第二二四話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 〇四
「……なんで灯ちゃんを止めなかったんです? 僕なら与し易いって話ですか?」
青梅 涼生は余裕の表情で新居 灯を見送ったエツィオへと話しかける……口調は本来の青梅……確かに純粋な戦闘能力だけでは、青梅は新居 灯の足元にも及ばない。
単純に持っている能力の問題で、新居 灯の振るう刀を防ぐ手立てが少ないことと、高速移動攻撃などに欠ける点など、総合的にみても一段階から二段階程度は序列が低い。
KoRJは戦闘員の序列を総合的に判定しており、東京支部において最強格とされているのはリヒター、新居 灯、エツィオ・ビアンキの三名になる。
「……馬鹿にしてるわけじゃないよ、君が男らしく彼女を守ると言ってたからさ、その心意気に応えようって思っただけだよ」
「僕に負けるとは思わないんですか?」
「……思わないね、だって君弱いもん」
次の瞬間、青梅が念動力を使って飛ばした石つぶてが、エツィオに向かって放たれるが既に展開されていた魔法障壁に阻まれて彼まで届かない。
余裕の笑みを浮かべたままエツィオの足元から蛇のように電撃が伸びる……青梅は地面を這うように迫る電撃を、空中浮遊を使った移動で木の枝の上を移動して躱していく。
空中を滑りながら移動する青梅を見て、エツィオは軽く舌打ちをすると腕を振るって連続で火球を放つ……だがその火球に青梅が放った何かが衝突すると空中で爆発していく。
「鋼球で火球を空中爆破するかよ、ははっ!」
青梅の腰に下げているポーチには彼の得意とする風陣や散弾といった技を放つための小さな鋼球が入っていたのだが、以前テオーデリヒとの戦いで効果を発揮しなかったことを踏まえて、大きさを二回りほど大きくしたゴムボールサイズのものに差し代わっている。
大きさの上がった鋼球は数を打ち出すことはできなくなったが、一発当たりの破壊力が増しており対象に衝突させることで銃弾に等しいダメージを与える代物になっていた。
空中で爆発四散する火球を見ながら、エツィオは軽く舌打ちをしながら次々と魔法を放っていく。
火球の特性上一定以上の質量のある物体に衝突することで爆発するのを理解しているのか……侮れないな。エツィオはさらに腕を振るってまだ距離のある青梅に向かって火球を複数個同時に放って牽制を行う。
距離を軽率に詰めてこないのはこちらの大きな隙を狙ってのことだろうな……大きな威力を発揮する魔法は精神集中や溜めに相当する準備時間が必要だ。
そう言った意味では魔法を使う、というのは接近戦には非常に不向きでもあり距離を詰められるとどうにもならないケースが多い。
「……接近戦したいんだろう? 早くかかってこいよ」
エツィオの挑発に応えることはなく、青梅は滑るように空中を移動しながら右手で鋼球を放っていく……空中で鋼球が衝突するたびに爆発する火球……だがいまだに距離は離れたままだ。
あえて隙を見せて誘うか? エツィオは両手を地面に向かって合わせて次なる魔法の準備に入る……跳躍電撃、以前竜相手に使用した時は相手を消し炭にしてのけた大魔法の一つ。
構えが変わったのを見て青梅が一気に前に飛び出す……だがそれでは遅いのだ。
「間に合わないぜ、跳躍……ぐうっ?!」
エツィオの体に四方から何かが衝突する衝撃と激痛が走り、発射寸前だった魔法が集中を失って解除される……肩口、腹部、腿……まるで何もないところから弾丸を打ち込まれたような衝撃を受けて、エツィオは自らの体に目を向けると、体の角部にピンポン球程度の大きさをした鋼球がめり込んでいるのが見えた。
「別の魔法を使うときに、魔法障壁は同時に使えない……オレーシャのいう通りか……」
「ガハッ……鋼球なんかどこに……」
「火球の爆発に紛れて地面に打ち込んでいました、気がつかないようにね」
青梅の使う鋼球を最大限加速させるにはある程度の距離が必要なため、彼はエツィオからそれなりに離した地面に左手で打ち込んでいた。それを一気にエツィオに向かって射出したのだ。
痛みに耐えてなんとか倒れることを拒否したエツィオの顔面に、青梅の全力の拳が叩き込まれる……。
「……僕は……あなたのこと良い人だって思ってたのに!」
「ぐはっ……」
続け様に左右の拳が倒れることを許さないかのようにエツィオへと叩き込まれていく。青梅の目には怒りだけでなく、うっすらと涙が浮かんでいる。
それまでエツィオは青梅に対して良き兄貴分として接してきていた、青梅も少し軽薄な印象のあるエツィオに対して、憎しみなども持つことはなく、相談や行動支援なども行ってきている。
信じていたのに裏切られた……挙句の果てに自分が愛する女性に暴言を吐いたエツィオをどうしても許せない……青梅の持っている正義感が拳を止めることを許さない。
「僕は、僕は……エツィオさんのこと兄貴みたいに感じてたのに! 僕には姉はいても兄貴がいなかったから! なんでだよ! なんで裏切れ……ぐうっ!」
次の瞬間、青梅の拳が空中で硬い何かにぶつかりエツィオの眼前でストップする。鉄の板を叩いたかのような衝撃で青梅の拳に鈍い痛みが走り、彼は顔を歪ませて拳を押さえて後退する。
あれだけ拳を叩き込んだのにエツィオは倒れずに、鼻血と口腔内が切れたのか口の端から血を流しながらも、ぎろりと青梅を見つめている。
「……青梅君には言ってなかったな……僕の心には女性の魂が宿っている……前世のね」
「じょ、女性? それが何の……手加減なんか……ツッ!」
青梅は左拳に強い痛みを感じて顔を顰める……思い切り魔法障壁に拳を叩きつけたのだ、骨にヒビが入ってしまっているかもしれない。
目の前のエツィオが懐からハンカチを取り出し、そっと顔の血を拭う……そしてそのハンカチをきれいに畳み直すと懐へとしまい、青梅に再び視線を向けると、ぎらりと笑った。
次の瞬間、青梅の全身に凄まじい衝撃が走る……目の前に立つエツィオの目が怪しい紅の光を放っている……全身が締め付けられるような恐ろしい痛みで青梅は悶絶し、悲鳴すら上げることができずにその場に膝をつく。
「威圧の瞳……あんまり知られてないけど、準備もほとんど必要としない高速発動できる少ない魔法さ……動こうとすると身が引きちぎられるような痛みが走るよ」
「な、何を……ぎゃあああああっ!」
動こうとした次の瞬間、青梅が思わず悲鳴をあげてしまうくらいの激痛が全身に走り、彼はそのまま地面に倒れて悶絶する……体験したことのない痛みで、意識が飛びかけるも青梅はなんとか身を捩るように傍で自らを見下すように立っているエツィオを睨みつける。
そんな青梅の憎しみに満ちた目を見つめ返すと、薄く笑い……エツィオはその場にしゃがみ込んで青梅に囁く。
「這いつくばって僕が彼女を犯すのを見て涙するといいよ、処女だった彼女が快楽に歓びながら必死に僕を求めるようになるのもね。特等席で見せてあげるよ」
「き、貴様ああああっ! ぐあああああっ!」
動こうとして再び全身に鋭い痛みを感じて悲鳴をあげる青梅……くすくす笑いながらゆっくりと立ち上がると、新居 灯が向かった先はどちらか探知を始める。
だが左足を掴む感触に気がつくと、再び地面に倒れた青梅を見る……エツィオが着ているブランドものの白いスーツに泥と、青梅かエツィオのもの変わらない血が付着したことで、眉を顰めるエツィオ。
「……なんだよ、このスーツは結構高いんだぞ、気安く触るな雑魚が」
「灯ちゃんに危害なんか……僕が許さない……許さないんだ……」
エツィオは黙って青梅の頭に右脚で蹴りを入れる……だが青梅は彼の左足を離そうとしない……イラつき始めたエツィオは何度も何度も青梅の頭に蹴りを叩き込む。
次第に蹴り飛ばす脚に力が入り、何度も蹴りを叩き込まれた青梅の頭から血が流れ出す……だがぎりり、とそれまで以上に強い力で左足を締め付けられてエツィオは顔を顰める……くそ、こんな場所でこいつに構っている時間はないというのに……苛立ちと焦りから彼は大きく右手を持ち上げる。
「いい加減にしろよ! お前に何ができるってんだ! 女ひとり時間かけても落とせない童貞坊やが何を熱り立ってやがる!」
「……僕は……」
「……あ?」
「彼女を誰にも渡さないッ! 僕は彼女と添い遂げるんだ!」
いきなり立ち上がった青梅がエツィオの腹部に手のひらを当てる……こいつ! いつの間に威圧の瞳から脱出して……驚いたエツィオの行動が一瞬遅れた。
一瞬のタイムラグとともに……まるで巨大なハンマーで殴られたような衝撃がエツィオに叩きつけられる……衝撃波、青梅が接近戦で使用できる最も破壊力の高い技。
念動力で発生する力を爆発的な勢いで叩きつける……直撃すれば生物の内臓をズタズタに引き裂き、肉体を貫通するだけの威力を発揮する。
だが、反面射程距離は恐ろしく短く、数センチでもずれてしまうと威力が半減するという特徴があり、使い所が恐ろしく難しい。
「……ぐあッ!」
悶絶しながら近くの木へと叩きつけられるエツィオ……そのままずるずると木の根元へと倒れていく。
それを見て青梅は満足そうに笑うと、ゆっくりと立ち上がる……視界が歪む……頭痛も凄まじい、急に気持ち悪くなってしまい彼は自分の腹を押さえてその場で嘔吐を始める。
「うげええええっ……ゲホッ……ゲホッ……」
何度か胃のなかのものを全て吐き出して、気分も落ち着いた青梅は息を整えるために腰に下げていたペットボトルから水を口へと含むと、口の中に残ってる吐瀉物を洗い流すように吐き出していく。
エツィオ・ビアンキをなんとか行動不能にできた……これで灯ちゃんを守ることができたのでは……口元を拭うと、気に叩きつけられたエツィオを見る……だがそこには倒したはずのエツィオがいない。
どこへ……と周りを見渡そうとした次の瞬間、強い痛みが背中に走り、胸元から細い剣の刃先が出ていることに気がつき大きく目を見開く……押さえきれずに口から血が噴き出す。
「……ごぼっ……」
「やってくれるじゃないか……君程度の戦闘能力でここまでやるとはさ……見直したよ」
背後からエツィオの憎々しげな囁き声が聞こえるが、青梅はそのまま地面へと倒れる……血が……背中から剣を突き刺された? エツィオの手に銀色の刺突剣が握られていることに気がついた。
いつ抜いたんだ……なんとか声を出そうとするも、声が出ない……喉の奥から熱いものが込み上げて苦しい……咳き込み、なんとか立ちあがろうともがくも手足に力が入らない。
「やめ……彼女……やめて……く……おね……い」
エツィオは刺突剣を振り上げて、涙を流しながらもがく青梅にピタリと刃先を向け、少しだけ悲しそうな顔を向ける……銀色の刃が月明かりに照らされて輝いている。
涙を流して何かを訴えかける青梅の顔を見てほんの少しの間逡巡したように見えたが、大きくため息をつくとエツィオはそのまま表情を変えずに刺突剣を突き下ろした。
「認めるよ、青梅君……君は強くなった……だが執念では僕の方が強かった、それだけだ」
_(:3 」∠)_ 純粋な戦闘能力では先輩はエツィオさんより遥かに下です、でもねって話
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