第一六三話 森の入り口へ(エントランス)
「……さて……始めますか……」
結局私は八王子さんに『当分仕事無理っす!』とは言えずに混沌の森が発生しているという山の麓にある駅のロータリーに完全武装で立っている。
他には四條さんが私の隣で武器の最終確認を行っているのと、エツィオさんと志狼さんは少し離れた場所で談笑している。
そういえば二人は顔見知りだったか……志狼さんが私のことを話さなければ、この残念なイタリア人教師は私の前に姿を現さなかったわけで。次元拘束で閉じ込められたのは今だに根にはもってるんだぞ、一応な。あの時ほど貞操の危機を感じたことはないのだ。
「……新居さん、私は準備できました」
四條さんが相変わらずの表情で私へと話しかけてきた。私は腰に下げている日本刀……風になっている全て破壊するものを軽く確認する。
そう言えば最近あんまりお話ししてないなー、手入れはちゃんとやっているので機嫌が悪いわけではないと思うけど。
『……我をペットか何かと勘違いしておらんか? 我は破壊の魔剣なるぞ……本来であれば、お前のような矮小な……』
あー、はいはい、私からしたら家にいるビーグルのノエルとあんま変わらんのよね。手入れしてる時変な声出すし……ノエルは言葉が通じないからいいけどさ。
そんなことを伝えると、全て破壊するものが少し嫌そうな口調になる。
『破壊の魔剣をこんな扱いした主人は初めてだ……お前との契約をクーリングオフしたい』
ダメダメ、私そういう契約交わしてないし、そもそもクーリングオフなんて言葉よく知ってるね。でももう結構時間経っちゃったから、そういうのあっても期間過ぎてるしどちらにせよダメでしょ。諦めて私の愛剣になっちゃいなさい。
そこまで伝えると全て破壊するものはため息のようなものをつくと、本当にうんざりしたような口調で話し始める。
『本当にノエルも大概だったが、お前も負けず劣らずだな……昔契約した女剣士はもう少し真面目だったぞ……』
そんなこと言われてもねえ……一七年間こうやって生きてきたわけだし、特にミカちゃんの考え方とか、性格は私に多大な影響を与えているだろうな。
でもまあ、記憶を掘り返していくと全て破壊するものの契約者は大抵悲壮感漂ってたり、以上に真面目だったり、私の感覚では理解不能な感情を持っているなどバラエティ豊かなラインナップなので、その中ではノエルや私は特に異質なんだろうな。
「……新居さん、大丈夫ですか?」
四條さんがそのままの格好で黙り込んでいる私を気遣ってくれたのか、肩に細い手が当てられたことで私はふと我に帰る。あ、いかん……このまま行くと剣とお話しできる危ない電波女子高生という扱いになりそうだ。
私は彼女に微笑みながら頷き、問題ないという仕草を見せる。
「大丈夫です、ちょっと今までのこと考えてて……」
「それは死亡フラグってやつだな、危なくなったら僕に言うといい」
エツィオさんが志狼さんを伴って私たちの元へと歩いてくる……それを見て、四條さんは青山さんの元へと小走りに走っていった。
エツィオさんは私の顔を見ながら笑顔で話しているが、正直いえばお前も結構な危険人物なんだぞ、と言いたい気分になる。高校では女子生徒からのプレゼント攻勢が凄まじいらしいが、彼は軽いノリで躱していると伝わっているが……益山さんがアレだけメロメロになるくらいの、そのテクニックというか立派なものをお持ちなのだろうさ。
私はエツィオさんから顔を背けると、はっきりと言い放つ。
「そんな状況作りませんよ、私だってちゃんと学習してますしね」
「……へー……、まあ気をつけてくれよ。その、心配だからさ」
ん? なんか急に優しいな……まあ、彼の助けがないとどうにもならないと言う状況だけは避けたいところだ。その横にいる志狼さんは私とエツィオさんのやりとりを見ながら微笑ましいものを見たという顔をしている。
少し会っていない時間があったが、志狼さんは少し大人びた印象に変わっている……今の方がその、魅力的な大人っぽい感じだな。
「エツィオが日本に行くって言い出した時は心配だったけど、新居さんと仲良くなってるみたいで良かったよ」
「……その心配って、やっぱりアレですか? 女性の敵的な」
私の疑問に志狼さんは苦笑いを浮かべたまま黙って頷く……私は黙ってそのままエツィオさんを見るが、彼は全然別の方向へと視線を向けて、私の視線から逃れている。
……や、やはり……この人は危険人物だったじゃないか。KoRJのコンプライアンス対策はどうなっているんだ。悠人さんも大変危険で直接行動も多くて辟易したけど、この人もなのかよ。
「まあ、昔イタリア支部でも言われていたけど彼は本当は優しいから……だから益山さんも大事にはされていると思うよ」
まあ、優しいのは理解できるかな……私は志狼さんに微笑むと頷く。彼は頬を少し掻いてから改めて私に微笑むが……昔あんなにドキドキしながら彼の顔を見ていたのに、今ではそういう感情があまり湧いてこない。
お互いが見ている位置や、方向が違うってわかったし、彼の中にはずっとアマラさんがいるんだろうなって思うととてもじゃないけど私では無理なんだろう、と思ってしまったから。
あの時アマラさんが死んだ後の彼の憔悴ぶりを見てしまうとな……本当に彼女のことを愛していたんだろうと思うし。そこまで愛されて彼女は幸せだったはずなのにね。
『色恋はよくわからないが、ノエルも一途に愛情を持っていたな。シルヴィと言ったか……さっさとくっつけよ、と思っておったが結局最後まではいかなんだな』
ま、まあノエルも本当に愛情を持った相手にはきちんと気持ちを伝えることができていなかったんだろうしな……そういえば先輩はこの作戦には参加していないがどうしたんだろうか?
気になって私がキョロキョロ周りを確認し始めたのを見て、志狼さんが何かに気がついたようで私に話しかけてきた。
「青梅くんは今回来てないね、状況は伝わっていると思うけど……おそらく別行動で動きたいんだろう」
「……そうですか……」
少し残念だ……素直な気持ちを言えば、今隣にいて欲しいのは先輩なのだから、ちょっと寂しいといえば寂しい。
先日の深きものとの戦いにおいて先輩との連携に確かな手応えを感じたのもあるし……私と先輩は共闘すれば戦闘能力を恐ろしく高められるはず、前世でキリアン、エリーゼさん、シルヴィとノエルの共闘関係に近いかな。少し表情の曇る私を見て、志狼さんが微笑みながら私に語りかける。
「彼のことが心配かい?」
「あ、いえ……先輩との連携がうまく行ったことがあったので、今回も一緒に戦えると任務が楽かなって」
多分普通の女性なら、寂しいとか心配ですとか言うだろうけど……戦士である前世の私としては、優先順位が違ったりもする。いや、本音では一緒にいたいなあと思ったりしなくもないんだけど、仕事とプライベートは分けるべきだと思うし。
思っていたのと違う私の反応と返答に、志狼さんは少しクスッと笑うと手を振ってその場から離れていった。そんなことをしていると、青山さんと話していた四條さんが私の元へと戻ってくる。
「……二人一組で行動したほうがいいだろうという話になりました、どうしますか?」
「それ……選びようがないですよね?」
四條さんは黙って頷くが……そりゃそうだ、エツィオさんと私ペア……は正直論外、四條さんは感情的にならないのでエツィオさんの毒牙にかけられることはないだろうが、それでも抵抗感はあるだろう。それとエツィオさんと四條さんは役割が被る、はっきり言って選択肢はほぼ無いに等しいのだ。
「男性陣と女性陣で別れるか……」
「じゃ私と四条さんで組みますね」
まあ……魂が男性の私と女性の四條さんペア、志狼さんと魂が女性のエツィオさんペアというのも実に可笑しな組み合わせではあるのだけどね。
私たちはそれぞれインカムや装備をあらためて確認すると、それぞれ別の方向から混沌の森を目指して侵入を開始するためにその場から移動を開始していく。
「来たわ……二手に分かれるようね」
立川 藤乃は鬼貞の肩に座ったまま、手に持った双眼鏡を下ろしてつぶやく。この山の山頂にある胞子の発生源である場所を防衛するために、ララインサルが動員できる戦力としては最高峰の立川、鬼貞、社家間は別々の位置へと配置されることになっている。
「……しかし空気が悪いな……あまり吸い込むと違う影響が出そうだ」
「一応ララインサル……様がいうには現時点では生物に影響は出ないらしいわ、この次の段階では死体を蘇らせるくらいには成長するらしいけど……」
立川の前世の記憶を掘り返してみても、混沌の森についての情報はそれほど多くない……純粋に剣士として生きていた前世では学者のような知識などは無いに等しいからだ。
しかし、あの毒を耐え切ってくるとは、さすが剣聖……いや、敵側にはこちらを裏切ったものも存在しているということだから、そいつのおかげか。
鬼貞の肩から飛び降りて、軽くスカートを叩いた後彼の腕をポンと叩くと立川はにっこり笑った。
「始めましょう、防衛戦をね……今回は負けたくないわ」
_(:3 」∠)_ やっぱりペアは同姓同士じゃないとね
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