第二二五話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 〇五
「……オレーシャ……いつの間にここに来ていたの?」
私の目の前に立つ蝙蝠の翼を背中から生やした女性……いやこの場合は女淫魔というべきか、背教者の首魁であるオレーシャが立っている。
彼女の周りには望楼を守っていたであろう小鬼族が惨殺された状態で倒れている……数十体を一人で倒しているのか。女淫魔という割には戦闘能力が異様に高いんだよな、彼女は……。
「あら、遅かったのねえ……暇潰しにこいつらを倒しておいたわ……感謝してほしいところね」
「……それは、ありがとう……」
私が少し言葉に詰まったような感謝を述べると、オレーシャはまるで私をバカにするような仕草でクスクス笑いながら歩み寄る……この女淫魔の生理的不快感は凄まじい。
何というか……何度相対しても慣れない不信感、疑惑のような感情が抑えられないのだ。
オレーシャは、私が黙り込んで何かを我慢している表情を浮かべていることに気がつくと、ふうっと軽くため息をつく。
「何で警戒するのかわからないけど……一応私は貴女達に協力している立場よ? どうして信じてくれないのか不思議だわぁ……涼生を取られちゃいそうだから怒ってるのぉ?」
「……あんたに先輩が靡くもんですか……」
私は急に彼女の口から先輩の名前が出てきたことでカチンときてしまい、思わず小声で吐き捨てる……こいつが先輩のことを狙っている、もしくは何らかの協力関係を持っていることは知っている。
先輩がテオーデリヒに捕まった時に、オレーシャに解放されていると本人も認めているし、さまざまな情報を提供してくれていることも理解はしていて、それでも情報提供含めて協力関係なのだから、という理由だけでKoRJは彼女たち背教者との関係を継続している。
個人的には全く信用できないし、不快なのでどうにかしてほしいところなのだが……。
「まあいいわ、そういうことにしといてあげる。今は目の前の望楼をどうにかするのが先決でなくて?」
悔しいが確かにその通りだ……この女淫魔へ感じる生理的不快感はさておき、早めにこの防衛施設を破壊しなければいけない。
オレーシャが私に場所を譲るようにニヤニヤ笑いながら、後ろへと下がる……背中を見せるのはちょっと不安があるけど、今はそうも言っていられない。私は腰に差した刀……全て破壊するものの柄へと軽く手を当てると、腰を落とした居合ぬき、閃光の構えをとる。
「……そうそう望楼は生きている。反撃もあるから気をつけてね」
「「キイイイイアアアアアアアアアアッ!」」
「な、なに……!?」
突然オレーシャがボソリと私に向かって呟くが、その言葉と同時に目の前の望楼の幹に出鱈目な配置で生えている口から、凄まじい音量の悲鳴が上がっていく。
悲鳴と同時に黒く太い幹から伸びる根のような部分……私から見ると足にしか見えないのだけど、それらの根がぶるぶると振動したかと思うと、地面に潜り込んだ部分がそれよりも太く、巨大に変化していく。
そして枝のように伸びた触手にしか見えない器官がわさわさと揺れ動く……その姿はまるで、冒涜的な異界に住む怪物のようにすら見える。
「うわ、キモ……」
「下手に近寄ると触手に絡め取られて動けなくなるわよ……人間の胎は生殖と増加に有効だから襲われちゃうかもね……でも、そうしたら涼生はあなたに興味を持たなくなるかもしれないわ……ちょっと襲われてみてよ」
オレーシャの軽口にイラッとした私は思わず後ろを振り返ろうとするが、そこへ望楼の触手がまるで投槍のように凄まじい速度で向かってくる。
私は舌打ちをしながら、大きく横へとジャンプして躱すが、それまで私たいた地面を抉るように触手が衝突し、抉っていく……結構な攻撃力だな。
もしかしたら生殖って言っても肉塊だろうが何だろうがいいって話だろうか? ちょっと想像するだけでエグい図に感じるが……追撃してくる触手を私は本体との距離を測りつつ避けていく。
「く……オレーシャ何で援護しないの!」
「だってぇ、私そんな気持ち悪いのに触れたくないもの……でも安心して、それ以外のものは私が片付けるわ」
オレーシャがその言葉と同時に、鋭い爪を振るう……見れば先ほどの悲鳴に引き寄せられたのか、他の場所にいた複数の小鬼族がこちらへと走ってくるが彼女は爪を使って降魔を切り裂いて、こちらに近づけさせないように立ち回っている。
後は任せろということか……私はそのまま目の前で悲鳴を上げ続ける望楼と対峙する。悲鳴を上げている間、ずっと周りの降魔を引き寄せている可能性があるからな、早めに対処しないと大変なことになりそうだ。
「じゃ、一気に叩き切ってやるわ……ミカガミ流……刹那ッ!」
私は軽く腰を落とした体勢から前へと飛び出すと、思い切り刀を振り抜く……移動しながらの抜刀技である刹那は納刀状態から突進し、相手と交錯する瞬間に超高速抜刀、そのまま相手を攻撃する。
前進して抜刀、その制限はあるものの前進するエネルギーもそのまま刀に乗せることができるため、ミカガミ流の剣士によってはこの技の方がいいとする向きもあったくらいだ。
私はそのまま振り切った刀をくるり、と回すように鞘へと収めると静かに納刀する。イメージ通りに振り抜けたな……最近あまり使ってない技だと失敗することもあるので心配だったけど。
次の瞬間、望楼がビクリ、と大きく震える……そして太い幹がまるでずれていくように、ゆっくりと両断されそのまま地面へと倒れていく。
ゴオオン! という轟音を立てて地面へと完全に倒れた望楼は最後の力を振り絞るように幹のあちこちに生えている口をぱくぱくと動かしたり、触手を動かすが切断面から不気味な黒い液体が流れ出していくのと合わせて次第に動きが鈍くなっていく。
「あら、一撃で斬れるのねえ……」
オレーシャがニヤニヤと笑いながら私のそばへと近寄ってくる……他の敵は? と思って彼女の後方を見るが、それまで迫ってきていた小鬼族は望楼が倒れたのをみて慌てて逃げ出しているところだった。
私はほっと息を吐くと、辺りの様子を確認する。
新しい敵はいそうにないな……私は倒れた望楼を見るが、まるで命を失った体が溶けるように、目の前で黒い刺激臭を伴った煙をあげてドロドロに溶けていく。
「う……ゲホッ……」
私は口元を押さえて、その煙を吸い込まないようにするが、それでも鼻の奥に強い刺激臭が残って吐き気から軽く咳き込む。オレーシャは歪んだ笑顔を浮かべながら私の隣に立つと、溶けていく望楼を見つめている。
ふとその横顔を見たときに、私はオレーシャの表情に違和感を感じた。元々その笑顔は作り笑顔のようなものだったけど、今は何かを隠しているかのような笑顔なのだ。
私がじっと彼女を見ていることに気がついたのか、ゆっくりとオレーシャは私と目を合わせる……そこで私は急に背中にゾッとした寒気を感じて、後ろに飛びのこうとした。だが……。
「……勘がいいね、だから君を愛しているのさ灯……」
咄嗟に飛びのこうとした方向にあった何か、いや逞しい男性の肉体にぶつかり私は驚く……そのまま私の両腕をがっしりと掴む白い手……そして肩越しに私をじっと見つめる美しい顔。
金髪に碧眼、軽薄そうな笑顔……見覚えのある男性、エツィオ・ビアンキの顔が真横に見え私は思わず息を呑む。いつの間に!? 私は振り解こうとするが、次の瞬間彼の手から植物の蔓が幾重にも伸び、私を絡めとる……信じられないくらいの強い力で私は蔓を振り解けず、身動きが取れなくなった。
「え、エツィオ……さ……どうして……せ、先輩は!?」
「だめだよ、他の男のことなど口に出しては……僕だけを見ないとだめだよ」
「……涼生は無事なんでしょうね……まさか殺してなど……」
オレーシャが急に真面目な顔になってエツィオさんへと話しかける……もしかして最初からオレーシャはエツィオさんと繋がりがあって……いやそれにしては当初は協力的だった、私の背後をきちんと守っていたし。
それに先輩の名前を出しているということはオレーシャも何らかの形で先輩の身の安全を守るために行動していた、がエツィオさんがここへ来たもしくは何らかの指令を受けたことで、先輩の敗退を知り私を渡すことにした、ということだろうか。
「ちゃんと治療はしておいたよ、思っていたよりも強くてね……手こずったけど殺してはいない、好きにするといいさ」
「……そう、ならいいわ……あなたの望みはそのお嬢ちゃんを手に入れる、私は涼生を手に入れる……これで取引完了でいいかしら?」
「オレーシャ、最初から裏切って……」
「違うわ、私は合理的に愛するものを手に入れたいだけ……あなたがその魔法使いのものになれば、私は涼生を手に入れられる、それだけのことよ。これはビジネスなの」
オレーシャはエツィオさんに掴まれて身動きの取れない私を見て、くすくすといつもの笑いを浮かべている……くそ……だから降魔を信用するのなんか……。私が憎々し気に彼女を睨みつけるが、オレーシャは笑顔のまま軽く手を振ってその場を離れていく。
私は何とか逃げだろうともがくが、それに気がついたエツィオさんが私を抱きしめるかのように引き寄せ、私のうなじに鼻を寄せて匂いを嗅ぐような仕草をしたことで、ゾッとして思わず悲鳴をあげる。
「ヒイッ! や、やめ……」
「思った通りいい匂いだよ、灯……このまま僕らは契りを交わさなければ。僕は君を隅々まで愛してあげるよ……ああ、はち切れそうだよ、君の中はどれだけ暖かいだろうか……」
「何を馬鹿なことを! やめて! 私はあなたとなんか……くそ、離せ! 変態教師!」
「……いいから黙って私のいうことを聞け」
私の額に彼は手を当てると、バチン! という音とともにいきなり私の視界が白い光に包まれる……一瞬遅れてまるで脳を直接揺さぶられるような激痛と衝撃が走る……電撃?! そのまま私の意識がゆっくりと遠ざかっていく……暗くなっていく視界の中にエツィオさんの歪んだ笑みが見える。
助けて……このままじゃ……私は心の中で叫ぶ……誰か! 誰か助けて……私は絶対に……こんなこと……望んで……。私の視界は暗闇に包まれ、狂ったようなエツィオさんの笑い声と独り言だけが最後に聞こえる。
「やっと手に入れたわ……ここでは心配だから、別の場所に……少しはロマンチックな場所に行かないとね……クハハハハッ!」
_(:3 」∠)_ 変態英語教師登場! というかエツィオさんのキャラがどんどんおかしな方向へ……
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