第二三二話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 一二
「……う、ん……」
急に意識が覚醒し始め、私は目をゆっくりと開ける……まるでそれまで夢を見ていたかのように、体全体が重く感じられるが、記憶にある大きさよりもはるかに長く大きな大刀の形へと変化している全て破壊するものに寄りかかっている自分の姿に気がつき、慌てて周りを見渡す。
辺りには何かが燃えた後や、白いスーツとマント姿のエツィオさんが気絶したまま倒れている……あれ? なんでこの人ここにいるんだっけ?
『気がついたか? 少しの間気を失っていただけだ、安心しろ』
心に全て破壊するものの声が優しく響く……まだ少しぼうっとした頭で、夢の内容を思い浮かべていく。確かエツィオさんが現れて、私は気絶させられて……とそこまで思い出した時に、ゾッとするような彼の声や表情を思い出して思わず自分の体を確認していく。
ブレザーは肩にかけた状態になっており、スクールシャツには自分のものではない血のような汚れなどが付着しているが脱げていないし、スカートやスパッツもそのままだ。
「……何もされていない? いや出来なかった? ……ぐっ……」
だが、そこで強い頭痛を感じて私は思わず手で頭を覆ってしまうが、じわりじわりと記憶が蘇っていく……私が意識を失った後、ノエル……私の前世である彼が表に出て私はそれをずっと見ていたこと。
エツィオさんに取り憑いていたエリーゼさん……ノエルからするともう別人に近いレベルでおかしな人格になっていたようだけど、それを倒したこと。
ついでにエツィオさんは彼女に操られて私の胸を思い切り触ったことなどなど……いきなりその時の怒りがぶり返すが、落ち着け私……。
『ま、そんなところだ……ノエルは、少しお前の中で休んでいる。かなりの時間お前の体を動かしていたから負担が大きいのだろう』
するってーと、ここから先は私自身の力でなんとかしなければいけないということだろうか……でもまずはそこで倒れているエツィオさんを起こさないといけないな。
私は地面に突き立てられている全て破壊するものを鞘に入れようとして……大きさが全然違う! しかもこれ前に同じ行動をしてるじゃん! という事実に気がつく。
腰に下げている鞘を外して地面へと放ってから大きさの変わってしまった大刀を眺めて悩む……ねえ、なんか鞘になるものはないの? このまま持ち歩くのは危ないしなんとかしたいのだけどね。
『あるぞ、ちょっと待て……』
その言葉と同時に空間に亀裂が走り、その中から少し変わった意匠の大きな鞘が出てくる……そしてその鞘には記憶がある。前世でノエルが全て破壊するものを納めていた鞘で、爬虫類じみた外見をした淡い緑色の竜鱗……つまり竜の鱗や皮を使って作成された鞘だ。
古代技術の中に、この素材を使って防具を作るという技術があったのだけど、態々それを流用して作らせたノエル自慢の一品だ。
これ自体が恐ろしく硬度の高い鈍器としても使えるのだけど、はっきり言って技術と素材の無駄遣いでしかなく……仲間はみんな呆れていたんだよな。
ちなみに発注時に鞘を製作すると話した時の小人の職人の顔は昨日のことのように思い出せる。
本気でこいつバカなのか? と言わんばかりの呆れた表情だったので、普通は防具を作るんだろうなとは思うんだよね……まあ、そういう規格外なところがノエルらしいといえばノエルらしいのだけど。
「ま、これで少し落ち着くかな……」
鞘に全て破壊するものを納め、ブレザーを着直すと私は背中に鞘と大刀をベルトで固定する。
重いな……でもノエルが振るったこの大刀とその動きは強く私の記憶に刻み込まれている……さすがというしかないレベルの剣術で、あれを真似することはできるのだろうか? という少し不安すら覚えるものだったが。
私はその場で軽く背中に差した全て破壊するものを引き抜き、素振りを行う……この大きさの刀を振るうのは正直初めてなのだが、触ったことがないはずなのに恐ろしく手に馴染んでいる。
『まあ、元々お前の武器だからな……長さの違いは戦いながら合わせれば問題なかろう、それよりも早くあいつをどうにかしたほうがいいぞ』
全て破壊するものの指し示す方向……地面に倒れて呑気に寝息を立てているエツィオさんがいる。私は刀を鞘へと収めると、恐る恐る彼へと近づく……軽く彼の口元に手を当ててみると、規則正しい寝息を立てているのでまあ、生きてはいるのだろう。
思い切り頬が腫れあがっているし、鼻血も出たままだ……まあこれは私が全力で引っ叩いたからなんだけどさ……少しエツィオさんが呻き声を上げたのを見て、軽く無事な方の頬を叩いてみると、彼がうめき始める。
「……うう……こ、こは……僕は一体何を……」
寝ぼけた眼で辺りを見渡してから、傍に座る私に気がつくとエツィオさんは不思議そうな顔で私を見つめている……そして頬の痛みに気がついたのか軽く手を当ててから、痛そうな表情を浮かべた後急に私の顔を見直して、真っ青な顔になって震え出した。
ああ、記憶が戻りつつあるなこれは……私が黙ったまま表情を変えずに彼の顔を見つめていると、エツィオさんは少し気恥ずかしそうな顔を浮かべる。
「……その……どういえばいいかな?」
「……どう、とは? もっという言葉があるのではないですか?」
「あの……その……謝りたいんだけど……怒ってる? 怒ってるよね……そうだよね……ごめん」
私の質問に、まるでイヤイヤをするかのように体をくねらせて、少しだけ顔を赤らめて……って随分色気のある表情だな。でも今の反応で大体記憶は共有している、というのは理解できた。全く……心配させやがって……大きくため息を吐いた私がそっと彼のことを抱き寄せて、もう怒っていないことを態度で伝える。
急に私に抱きしめられたことで驚いていたエツィオさんだが、私の体が少し震えていることに気がついたのかそのまま身を委ねてほっと息を吐いた。
「……おかえりなさい、エツィオさん……」
「ただいま……灯ちゃん」
私たちは少しの間だけそのまま抱き合っている……私は思わず涙がこぼれ落ちてしまう……エツィオさんはもう既に苦楽を共にした仲間だったのだし、私自身は戦いたくない人の一人だったのだから。
彼も同じ思いだったのか、ほんの少しだけ体が震えている……泣き顔を見せないようにしているのは彼らしいということだろうか? 私はボロボロと涙を流しながら彼の胸に顔を埋めて思わず叫んでしまう。
「心配したんですよ私……ッ!」
「ごめんよ、エリーゼの意識が強くなりすぎて僕ではどうしようもなかったんだ……彼女を止めてくれてありがとう」
少し体が痛むのか、彼は私を引き剥がすと苦笑しながら私の頬に流れる涙を拭う。しかしエツィオさんの中に前世の中だったエリーゼ・ストローヴの魂が眠っていたとは。
ん? するって〜と私の中にノエル・ノーランド……剣聖おじさんがいることも知ってるわけだよな。思わずその事実に今更気がつき、私が彼の顔を見るとエツィオさんはニコリといつもの軽薄そうなイケメンスマイルを浮かべる。
「ん? ああ……僕と一緒で君も異性の魂があるって言ってたじゃないか、だからもう驚かないよ……とはいえ本当に強かったね。エリーゼが彼に惚れ込むのもわかるよ」
「そ、そうですね……エリーゼさんの魂はまだ?」
よ、よし一安心だ……前世がおっさんなのに女子高生ムーブかまして恥ずかしがったりしてたのを、ツッコまれずに済んだぞ……私の言葉を聞いて、エツィオさんは自分の胸に手を当てる。
少しそのままの姿勢を保つが、彼は軽く首を振ってから全然別の方向へと軽く腕を振る……指先から激しい光量を持った雷撃が放たれ、その先にあった木を一撃で炎上させる。
「……まだ中に残ってるね、魔法の威力は相当に落ちてるけど……おそらく荒野の魔女の魂自体がエリーゼ・ストーヴそのものなんだろう……でも今は前のような狂気は感じない」
「……エリーゼさん、悲しそうでした……私も全然見ているだけでしたけど、とても辛そうというか……」
「いつからこうなったのかわからないけど……ずっと荒野の魔女として転生を繰り返していたとしたら、ちょっと可哀想だよ……あんなに一人の人物に恋焦がれる気持ちを味わったことがない」
エツィオさんが考え込むように顎に手を当てているが、私の中にいるノエル……彼自身も相当に辛かったと思うのだ……好意を知っていながらも答えられないというのは実は相当にストレスが溜まるし、申し訳ないという気持ちが強くなっていく。
でも、残念ながらエリーゼさんとノエルはその人生の中で結ばれることはなかった……だからこそ未練が残ってしまったのだろうし、エリーゼさんが次第に狂気じみた思考へと変質してしまったのは仕方がないことなのかもしれない。
『……何かくるぞ』
遠くから何かが飛行する音が聞こえ、全て破壊するものに警告されるのと同時に、私とエツィオさんは同時に身構える。
ジェットエンジンの噴射音か? 私たちの視界が真っ白に染まる……強い光量に思わず目を瞑ってしまうが次の瞬間に、スピーカーから放たれる警告の声に思わずその巨大な機体を二度見してしまう。
「灯さん! そいつは魔王の手先……人類の敵です! 離れてくれないと倒せませんッ!」
「心葉ちゃん……あ、あの大丈夫! エツィオさん元に戻っ……」
「精神汚染でもされてるんですか?! 早く離れてください!」
灰色の幻影……四條 心葉が搭乗したその強化外骨格が空中にホバリングしながら、右手の爆炎砲をエツィオさんに向ける。
エツィオさんはその機体を見て驚いた表情を浮かべているが、撃たせるわけにはいかない! 私は彼の前に両手を広げて立ちはだかると心葉ちゃんに向かって叫ぶ。
「待って! 話を聞いて! エツィオさんもう元に戻ってるから! だから……」
だが当の本人は全く緊張感のない顔で、前に立つ私の肩をぽんと叩くと、巨大な機体の前へと姿を現し、爆炎砲の砲身をペタペタと触って物珍しそうな顔で笑顔を浮かべている。
そしていつものイケメンスマイルで、灰色の幻影のコックピットに立っている心葉へと話しかけ始め、あまりに普通に接してくる彼を見て心葉ちゃんが絶句していた。
「これって台東君と僕が企画した武器だよね? えー、彼が完成させたのか……ねえ、ちょっとあっちに向かって撃ってみてよ……理論値だけなら算出してるんだけどさ、実用化したなら威力が見たいな!」
_(:3 」∠)_ 次回エツィオさんが持つ少年の心が炸裂(予定
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