第二三四話 三匹の豚鬼(オーク)
「布告は行った、後は彼……いや彼女がきちんと招集に応じるかどうかだな……」
天に向かって光を放つ煉獄の花、その花弁に生えた雌蕊の前にキャンプ用のパイプ椅子を置いてゆったりと腰掛けながら、魔王アンブロシオは手にしたグラスよりワインを一口含む。
こんな場所では玉座を置けるスペースがないからな……と少し軋む椅子に深く寄りかかりながら、辺りの様子を確認していく……長かった、何年もかけて細かく呪いをかけていくのには骨がいる作業だった。
その甲斐あって、都内だけでなくこの国のさまざまな場所で、混乱が起きている……呪いの共有化と広域発動……時間だけがかかる途方もない作業だが、完遂した達成感を心なしか感じている。
「ククク……こんなくだらない悪戯に達成感を感じるとはな、年だな……」
魔王になって初めて知ったのだが、布告は単なる儀式ではなかった。
その真の効果は、強制的に戦いへと持ち込むための呪いの儀式……勇者としてこの儀式を受けた時は、何も考えずに戦いに赴いたので何もなかったが、今回のように多くの人を巻き込んで発動された時に、その時若かった自分は使命感に押し潰されたかもしれない。
ただその時の魔王はそう言った小細工をせずに、ただただキリアン・ウォーターズという個人に対してしかこの儀式を行わなかった。
ある意味正々堂々とした行いだった、誇りがそうさせたのかそうではなかったのか、今となってはもうわからない。自分がこの儀式の効果に気がついた時、どう使うかを必死になって考えた。
そして彼女……ノエル・ノーランドの転生した姿を見た時に、この悪戯……アンブロシオにとっては悪戯レベルなのだが……を思いついたのだ。
彼女は次々に彼の配下を倒していった……エリーゼ、いやその残滓である狂気に身を焦がした狂える魂も浄化されてしまったようだ。強くなっている……そして全て破壊するものの真の姿も取り戻しつつある。前世では最後に死んでしまったノエル……最強の剣士との戦いが、もうすぐ行えるのだ。
人質のようなものをとった……卑怯かもしれない、だが……私は魔王だ、勝つためであれば何でも行う、それが魔王としての宿命なのだから。
「……出迎えを頼むぞ、相手は剣聖、手加減はいらない」
アンブロシオの言葉に、影のように隠れていた人物がぎこちない動作で頭を下げ、すぐにその場から立ち去っていく。魔王の前に現れるにはそれなりにもてなしが必要だ。
魔王とは覇者でなければならない、覇者の前に現れるのは勇者でなければならない。
魔王とは最強でなくてはならない、最強の前に現れるのは最強でなくてはいけない。
魔王とは強者を統べるものでなくてはならない、強者の前に立つには強者を守る盾を退けなければならない。
魔王を守る最強の門番……他の配下にも見せたことのない、最後の刺客、それを解き放つ。だが本物の勇者であれば、そう言った困難を乗り越えて魔王の前に立ちはだかるだろう。
ノエル・ノーランドの魂を継ぐあの少女であれば、必ず私の前に現れることだろう……我が最強の盾を屠り、我が前へと現れてみせよ。
「さあ光もたらすもの……最後の戦いが待っている、力を貸せ。敵を打ち倒し、我が世界を救うのだ」
「本当に大丈夫かい? まだ顔が青いよ」
灰色の幻影に搭乗した四條さんと、その腕に抱えられているエツィオさんが不安そうな顔で私を見つめる……私は黙って頷く。
それよりもエツィオさんの方が辛いだろう、今からKoRJへと戻っても針の筵だろうし……心葉ちゃんが弁護してくれると話していたが、どちらにせよ彼自身が無事に組織へと戻れるかどうかなんてわからないのだから。
「私は一人でも大丈夫です、それよりも先輩や志狼さん達を助けてあげてください、心葉ちゃんお願い」
「わかりました……無理しないでくださいよ、私灯さんとパフェ食べにいくの結構好きなんですから……」
心配そうな心葉ちゃんの顔を見て、私はそっと笑顔で頷く……私も彼女と一緒に遊びにいくのも大好きだし、パフェを食べにいったり、食事をするのは大好きだ。
この世界に転生してからの友人の一人として彼女のことは心から信頼している。灰色の幻影がゆっくりと空へと舞い上がる……そしてKoRJが指定する回収地点へと向かうためにゆっくりと移動を始める。
『……良いのか? もう少し話しても魔王は待つだろうが……』
「うん、私の決心が鈍っちゃうから……私そんなに心が強くないし、逃げ出したい気持ちはずっとあるから……ここで一人になった方がまだ……」
私の返答に全て破壊するものは納得したかのように黙り込む……正直いえば、先輩と少しだけ話したかったかな……でも話してしまったら戻りたくなるかもしれないから、話さない方がいいのかも。
エツィオさんが先輩を倒したけど、ちゃんと治療したと話をしていた。元々殺す気はなかったけど、恐ろしく強くなっていたので仮死状態にまで追い込まなければいけなかったと、その上で魔法を使って治療し、オレーシャへと受け渡したから生きているはずだ、とも話をしていた。
『まあ、オレーシャも彼を殺すことはないだろう、むしろ生かそうとするために努力はするだろうな。あの女も難儀な性格ではあるが、青梅を愛していることには変わりはない』
そうだね……私が戻らなかったら、オレーシャが先輩のことを守ってくれるに違いない、戦闘能力は折り紙付きだし、背教者として魔王には属することはないと信じている。
ふうっ、と大きくため息をついてから私は両手で軽く頬を叩く……パチン、と軽く音を立ててから私は光を放ち続ける煉獄の花へと目をむける。
あそこに魔王アンブロシオ……いや元勇者キリアン・ウォーターズがいるのだ……ノエルの友人とも言える異世界で最も強かった勇者が。だが不意にかけられた言葉に私はハッとして振り返る……。
「兄ちゃん、こんなところに女がいるぜ……※※※が勃っちまうよぅ」
「ラッキーだな、こんな場所じゃ繁殖用のメスなんてなかなか手に入らないからよ……上物じゃねえか。せっかくだから※※※しようぜ」
「おい、そこのメス。背中の背負ってる馬鹿でかい武器捨てて大人しくしろや、俺たちの※※※で人間じゃ味わえないレベルで気持ちよくしてやるからよ」
余りにゲスい言葉をかけられた私は、口を開けてポカン、としてしまうが……目の前に現れたのは下顎から鋭い牙を剥き出しにした緑色の肌を保つ筋骨隆々な怪物……身長は二メートルを少し超えた程度の亜人が三人。
いわゆる、豚鬼というやつだ……異世界ではメジャーな種族であり、戦士や傭兵として雇われることも多い連中で、戦闘能力は非常に高い。
元々森妖精が堕落して生まれた種族と言われており、緑色の肌はその時に栄えていた木の属性に連なっているから、とされているが森妖精からすると同じ起源と言われると、彼らはマジでブチ切れるので絶対に言ってはいけない禁止用語の一つとして知られていたはずだ。
豚鬼が厄介なのはその旺盛な繁殖能力であり、彼らはあらゆる種族との交配が可能であり、そこから生まれる子供はもれなく全てが豚鬼として成長する。
生殖機能がない生物以外は大抵が豚鬼の交配相手になるが、多種族との交配で生まれるのは豚鬼の男性のみ、というとても変わった繁殖能力を持っている。
女性の豚鬼は純血種同士での交配で生まれるため、宗教的かつ社会地位的に生まれながらに指導者としての地位を持つ女系社会を構築する種族でもある。
傭兵として活動していても攻め落とした街で、禁止されているにもかかわらず平気な顔をして繁殖を始めることから「性欲の権化」とか「鬼畜下半身」とか、「※※※だけで生きる生物」とか色々な悪名を持っており、あらゆる女性、冒険者、人種から毛嫌いされるのが常だ。
繁殖能力は優れているが、産み落とされた豚鬼は別に家族ぐるみで育てるとか、育成するとかそういう思考は全く持っていないため、大半が子供の頃に他の種族や野生の怪物に襲われて命を落とすと言われ、大人まで成長する豚鬼は圧倒的な戦闘能力を有した個体が多い。
なお、豚鬼という名前は別に彼らの容姿が豚に似ているわけではなく、少し上を向いた鼻の穴が目立つ特徴を指してそう言われており、豚そっくりの顔か? と言われるとそうでもないな……というのが正直なところだ。
しかし……会話が下品すぎるなこいつら……そしてどうでもいいけど日本語喋ってね?
「……日本語? 何で日本語喋れるの?」
「あ? 当たり前だろ……繁殖のためなら現地の言葉を覚える……これは豚鬼として必携のスキルなんだぞ」
「兄ちゃん、この女俺たち見ても怖がってないぞ、僕気の強い女って大好きなんだよ」
「恐ろしく気が強そうだな……へへ……気の強い女剣士相手なんて……くっころってやつだろこれは」
どうやら三人は兄弟なのだな、よく見ると背格好は大体一緒なのだが微妙に表情や体つきにも差異が見られる……一番背が低くて気弱そうなのがどうやら末っ子、真ん中の大きさのが次男、でもっとも筋肉質な個体が長男というところか。
しかし繁殖のためなら現地の言葉を覚える……って相当に頭良くないか? 私なんか英語覚えるのも結構大変だったのに。何だか敗北感を感じるが……。
『……それより何とかしないと貞操の危機ってやつではないのか?』
全て破壊するものの声が響く……おっと、そうだった。私は背中に背負っている大刀の柄を片手で握るが、これちゃんと扱えるかな。
だが私が戦闘体制を取ったのを見た三人の豚鬼は顔を見合わせると、くすくす笑い始める……な、なんだ? それくらい腕に覚えのある戦士なのだろうか?
「おいおい……メスが何やってやがる……そんなデカい武器を振り回せるわけがないだろう? それよりもお前……その細っこい腰で俺たちの※※※を受け止められるのか?」
「兄ちゃん、こいつ剣士なのか? それにしては胸がでかいぞ、俺あのでかい胸に※※※を挟みたいよ」
「フッハッハ、メスのお前が握るのはその刀じゃないだろう? 俺の※※※を握るのがお前の役目なんだ、間違えるな! お前の握る柄はここにあるッ!」
豚鬼たちは馬鹿にしたような表情で私に向かって失礼なことを言いまくる……あ、私ちょっとキレちゃいそう……久々に暴れ回りたい気分を感じて私は少し腰を落とした体勢をとる……豚鬼たちはそれぞれ、斧や槍を手に私に向かってニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらそれぞれ武器を構える。
私は怒りの表情を浮かべたまま彼らに向かって宣言する。
「ムカついちゃったんで、謝っても許さないから覚悟してくださいね? 私に向かって失礼なこと言って生き残ってるの、そんなに多くないんで……マジでその※※※をぶった斬ってやりますよ」
_(:3 」∠)_ のらのおーくが! ずきんどきゅん、ふりかざしー、ふっふー。ばきゅんぶきゅん、むけてーくーるーよー。こんな〜ちゃばんは、はーじめてー 3 2 1 ファイッ!
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