第一八〇話 世界の救済者(サルウァトル)
「……それがお前の答えか……残念だ」
私を見つめるアンブロシオの片目からスッと一筋だけ涙がこぼれるが……すぐにその涙を片手で拭うと彼は眼鏡を軽く直し、それまで浮かべていた笑顔を消した。
そして次の瞬間、彼の目が赤く輝く……まずいこれは……咄嗟に刀で防御しようとしたが、防御は間に合わず全身に衝撃が走ると共に、私の体が宙を舞って吹き飛ばされる。
「ならお前を殺さねばならない……剣聖。誇りを胸に抱いて死んで行くのだ」
「うあ……あ……」
花弁に叩きつけられた私の体が凄まじい痛みを発している……視界が赤い……ドロリとした感触が頭から顔に向かって感じ、私は頭に大きな裂傷を負ったことに気がついた。
全身が痛い……身体中の骨にひびが、いや何箇所か折れているに違いない。だが私は必死に立ち上がる……ここで諦めたら……世界が終わるのだから。
歩くのだ、争うのだ……最後まで戦い抜くのだ……私は剣士なのだから、負けてはいけないのだ。
「……こんなところで負けられない……私はあなたには絶対に負けない……」
私は震える手で刀を構える……血まみれのまま私は足を引き摺りながら前へと歩く。もはやまともに体が動かず、正直言えば戦闘能力はほぼゼロに近いだろう。でも最後まで諦めない、諦めたらそこで全てが終わる。
諦めずに立ち向かう……それが前世でノエルがキリアンたちと一緒に戦った時に教わったことだからだ。真の勇者は絶対に諦めない、最後まで誇り高く戦う、最後まで守るべきものを守る。
「命を投げうつことになろうとも、自らが死ぬとしても……! 私は絶対に諦めない!」
「……素晴らしい……まさに世界を救う勇者だ……私はお前に伝えなければならない! 勇者は優しくなければいけない、勇者は強くなくてはいけない、勇者は最後まで諦めてはいけない。その全てを兼ね備えたものが、後の世に勇者として語り継がれるのだ!!」
アンブロシオが両手を広げて叫ぶ……それは勇者を讃える神のように、そして私をあらためて見ると、優しく笑みを浮かべる。
まるでその目は憐れみのような、悲しみのような色を湛えているが、私はボロボロの体を引きずって必死に前に進む……刀を振り上げ強い痛みを発する全身に鞭を打つように、力を込める。
『……本当に死ぬなよ? お前は我の契約者だ……そしてこの世界で共にある仲間なのだから』
私はその言葉に答えずに、思い切り全て破壊するものを文字通り投げた。アンブロシオは全くそれを予想していなかったのだろう、驚いた表情で私を見つめている。
全て破壊するものはアンブロシオに当たることもなく、その背後へと凄まじい速度で飛んでいく……何をしたんだ? という顔で私を見ている魔王……ああ、なんで私がそんな行動をしたのか、本当にわからなかったんだな。勝ったと思ったから、油断をしたんだろう……キリアンらしいわ。
「……何をしている……剣士が剣を放り投げるだと?」
「……馬鹿はアンタよ、私は最初からアンタなんか狙ってない……」
次の瞬間、放たれた全て破壊するものが煉獄の花の穂に突き刺さった。私の残された力で、この煉獄の花を破壊するにはもうこれしかなかった。刀を何度も振るえない……体もボロボロ、血も足りなくなってきている。
目の前に立っているアンブロシオを倒すことが現状出来ないのであれば、それよりもまずは世界を救うために何をしなければいけないのか、それを考えた結果だ。
穂に突き刺さった全て破壊するものにより、高密度で集中していた魔素が方向性を失って拡散し、その力に耐え切れなくなった煉獄の花の穂から青白い爆炎が立ち上り、連鎖的な爆発を起こしていく。
「ば、馬鹿な……! 煉獄の花が……」
アンブロシオの顔が驚愕の表情を浮かべる……ハハッ、その顔見たかったんだ。さっきまでおすまし顔だったくせに、随分焦ってるじゃない。
予想外……まさかこんなことをするとは思わなかっただろ? アンタがキリアンだったとしてまさかノエルがこんなことするとは思ってなかったんでしょ? 剣は剣士の魂だ、とか言ってたからね。私は片膝をついてアンブロシオに、侮蔑の意味を込めて中指を立てて吐き捨てる。
「……今度はアンタも倒して世界を救ってやるわ、この※※※野郎ッ!」
「こ……この小娘がアアアアッ!」
アンブロシオが激昂した表情へと代わり、光もたらすものを振り上げる……だが次の瞬間、煉獄の花全体が大きく振動し、天高く伸びていた穂が完全に爆散し、その崩壊と同時に各所で大爆発が巻き起こる。
衝撃で煉獄の花全体の崩壊が始まり、私が立っている足元の花弁が崩れ、私は夜の空へと投げ出される……ああ、こりゃ死ぬな。
急速に先ほどまで立っていたはずの花弁や、煉獄の花が崩壊していくのを見ながら、私は落ちていく。地上まで結構な高さがあったし、私自身空を飛べるわけでもないからな……私は月の輝く空を見つめている……視界にふと銀色の物体が煉獄の花の崩壊していく幹や葉の間を駆けながら接近してくるのが見える。
「あら……いや、灯ちゃん! 手を伸ばせ! 諦めるな!」
ああ、狼の姿で志狼さんが私の名前を必死に叫び私へと向かってきている……薄れゆく意識の中で彼に向かって手を伸ばす。
また彼に助けてもらえるのか、嬉しいな……もう私体が動かないし、結構体重あるから……重いかもしれませんよ、ごめんなさい。その手がしっかりと大きな手の中に包まれたところで私の意識が途切れ、目の前の世界が暗黒に包まれた。
「……それがお前の選択か古い友よ……次に戦う時はどちらかが死ぬ時か……」
崩壊する煉獄の花を眺めながら、地上に降り立ったアンブロシオは悲しみを湛えた表情を浮かべている。まさか……目の前の戦闘を放棄してでも目的を達成する。
ノエルは戦闘を放棄するようなタイプではなかった、正直言えば強すぎたので戦闘をしながらでも目的が達成できたのだが……それでも彼が同じ選択肢を迫られた場合どうしたのだろうか?
「……いや、同じ選択肢を取ったかもしれないな……あいつならそうするかもしれない」
子供の頃から、ノエルは年長者としてキリアンを導く立場だった。彼がいじめられていれば率先して助けに来たし、悪戯をしに行こうと誘ったのもノエルだ。
冒険に出ようとキリアンを誘ってきたのも、悪い遊びを教えてくれたのもノエルだ……キリアンという個が単なる若者から勇者として目覚め、そして魔王を倒すための仲間と共に戦いに身を投じたあの旅の最中、キリアンと共に戦ってくれた優しく頼もしい兄貴分。それがキリアンにとってのノエル・ノーランドという人物だった。
「お前にありがとうと言えていない、死んでくれてありがとうと……」
アンブロシオの心に、ノエルが死ぬことになったあの攻撃の光景が浮かんでくる……あの時彼は当時の魔王の攻撃からキリアン……自分を守るために盾となった。
それまで何度か危ない場面などはあったものの、あの時の攻撃は彼が盾にならなければ、キリアン自身が死んでしまったかもしれない攻撃だったからだ。
咄嗟に動けたのがノエルだけだったというのもあるが……あの自己犠牲、尊い犠牲がなければ魔王により世界は闇に包まれて支配されていたはずだ。
「だがしかし……私はこの世界を蹂躙してでも、あの世界を救わねばならない」
「キリ……いや魔王様、他の連中含めて撤収は完了した。背教者に呼応した一部の異邦者が苗を奪おうとしていたようだが、即席の偽物を掴ませておいたよ」
アンブロシオの背後に、黒いローブを羽織った金髪の男性……エツィオ・ビアンキが影のように現れる。少しだけエツィオに顔を向けると、アンブロシオはそっと微笑む。
煉獄の花が爆炎に包まれながら崩壊していく……連鎖する爆発音と、降り注ぐ炎が混沌の森を焼き尽くしていく。
「あの時と同じだな……僕の記憶にあるあの時と。彼女は助かっただろうか……」
エリーゼの記憶……怒りに任せて混沌の森を焼き尽くしたあの衝動と憎悪が、エツィオの心に強い衝動をもたらすが、そっと胸に手を当てて彼はその衝動を抑える。
落ち着け、今は彼女も死んでいない。あの瞬間……魔王は新居 灯に攻撃をすることも出来たのにそれをしようとはしなかった。次に戦う時まで彼女を生かすと決めたのだろう。
だから僕が彼女を……私が彼の魂を手に入れるチャンスがいくらでも回ってくる、だから今は落ち着くんだ。そんなエツィオの動揺を知っているのか、アンブロシオは笑顔のまま彼の肩にそっと手を載せる。
「……安心しろ、お前が彼女を手に入れるまで私がアレを殺すことはない」
「それが貴方の選択であれば……僕は文句を言いませんよ。ありがとう……」
エツィオはホッと息を吐いて、魔王アンブロシオへと首を垂れる。そうだ、僕は彼女を手に入れるために人類を裏切るのだ、そして前世の魂の声に従って、彼のためにこの世界を侵略する手助けをする。
全ては彼女を僕のものとするために……彼女を手に入れて僕の中で苦しむエリーゼ・ストローヴの魂を救うために……僕は世界を、人間を裏切る。
エツィオは影に溶け込むようにその場から姿を消していく……爆炎と混沌が森を業火となって包み込んでいく……中心地にあった異世界の植物である煉獄の花は音を立てて完全に崩れて落ちていった。
アンブロシオはそっとその様子を見つめながら、それまででも見たこともないような獰猛な笑顔を浮かべて笑う。
「世界を我がものに……私は魔王として宣言する。矮小なる人類よ、我に平伏すが良い……そして命をかけてこの世界を守って見せよ、我が友……ミカガミ流最強の剣聖よ」
_(:3 」∠)_ これで第三章完結です、次回からは第四章として執筆していきます。ぜひ今後ともよろしくお願いします。
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