第二一六話 特別な存在(スペシャルワン)
「……というわけ。おそらくだけどこの作戦でKoRJの戦力を分散できるし、煉獄の花の脆弱さもカバーできると思うんだ」
都内にあるとある小さな会議室……そこに三人の男女がモニターに映し出された情報を前に話をしている。
一人は金髪、軽薄そうな笑みを浮かべた男性エツィオ・ビアンキ……そしてもう一名は東欧貴族風の外見をした、スーツ姿のアンブロシオ……この世界を侵略する魔王その人。
そして最後の一人は都内の女子高指定の制服を着用した美しい少女である立川 藤乃……三人は今後の戦略を進めるためにこの会議室で会話を交わしている。
以前よりも減った人数……だがその分魔王の配下となっている者たちの強さはさらに増している。
「……詳しく聞こう……お前の意見を教えてくれ、エツィオ・ビアンキ」
エツィオはアンブロシオの言葉に軽く頷くと、モニターに写した情報を目の前に座っている彼と立川へと説明を始める……モニターにはフリーのイラストを使って構成されたプレゼン用の資料が映し出されており、ほんの少しだけエツィオの遊び心を感じさせる印象がある。
彼の説明を見て、立川はエツィオの理路整然とした口調に少しだけ驚いている……軽薄で女性にだらしなさそうな印象が強い彼だが、印象と中身が全然違うなと別の意味で感心してしまっている。アンブロシオは黙って頷くと、エツィオに続けるように促す。
「構わないので……続けてくれ」
「僕が見たところ煉獄の花の育成自体はそれほど難しいわけじゃない、ただ完全に開き切るまでに時間がかかるのと、安定させるのに労力が必要だ。僕らは煉獄の花を中心とした四つの場所に望楼を設定する」
モニターに煉獄の花の設置予定地点を中心に四つの望楼の配置図が表示される……地図上の設置予定地点は関東の避暑地としても有名な観光地であるハコネ。その場所のチョイスに疑問を持った立川が手を上げてエツィオに質問をぶつける。
「エツィオさん、なんでハコネなんですか? あそこ確かに避暑地で涼しいし、空気は美味しいですけどね」
「元々霊山として信仰の対象になっていた山だからね、歴史を紐解いてもここは難所だし侵入ルートが限られている、さらに言えば山ってのはそもそも防衛向きだ」
ああ、そこは随分と雑な説明だな……と立川はほんの少し残念な気分になっている。が、エツィオのいう通り関東近隣である程度防衛向きな土地というのは限られているし、前回の煉獄の花設置場所も山岳だったのは意図したものだとララインサルは語っていた……同じ理由でその場所へと置いたのは確かだ。
エツィオはそんな立川の顔を見て少しだけ、クスッと笑うと手元の端末を使って別の資料をモニターへと移す。
「煉獄の花の育成には地下水だけでなく湖などを使うことも可能だ。ここには大きめの湖があるからね……その中心に設置することで接近をより困難にする意味合いもあるよ」
「……この作戦が失敗した場合、私たち異邦者は戦力的に異世界への撤退を余儀なくされる……空間の裂け目が閉じるわけではないが、それ故こちらに侵略をしたまま戦力を補充可能にする煉獄の花の起動は不可欠になっている」
アンブロシオは手元のコーヒーをカップから啜り、テーブルへと置くと軽く手で髪の毛を撫で付ける。何十年もかけてようやくここまで辿り着いたのに、たった数人の邪魔でここまで思い通りに行かなくなっているのは腹立たしいだろうな。
エツィオも立川も、目の前の魔王と呼ばれる存在であっても、不確定要素が大きすぎたのだ、と理解している……その要因は、やはり剣聖の存在が大きい。
「それと事前にKoRJの最高戦力であるリヒターの無力化が必要になる」
「リヒター? あの不死の王ですか?」
立川の言葉に黙って頷くエツィオ……立川は多少しか見ていない相手だが、記録上は召喚術を駆使して異世界の神に近しい存在までを呼び出せるのだという。
実際に戦って勝てるかどうか、はわかっていない……この中で彼に勝てる存在としたら答えは一つ。
魔王様以外に彼を押しとどめる戦力はこちらには存在していない。つまり……立川がアンブロシオを見ると、魔王は黙って頷いた。
「私が出る……いささか彼を放置しすぎたかもしれないからな」
「どうやって彼を無力化するんですか?」
エツィオがアンブロシオへと尋ねる……彼自身としてもリヒターを無力化するには奇襲攻撃か、初手から魔法攻撃で一気に押し切る、という選択肢以外が思い浮かばなかった。
それくらいリヒターは強いし、持久戦となると不死者である彼の無尽蔵の体力に押し切られる可能性すらあり得る。
何度かシミュレーションをしてみても、エツィオはリヒターに勝てるだけの勝算を見出すことができていないのだ。だが、アンブロシオは微笑を浮かべて彼の疑問へと答える。
「……私と彼であれば、相性としては悪くない、安心しろ無力化はそれほど難しいわけではない」
「で、なぜ私がお前と一緒にパフェを食べねばならんのだ……」
目の前に座るリヒターは、少し不満そうな表情を浮かべている……幻術で作った顔だけど。さすがにいつもの中年男性の顔だと違う意味で注目を集めてしまうので、Wor様をベースにちょっといじった顔にしてもらっている。
だって中年男性と私がカフェにいたら援助交際でもしてそうに見えるじゃん! せっかく幻術なんだから私の趣味に合わせてもらってもバチは当たらないと思うんだよね! それと無意味な職質を避けるという目論見もなくはないのだ。
幻術で作り出した顔なので至近距離でみていると違和感を感じるんだよね……どうしても。
「だってミカちゃんはバイトで忙しいっていうし、先輩も仕事だって……心葉ちゃんも別で動いてるし……」
「一日くらい我慢すれば良いではないか……私は食糧を食べることはできるが、味を楽しむような嗜好はない」
リヒター……というか私が細かく指定したWor様に苦言を呈されている気がしてなんとなく悶える……ああ、Wor様に怒られちゃってるぅ……もっと、もっと言ってくださいWor様。
なぜか嬉しそうな顔をしている私をみてリヒターがめちゃくちゃ呆れ顔になり、軽くため息をつくと目の前にあるパフェを軽くつついた後、さらに残念そうなため息をつく……そりゃあ不死者である彼からしたら興味があるものでもないのだろう。
でも紅茶にはめちゃくちゃうるさいんだよな、一回私が入れた紅茶を飲んだリヒターはブチ切れ……その後一時間以上竜牙兵に紅茶の淹れ方を教わる羽目になった。
「……一応、結界を張っておるのでな……ついでなのでお前に伝えたいことがある」
「うん? 私別にリヒターとめちゃくちゃ仲いいわけじゃないけどいいの?」
「随分冷たいな、お前は……私はお前のことを仲間だと思っているぞ、それと仕事の話をしたい」
「リヒターは台東さんと仲がいいのかと思ってた、普段結構冷たいじゃんリヒター……別に聞くだけ聞きますよ」
私の返答に軽くため息をついて首を振るリヒターだが……私個人としても別に嫌いな存在ではないので、黙って彼の顔を見つめている。まあ、幻術で作ったWor様なんだけどね! 今は! うーん、本物だったらもっと嬉しいんだけどなあ。私の考えを読んでいるのか、リヒターは幻術の顔を軽く歪ませて、無理やりパフェを口に入れている。
しかし彼の中に入った食べ物はどういう消化の仕方をするのだろうか? そっちの方が疑問になるよな。
「……おそらくだが、KoRJの最高戦力であるお前と私、どちらかを無力化する作戦は立てられていると思っている……で、近日中に私はアンブロシオとの決着をつけねばなるまいよ」
「……彼と貴方はどういう間柄なの?」
私はパフェを口に放り込みながら、リヒターへと訪ねる。不死の王になった経緯もそれほど詳しく聞いているわけではない、研究や信仰などで人間をやめてしまうケースは存在しているけど、彼自身がそこまで自分の過去を喋ったりしないわけで。
彼は少しだけ目の前に置かれたパフェを見つめているが、幻術で作った顔はあくまでも無表情だ。
「……古い友人だ、彼がまだ違う名前で呼ばれていた頃からの仲でな……その時はお互いがこのような姿になるなどは想像もしていなかったよ」
……もしかしたら私も知っている人だったり……しないかな。ノエルの記憶は彼には話していないし、そんなことが私以外に起きていたら本当に面倒なことが異世界で起きている、としか思えないしな。だがリヒターは苦笑を浮かべ、私を見つめているだけだ。
ほんの少し寂しそうな声色だが、あくまでも無表情の顔でリヒターは話を続けていく……こんな声色になっているのは少し珍しいな。
「私も人間だった時期がある……その時に彼と知り合った、そして私がこの姿になったときに唯一涙を流してくれた友人でもある」
「魔王と友人であったなら、どうして仲間のままでいなかったの?」
「昔話した気もするが、まあ目的が違う。私はこの世界の文化、技術それらに魅せられている……KoRJに味方することで、私は自分の知的好奇心を満足させることができているし、侵略など興味もない。ある意味彼にとってこの世界へとやってきた私はイレギュラーな存在に近いかもしれないな……」
リヒターは目の前のパフェを食べ終わると、傍に置いていたコーヒーを入れたカップを手に取り軽く啜る……だが幻術の顔でありながらも少しだけ寂しそうな顔をしているのが印象的だった。ちょうど私もパフェを食べ終わり、食後のコーヒーを片手に彼へとさらに訪ねることにした。
「貴方と魔王、どちらが強いんですか?」
私の疑問を聞いて、少しだけ考える仕草をしているリヒター……星幽迷宮で呼び出した原初の巨人は恐ろしいくらいの恐怖と、プレッシャーを私たちに感じさせた。
召喚魔術で呼び出せる存在なんぞ、たかが知れていると前世のノエルは思っていた……だが本物というのは全然違う、完璧にその道を極めた存在であればあのような芸当もやってのけるのだ、と私は記憶を掘り返していて少しだけ背筋が寒く感じている。
そうホイホイと呼び出せるわけではないとは思うものの、あれをもう一度召喚することができるのであれば、アンブロシオでもそう簡単に彼を倒せるとは思えないのだ。だが、リヒターは黙って首を振ると、私の疑問へ答える。
「はっきり言えば……私よりアンブロシオの方が強いだろう、あれは特別な存在だ……お前も、理解しているだろう? 彼は魔王でありながら、世界を救う勇者でもある。本当に特別な存在なんだ……」
_(:3 」∠)_ スペシャルワンと言われると、モウリーニョ的なあれしか出てこない
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











