第一八三話 荒野の魔法使い(ソーサラー)
「……ということで、どうもKoRは背教者と結ぶ方向のようだ」
「うーん……その割には降魔からの攻撃は収まってないし、背教者の判別方法は無いわけですよね、どうすればいいんですか?」
私はスマートフォンの画面を見つめながら相手の男性と会話を交わす……画面に映っているのは大阪支部に配属されたままなし崩し的に支部長にまで出世していた墨田 悠人さん。
昔の彼だったら考えられないくらいフォーマルなスーツに身を包んでいるのが、私にとって凄まじい違和感で、画面に映ってるこいつ誰なんだよ! って思うくらい真面目な会話を先ほどから続けている。
「ところでそこ人が来ないだろうな? 会話聞かれたら危ないんじゃないか?」
「大丈夫です、リヒターがここに仕掛けをしてくれてて私くらいしかここ使わないので」
今私がいる場所は、放課後の使われていない空き部室……ここは元々青葉根学園にあったオカルト研究部の部室だったが、数年前にオカルト研究部が廃部になった後倉庫代わりに使われていて滅多に訪れる人はいない。
というのもこの部室、KoRJに所属する不死の王であるリヒターが人払いの結界を構築した場所の一つであり、学園に所蔵する生徒は無意識的にこの部屋を認識出来なくなるようになっている。
「なら大丈夫か……でもあれだな、使われていない部室にいる灯ちゃんってのも実に……」
あ、だめだこいつ真面目な格好してるのに結局やってることは前と変わんねーや。私の呆れたような目を画面越しに見て悠人さんが何度か咳払いをして冗談だとでも言いたげに手を振るが、私はいまいち会話をしている相手を間違えたような気がしてならず、軽くため息をつく。
「そんなのどうでもいいんですよ、そっちはどうしてるんですか?」
「そうだな……大阪支部ではオフィシャルな交付が出されるまで問答無用で攻撃し殲滅することにしている、俺の独断だけど……部下をみすみす危険に晒すのは趣味じゃ無いんでな」
悠人さんは少し苦笑い、いや自重気味の表情で画面の向こうで戯けて見せる……だが目があまり笑っていない、多分独断で攻撃を続けていると最終的には彼の責任になってしまうことも増えるのだろう。
それでも彼は部下を守るという方針を打ち出して、降魔被害を排除すると決めたようだ。
「東京は、その……全然そういう話が出ていないんです。エツィオさんが行方不明になって混乱をしているのもあるのですが……」
そう、八王子さんは今の所明確な方針を打ち出せていない……KoRJ東京支部はKoR本部……これはアメリカの大都市に設置されており、各支部はその意向に沿った行動を進めている……の指揮命令に強く影響される部分もあり、お伺いを立てないといけない、と昔八王子さんが話していた。
その影響が今出ているのだろう……それ以上にみすみす危険な任務において、エツィオ・ビアンキという人類最高の魔法使いを失った八王子さんに対する風当たりは恐ろしく強くなっていると聞いている。
「八王子は今エツィオの失踪についての説明に追われていると思うよ、だから彼は当分まともに指揮ができないはずだ」
悠人さんは少し悲しそうな表情で私の疑問へと返答してきた……確かに、混沌の森からの脱出以後八王子さんではなく青山さんが実質的に東京支部の指揮命令を発令している……部長代理という肩書きではあるが、あの気弱そうな青山さんがねえ……と少しだけ感心する。
とはいえ既に精神的にはかなり追い詰められているようで、胃が痛いという弱音を吐いている。
「……私正直どうしたらいいのかわからなくて……」
「少なくとも背教者の一件が片付くまでは、支部全体のバックアップが難しいはずだ。涼生と四條と協力して切り抜けてくれ、最悪こっちに逃げてきても構わねえ」
悠人さんはかなり真面目な顔で私に告げる……それくらい今の東京支部は不安定だということか、でも青山さん信用されてないのね。
クスッと笑ってしまうが、それを見た悠人さんがなんで笑うんだ? という顔をしたので私は慌てて手を軽く振って誤魔化す。
「あ、すいません。青山さん頼りにはされてないんだなってちょっと思ったので」
「あいつは組織の長は向いてねえよ。役に立つし目端が効くけど……メンタルがそこまで強くねえ、んじゃまた連絡をくれ、これから打ち合わせなんだ」
悠人さんはニヤリと笑うと軽くウインクをして手を振って通話を終了させる。私はスマートフォンの画面を見つめたまま再び深くため息をつく。
弱ったな……なし崩し的にKoRJの仕事を続けてしまっているが、親からはかなり強く言われているんだよなあ。
『……とはいえお前ほどの戦闘能力のあるものはいないからな、組織としても手放したくはないだろうよ』
そりゃそうだね……とはいえ魔王に勝つには、まだまだ私の強さは足りていない気がする。志狼さんの咆哮を片手で止め、疲れ切っていたとはいえ一睨みで私を瀕死にまで追い込んだのだから。
魔王アンブロシオ……その正体がキリアン・ウォーターズであることは私の心に強い影を落としている。前世のノエルとキリアンは無二の親友と言ってもおかしくない間柄だった。なんでキリアンは魔王になったんだろう?
『……それはお前が直接聞くのだ、我は答えることはできない』
全て破壊するものは少し拗ねたような、隠し事がある時の犬のような雰囲気を出している。……何か知ってるけど言えないって感じか。
その疑問には答えようとしないが、多分何か理由がわかっているのかもな。まあただ全て破壊するものがいう通り私が、前世がノエルである私がきちんと彼に対して問いかけをしなければいけないだろうことは理解している。
「何があったのか……私が聞かなければいけない、それは理解してる。でも記憶にあるキリアンって……まさに勇者という感じだったのに何があったのかしら……」
「……きたぞ! 荒野の魔法使いだ!」
月夜に路地裏で降魔同士の戦いが行われていた……一方は魔王という絶対的な支配者の元、この世界を支配しようとする者達、そしてもう一方はこの世界よりも元いた世界に戻ろうという思想のもと纏まりつつある背教者。
夜な夜な人知れず抗争は激化の一途を辿っており、メディアにはあまり取り上げられていないが大都市圏の路地裏ではその戦いの痕跡が残されている。
「……あいつを殺せ……ばぁああっ!」
「……話がちがう、あんなのが魔王側についているなんて聞いてねえ……」
蜥蜴人が武器を構え、話し始めた瞬間に全身が燃え上がるのを見て、隣に立っていた牛巨人が狼狽えたように燃え尽きていく蜥蜴人を見ながら呻く。
何が起きているのかわからず、手に持った戦斧を両手で構え直して、目の前に立っている人物へと向き直る。
「違わないよ、君たちは背教者……魔王の敵だって話だしね」
金髪をそっと手で撫で付けると、その男性は牛巨人に向かって軽く指を指し示すと次の瞬間、彼の指先から拳大の氷の弾丸が打ち出され、牛巨人の肩口を最も簡単に貫く。
悲鳴をあげて武器を取り落とし、貫かれた肩を押さえながら這うようにしてその場から逃げ出そうとする牛巨人。こいつはやばい、戦ったら確実に殺される……恐怖心から戦士としての誇りすら捨て去り、必死に逃げようとする怪物。
「ダメダメ……君はここで死ぬんだよ、だって間抜けな降魔なんだから」
男性がそっと手を振ると、牛巨人の上に不気味な黒い球が生み出される……そしてその球が不幸な怪物の背中へと落ちるとまるで凄まじい大質量の物体がのし掛かったかのように、牛巨人の肉体が球を中心に骨や肉を引き裂くメリメリという嫌な音を立ててひしゃげていく。
「重力撃……使い勝手が悪い魔法だけど、掃除には役立つな」
男性は尚も地面へとめり込んでいく牛巨人であった肉塊と黒い球を見つめながら、ほくそ笑む。彼の名前はエツィオ・ビアンキ……KoRのイタリア支部に所属した後、KoRJにて数々の任務に携わっていた魔法使い。別名猟犬……そしてこの世界でも最強の魔法使いの一人。
今は、人間を裏切り魔王へと恭順した荒野の魔法使い……彼はそっと月夜を見上げる。そういえば、日本に来るきっかけになったのもこんな月の出ていた夜だっけ。
「新居 灯は元気かな? そうそう……僕はまだ降魔を殺しているよ」
くすくす笑うエツィオの眼光は少し異様な光を帯びている……心の底から、彼にとって大事なものはひとつだけになった。新居 灯の姿を思い浮かべてエツィオは内なる興奮を押さえきれないように、立ったまま燃え尽きた蜥蜴人をそっと指で押す。
その衝撃で、蜥蜴人だった炭化した物体は地面へと灰となって崩れ落ち、その様子を見たエツィオは再び楽しそうに笑う。
僕は壊れた? いいや……魂の声に従っているだけだ、前世であった大魔道エリーゼ・ストローヴが残した狂える心と、魂の残穢に従って僕は欲しいものを欲しいと思い続ける。
それが世界を、人間を裏切ることになっても、僕にとってもう大事なものは一つしかない、それは記憶が欲しがっているもの、たった一つ残された恋心、いや歪み切った愛情か。
彼女を手に入れて、彼女に触れて、彼女を考えるだけではち切れそうな僕の男性である象徴を、彼女の中へ……そして彼女と僕の愛の結晶を、前世のエリーゼへと捧げるのだ。
「ノエル……いや新居 灯……この世界では僕が君を可愛がってあげる。君の体を、魂を僕が隅々まで愛してあげる……前世では結ばれなかったけど、この世界では僕は君の全てを手に入れて、そしていつか君と僕の子供ができて……楽しみだなあ……」
_(:3 」∠)_ エツィオさんは男性なので荒野の魔法使い=ソーサラーって感じですね。
「面白かった」
「続きが気になる」
「今後どうなるの?」
と思っていただけたなら
下にある☆☆☆☆☆から作品へのご評価をお願いいたします。
面白かったら星五つ、つまらなかったら星一つで、正直な感想で大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒応援の程よろしくお願いします。











