第一七三話 煉獄の花(ヴルトゥーム) 〇一
「……全員死んだか、まあ時間稼ぎくらいにはなったかな」
ララインサルの感覚にとらえていた味方全員の生命反応が消えた。鬼貞、社家間、立川……この世界で手に入れたとはいえ、かなりの強者たちだったはずなのに、全て倒されるとは。
これは楽しい……思わず笑みが溢れてしまう。テオーデリヒを倒したとはいえ、剣聖がほぼ互角に近かった立川を倒せるとは思えなかった。
しかし現実は違った、立川 藤乃は敗北し新居 灯はこちらへと向かってきているのがわかる。ウケる……直接自分が戦うのはいつ以来だろうか?
前回のちょっかいはカウントに入れないとして、それ以前だと異世界でも直接手を下すことは少なかったからな……少し体をほぐしておくか。
ララインサルは緊張感のかけらも感じさせない表情で、ストレッチを行うがその視線は彼の頭上に広がっている不気味な色合いの巨大な花に向けられている。
この花は神話時代の産物、とある名も無き神が作り出した混沌の力を秘めた不思議な植物、名前を煉獄の花という。
混沌の森の瘴気を栄養として育つ特性を持っている。花の花粉や、花弁から落ちる鱗粉は超高価な錬金術の材料としても使用され、闇妖精族の呪術などにも使用されていた。
一発で人間を廃人と化す麻薬の材料としても使われているが、今回アンブロシオとララインサルはもう一つの特性に注目している。
煉獄の花は世界を跨いで別の世界にある煉獄の花との連結が可能だ。どうもこの花を生み出した神は、この能力を使って神同士の戦いから逃れようとしていたようだが、神々の大戦においてその名も無き神はあえなく勇者によって滅ぼされたと伝えられている。
異世界からこちらにくる際に恐ろしく不安定な魔力による通路を構築しなくても、煉獄の花同士の連結能力を使って異世界とこの世界をつなげ、異世界にいる魔王の軍勢をこの世界へとリスクなく召喚することが可能……それが本来の使い方であり、錬金術の材料はあくまでも副産物だといえる。
ずっとこのチャンスを狙っていた……魔素が一定量ないと育たない混沌の森を安定して育成するため、魔素の薄いこの世界へと魔力の通路を使ってひたすらに魔素の増加に努めたこと。
そして混沌の森の瘴気を十分に吐き出させた後、煉獄の花による通路の確立を成功させる。
煉獄の花はもうすぐ完全に開花する、その時に異世界に残してきた煉獄の花に連結することで魔王の僕たち……魔王軍をこちらの世界へとノーリスクで召喚し、この世界を暴力と破壊で蹂躙するのだ。
魔法による通路は行方不明者を生み出すこともある諸刃の剣、リスクなしには行使できないがそれがノーリスクとなれば。
待ち焦がれていた人物が彼の視界に入ると、ララインサルは歪んだ笑みを浮かべてその人物へと語りかける。
「……楽しみだなあ、呼び出すならめちゃくちゃ強い魔物がいいなあ、ねえ……君もそう思うでしょ、新居 灯さん♪」
「……知らないわよ、あんな物騒な代物、よくこの世界に持ち込んだわね……」
ようやく思い出した……前世においてノエルも研究していた神話時代における不思議な植物、名も無き神によって創造された混沌の植物である煉獄の花。
名も無き神はこの煉獄の花を使って、別の世界へと逃げ延びそこで混沌の軍勢を増やして再度世界へと侵攻しようとしていた。
どうやって別の世界に煉獄の花を設置したのかは神話には書かれていないのだが、とにかく名も無き神は何らかの形で世界をつなぐ橋を作ろうとしていたと言われている。
その神の野望は一人の勇者によって打ち砕かれる……始まりの英雄と呼ばれたその勇者は人の身でありながら神を倒すことに成功し、その力の一部を奪い取ることで人が世界に根付くきっかけを作ったとされている。
始まりの英雄の神話は前世の記憶にある、全ての冒険者の憧れ……最初の勇者の物語。
ノエルが子供の頃、この神話はおとぎ話としてあの世界の人間であれば誰でも知っているレベルの話だった。いくらか歪んで伝わった内容も混じっているかと思うが、その中で世界と世界を繋ぐ橋を作る花の名前が煉獄の花だったのを覚えている。
始まりの英雄はその煉獄の花を燃やしたことで、名も無き神の野望を阻止したと伝えられているのだ。そしてその伝説の花が目の前に聳え立っている。
言い方がおかしいかもしれないが、それくらい巨大な花が山の山頂にありその中心から淡い光の柱が空に向かって伸びているのだ。
「この世界にあなたたちの居場所なんかないわ」
「やだなあ……僕らはこの世界に遊びにきたいだけだよ、ついでだから人間を食糧にする魔物とかも呼ぶけどさ、旅行に来るようなもんだって、そうだな観光地の食い歩きツアーみたいなもんだよ」
ララインサルはくすくす笑いながら私の前へとゆっくりと歩み寄る……不気味な男だ。そしてとても不快な笑みを浮かべている。
ああ、ムカつく……人を小馬鹿にしたかのような笑顔、そして人間を食糧にすることを食い歩きツアーと言い切るその邪悪さ。
「……私たちがあなたの世界にハンティングツアーをしに行くと言ったら、あなたはどう思うの? 不快だわ」
「そんなことはあり得ないよ、だってこの世界の人間は脆弱で、脆くて、そして愚かだからね。あくまでも君らは餌さ」
彼がさっと腕を振るうと、その周りに汚泥の人形が数体生み出される……呻き声を上げながら、泥人形は私へと襲いかかってくる。
私は軽く刀を振るって泥人形を切り捨てていく……呻き声は聞くに耐えない悲鳴と、そして感謝の言葉に変わるが私は表情を変えずに刀を振るう。
「……もう惑わされないわ」
「クフフフッ! イイ……イイね! それでこそ無慈悲な剣聖、冷血女め」
ララインサルは頬を染めてまるで恋する乙女のように、身を震わせながら喜んでいる。私に次々と迫る泥人形……こんな雑魚をいくら呼び出したところで無意味なのに。
私が舞うように泥人形を切り伏せていくが……突然目の前に見慣れた顔が現れて、私の心臓が高鳴る。目の前にいるのは……お母様……ギリギリで刀を止めて目を見開く私を見て、目の前のお母様は驚きで固まる私の顔を見て、そっと笑う。
「お、お母様……嘘……」
次の瞬間、お母様だった何かの口から凄まじい勢いで赤黒い物体が噴射され、私は咄嗟に顔を庇う。騙された……! これは私のお母様じゃない!
顔を覆った腕が焼け付くような痛みを発する……見ると戦闘服を突き抜けて私の腕に形を保てず崩れたその泥人形から、発射された赤い槍のような棘が食い込んでいる。痛みと共に噴き出す血液……痛みに私の表情が歪む。
「うぐあああああっ……」
「クハハハッ! びっくりした? お母さんがここに居たかもって驚いた? ねえねえ、びっくりしたでしょ?」
ララインサルは本当に楽しそうな顔で、痛みで顔を顰める私を見ている……こ、このクソ野郎……彼は、泥を掬い上げると手のひらに私のお母様の顔を作り出して、まるで本物のように口をぱくぱく動かしている。ど、どうして私のお母様の顔を再現できたんだ? 私は腕の傷を抑えながらララインサルの顔を睨みつける。
「なんて卑怯な……」
「えー? 勝つために色々やってるだけじゃん♪ 君の家族構成なんかもちゃんと下調べしてるのさ。随分恵まれた家庭に育ってるねえ」
ララインサルがくすくす笑いながら、手のひらに今度は泥で出来たター君の顔を作り出して、それを握りつぶす。泥人形が悲鳴を上げて潰れるがその握りつぶした指の間から複数のター君に似た顔がニュルッと生み出されると、私を見てララインサルのような笑い声をあげている。
「多聞だっけ、この子可愛いよねえ? でもお姉ちゃんが人を殺す殺人鬼だって知ったらどう思うかな?」
「わ、私の家族を……標的にするなッ!」
私は激昂したまま刀を構えてララインサルへと躍りかかる……彼は私の刀を避ける素振りすら見せずに斬られた……はずだったが、私の刀はそのまま汚泥と化したララインサルを突き抜ける。別の場所から汚泥が再び人の形をとって、無傷のララインサルが出現する。
ララインサルは口元を押さえて笑いを堪えきれない、という表情で私を嘲笑し始める。
「クフフ……なんて猪……なんて直情的な、やっぱりキミ……心は弱いじゃない」
く、くそ……どうして泥人形にすり替わるんだ? 魔法か? 私が切り捨てる前までは生身だったように見えるのに……。ララインサルのやっていることが理解できずに混乱してしまう。
こんな魔法は前世の記憶ですら存在を確認できていない、これも闇妖精族の妖術か何かなのだろうか? 考えても全く理解ができない、そしてあの男の精神構造すら理解できていない。
凄まじい怒りが私の心を支配し始める……こんなに怒りを、憎悪すら感じるのは現世では初めてだ。
「くそっ……くそっ……くそっ……このクソ闇妖精族がァ!」
とてつもなくイライラする……なんだ? 異常なほどに自分が冷静になれていない、どうしてこんなに怒りが……何かがおかしい。視界が赤く染まっていく……怒りが抑えられない。
思考が殺意に塗りつぶされていく……これは、なんだ? 怒り狂う私の表情を見てララインサルが、ぐにゃりと歪んだ笑みを見せて、口を開いた。
「お嬢様のくせに口が悪い、それが本性だろ? ……どうやらさっきの仕込みは聞いてきたようだ、クフフ♩」
_(:3 」∠)_ クトゥルー系の用語がちょいちょい出てくるのは僕が単純にファンだからですw
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