体の動きにイライラし始めていた私は、思わず叫んでしまう。
「くそっ! ノエル! 邪魔しないで!」
「……ノエル? ……ノエル、は、死にました、あなたの、話す言葉、は理解不能です」
彼の名前を出した瞬間、いきなり自動人形の動きが完全に停止する……竜爪を振り抜いた姿勢そのままだ。
ぎりりと何かを引き絞るような音を立てて、私をじっと見る彼女は無表情のまま、カタン、と頭を傾ける。その仕草は異質だが、急に攻撃をやめた自動人形に私は思い切って尋ねてみる。
「どこまで理解しているの? 言葉に反応するってことは知識はあるのよね?」
「ノエル、ノーランド、剣聖、魔王様の、敵、あなたは、ノエル、違う」
それだけを呟くと、再び姿勢を変化させながら直立し、両拳を軽く合わせた武神流の構えを取り直す自動人形……その構えの見事さは、まさにシルヴィそのものだ。
私はふうっ、と大きく息を吐くと大刀を両手で構える……次で決めるつもりだ、あの構えはシルヴィが最も多用していた構えの一つで、絶対殺す、と決めた相手にしか見せないものだ。
「残念だけど、私はノエルそのものではないのは確か、ただ剣聖を継ぐものではあるわ」
「……ではそれを試します」
何……? 私の中に凄まじい違和感が生まれる……今なんて言った? 目の前の自動人形が恐ろしく流暢な言葉を放った次の瞬間、それまでよりも速度が速い拳が私の顔を跳ね上げる……威力はそれほど高くない、だけど威力を犠牲にして全くこちらが反応できない速度に踏み込んできたのか!
口の中に軽く血の味が広がる……思い切り拳を叩き込まれたからか、口の中が軽く切れたんだな、私は歯を食いしばって体勢を戻す、がそこには自動人形の姿がない。
「う? ど、どこ……」
「……どこを見ていますか?」
「がはあっ!」
パアン! と軽い音とともに私の顔に拳が叩き込まれる……そしてその攻撃は私の脳を揺らし、足がまるで自分のものではないかのように崩れようとするが、それを許さないとばかりに私の腹部に左の拳が叩き込まれ私は完全に悶絶する。
そしてえげつないのが、自動人形は私の足を踏んで押さえつけると、倒れることすら許さないとばかりに、左右の竜爪による速度を重視した連打を叩き込んでくる……私はぎりぎりの回避を続けるが、二発、三発と肩や腕、そして頭にその鋭い攻撃を被弾していく。
「思っていたよりも、肉体が脆いですね」
「ぐううっ!」
被弾により動きの止まってしまった私は体を震わせながらもなんとか倒れることを拒否するが、先ほど打ち込まれた腹部の同じ場所に二発目の拳が叩き込まれ、自動人形は凄まじい速度で体を回転させると私の顎に肘打ちを下から打ち抜くように叩きつける。
体ごとはね上げられるような威力に、私の体勢が完全に崩され、ほんの一瞬だが私は意識が完全に飛びかける……冷静に私の状況を観察している自動人形は無表情のまま私へと話しかける。
「……避けれないのですか?」
その言葉に意識が再び蘇る、この動きは……少し前までは一撃の重さに比重を置いた攻撃だったが、今は違う……私を一撃で殺すのではなく確実に攻撃を急所に当てることで、確実に私の意思を削り取りにきているのだ。
だめだ、ここで引き下がるわけにはいかない……私は地面へと足を叩きつけるようにして踏ん張ると、なんとか距離を離そうと全て破壊するものを振り回す。
「う……うあっ!」
だが、その攻撃は腰が引けたもので、速度も威力も出ていない……自動人形は簡単にその攻撃を受け止めると、それまでの無表情ではなく口元を軽く歪ませて笑う。
笑った? どういうことだ? まるでそれまでは感情のようなものを見せなかった彼女が笑う?! 私がその顔を見て軽く驚いたような表情を浮かべたのを見て、自動人形は片手で自らの顔を軽く触った後、再び口元を大きく歪ませて笑みを浮かべる。
「……これは、嬉しい、ですね、理解」
自動人形は再び轟音を立てる竜爪による突きを繰り出す……私が大刀の腹を使ってその攻撃を受け止るたびに、衝撃と甲高い金属音が辺りに響く。
殴られた後が痛む……頭が割れそうに痛い、これは表面上のダメージではなく内部に浸透するようなダメージが体の各所に加えられているからだ。
だが私は倒れるわけにはいかない、私が諦めたらこの世界がどうなってしまうのだ? 歯を食いしばりながら、次第に劣勢となる私の脳裏にノエルの記憶が蘇っていく。
「……剣気を飛ばすぅ?」
俺の前にはミカガミ流剣聖アルス・クライン・ミカガミが鉄剣を片手に俺の顔を呆れたように見ている……だって、剣気を飛ばすなんて非現実的じゃん。
俺は片手に持った鉄剣を肩に担ぐ……練習用の鉄剣だからな、刃は落としてるとはいえ少しズシリとした重さを肩に感じる。この練習用の剣ですら、当たりどころが悪ければ死ぬ、そうやって何人もの門下生が再起不能の大怪我を負ってきたりもしているので、油断ができるわけではないのだけどな。
「できなかったらこんなこと言わないだろ……とりあえず構えろ」
「へいへい……俺この後行きたいところあるんすけど……って、ちょっと!」
俺のぼやきを無視するかのように師匠が鉄剣を奮って攻撃を仕掛けてくる……速度も威力も確実に当たったらただでは済まないレベルのものだ。
鉄剣同士がぶつかる甲高い音を立てながら、俺は師匠の連続攻撃を受け流していく、いくら師匠の剣が鋭いと言ってもここ最近の稽古では俺も十分対応できている。
そうそう、リズムがあってね……リズム良く俺は師匠の斬撃を受け流していくが、そんな俺を見て師匠が口元を歪ませる。
「……成長したな、でもこれはどうだ?」
師匠の斬撃を放つスピードが一段階早くなる……おそらく他の門下生ではその初速についていけないだろう、達人の領域に足を踏み込んでいくが俺はなんとかその斬撃を受け止めていくが、これでは反撃を繰り出すことが難しい。
だめだ、反撃に移らないと……次の右斬撃の次、それを受け流して一気に攻勢に出てやる……俺は右斬撃を受けると、反撃に移ろうと足を前に踏み出した、その瞬間。
「ッ! 上?! ……ぐはっ……うげええええろろろろ!」
背中がゾクリと震え、俺の体が上段の防御を選択する……だが、師匠の攻撃はいつまで経っても上から来ない……どうして? 今確実に師匠の斬撃が上段からくると俺は思った。
腹部に師匠の剣の柄がめり込み、俺は悶絶する……膝をついて少し前に食べた胃の内容物を全て地面へと吐き出し始めた俺を見て、師匠がニヤリと笑う。
「わかったか? 剣気も武器になるんだぞ、それとお前昼をどれだけ食ってるんだよ……」
「……普通の量っすよ……それよりもどうして俺は上から斬撃がって思ったんすか?」
「俺は剣気を込めてフェイントを行ったんだ、それにお前の鋭敏な感覚が反応して誤反応を起こした、というところだろうか」
「理由が無茶苦茶っす……」
俺は口元を軽く拭うと、吐き出したものに軽く足で砂をかけて剣を構える……やる気を見せ始めた俺を見て、師匠がニヤリと笑う。
この技を再現できれば……俺はもう少し高みに登れるかもしれない。だから今は自分の用事などやっている場合ではないはずだ。
「いいか、本当に斬撃を放つと自分で錯覚するくらいの気持ちで打ち込め、本物の剣気がこもったフェイントは、真の攻撃と錯覚させることができるはずだ……お前ならできる、信じろ」
「守る、だけでは、勝てませんよ?」
防戦一方になった私にとどめとばかりに大きく腕を振りかぶる自動人形……まだだ! 私は負けられない……だが体がうまく動かない、彼女の攻撃をなんとか大刀で受け止めた私は、その衝撃で軽く膝が崩れそうになる……だめだ、ここで倒されるわけには……私は咄嗟に斬撃を繰り出そうとするが体はうまく反応しない。
私が戦闘能力を失いつつあることを確信したのか、自動人形がかなり大ぶりの攻撃を繰り出そうとした瞬間。
急に自動人形が攻撃を取りやめて、後ろへと大きくステップする……なんだ? 彼女は不思議そうな顔で体の各部を軽く触って異常を確かめている。
「……今、攻撃を、出しました? おかしい、これは、異常……」
_(:3 」∠)_ まあ衝撃波は飛ばせるんですけどね、ノエルさんも
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