第一八五話 戦士(ウォリアー)
「かかれ! 殺すな、半殺しにして動けなくするのだ!」
カランジンの合図とともに、どこから湧いてきたのかと思うくらいの大量の蟻人族が歩き出す……細身の体に少し小柄なと言っても一メートル五〇センチ近い体高があるが、いわゆる労働者が一糸乱れぬ隊列を組んで迫ってくるのだ。
まるで機械のように正確とまでは言い過ぎだが、少なくともある程度横方向の行動が制限されている現状ではこういう平押しの攻撃が厄介だ。
そして天井や壁を伝って巨大な真紅の大蟻がカサカサと音を立てながらこちらへと向かってくる。
「労働者は私が……四條さんは真紅の大蟻を」
「了解、斉射します」
四條さんは私の指示に黙って頷くと、天井や壁に張り付いている真紅の大蟻へ突撃銃を乱射していく。
銃弾を浴びせられて地面へと体液を噴き出しながら落ちる真紅の大蟻を踏み潰すように、労働者の隊列が迫ってくるが、私は全て破壊するものを奮ってその隊列へと飛び込み、槍を切り裂くように叩き落とし、暴風のように労働者の体を引き裂いていく。
だが労働者は機械のように怯みも恐れもせずにただ目的のために前進する。厄介だな……槍を斬り飛ばし、ギリギリで避けながら私は刀を振るって後ろに控えているカランジンの様子を伺う。
彼は少しイラついたように腕を叩き、顎を開け閉めしている……本人としても無駄に部下を死なせたくない、という思いがあるのだろう。
「つけいる隙としたらそこだけね……」
ノエルの記憶から彼らの生態を紐解いていく……蟻人族は意志を持つ蟻……だが労働者は自由意志を持つことは許されず、戦士はそれと対照的に熱狂的な戦闘への飢餓感と誇り高い意志を持っている。
それ故に戦士は往々にして冒険者として腕試しの孤独な旅へと出ることがあり、普段見かけるのはこのはぐれが多い。
労働者を切り捨てた後、私はその死体をカランジンの方向へと蹴り飛ばす……可哀想だが、こうでもしないと彼は乗ってこないだろうしな……。
「労働者じゃ私の相手にはならないわよ!」
カランジンは私と四條さんの動きを見つつ、言葉通りこのまま進んでも被害が増えるだけと判断したようで、大顎を叩くように鳴らして労働者を後退させ始める。
私の刀が近くでまだ戦おうと槍を突き出してきた労働者を一撃で叩き切るが、思っていたよりも彼らの外皮が硬い……労働者でこれなら戦士であるカランジンは相当に硬い外皮を持っていそうだ。
「そのようだな……我は戦士カランジン、剣聖との一騎打ちを所望する!」
「何を馬鹿な……」
四條さんが突撃銃をカランジンに向けるが、その動きを私は制して、カランジンと向かい合うように立つ。
挑戦を受けたのであれば、挑戦をちゃんと受けなければ剣士としては失格……いや剣聖であるならば、一騎打ちは断ってはならない、それは勇気の証明なのだから。
「いいわよ、一騎打ち受けるわ」
「新居さん!」
「……感謝する、良いか。邪魔をするでないぞ」
カランジンは背後に控える労働者たちに日本語と、それと大顎を鳴らすような独特の言語で伝えると、それに呼応して蟻人族や真紅の大蟻が顎を鳴らしてまるでその儀式を歓迎するかのような音を立てている。
カランジンが鉄剣と円形盾を構えて名乗りを上げるように大きく顎を広げる。デカイな……本当に巨躯だ……。私は刀を一度振るうと、剣士としての名乗りを上げる。
「ミカガミ流剣聖……新居 灯よ」
「私はカランジン……真紅の女帝の戦士である」
彼は鉄剣……というにはあまりに刀身が太く刃がついているが正直棍棒のような代物だな……。私は刀を片手で構えると少し腰を落としたいつもの構えをとる。
カランジンは恐ろしく重量があるはずの鉄剣を何度か軽々と振るう……そして剣の腹で円形盾を軽く叩くが、耳障りな金属音が地下の広大な空間に響く。
『わかっていると思うが、あれは斬るための武器ではないぞ』
全て破壊するものが相手の武器を批評している……わかってる、あれは確実に相手を叩き潰すための武器だ、あの巨躯を生かした腕力勝負というのが彼の戦法なのだろう、とても正しい方法だと思う。
戦士の使う武器というのは様々だが、重く巨大な武器……人間が使う長柄武器は前世ではポピュラーな武器だったが、あの鉄塊のような武器は使い手はそう見るものではなかった。
『我からすれば無粋の極みだが、それでも人を殺すデザインとしては最適なのかもしれんな……』
彼が振るう鉄剣のような巨大な刀剣というのは、使い手としてはかなり珍しく傭兵などがたまーに所持していたような代物だと思う。人間であれば両手で振るうような太さと重さのある武器を、あれだけ軽々と振り回すのは正直凄まじい威圧感だ。
私はあの一撃を喰らったら……まあ即死は免れないな……苦笑いというか、自嘲気味の笑みが浮かんでしまう、ノエルも死を恐れていたが、私もやはり人間である以上どうしてもその恐怖からは逃れられないのだろう。
次の瞬間、カランジンが凄まじい速度で前進した……咄嗟に横へと避けた私だが、一瞬遅れて鉄剣ががそれまで私の立っていた地面を叩き割る……まさに剛剣、あの速度でこの威力が出せるとは、正直呆れすら感じてしまう。
「ミカガミ流……泡沫ッ!」
私の横薙ぎの一撃がカランジンへと迫る、だが彼は複眼でその軌道を読んでいるのか、刀を円形盾で受け止める。
ガキャーン! という甲高い金属音、そして驚いたことに全て破壊するものでの一撃を苦もなく受け止めてみせた。
目の前の蟻人族は嬉しそうに大顎を何度か動かすと、笑うような仕草でカシャカシャと音を立てる。
「良い一撃だ、戦士としてよく訓練されている」
返す刀でカランジンの鉄剣の横薙ぎが迫る……私は空中に身を踊らせるようにその斬撃を回避する、目の前を巨大な鉄剣、いや鉄塊が通過していくのは心が冷える気分だ。
着地をした私に向かって、さらに同じ軌道の鉄剣による斬撃が迫る……ボクシングなどで使われるフックの左右連打のような動きだな……私は咄嗟に両足を広げて地面へと這いつくばるような格好でその攻撃を避ける。
「……っ! なんと! まるで猫のような……っ!」
リュンクス流……達人として私の前に立ちはだかった立川 藤乃さん……彼女の剣術の動きに似たような動きがあり、真似できないかと何度か練習したんだよね。流石に本職である彼女ほどしなやかな動きはできないけれども、私なりにこの回避方法をモノにしているわけだ。
私は体を回転させながら体勢を戻し、カウンター気味に回転切りをカランジンへと放つ……ミカガミ流の技の中でも私が特に得意としているカウンター攻撃、その一撃が蟻人族に迫る。
「ミカガミ流……幻影ッ!」
「ぬおっ……なんて一撃ッ!」
カランジンは円形盾を低く構えると幻影による一撃を再び受け止める……なんて硬い盾なんだ。再び甲高い衝突音と共にカランジンは私の一撃による衝撃を受け止めきれないのか、軽く後ろへとバックステップして衝撃を殺す。
距離が少し空いたことで私は軽く息を大きく吐くと、相手の様子を伺う……だがカランジンも下手に手を出せないと理解したのか、警戒するように私の様子を複眼で見つめ、出方を伺っている。
『盾が硬いのではない、防御が恐ろしく巧みだ。言うなれば砦のような防御能力なのだろう……素晴らしい技術と精神力、さすが蟻人族』
今のところ彼の攻撃は当たらない、が私の攻撃はあの防御能力で相殺されている。まるでことわざの矛と盾の逸話のような状態だな……私は軽く刀を回転させるように振るうと、鞘へと収め必殺の一撃を繰り出すための構えをとる。
その構えを見てカランジンは不思議そうな顔で首を傾けるが、私が戦闘をやめたのではなく必殺の一撃を繰り出すために刀を鞘に納めたと理解し、顎を大きく広げて嬉しそうに笑う。
「いい、いいな……音に聞こえたミカガミ流、その真髄を見せてくれるというのか!」
彼は円形盾を前面に構え、関節を無視したような構えで背中に鉄剣を回し、独特の構えを取り直す。盾を前にということは私の一撃を受け止める自信でもあるってことか。
ざわざわと私の中の戦士の魂が燃え上がる、良いだろう……私の必殺の一撃、受け止められるものなら受けてみせよ。私の顔に獰猛な笑顔が浮かぶのを見て、カランジンは緊張しているのか顎をピッタリと閉じた表情でじり、じりとゆっくりと前進する。
私も閃光の構えのままゆっくりと前進する……こいつを一撃で殺すには、閃光ではなくあの技を。
次の瞬間、カランジンが盾を突き出すような一撃を繰り出す……盾撃……シンプルだが、私の反撃を封じるためにこの一撃を選択したのは正しい、そして攻撃を封じた後は背中に回している鉄剣が私を叩き潰すのだろう……私が単なる凡百の剣士であれば、だが。
私は軽く柄へと添えていた手で全て破壊するものを鞘の中で加速させる……繰り出すのはミカガミ流最速の斬撃にして、絶技。
「ミカガミ流絶技、不知火」
一瞬の交錯……刀を抜き放った私と盾を前に前進したカランジンはその位置を入れ替えている。私はくるりと刀を回転させると鞘へと収める。
カランジンはそのままゆっくりと私へと向き直るが……次の瞬間盾が真っ二つに引き裂かれ、彼の胴体にも大きな斬撃の跡が刻み込まれ、体液を吹き出しながら彼はどう、と地面へと崩れ落ちる。
「……み、美事……音に聞こえたミカガミ流、その真髄を見せてもらえるとは……」
他の蟻人族が困惑気味にその場で立ち尽くす……戦士は戦闘指導者であり、有能な指揮官だ。だが、それを失った場合に労働者はどう行動するかを自律的に決定できない。
つまりもはやこの場所にいる蟻人族は烏合の衆にすぎない……カランジンは震える手で私たちに出口を指し示す。
「ここを破壊する……お主らは勝者だ、生き埋めになるのは私たちだけで良い……生きる先にこのような満足いく戦いができて、私は満足だ、ああ、素晴らしい」
や、やばい……私と四條さんは顔を見合わせると脱兎の如く出口へと走り出す……その後ろで軽い爆発音……この地下トンネル全体が微振動をはじめ、次第にその振動が大きくなっていく。
私たちはなんとか全速力でトンネルを走り抜け、出口へと到達するが脱出と同時に大きな轟音を立ててトンネルが崩壊していく……どうやら各部に爆発物のようなものを仕込んでいたのだろう。
崩壊していくトンネルを目の前に、四條さんがそっと私の手を握る……驚いて私が彼女を見ると、四條さんが少しぎこちない印象の笑顔を浮かべると、私にそっと呟いた。
「お疲れ様です……今度またスイーツ食べにいきましょう……」
_(:3 」∠)_ 藤乃ちゃんの結末を今更まだ悩んでいる自分がいます……
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。
※タイトルの話数間違えてました……











