第二二八話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 〇八
「……ノエエエエエル! この魔法が受けれるかしら……」
エツィオの伸ばした腕の先、空の方向に何かが見える……いやこちらに向かってくる燃え盛る岩のような物体が見える。その物体を見て、俺の背中が、いや正確には新居 灯の背中なんだが思わずゾッとした気分になって冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。
エリーゼがよく使っていた魔法は二つあって、いわゆる火球や雷撃など、発動も早く効果も高い通常の魔法と、それではないものに分類されている戦術級魔法と呼ばれる古代の術式があった。
通常の魔法ですら彼女の手にかかると恐ろしい威力を発揮しており、大半の戦いはそれで方が付く……と言うより戦闘では一秒でも早く攻撃を放ち、相手の機先を制すると言う思想が優位であったため無詠唱でバカスカ高威力の通常魔法を繰り出す彼女の能力はそれはもう恐ろしいものだったのだ。
しかし……彼女が壊れ性能であった本当の理由、それは通常魔法では成し得ない城塞ごと吹き飛ばすレベルの範囲攻撃魔法……古代の術式を用いて行使される戦術級魔法の高精度、高威力での行使能力にある。
戦術級魔法……その名の通り、戦術レベルで戦局を左右してしまうような超破壊力の魔法群のことをそう前世では呼んでいた。
「隕石落下……お、おいこの辺り一体吹き飛ばす気か?」
「クハハハ! この世界じゃ宇宙に散々転がってるらしいわね……だからいくらでも落とせるの」
隕石落下は前世では空の上にある神々の空間と呼ばれる場所に存在する、神話時代の遺物を呼び出す魔法だ。
だがこの世界では……地球の外には宇宙と言う空間が広がっており、そこには無数の隕石が存在している……触媒としては絶好のシチュエーションだろうな。
だがこの魔法で呼び出す隕石が到着するまでは少し時間がかかる……それ故に戦争などでも交渉材料なんかに使うケースが多かったんだよな。交渉材料……ね、俺はなんとなく彼女の心境の変化を見た気がして思わず問いかける。
「……なあ、お前もしかして話がしたいのか?」
「……死ぬ間際の命乞いを聞きたいだけ、それを聞いたらすぐに殺してやるわ」
「そうか、ならまだ時間はあるな。もうやめないか? この隕石落下の軌道は俺だけじゃなくてお前も巻き込むだろう? それがお前の望みか?」
「何を言っている……お前はここで私と共に死ぬの、そうしなければいけない、そうならなければいけない……私と共に死んで、お前を殺せば全てが終わる……」
俺に反論を返すエツィオの顔は少し苦しみに、そして悲しみに包まれたような複雑なものになっている……本心ではないな、そりゃあ本音で死にたくないって思うのは仕方のないことだ。
昔から素直なやつじゃないとは思ってなかったが、ここまでとはな……ふと彼の様子を見ていると少し彼の肩や、背後に黒いモヤのようなものが見えた気がする。
うん? あれってもしかして……俺はエツィオの背後に見えているモヤ……と言うよりは魔素の残滓だろうか? 恐ろしく不気味な雰囲気を漂わせるそれに目を凝らす。
「……もしかして、なんらかの魔法か何かか? それにしては随分こびりついて……」
「さあ、早く命乞いをすればいい! その後泣き喚くをお前を焼き殺してやる!」
「え? 命乞いしても死ぬならやる意味ねーじゃん……じゃあ謝りたくないなあ……」
「五月蝿い! 私に口答えをするな! お前はいつもそうだ!」
横暴だなあ……異世界では俺も学者としての地位を確立していたが、魔法研究では随一と言われ、あらゆる魔法使いから羨望の眼差しを向けられていた最強の魔法使いにして研究者、だったあの頃の理知的なエリーゼがどこかに行ってしまっているぞ……昔の知り合いが見たら幻滅するだろうな、こんなの。
俺はふと彼、いや彼女の気持ちを確かめたくなり、片手で大刀を持ったままエツィオへと声をかける……。
「……なあ、これからでも俺がお前のこと愛するわ、お前と一緒にいるし、お前との間に子供も作るわって言ったらどうなるの?」
その言葉に俺の中にいる灯の魂が猛烈な反発を見せる……いや、これ本音じゃないから。正直言って俺はエリーゼのことは大切な友人だとは思ってるし傷つけたくない存在だけど、愛情を持っているか? と言われたらちょっと違うんだ。
なんていうの? 腐れ縁? 喧嘩仲間? 飲み友達……それ以上じゃないんだよな……、俺の愛情は全てシルヴィにだけ向けられているし、転生した後もその気持ちは忘れていない。
だが目の前でエツィオはそんな言葉にすら恐ろしく動揺した表情になり、まるで恋する乙女のように頬を赤く染めて恥ずかしそうな仕草を見せる……。
「わ、私を愛する……愛してくれるの? 私だけをみて、私だけのものに……? 私たちの子供……子供が……」
だが次の瞬間、俺の表情を見ていたエツィオが急に怒りの表情へと変わっていく……ん? もしかして本音じゃないのがバレたのかと思ったがそうではなさそうだ……彼の背後に見えているドス黒いモヤの存在が大きくなり、彼の意識をコントロールしているのか、より一層体にまとわりついていく。
「う、嘘だッ! お前はいつも私以外の女を、男を……私なんか見ていないッ! 私はいつも捨てられて……!」
「捨ててねえよ……俺がお前を捨てるもんか。ほれ、エリーゼこっちこいよ。俺がこのでっかい胸で抱きしめてやるから」
俺は地面に全て破壊するものを突き刺すと、大きく両手を広げて微笑む……こういう時は灯が美人で助かるな。前世の俺がこんなことしても相手に威圧感だけ与えてしまうだろうし。そう考えると女性に転生したのって結構悪くないんじゃないかな……多分。
両手を広げたままの俺を見て、表情をコロコロ変えていくエツィオ……怒り、困惑、面白いくらいに表情が変わっていくが、次第に彼自身が抱えている憎しみなどの感情が和らいでいる気がしている。
だが次第に彼の背後にある黒いモヤが大きく彼へと覆いかぶさると、エツィオはまるで殺人鬼のような獰猛な表情を浮かべて俺に威嚇を始める。
「本当に……私を受け入れて……私、ノエルのところへ……でも、私あなたを殺さないと……コロスゥッ!」
「……やはりキリアンに何かされてるな、これは……」
精神汚染……心を操作する魔法などは前世の世界でも結構メジャーで、暗殺者やちょっとタチ悪い魔法使いなどが扱う禁術に相当し、あまり好まれないものだった。
例えば無垢な子供を精神支配し対象へと近づけて暗殺するやり方や、重要人物の側近などをうまいこと支配してしまってなど歴史上その手の魔法が混乱を引き起こしたのは枚挙に遑がない。
バカみたいな話だが、一つの国がそれで滅ぶと言うケースは案外多く転がっており、この手の魔法研究が禁じられてしまう理由の一つでもあるのだ。
「ノエルを殺す! あなたは死ぬのよ! 私も死ぬから……一緒に死ねばそれで満足できるのぉっ!」
「めちゃくちゃだよ……お前と一緒に死ねないよ、灯に怒られちまう……」
俺は地面に突き刺していた大刀を引き抜くと、大きく振りかぶる……そういや少し前の記憶を探っていくと灯もちゃんと絶技を使いこなしていたな。これだけ成長したことがわかると、心の師匠として俺も鼻が高いな、願わくば彼女がきちんと女性としての幸せを手に入れることを祈る。
薄く笑うと、俺は地面を蹴り飛ばしエツィオに向かって飛び出していく。これ以上時間をかけて話をしたところで、こいつは元に戻らない、ちゃんと決着をつけなければ。
「貴様! やはり嘘だったな! 私を受け入れるやつなんかイナインダ! コロスシカナイ!」
「……エリーゼ、せめて俺がお前を……絶技、黎明」
俺はエツィオへ向かって一気に加速する……その速度差を見て彼は避けきれないと判断したのか、咄嗟に防御姿勢をとり魔法障壁を張り巡らせるが、俺の一撃がその障壁をものともせずに突き抜ける。
思わず息を呑むエツィオ……そりゃそうだ、灯ではまだこの魔法障壁を一撃で貫通できない、と思ってるだろうからな……だがしかし彼女もこの程度の障壁は打ち破れる……俺の意思や技を継いでいるのだから。
エツィオの体を横一文字に叩き切るように大刀を振り抜く……俺の黎明は灯のものと違って、優しくない、多少の痛みがあるかもしれないけどご愛嬌、だ。
「ぐううっ……あ、あれ……そ、そうか不発か……」
だが叩き切られたはずの肉体には全く傷がない……エツィオは何度か切られたはずの体を触ったりに二、三度見直したりしていたが、不発だったと思ったようでニヤリと笑うと再び隕石落下の継続をするために両手を天空へと突き出す。
だが、既に雌雄は決している……俺はそのまま全て破壊するものをくるりと回すと腰の鞘……え? 大きさ違くないこれ……に挿そうとして思い切りミスをして地面へと突き刺してしまう。
うわあん! せっかくここまでの動作が全部決まったらカッコよかったのに! なんでだ!
『あ、すまん……日本刀サイズのままなのだそれは……』
全て破壊するものの申し訳なさそうな声が響く……そっか鞘は別で作ってるんだったな。俺は頬を掻いてから大刀を肩に担ぎ直す。
苦笑いを浮かべて頬を掻く俺を見て、歪んだ笑顔を浮かべていたエツィオが突然苦しみ始める……いや正確には彼にまとわりついている黒色のモヤが恐ろしく震え出し、苦しみの声を上げている。
ようやくか……俺も少し腕が鈍ってるのだろうか? 昔は斬ったらすぐに効果が出たと思うんだけどなあ。
「うぎゃアアアアアアア! な、何をした……貴様!」
「絶技黎明は対象の繋がりを断ち切る、悪縁、悪運、悪意、悪行……ミカガミ流は儀礼にも使われた剣術だからな。お前みたいな悪意の塊をその青年から断ち切る」
「ば、ばかな……そんなことができるわけが……」
「できるんだなこれが……そうじゃなきゃ剣聖なんて名乗るかよ。お前俺の何を見てきたんだ? 俺はミカガミ流の中で最高傑作と呼ばれた天才だぞ、肉を切らずに魂を断ち切るのだ……うわ、俺かっこいいな」
俺の言葉に黒いモヤが苦しみながらエツィオから離れていく……こいつは……エリーゼのようでもあるが、もっと邪悪な何か、怨念のような存在に近いな。
それと同時に隕石落下の術式が解除され、召喚された隕石がまるで嘘のように消滅する……この場合は宇宙に戻されたと判断するべきかな。完全な落下体制に入っていたら不味かった……。
俺はその黒いモヤを前に、軽く髪をかき上げて見つめる……純粋な思念体? それにしては雰囲気がな……。
「キ、キ、キサマ……私を……」
「随分変わったな、お前……いや、お前本当にエリーゼか?」
エツィオはその場に倒れ伏す……気を失っているだけだろう。黒いモヤのようなものは次第に形を変え、俺もよく知っている少女……エリーゼ・ストローヴの姿をとる。
が黒いモヤがまるで彼女を覆う炎のように荒れ狂い、彼女はその小さな体を空中に浮かすように、俺を憎しみの眼で睨みつける。
エリーゼに見えないが……エリーゼなんだよな? それにしては随分偏執的な気がするのだけど。
「……貴様……のエエエエエエる! お前はいつもいつも……人の邪魔を……」
_(:3 」∠)_ 前世無双! もう少しノエルのお話にお付き合い頂けますと幸いです。
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