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【完結】前世は剣聖の俺が、もしお嬢様に転生したのならば。  作者: 自転車和尚
堕ちた勇者(フォールンヒーロー)編

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第二三〇話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 一〇

「……う……あ、灯ちゃん?」


「大丈夫ですか? 先輩……」

 心配そうな新居 灯の顔が視界いっぱいに広がり青梅は思わず驚くが、全身に走る痛みで軽く呻く。

 どういうことだ? 僕はエツィオさんに殺されたのでは……と体を確認すると確かに戦闘服には破れなどがあるが、とどめの一撃となった傷は治療の跡があり、既に傷が塞がっていることにホッと息を吐く。

 彼を心配そうに見つめる新居の顔を見て、自分が今彼女に膝枕の状態で介抱されていることに、少しだけ気恥ずかしさを感じつつも、軽く目を閉じて少しの間だけこの心地よい状態に甘えさせてもらおうと身を預ける。

「……負けてしまった……死ななかったのは慈悲だろうか……でも君が無事でよかったよ……」


「無事ではないわね……今頃は、うふふ……」

 声色の変わった彼女に驚いて目を開くと……そこにいるのは彼が愛する新居 灯ではなく、不気味に歪んだ女淫魔(サキュバス)のオレーシャの姿があった。

 青梅は慌てて身を起こそうとするが、その動きをオレーシャが手で制する……鈍い体の痛みを感じて青梅が呻くと、彼女はそっと青梅の頬を優しく撫でながら、彼に声をかけていく。

「動かないで……あなたは戦える状態ではない。それに今頃、新居 灯は別の男の腕に抱かれて、喜びの声を上げている頃だわ。あなたには私しかいないのよ」


「……そんなこと信じられるか……僕は彼女を信じている……」


「……あなたはずるい人だわ……私をこんなに夢中にさせておいて、他の女をずっと見ている」

 オレーシャが少し悲しそうな顔で青梅をじっと見つめている……そっと青梅の額を優しく撫でている彼女をもう一度見つめてから青梅は黙って首を振ると、苦しそうな顔のまま身を起こす。

 青梅が痛みを堪えながら立ちあがろうとして全身を包む激痛に足をもつれさせてよろけるが、オレーシャは悲しそうな顔をしながらも彼の体を支え、倒れるのを防ぐ。

「……ご、ごめん……勇ましいことを言ったのに……」


「体力は回復していないのだから、無理をしてはダメよ……」

 オレーシャはそっと青梅に囁くが、青梅は黙ってまっすぐ前を見つめて前に足を踏み出す……そんな青梅の顔を見て、やれやれと言った様子でため息をつくと、オレーシャは彼を支えながら歩みを進めていく。

 そんな彼女の顔を少し意外そうな表情で見ている青梅に、オレーシャは苦笑いのような少し自嘲気味の笑みを浮かべたまま歩調を合わせる。

「……言っても聞かないでしょ、なら黙って支えるわ」




「……一本は破壊したようだね、もう一本はまだか……」


 狛江の感覚に、少し離れた場所で望楼(ウォッチタワー)が音を立てて倒壊するのが感じられ、彼は戦闘中に関わらずに軽くよそ見をしてしまう。

 もう一つの場所にある望楼(ウォッチタワー)の付近で断続的な爆発音と、振動を感じ取ったがこちらはまだ完全に倒壊せずむしろ散発的な戦闘状態が続いている。

 まずは一歩前進……だが次の瞬間、彼の視界の片隅に怒りの表情を浮かべて騎兵刀(サーベル)を振るう立川の姿が入り込み、狛江は慌てて全力でその攻撃を回避する。

「何をよそ見しているッ!」


「僕は君と違って戦闘だけをして良いわけではないからね」

 狛江はぎりぎりで避けた騎兵刀(サーベル)を眼前に見ながら、掌底による打撃を立川の腹部へと叩き込む……彼女の身体が九の字に折れ曲がり、彼女は苦痛に身を捩りながらなんとか倒れることを拒否し、さらなる反撃を繰り出す。

 だが、銀色の狼獣人(ウェアウルフ)にはその反撃が当たらない……連撃を繰り出すもその軌道を見てから避けている。

 立川はその事実、目の前の狼獣人(ウェアウルフ)が斬撃の軌道を()()()()()()()()()()()という恐ろしい事実に気が付き、背筋が凍りつくような寒気を感じた。

「ば……馬鹿なっ! 見てから避ける?!」


「……なんだそんなことに驚いているのか?」

 狛江の口の端がニヤリと歪む……通常人間の反応速度は目で見てからコンマ二秒程度が限界と言われており、迫る斬撃を目で見てから避けることは非常に困難で、立川だけでなく新居 灯などに代表される剣士(ソードマン)は直感と相手の行動予測などに基づいた回避を行なっているとされている。

 達人(アデプト)級の立川ですら、目で見てから考えて避けることはしておらず、相手の筋肉や視線、それまでの行動予測を基にした回避行動を前提としている。

 だが、目の前の狼獣人(ウェアウルフ)は明らかに人間であれば当たってしまうような斬撃すら、目で見てから避けるという離業を演じて見せているのだ。

 騎兵刀(サーベル)を振り下ろそうとした立川の腕を、その太い腕で優しく受け止める狛江。

「……僕は人間ではないからね……立川さん、これ以上は無意味だ止めよう」


「何を……ぐふううッ!」

 ミシリ、と騎兵刀(サーベル)を持つ右腕が締め付けられるが立川は悔しさから歯噛みをしつつ左拳で狛江の腹部を狙って突きを繰り出そうとする……がその拳が狛江の腹に当たるよりも早く、彼の拳が立川の腹部へと再び叩き込まれ、彼女は悶絶する……強力なボディブローに立川の脚が震える。

 目を見開いて悶絶する立川の腕を離すと、狛江は再び軽く距離をとる……咳き込む立川を遠巻きに見つめながら、狛江は余裕の表情を崩さない。

「……今なら殺さずにいられる、君は僕に勝てないだろう」


 その言葉に立川の表情が怒りに歪む……肩を震わせながら彼女は静かに騎兵刀(サーベル)を横一文字に構える。ふと彼女の筋肉が太く、大きくなった気がして狛江は違和感を感じ、訝しげるような視線を向ける。

 顔を上げた立川を見て狛江が驚く……彼女の口元にまるで鬼のような犬歯が見えたからだ……そして彼女はまるで狼が威嚇するように、歯を剥き出しにして怒り始める。

「ふざけるな! 私と貞ちゃんを……お前のような獣が馬鹿にしていいはずはない……私はお前にも負けるわけがないんだ!」


「な……鬼貞の魂が彼女に影響を与えているのか……?」

 メリメリと立川の全身の筋肉が盛り上がっていく……鋭い犬歯だけでなく、彼女の額にまるで鬼のような角を連想させる突起が生まれていく……元々立川はそれほど体格に恵まれた女性ではないはずだったが、一回り大きく筋肉が盛り上がったことでまるで別人のような印象へと変化していく。

 人間の身でありながら、鬼の魂を移植されたものがどうなるのか? それは誰も知る由もなく、記録にすら残されていない。狛江は今目の前で信じられないような変化を目の当たりにしている。

「……ユルサナイ! ユルサナイ! 貞ちゃんをバカにするような言動は……ユルセナイ!」


「な……ぐうっ!」

 いきなり立川の姿が消える……狛江の動体視力でも追いつかないレベルの高速移動……彼の感覚に立川の気配を感じて咄嗟に腕で防御体勢を取るが、その腕に凄まじい痛みを感じて狛江が息を呑む。

 狛江の腕に騎兵刀(サーベル)が突き刺さり、彼の腕から血がほとばしる……いつの間に?! それよりも立川の狂気にも似たその笑顔にゾッとするような気分を覚えて、彼は立川の体を蹴り飛ばして無理やりに突き刺さった武器を引き抜くとなんとか距離をとる。

「カハアアアッ! 殺してやる……貞ちゃんをバカにするやつは全員殺してやるわ……」


 立川は一発一発に必殺の勢いを込めて騎兵刀(サーベル)を振り回していく……狛江はその迫力のある斬撃を紙一重で躱し、持ち手を拳で弾くことで致命的な斬撃を避け続けていく。

 だが恐ろしく圧力を感じる攻撃に、次第に抗体を余儀なくされており全身の毛を立てながら、汗をかきつつ防御と回避に専念していく。

 巧みな防御と、恐ろしく速い回避行動に舌打ちをしながら立川はなおをも狛江を攻め立てていく。

「ちょこまかと、だけど必ず捉えてやる!」


 まさに狂戦士(バーサーカー)だな……だが、それでも狛江の冷静な思考が今の彼女に見られるある特徴について観察を進める……確かに早い、自分の()()()()()()()()という行動では既に捉えることができなくなってきているが、一つの特徴が見え隠れしている。

 本来、立川の使うリュンクス流……狛江はその流派を理解しているわけではないが、記録より変幻自在な技巧派の剣術と認識している。

 だが、鬼の魂に囚われている彼女の動きはひどく直線的で、直情的な攻撃へとシフトしてきている……それは技による手数から、一撃必殺狙いの大振りに近いとも言え、殺気がわかりやすくなってきている。


「ゆえに……予測しやすい、これでは野生の獣と変わらないんだ」

 狛江が独り言を呟いた時立川は全力の袈裟斬りを繰り出していたが、彼はその動きを予測しつつ、最小限の動きでかわす・…その斬撃は勢い余って地面へと叩きつけられ、直撃した地面に大きく凹みとヒビを入れるが、狛江は軽く銀色の毛のほんの少し先だけを切られただけで無傷に近い。

 斬撃が掠りもしなくなったことで、イラつきを隠せなくなる立川……それは戦闘の狂騒に浮かされた新米兵士のような心境だったのだろう……感情がそのまま攻撃に現れている。

「なんで当たらな……ぐううっ……うげええっ!」


 再び狛江のボディブローが半分鬼と化している立川の腹部へと減り込み、立川はその凄まじい威力と内臓を締め上げるような凄まじい痛みに思わず悶絶する。

 二発……三発……四発、恐ろしく正確な軌道と速度で速射砲のような狛江の拳が寸分違わず同じ場所に叩き込まれたことで立川は吐瀉物を開きながら腹部を押さえてその場にへたり込む。

 狛江は荒い息を吐きながらも、へたり込む立川の前に立ちはだかりながら、彼女へと言葉を投げかけた。


「……それでも戦いとは冷静に二手三手先を読んで行動しなければいけない……激情に身を任せて勝てるのは二流まで、と教わらなかったか? 残念だけど僕はそこまで落ちぶれちゃいない……」

_(:3 」∠)_ 単純に立川が弱くなっているわけではなく(むしろ破壊力や戦闘能力は以前より圧倒的に高い)、狛江がより一層強かった、というだけな感じ。


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