第一九八話 黒竜(ブラックドラゴン) 〇一
——この世界は汚れている、空気も空も全てに鼻につくような匂いを感じる。
闇夜に浮かぶ黒い雲の間を飛びながら彼は考える……この世界へと来たことは後悔している、と。だが古き誓約に従い魔王の呼びかけには応えねばならなかった。鼻を鳴らしてあの恐るべき力を持った主人のことを考える……付き合いはとても長い……彼が勇者として、もう彼が捨てたと話した名前で呼ばれていた頃、彼の一族は勇者キリアン・ウォーターズとの戦いに挑んだ。
『なんだ、この程度なのか……古い一族と聞いていたから、期待をしていたのだけどね……だが僕は君たちを許すよ、ああ……だって君たちは保護しなければいけない種族だからね……』
まだ彼は幼少のみぎり……勇者の恐るべき戦闘能力を見せつけられ、恐怖すら覚えた。だが彼は優しかった……一族を根絶やしにすることすらできるはずが、降伏した一族を癒し誓約を結ぶことで自らの庇護のもとに置くことを約束した。
それからの繁栄は、彼にとっても輝かしい記憶として刻まれている、彼の一族は空を支配することを許された。時が経ち、勇者は魔王となった。
どうしてそうなったのかは敢えて聞く必要がなかった、だが魔王はその時点で人であることを捨てた、さらに高次元の存在へと昇華したのだ。
首を垂れるのにこれほどふさわしい存在があるだろうか? 彼は魔王の忠実な部下として、そして盟友として魔王の命令に従っている。
『何も変わらない、君たちを守るのは私だ……だが君たちにも手伝いをお願いすることになるだろう。空を支配する一族よ。我が手足となって働くといい』
それから彼ら一族は魔王のために生きている……彼が成長しより大きな存在となっても魔王はとても優しく、慈愛の心を持って接してくれる。
だからこそ彼は魔王のために生きている、彼が滅ぼせといったものは全て滅ぼしてきたのだ。グルルと唸ると空を汚染している空飛ぶ鉄の塊……『空飛ぶ鳥』が彼の頭上を飛行しているのを見つめる。
『好きなだけ破壊して、空を支配してくれ……人間に空を自由にさせてはいけないよ』
この世界の人間は空を飛ぶ乗り物を作り上げ、自由に空を行き来しているそれは恐ろしいことなのだ、そしてとても愚かなことなのだ。
空を飛んで良いのは彼の一族だけなのだから……大きく息を吸い込むと、彼はその『空飛ぶ鳥』に向かって息吹を吐く……その息吹はまるで巨大な火球のような赤熱した塊となって『空飛ぶ鳥』へと迫ると爆発し、一瞬で粉々に砕く……『空飛ぶ鳥』の残骸や、中に乗っていたのだろうか、人間が空中へと投げ出されていくのを見て、彼は満足そうに笑う。
その巨大な羽を羽ばたかせると、金色の目を輝かせながら夜の空を自由に舞う……黒色の鱗が月の光に輝きを放つ……黒竜、異世界で呼ばれたその真の名はルドフィクス。異世界の空を支配した竜の一族の末裔が東京の空を支配するためにその姿を現したのだ。
『昨晩ハネダ空港から飛び立った旅客機が空中で爆発、多数の乗客が犠牲となったこの事件を……』
『政府は犠牲者の家族に向けた特別支援金の支給を決定いたしました……』
『某国のミサイル攻撃という見方もありますが……その点はいかがでしょうか?』
『全世界が降魔被害による脅威にさらされている中、武力攻撃の可能性は低いと考えられます……』
朝のテレビは昨晩起きた痛ましい飛行機事故の話題で持ちきりで、各テレビ局が同じ事故について報道を繰り返している。というのもハネダ空港から関西に向けて飛び立った旅客機が謎の爆発で空中分解し、そのまま乗客乗員全てが犠牲になるという恐ろしい事故が起きたばかりだからだ。
「最近こういう事故が多いね……」
お父様が薄ら寒そうな表情でテレビを見つめながら私の作った朝食を口に入れている。朝食と言っても毎日それほど時間があるわけじゃないから、私が作るレパートリーは大体同じようなものが多い。
でもたまに時間の空いている時には少しだけ凝った料理を出すことがあるのだ……本日は和食が食べたいな、と思い立ったので私がご飯にお味噌汁、そしてハムエッグと焼き鮭、流石に出来合いのものだけどお漬物などを用意して食卓に並べてある。
うん、こういう時でも私なかなか料理ちゃんとできてるじゃん、とは思いつつ私はテレビでリポーターが悲痛な表情で墜落現場を眺められる場所からのレポートを見ながらご飯を口に放り込んでいく。
「飛行機って怖いね」
ターくんがテレビを見ながら子供らしい感想を述べているが……まあ私も正直言えば一番最初に飛行機に乗った時はおっかなびっくりでお父様やお母様には子供だからね仕方ないよね、と笑われたものだ。
実はその時一番怖かったのはあんな鉄の塊が空を飛ぶっていうのを、現世の知識で知ってはいたものの流石に自分が乗るとなると恐怖しか感じなかったのだけど、今ではもう克服しているので普通に乗れるけどね。
その時連れて行ってもらったのは沖縄で、あんなにゆったりとした時間が過ぎている場所もあるんだな……と感心した観光地でもある。
「普通は安全なんだと思うんだけどね、何か起きてるかもしれないわ……ターくんも気をつけようね」
「姉ちゃん、僕もうすぐ中学生だよ? 子供みたいな扱いしないでよ」
ターくんが口を尖らせながら拗ねるのを見て、自然と笑顔になってしまう……そういやターくんもそろそろ中学生、好きな子とか出来て告白なんかされちゃったりして、そしたらお姉ちゃんとして弟の彼女を見定めることが必要になってくるのだろうか。
うーん、お姉ちゃん女性を見る目はそれなりに養われているからね、ターくんを幸せにするためなのだから私は鬼にでもなるのだ、はっはっは。
「それはそうと灯、KoRJのお仕事はもう辞めることはできないのかい?」
お父様が珍しく真面目な顔で私に問いかける……う、なし崩し的に私はKoRJでの仕事を続けているのだけど、本来まだ未成年である私は親の意向が強く反映されてしまう。
八王子さんにもお父様からかなりのクレームが入っているそうだし、新居財団はKoRJのスポンサーとしても資金提供をしている以上、このままいくと私は活動自体をやめざるを得なくなるかもしれない。
「……すいません、今途中で抜けるのは他の方に申し訳なくて……」
「とはいえよく怪我をして帰ってくるだろう? 灯は仕事が向いていないんじゃないか? もし普通の仕事が難しいなら財団の仕事をやるっていう手もあるんだぞ?」
確かに、ここ最近は怪我をしていることが多くなりあちこちに包帯巻いたりして帰ってるからなあ……普通の親なら心配する場面だよな。
とはいえKoRJの戦闘力ランキングでいったら私は確実に上位に食い込んでいると思うので、今私が抜けたとして大幅な戦力ダウンは免れない。
先輩や四條さんに迷惑をかけてしまうことの方が私としては怖いのだよね。
「そういや国分寺さんのご子息にもお断り入れたんですって? 国分寺さんは気持ちが固まるまで待つから大丈夫ですよ、って言ってたけど一言言ってほしかったわぁ」
お母様もしれっと参戦してくる……博樹さんにごめんなさいした時の話か。彼は……正直いいお友達なら付き合えそうだけど恋人や伴侶としてはちょっと複雑なんだよね。
家族にすら伝えていない秘密を共有できるような人ではない……彼は普通の人なんだから……その事実が私に彼との交際を無理矢理にでも止めさせるきっかけになっている。
「……すいません、わがまま言って……ご馳走様……」
食事を途中で切り上げて、私は自分の分の食器を流しへと片付け洗面所へと向かう……少し言い過ぎたのかな、と言わんばかりの心配そうな顔で私を見送る家族……いや、彼らのせいではない全ては自分のせいだ。
洗面所で軽くメイクの直しをしようと思って鏡を見ると、ずいぶん疲れた顔をしている現世の自分が写っている。夜の闇を凝縮したように黒く輝く長い髪、そして美しい、彫刻のような端正な容姿……昔はキツめの印象だったその顔だが、これが現世の私……少し下を見れば白い首筋に大きな胸の膨らみがブレザー越しに見えている。前世であれば必死になって口説いただろうな……私自身を。
『前世と同じ男性に生まれていれば、こんな気持ちにならずに済んだのか?』
心によぎる疑問を感じて深くため息をつく……女性であることの利点もあるのだけど、心の奥底でどうしても男性目線で考えてしまうことや、女性であるという一般常識など含め、性差における違和感……それを感じさせられる場面が多く存在しているのだから。
慣れてきたと言ってもふとした拍子にそれは出てしまう、先ほどのお父様たちの言葉に少し傷ついた気もするけど、それは私が女性であるからお父様は相当に心配をしてそう言ってくれている、お母様もお見合い自体は悪くないと考えているだろうし、悪気がないから故に私は少し傷ついた気分になっている。
「先輩……私どうしたらいいんだろ……」
先輩の笑顔を思い出して、もう一度ため息をつく……会いたい……先輩に全部話してしまいたい、それでも彼なら私を受け入れてくれる気がする。
苦しむ私のことを愛してくれる気がする……他にはそういう人はいないのではないかと思うのだ。だからこそ、彼と一緒にいたい、彼のことをまっすぐ見たい……私を抱きしめてほしい、私の全てを受け止めてほしい……思わずそこまで考えて鏡の中の自分の頬が真っ赤になっていることに気がつく。
「う、なんで恥ずかしがってる自分を鏡で客観的に見なきゃいけないの……馬鹿なの私……」
_(:3 」∠)_ ドラゴン出てきたらそりゃ大惨事になるよね的なムーブ、モンハンやりすぎて大型狩猟書きたくなった訳で……
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