第二〇三話 黒竜(ブラックドラゴン) 〇六
「ルドフィクス……覚えたわ、世界を滅ぼそうとしている黒竜さん」
私の皮肉めいた返しに、目を細めてなぜか嬉しそうな顔をしているルドフィクス。な、なんでそんなに嬉しそうな顔を……困惑する私を見ながら竜が再び動き出し、口から火球を連射していく。
速度は速いが、目で見てから軌道を予測できるレベルなので今の私であれば避けることが可能だ。私は火球を避けながら再び接近する隙を窺って相手の周りを回るように走っているが、そんな私を攻撃しながらルドフィクスが思いもかけず喋り始める。
『懐かしい匂いがするわけだ……お前の持っているその剣は形が違うが勇者の仲間が持っていたあの魔剣だな』
その言葉に私の頭がフル回転する……前世の記憶には、こんな凶悪な黒竜と戦った覚えなどないからだ。だがどこかで私……いや前世のノエルとキリアンが冒険をしている時にもしかしたら……?
い、いや……そんな記憶ないぞ? 下位竜なら戦った記憶はあるけど、その時にこんな黒竜はその場にいなかったじゃないか。
思わず思考が深くなりかけたために私の回避速度が僅かに落ち、背後で爆発した火球の衝撃で思い切り前へと吹き飛ばされる。
「きゃあああっ!」
そのまま地面に叩きつけられた私だが転がりながら体勢を整えて、なんとか走り出しさらなる火球の追撃を避けていく……叩きつけられた時に痛めたのか全身に鈍い痛みが走るが、今は余計なことを考えちゃいけない。
再び両手で刀を握る……一、二、三……ここだ! タイミングを見計らって一気に黒竜へと飛びかかる。放たれた矢のように迫る私を見て、ルドフィクスがニヤッと笑った気がして私は違和感を覚えた。
『……戦い方があの剣士と一緒だ、下位竜ならそれで良いだろうが、私は違うぞ? ガアアアアッ!』
まるで待ち構えていたかのように、ルドフィクスは喉の奥から搾り出すような巨大な咆哮をあげる……これはミサイルを叩き落とした咆哮を使った衝撃波?! その瞬間、私の全身に衝撃波が叩きつけられ、肺の中の空気が全て吐き出されるような凄まじい衝撃で、私の体が弾き飛ばされる。ちょうど空中で受け身も取れなかった私はそのまま吹き飛ばされると、近くにあった木の幹へと叩きつけられ、そのままずるずると木の根本に着地する。
「ガハッ……!」
『……昔話をしてやろう、私がまだ幼生だった頃だ。勇者とその仲間が下位竜と戦っているのを目撃した……あの戦いは今でも目に焼き付いて離れぬ』
ルドフィクスはゆっくりと倒れたまま動けない私の元へと近づきながら語りかけてくる……立たないと、まずい全身に鈍い痛みと頭を打ったのかどろりとした感触と共に視界に赤いものが混じる。
なんとか立ち上がって刀を構える私を見て、ほう、と感心したような声をあげる竜……軽く右腕を振るって爪による横薙ぎを叩きつけてくるが、私は両手で構えた刀でなんとかその攻撃を受け止める。相手に比べたら軽い体では支えきれず、衝撃で体が浮き上がる……だがなんとか堪え切った私は体を回転させて、その爪を思い切り回し蹴りで蹴り飛ばすと、ルドフィクスは驚いたのか数歩後ろへと下がる。
「はぁっ! はぁっ……」
『……しぶといな……諦めてしまえば楽なのに……』
あなたが楽って……降伏したところで一口で食べられちゃうでしょうに、私そんなに美味しくないと思うんだよな! 結構筋肉ついてるし、筋張ってると思うよ!
ルドフィクスは何も答えない私に向かって思い切り左腕を振り下ろす……ま、まず……いっ! 私は全て破壊するものの峰に手を当ててその振り下ろしを受け止める。
咄嗟に刃を立てる事ができずに、一見華奢に見える刀の腹でその凄まじい威力の攻撃を受け止めるが、恐ろしく重い攻撃に私は立つことすら許されずに体を支えるために膝をついて踏ん張る……私を中心に地面が軽く陥没し、粉塵が舞う。
「ぬあああああっ!!」
『……悲しいかな、人間と竜ではそもそもの体格に差がある……体重も遥かに違う』
そのままルドフィクスは無理矢理に体重をかけて私を押し潰そうと力を込める……必死に耐える私、そして余裕を持って体重をかけ続ける竜。
だが急にその力がフッと抜ける……な、なんだ? 重圧から解放されてホッとする間も無く、私の目には凄まじい勢いで迫ってくる竜の尻尾が見えた。
振り回し? この竜、人間相手の戦闘に慣れている! 腕をクロスして衝撃に備えるのが精一杯だった私は尻尾の直撃をまともにくらいそのまま凄まじい衝撃と共に大きく跳ね飛ばされる。
「うぁああああっ!」
一〇メートル以上吹き飛ばされた私は、そのままの勢いで地面へと叩きつけられ転がる……凄まじい痛みが体のあちこちで発生している。
視界で火花が散っているかのようにチカチカしているものの、私は痛む体を引き摺りながらゆっくりと立ち上がって刀を構える。ボロボロの私がそれでもなお立ち上がるのを見て、ルドフィクスは驚いたように嘆息してから、ゆっくりと前進して私の近くへと移動してくる。
『……これほどタフとは……』
私は震える腕や脚に力をこめて再び駆け出す……ここで引き下がるわけにはいかない、そして目の前の竜は放っておいたら再びあの旅客機のように人を襲うだろう。
だからここでどうにかして倒さなければ……一見ズタボロの私が刀を振り上げて迫ってくる図は多少ホラーな気もするけど、私は必死に竜へ向かって駆け出す。
私はルドフィクスが上から叩きつけるように右腕を振るうのを横に跳んで躱す……竜の右腕が地面へと叩きつけられ、轟音と共に軽く振動するが私はお構いなしにその腕へと斬撃を振るう。
鱗を断ち切る感触が手に伝わり、目の前で竜の肉体に大きな傷が入る……だが、思っていたよりも攻撃が浅く、相手の腕を断ち切るまでには至らない。
「……浅い……ッ!」
刀を引いてさらに相手の懐へと飛び込む私との距離を取ろうとしたのか、巨大な翼を羽ばたかせて巨体がふわりと宙へと浮く……まずいここで離れてしまったら咄嗟に私は背中に差してあった小剣を引き抜くと、思い切り竜へと投げつける。
あんまり人には見せていないけど……私は非公開で実験した砲丸投げで四〇メートル以上あの重い球を投げ飛ばすことができる腕力を持っている、その私が全力で投擲した小剣は弾丸のような速度でルドフィクスへと迫っていく。
私の放った小剣は回転しながら、距離を取ろうとしたルドフィクスの顔面へと突き刺さる……竜の鼻に思い切り食い込んだ小剣に彼は驚いて顔を押さえて地面へと着地し、左腕で小さな剣をなんとか抜こうともがいている。
「ミカガミ流……紫雲英!!」
距離を詰めた私の超高速斬撃がルドフィクスを襲う……全て破壊するものによる斬撃が、竜の鱗を断ち切り、肉体へと斬撃を容赦なく叩き込んでいく。この技は前世のノエルも巨大な敵に対して繰り出していた超高速連撃……相手が大きければ大きいほど外す心配もなく、私の斬撃が次々と竜へと叩きつけられる……最後に私の斬撃がルドフィクスの胸部に斜めに食い込み、大きく血が舞った。
斬撃により全身の傷から血を噴き出しながら悲鳴をあげるルドフィクス……再び咆哮をあげると、まるで噴き出した血液が生き物のように反応して一気にルドフィクスの体を覆うようにまとわりついていく。……これって! アマラさんも使ってた紅血魔術じゃないの?!
『……紅血を使用させるとは、なかなかやりおるわ』
ルドフィクスが口の端を歪めて笑うように、自分の体を覆い肉体を無理矢理に修復していく紅血を見ている……アマラさんは半分化け物のような状態になっていたが、さすがに目の前の竜は肉体の頑強さも、血液量も精神力も人間とは比較にならないレベルで、精神に異常をきたすこともなく普通に動いている。
再び咆哮するとルドフィクスの傷口を修復した紅血は私が最後につけた胸の傷へと吸い込まれるようにその姿を消していく。
『なるほど……ルドフィクスが大きく傷つき、竜魔法では時間のかかる深手を負った際に紅血を使って完全回復させる……だが、紅血は宿主の精神を確実に蝕む……そう何度も復活はできまい』
全て破壊するものの驚きの声と冷静な分析が心に響く、アマラさんは腹をぶった切られても紅血でまるで不死者のように復活していたな。
あの時は……悠人さんの魔素を使った炎を刀に纏わせて叩き切ったのだけど、あの時は魔法の武器を使用してなかったからの暫定措置だった。
今私の持っている刀は目の前の怪物もお墨付きの神話級である……つまり、今回は気兼ねなく相手を叩き切れるというわけだ。
『そういうことだな……だが、ルドフィクスはおそらく攻撃に紅血は使用すまい、あれだけの巨体を癒すには相当な力を必要とするはずだ。それゆえに攻撃は竜としてのスペックに頼り、回復に専念することでその効果を最大にしようとするはずだ』
でもそれが分かっているのであれば、私のやることは一つしかない。徹底的に相手を切り刻み、武器を叩きつけ、肉体を細切れにして再生不可能な状態まで追い込む、それしかない。
私は刀を何度か振り直すと、再び両手で刀を持ち少し体勢を低く保った構えをとって、自らの気合を入れ直すように叫ぶ。
「……私は、ミカガミ流剣聖……この世界を守るために転生した……新居 灯、いざ参る!」
_(:3 」∠)_ ファンタジーではありがちな竜との戦闘って無理ゲーだよね的な気がしてきた。
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