第一六七話 戦闘狂(バトルマニア)
「……立川さん……やっぱりここで来ますか……」
森を進んでいた私と四條さんの前に、一人の女性の姿が現れたのはつい先程のこと。見覚えのある服装に、手には騎兵刀を持ち、私を緊張した面持ちでじっと見つめている。
彼女の目を見ればわかる……今回は本気も本気、最後まで戦うという意志の力を感じる。
「新居さん……帰ってくれないかしら? そうしたら尻尾を巻いて逃げ出したから放っておいたって伝えてあげる」
「無理ですね……私はこの怪異を止めなければいけません。貴女も剣士ならばわかるでしょう?」
私は否定の意味を込めて頭を振ると、彼女もわかっていたと言わんばかりの顔で黙って頷いた。まあ、そんな一言で引き下がるほど、私は甘くないとわかっていたようだ。
彼女の後背から、鴉の顔を持つ翼を生やした男性……社家間さんが金剛杖を手に姿を現すと私たちに向かってニヤリと笑ったような気がした。
「……やあ、また会ったな。でも今回は引き下がれないからな……」
「知ってますよ、今回はどちらかが倒れるまで戦い合いましょう」
私は腰に下げた刀の柄に軽く手を当てていつでも引き抜けるように体勢を整える。だが社家間さんは黙って私から目を外すと、四條さんに向かって金剛杖を向ける。
まるで自分の相手はお前だと言わんばかりの行動に私は顔を顰めるも、四條さんは黙って拳銃を手にして私の横に立つ。
「新居さん、私があのゲス天狗を抑えます……立川さんをお願いします」
ああ、そっかつるぺたって言われたの根に持ってるんだな。ちなみに四條さんは私と比べると確かに出っ張りは少ない方だけど、この年代の女性としては相当にスタイルが良いので、社家間さんの感覚が相当におかしいのだとは思うな、うん。社家間さんはニヤリと笑うと、そのまま立川さんから離れて四條さんの対面へと移る。
よし……私が少しだけ腰を落とした体勢をとると立川さんは騎兵刀を顔の前に直立させた後、一度軽く振るう。
「では……はじめましょうか」
次の瞬間、私と立川さんが同時に動きお互いの刀が衝突する甲高い音が森に響く……お互いの顔が近い。ぎりりと音を立ててお互いの力比べを開始するが、単純な腕力では私の方が上回っているか? 立川さんはジリジリと後退を余儀なくされていく。
だが、押し込もうとした瞬間に彼女は思い切り後ろへとステップすることで、私の体制を崩そうとする。一瞬だけ体勢が崩れた私に向かって、騎兵刀による突きを繰り出す立川さん。
『……力による真っ向勝負か……なら存分にやるといい』
そうだね、私も剣士相手に全力で戦えるまたと無い機会だ……ドゥイリオさん以来の剣士との戦闘。私は意識せずに少しだけ口元が緩む。
おっといけない、強敵との戦いを前にして私は凄まじいまでの愉悦を感じている。そして私の中にいるノエルも、目の前にいる立川さん、リュンクス流の達人を前に戦いの喜びに身を震わせるような快感を覚えているのだ。
「何笑っている……戦闘狂がッ!」
突きをギリギリで避けると私は刀を手首で返して下から振り抜く。その斬撃を半身になってかわすと立川さんはそのまま前進して私の足を引っ掛けるように足で払う。
引っ掛けられた足をそのまま立川さんの胴へと蹴り込むように私は一気に後ろへと飛ぶ……立川さんは足払いから騎兵刀を振り切るも、その斬撃は空を斬る。
『……しかし見事だ。立川 藤乃……ある意味リディヤ・ラーベよりも強いかもしれんな』
私は全て破壊するものを回転させるように振るうと、無造作に立川さんとの距離を詰めていく。私の意図を測り損ねたのか立川さんが騎兵刀を構えて一瞬だけ動くことを迷った。
その一瞬の隙に向かって私は最短距離での流派でも最速に近い突進突きを見舞う。
「ミカガミ流……彗星ッ!」
本当に一瞬の空白を縫う電光石火の突きだったが、立川さんは咄嗟に騎兵刀を全て破壊するものへと絡ませるように回転させると、そのまま横に払う。
凄まじい金属音と共に私の突きは弾かれ、勢い余って軽く体制を崩す。私が驚きのあまり彼女の顔を見るが、なんとか防御に成功した立川さんも彗星の威力をいなすためか騎兵刀を持つ手が大きく横へと弾かれている。
さすがに威力を完全に殺せなかったのか、立川さんの顔が苦痛に歪むと私に向かって吐き捨てるように悪態をついた。
「この馬鹿力がっ!」
立川さんはしなるような身のこなしで、うまく体を回転させると騎兵刀を振るう……私も一気に駒のように体を回転させて刀を叩きつける。
お互いの斬撃はお互いの攻撃によって相殺され、刀ごしに向かい合う私と立川さんは再度鍔迫り合いを開始する。
「新居さん、諦めて私に殺されなさいよ! お墓参りくらいは毎年行ってあげるわ」
「勘弁してくださいよ……私まだやりたいことたくさんあるんですから……!」
そうだ私はまだまだやりたいことだらけだ、先輩とご飯食べに行きたいし、遊園地やお買い物デートだってしたい、夜景の見える展望レストランで一緒にディナーとか食べちゃって、そのまま真面目な顔の先輩がホテルの鍵を取り出しちゃったりとか。
あ、いやいや……そっちが目的じゃ無いんだけど、ドラマとかでそういうシーンがあったりするってミカちゃんから聞いてるからな。でも今まで出会った私の大事な人たちを守るためにもここで引き下がるわけにはいかないのだから。
「……負けられませんよ、世界平和とかどうでもいいですけど、回りの人を守るためにここは引き下がれません」
「私も……家族のために負けるわけにはいかないの!」
立川さんはそれまでよりも強く、体のバネを使って私の刀を押し返そうと力を込める。だが私も負けじと彼女を押し返すために全身の筋肉に力をこめて押し返す。
ぎりりとお互いの力比べがほぼ互角だと判断して軽く刀を振るって離れると、私たちは再び刀を交えて激突していく。
「あらまあ楽しそうで……」
社家間は二人の剣士が電光石火の剣戟を繰り返す様を見ながら、緊張感なく笑う。よそ見をしている彼に向かって四條 心葉の正確無比な拳銃による射撃が打ち込まれるが、その銃弾は彼の体に触れる前に、まるで勢いを失ったかのように速度を落とし、ポロポロと地面へと落下していく。
「昔は種子島、幕末はミニエー銃……銃器の進化は素晴らしいな。だが球を飛ばすという原理は変わらんよ」
「……魔法ですか?」
四條はあくまでも無表情を貫きつつ、拳銃の弾倉を入れ替えて再び反撃をさせないように木の幹を遮蔽物に使いながら社家間へと射撃を繰り返す。
社家間は金剛杖を持って仁王立ちしたまま軽く手を振るうと、銃弾は再び彼に到達する前に勢いを失って落下していく。
「我が羽がきみを穿つ、一枚の羽にも命を射抜くなり」
社家間は懐から黒い羽を取り出すと四條が隠れている木に向かって軽く放る……まるで意志を持つかのように次第に速度を上げて迫ってくる。
まずい……四條は全身に感じる殺気を感じてそれまで遮蔽物に使っていた木から飛び出して、違う木の影へと隠れるが、それまで隠れていた木がまるで爆発物で破砕されたかのように飛び散る。
「……な」
「三枚の羽は、一つには弱けれど、纏むと野分のごとく吹き荒れ、危ふきものなり」
社家間は朗々と詠いつつ羽を三枚取り出すと軽く放るがその羽はまるで暴風のように回転し周りの木々をへし折り、粉砕して突き進んでいく。
これはまずい……四條は咄嗟にグレネードを空中に放ると、そのまま拳銃で社家間へと射撃をしながら遮蔽物に隠れながら、回避を続けていく。
だがグレネードは暴風のように吹き荒れる羽に阻まれ表層で爆発四散し、銃弾はやはり彼の体に届く前に勢いを失っていく。
「……まずいですね……」
四條は接近戦に持ち込むために彼に接近するルートを脳内で組み立てていく。今手持ちの近接武器は足に括り付けている軍用ナイフのみ。作りは良く銘品と言っても過言ではないレベルのものだが、降魔や怪異に通用するかどうかはやってみないとわからない。
拳銃の弾倉を地面へと落下させつつ、新しい弾倉を装填すると社家間の上に位置する枝へと銃弾を浴びせると、枝がへし折れそのまま彼の頭上へと落ちていく。
「やぶれかぶれか?」
手に持った金剛杖で枝を難なく払う社家間だったが、その一瞬で四條は姿を隠し彼の視界から一気に消える。ふむ……射撃では効果がないと見て接近戦に持ち込むつもりだな……殺気が一気に移動している。
面白い……社家間は金剛杖を地面へと立てると、再び朗々とした声で謡い始める。
「強力なる攻めより我が身を守るは、そのあたりなる岩や石なり」
社家間の周りにあった岩や石、そして砕けた瓦礫が彼の体を守るかのように回転しながら巻き上がる。四條は軍用ナイフを逆手に社家間の背後から飛び掛かっていたが、その必殺の一撃は宙に浮いた岩に阻まれる。
四條が舌打ちをしながら、高速で横へと飛び退き姿を隠していく……社家間は彼女が身を隠した方向へと体を向けようとするが、その視界に手榴弾のような物体が入り彼は咄嗟に岩をぶつける。
「……うぉ……ッ……」
岩が衝突した物体は炸裂したと同時に白い煙を周りに撒き散らす……スモークグレネードだった。社家間の視界が真っ白に染まる。やるじゃないか……社家間の顔に苦笑いが浮かぶ。
四條 心葉……改造人間としてKoRが実験的にあらゆる神経系統を強化された体を持つ。江戸川 乱坊が機械によって人間の肉体の限界を超えた存在だとしたら、彼女は人間の肉体のまま限界までチューニングを施された存在……わかってはいたが、そう簡単に倒せる相手ではない。
「くははっ……恥を偲んで生きてきてよかった。本気でやろうじゃないか!」
_(:3 」∠)_ ここから三人組との決着をつける話へ……(貞ちゃんはもう出てますけどねw
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