第二二三話 望楼(ウォッチタワー)の戦い 〇三
「クハハハッ! 死ねえっ!」
「……聞いている立川さんの印象とちょっと違うね、君は!」
熱に浮かされたように立川 藤乃の連続した斬撃が狛江を襲う……彼女の持つ騎兵刀、聖剣琶蘭は新居 灯の持つ全て破壊するものに比類する武器だ。
いくら狛江が特殊な狼獣人だと言ってもそう易々と受け止められるものではない、下手をすると受けた腕ごと斬り飛ばされる可能性があるからだ。
それ故に彼は斬撃を受け止めずに、ぎりぎりのラインを見計らって避け続ける……人間形態の時と違って狛江の体はひと回り大きくその分的が大きいため、完全には避けきれず攻撃が掠めるたびに銀色の毛が琶蘭に切られ空中に舞っている。
「くお……っ……」
「ちょこまかと! リュンクス流……縦爪!」
狛江の視界からいきなり立川が瞬時に消える……彼女は両足を大きく広げた股割りのような姿勢で一気に視界から消えると、元へと戻る反動を使って騎兵刀サーベルを上方向へと振り抜く。
ほんの一瞬の空白に狛江の頭が混乱する……凄まじい速度の縦斬撃を避けきれず、狛江は体を反らすと同時に左腕を使ってその斬撃を受け止めようとする。
「うあああっ!」
斬撃が振り抜かれると、狛江の左腕が綺麗に切断され、近くの地面に美しい銀色の毛に覆われた鋭い爪を持つ腕がぼとりと落ちる、それと同時に肘の先から切り落とされた狛江の左腕から血が噴き出し、彼は苦痛に顔を歪めながら大きく後退してしまう。
だが、狼獣人の再生能力なのかすぐに血の噴出が止まり、ゆっくりと肉体が再生を始めている……それを見た立川が軽い舌打ちをした。
「残念、でも一撃じゃだめだってことね……理解したわ」
凄まじい殺気を放つ立川の全身の筋肉がさらに一段階盛り上がる……そして笑うその口にはまるで鬼のような鋭い犬歯が覗く。目は殺気と高揚感で爛々と輝き、その姿はまるで鬼神の如き印象を感じざるを得ない。
まずいな……ここまで強くなっているなんて……報告だけを聞いていると、新居 灯よりも一段階戦闘能力は落ちる、と言う認識であったが、そんなことはない。
「こんなに強いのに、なんで灯ちゃんに負けたんだ?」
「……その時は敵わなかっただけよ、だからあんたをグチャグチャに殺し尽くしてから、次は剣聖のを私の剣で刺し貫いてやる……苦痛に歪むあの子の顔を見たいわね」
何度か騎兵刀を軽く振るうと、今度は腰を軽く落とし刺突の構えをとる立川……まずいな、確実に殺しにかかってきている。狛江は左腕をチラリと見るが再生はようやく手のひらくらいまでしか行われておらず、この状態では殴ったりもできないだろう。
狛江はギリリと歯軋りをするような表情を浮かべると、ニヤリと笑う……本気でやろう、彼の隠し持つ獰猛な本性が剥き出しになるような、立川ですら一瞬驚くような濃厚な殺気を立ち上らせて、狛江は笑った。
「……安心した、僕が全力で尚且つ本気で殺しあえる相手がここにもいたなんてね……世界は広いよ、ここからは本気モードでやろうじゃないか」
「先輩、もう手は繋いでなくていいですから……ちょっと恥ずかしいですし……」
「だめだよ、僕は心配なんだから繋いだままにさせてくれ」
無事に地面へと着地……というか迫る木々の間を空中浮遊の連続発動で恐ろしく効率的に落下速度を殺し、さらには縦横の平行移動であの高さからパラシュート一つなく降りてのけた先輩の神業に私は少し圧倒されている……そして彼は一緒に歩いている間も私の手をしっかりと握って離してくれない。
彼の繋いでくれる手から体温が伝わってなんかホッとするんだけど、ここまでしっかりと握られていると私個人としても少し気恥ずかしいものを感じてしまい、頬が熱い。
『……前世は随分と手慣れたものだったが、女性になるとお前は随分としおらしいな』
全て破壊するものの揶揄するような声が響くが、仕方ないじゃん……なんか絶対離すもんかって石を感じる握り方なのだ……こんなの一方的に振り解いたら彼を傷つけてしまう。それにこういうの、正直言うと嫌いじゃ……ないかな。
先輩は油断なく辺りを見回し、少し離れた場所に念動力で浮遊する鋼球で索敵すら行っているのだ……私の感覚なら彼より早く敵を察知できそうなもんだが、私の神経は繋がれた手から伝わる体温と、緊張しているであろう彼の鼓動にばかり気が行ってしまっており、正直過去最高にポンコツ化している気がするのだ。
まあ、はっきり言えば……私は今ドキドキしすぎて頭が真っ白になっているのだ……二人きりになるって状況は全くなかったわけじゃないけど、相手のことを意識しているとこんなことになるのか。まるで乙女じゃないか! いや乙女なんだけどさ、今の私。
しかしまあなんでこんな急に男らしいというか、積極的になったんだ? 少し前までは私がちょっかい出すとすぐに恥ずかしがって困った顔をするだけだったのに、もしかして気持ちの変化でもあったんだろうか。
先輩がいきなり立ち止まって予想をしてなかった私は思い切り彼の背中にぶつかる……おおう、なんで急に……鼻を押さえて彼を見ると、少し驚いた表情を浮かべて前をじっと見ている。
よく見ると先輩の顔は少し青ざめてもいるし、手も震えている気がする……なんだ? 前になんかいるのか? 私が彼の肩越しに前を見ようとすると先輩が叫んだ。
「……ダメだ! 見るな灯ちゃん!」
「……え?」
私の視界に一人の男性が立っているのが見える……その男性の髪の毛は金髪碧眼、とても軽薄そうな笑顔と真っ白なマントを肩からかけ、仕立ての良い白いスーツを着こなした、どこかの舞踏会にでも参加しそうな貴族風の男だ。
そして彼は先輩の肩越しで固まっている私を見て笑いを堪えるように手で口元を押さえるような仕草を見せる……彼の顔には見覚えがある。
「エツィオさん……生きてる……嘘……」
「……生きてたんですか……エツィオさん」
「ああ、こんばんは。僕の愛する剣聖と、青梅くん……僕は青梅君に来てほしいと思った覚えはないよ?」
エツィオさん? なんだこの違和感……まるで凶暴な野獣のような、驚くくらいの魔力を感じて私はおもわず二、三歩後ずさる。
こんなエツィオさんを見た記憶はない……次元拘束で閉じ込められた時の悪印象もあるにはあるが、あの時の彼はこんな圧を発したことはないし、いつでも笑顔で心根は優しい男性だったのだ。
しかし今の彼の眼光には不気味に光る狂気のようなものが宿っている気がして、私は本能的な恐怖を感じてしまい、背中が恐ろしく寒く感じている。
だが私はそんな違和感をなんとか振り払い、少しだけ声を震わせながらも彼へと話しかける。
「エツィオさん、なんで生きてるなら顔を出してくれないんですか? 私心配していたんですよ……」
「……生きていたよ。僕が君を手に入れるためにね……だから今は魔王の配下さ」
「え? な、何馬鹿なこと言ってるんですか? 帰りましょうよ、また美味しいパフェ食べに……」
「ああ、良いんだそう言うのは。僕が求めているのは、君を僕の欲望のままに蹂躙して体の芯まで愛でてあげることだからね、それで最後は僕たちの愛の結晶を産んでもらうんだから……」
その言葉に私の思考が追いつかない……蹂躙? 欲望? 何言ってんだ……エツィオさんそういう目で私見てなかったじゃ……ふと彼の視線に気がつき目を合わせた瞬間、本能的な恐怖心を感じて私はその場にうずくまる。
いきなりうずくまった私を見て先輩は慌てて私を気遣うように肩にそっと手を添えると、エツィオさんに向かって怒りのままに怒鳴りつける。
「エツィオさん! 僕はあなたのこと尊敬してたんですよ、女性には極めて紳士だし、噂よりも遥かに真面目だったじゃないですか……なのに灯ちゃんを蹂躙する?! 愛の結晶!? 何をいきなり言い出してるんですか?!」
「言葉のままだよ、僕は欲望を隠さないって決めたんだ……それが僕に課せられた罪と罰だからね……僕の中にいる前世の魂が新居 灯を陵辱してでも手に入れろ、と叫ぶのさ。ああ、なんて素晴らしい……僕と灯の愛の結晶だからね……名前はなんてつけようか……性別はどちらでも良いけど、一〇人くらいは作りたいなあ、それも嫌がる灯をねじ伏せて作る子供なんて最高だよ、ああ……はち切れそうだ」
エツィオさんが両手を広げて、恍惚とした表情で笑い出す……狂ってる……私の意思とか完全無視して蹂躙とか笑わせるんじゃねえよ……怒りが沸々と湧き上がってくる。
『……待て、こんな場所で足止めを食ってる場合じゃないぞ、時間がない』
冷静に全て破壊するものが告げる……確かに時間がないのは確かだ、ここだけじゃなくてあと三箇所の望楼を破壊しなくてはいけないのだから。
今動くのであれば私がエツィオさんと戦って、先輩が他の場所を破壊だろうか? よし……と私が立ち上がって刀の柄に手をかけて前に出ようとすると、先輩が私を止めるように腕を上げた。
「……君は他をどうにかしろ、ここは僕がやる……」
「せ、先輩……でも相手はエツィオさんですよ?」
「わかっている、だからこそだ。どうも僕と彼は同じものが欲しいらしい。だからここはプライド的に負けたくないね、君と一緒にいるのは僕だ。だって僕は誰よりも君のことを愛しているからね」
ほ、欲しい? 同じものって私のことか? 君と一緒にいるのは僕? 愛してる!? その言葉に私は頬が思いきり熱くなる……こ、こんな場所で……二度目の告白ってやめてほしい。
どう声をかけ直して良いのかわからず、私はその場でボケっと突っ立っているだけになっているが、先輩は私の前にでてエツィオさんから庇うような仕草を見せた後、私に軽く微笑む。
「答えは後で聞かせて、全てが終わった後でいいからさ……答えを聞くまで僕は死ぬ気はないよ」
「……死なないでくださいよ……」
私はすぐにその場を離れ、別の望楼へと駆け出す……意外なことにエツィオさんは私を妨害することもなく、笑顔のまま私をじっと見つめているだけだ。
その視線に余裕と嘲りのような何かを感じて、私はめちゃくちゃ背筋が寒くなる……いつからだ? あんな目をしなかっただろう?! 先輩なら問題なく殺せるという余裕の現れだろうか……。確かに先輩も強くなったがエツィオさんの強さは底が知れない……はっきり言えば私が戦っても相性の悪さから五分五分な気がするし、先輩の勝算は正直言えばほとんどない気もする。
私は森の中を全力で走りながら、奥歯を噛み締めて一人つぶやいた。
「……死なないで先輩……絶対に答え用意して待ってるから……だから……」
_(:3 」∠)_ そしてエツィオさんと先輩の戦いに……ではあかりんはどこへ行くのか(悩
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