第一八七話 囁く者(アルラウネ)
「さて……今日もお仕事、お仕事っと。今日出てるのって私だけですか?」
「はい、灯ちゃん以外には心葉ちゃんが別の現場ですね。青梅さんは少し遅くなっています」
オペレーターさんの声がインカムから流れる……先輩と四條さんは同じ現場に配属されることは現状ないため、複数の現場で降魔被害が起きているということなのだろう。
今私は任務のため、東京の郊外にある公園の入り口に立っている……この公園内に降魔が出現したと報告を受けたからだ、最近こんなんばっかりだな。
なぜ四條さんと先輩が別々の現場へと配属されるのかというと……先日背教者とKoRJの間で正式に同盟関係を構築するための覚書が交わされたことが組織内に交付された。
『KoRJは魔王討伐までの間、日本にいる背教者と同盟関係を結び、背教者は降魔、呼称として異邦者についての情報および対応戦力を適宜提供する』
この覚書がどこまで有効なのか、は正直言えば半信半疑のメンバーが多い。特に四條さんを筆頭に背教者へ反感を持っているものもいるわけで、私も正直言えばあまり信用できないと考えている。
先輩には悪いが、背教者のまとめ役であるオレーシャは……何を考えているのか正直さっぱりわからないし、何よりあの歪んだ笑みがとても信用できないのだ。
『新居さん、私たち色々あったけど……リョウセイともども仲良くしましょうね……フフフ……』
八王子さんが少し緊張した面持ちでオレーシャを紹介したあと、彼女が私に歪んだ笑顔で話しかけてきた上握手を求めたのを見て、私は心底あの女が気持ち悪いと思った。
そうだろ? 普通自分を殺そうとした相手にあんな馴れ馴れしく握手なんかできるはずもない……私は一度あの女淫魔の顔面を破壊した敵だぞ?
何事もなかったかのようなあの笑顔は……何を考えているのか本当にわからなくて、私は困惑したのだ。もしかして、本当に気にしていない、というのであればそれはそれで良いのだが……私の中にいるノエルの魂が、少し警告を発しているような気がして私は彼女の手を取れなかった。
「なんか怖い……そう思っただけなんだけどね……」
『……確かに、お前のいう通りあの女淫魔は少し引っかかるものがあるな』
全て破壊するものの声が響く……やはりそう思うよね。先輩を使ってKoRJを味方に引き入れようとしたのも少し気に食わないってのはあるけどさ。
それと……個人的な心配でしかないけど先輩はあのオレーシャに何かされてないだろうか? とめちゃくちゃ心配になってしまう、そんな乙女心もあることを理解してほしいかな。
いや、前世が男性であってもこの体は女性であって、やはり大切に思っている人が悪い奴に騙されているとなったら心配になるじゃん? そういう感じだよ、ほんと。
『なぜ我に言い訳をしているのだ、お前は?』
なんとなく……いつもみたいに言葉で殴ってくるのかと思って予防線を張ってみただけだよ。それにしても、魔王との戦いの後、体がある程度回復したら速攻でお仕事が来るのも人材不足だよなあ。
先日もまだ私は包帯を巻かなきゃいけない状態だったのに駆り出されたし……最近お母様が『嫁入り前なのに……もうバイトやめて!』とものすごく心配されてしまっていて、私は家族を取るか仲間を取るのかの選択肢を迫られている気がする。その時着信音が鳴ったため私はスマートフォンを取り出すが、そこには博樹さんからのメッセージが表示されていた。
『最近ご連絡できずにすいません。今度の休日にお会いできませんか?』
あ……そっか私婚約破棄とかしてなかったんだっけ。スマートフォンの画面を見つめつつ私は少しだけ、このまま博樹さんとの連絡をどうするか考えなければいけないということに気がついて、ちょっとだけ頭が痛い気分だ。
そういや返信をすっかり忘れてたけど降魔被害が頻発しているから気を付けてくれとか、事件に巻き込まれないように注意をしてくれとか、彼からメッセージは来ていたんだよな。
「しまったな……私すっかり連絡してないじゃないの」
思わず独り言が漏れるくらい、自分の迂闊さに慌てて博樹さんへの返信メッセージに悩み始める……うーん、こういう時にどう返せばいいんだ?
お返事送れずに申し訳ありませんは必要だよな……うーん、でもこのメッセージからするとデートのお誘いなんだけど、彼は女子高生である私と一緒にいるのは苦痛ではないのだろうか。
うんうん唸りながら私は公園の中を歩いていく、博樹さんはストレートに私へ好意を向けてくれているのは理解している……だが彼は一般人だ。私が夜な夜な降魔と戦っているんですなんてバラした日には、卒倒するんじゃないかと思ってしまう。
どこかでごめんなさいをする必要があることは理解しているが、その勇気が出せない……理由を考えるのが難しいというのもあるけど、彼を傷つけるのは私の本意ではないからだ。
「本当に優しい人なんだよね……だから私も甘えちゃってるけど、どこかでケリはつけないとダメだよね……」
『前世は男性なんで殿方とお付き合いできないんですって言えば良かろう……』
あのね……そんなこと言ったら私病院送りにされちゃうの、わかる? アンダスタン? まあそのくらい痛い子の方が婚約破棄は簡単かもしれないけどさ。私は任務そっちのけで返信メッセージをひたすらに考えている。
とは言え今回博樹さんから誘ってきたのを断るのは難しいだろうなあ……ちなみに、私はこんな状態でも周囲の索敵は怠っていない。大した動物は周囲にいるわけではない、猫とかハクビシンとか、昆虫くらいだな今んところ。そう言えば今回の降魔ってなんだっけな。
『……お前な……どこまで緊張感を持っておらんのだ……』
いやいや、ちゃんと聞いてあるよ、植物型の降魔だって。前世で植物型の怪物というのはそれほど数が多くなく、みたらすぐに種別を判断できるくらいだ。
樹霊とか樹人とか……まあそんな数は多くないし、大半は攻撃的じゃない。例外は人食い花など食肉系のタイプだけど、そんな数が多いわけじゃないからわざわざこっちには送り込んでこないんじゃないかと思う。
まあそれでも油断ができるほど、容易い相手ではないけどね。
その時、ずるり、ずるりと何か重いものを引きずるような音が聞こえ、私は歩みを止める。移動が可能な植物系の怪物というのは数が限られる。というのも本来植物が地面に根を下ろし、地中から必要な養分を吸収するためなのだが、移動が可能になっているというのはかなり厄介な相手に絞られる。
「予想があたったらちょっとまずいかも……」
私は音を立てないように公園の中をゆっくりと忍足で移動していく。少しだけ樹木の切れ目に当たる広場が見える位置まで移動すると、私の予想通り視線の先には巨体を蠢かせる怪物の姿があった。
本体は巨大な球根のような中央に大きな牙の生えた口を持ち、複数の触手を生やした怪物の姿が……そしてその頂点からは人間の女性に酷似した肉体がまるで球根から生えているかのような恐ろしい姿。
「囁く者か……最悪じゃない……」
一番厄介な怪物が目の前にいる……囁く者、その発生原因は前世でもよくわかっていないとされているが、一説には森で死んだ女性の霊魂が復活したとか、精霊が長い年月を経て姿を変えたとか色々な学説がある存在だ。
下半身は球根状の姿をしているが、胴体の中心部にはとらえた獲物を食いちぎるための巨大な口が備わっている……人間なら丸呑みできるレベルだ。そして球根状の根の部分は複数の触手を有しており、それを使ってかなり遅いのだが移動が可能だ。
上半身に備わっている女性の姿をした器官は愚かな人間や、獲物を呼び寄せるために最適な形状となっており、私が見る限り目の前の個体は人間の女性の姿を模した器官になっている。
器官、と呼んでいるがこの上半身にも独立した脳が備わっており、下半身が物理攻撃などを主体とする戦士とすれば上半身は魔法使いとも言えるレベルの高い知能を備えており、魔法を行使する個体すら存在する。
「……あら、人間の女性ね、こっちへいらっしゃい」
上半身の美しい女性の顔が私を見つけて、嬉しそうに笑みを浮かべる……恐ろしく豊満な胸を持つ体に擬態しており、男性であればイチコロなレベルの妖艶さを持っているな。
まあ私は女性なので、なんとも思っていないのだけど……突然、囁く者の胴体が少し持ち上がると、次の瞬間あたり一体に月明かりに輝く煙幕のようなものがあたりに噴射される……咄嗟に口を覆うも私はその煙を少量吸い込んでしまい、咳き込む。
「ゲホッ、ゲホッ……え? な、なにこれ……」
『囁く者の花粉は毒や麻痺などを生み出すぞ、気をつけろ』
全て破壊するものの声が響くが、その時急に体のあちこちに痺れのような鈍い痛みが走りズシリと体に何か凄まじい重量のものが載せられたようなそんな感覚に陥る……これは麻痺か……? 咄嗟に刀を抜こうとするが、まるで自分の体ではないかのようにスローモーションの動画を見ているかのような、まるでゆっくりとした速度でしか構えを取ることができない。
「な、なにこれ……うあああっ!」
蠢く蔦が鞭のようにしなると、次の瞬間凄まじい速度で叩きつけられる……体がうまく動かない、なんだこれは……囁く者は思わず地面に膝をついた私に向かって何度も蔦を叩きつける。
体に感じる強い衝撃と、痛み……く、くそ……体さえうまく動けば……私は囁く者の攻撃をなんとか耐えている……次第に体の不調のような重い感覚が薄まってきているが、それでも打たれながら必死に防御をするので精一杯だ。
怪物はその顔に愉悦のような表情を浮かべて必死に耐える私を見て笑い声を上げた。
「アハハハッ! その顔! いいですね! 私をもっと満足させてください!」
_(:3 」∠)_ アルラウネ編は三回書き直してます……スッゲー悩んだ……
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