第一五八話 取引(トランザクション)
「……お初にお目にかかりますわ、KoRの誇る銀色の狼さん……無慈悲なのねえ」
ここは南米にある小国のスラム街……ここに発生した降魔被害の対応のために狛江・アーネスト・志狼が派遣されてきたのはつい数時間前。
大集団となった犬人族を殲滅し、周囲一帯は血の海と化しているが、彼自身は月明かりに照らされ、神々しくも美しい銀色の毛皮に包まれて輝いている。
「ところで、私のことはご存知かしら? コマエさん」
彼の前に歪んだ笑みを浮かべたスーツ姿の妖艶な女性……ここに新居 灯や青梅 涼生がいれば、何故彼の前に現れたのかと驚くであろう人物……魔王の配下であった女淫魔のオレーシャが笑みを浮かべながら、彼の前に立っている。
銀色の狼獣人と化した狛江の手には先ほどまで戦っていたであろう犬人族の戦士の亡骸が握られており、彼自身もところどころに刀疵の跡がついているが、すでに血は止まり傷は修復されつつあった。
狛江は新たな敵かもしれないこの女淫魔の登場に警戒を強めつつ、亡骸を無造作に投げ捨てる。命を失った死体が地面へとぐちゃりと音を立てて叩きつけられる。
「……何用ですか? あなたのことは知ってますよ、オレーシャさん。どうして自由に動き回っているので?」
「あら、情報が共有されているのね。私も有名人になっちゃったのねぇ……」
オレーシャはくすくす笑うと敵意がないことを示すかのように手をひらひらと動かすと、突然その手の中に高級そうな金箔を巻いた紙巻きの煙草が出現し、彼女は狛江が警戒する前で火をつけると軽く蒸しはじめる。
深くその香りを楽しむかのように何度か紫色の煙を吐き出したあと、オレーシャはゆっくりと狛江の近くへと歩み寄ると、軽く煽るかのように狛江へとふうっと煙を吹きかけた。狛江は少し嫌そうな顔でオレーシャを見つめている。
「……煙草は、やめてほしいですね。それと僕の問いに答えてもらっていませんよ?」
「そんなつれないこと言わないでほしいわ……私はね、もうKoRの敵ではないのよ。これが証拠」
オレーシャは手に持った煙草を地面へと投げ捨てると、彼の前で突然衣服の胸元をはだける……衣服に押し込められていた豊満な乳房が惜しげもなく彼の前に晒され、美しさとなめらかさを持った肌が月明かりで照らされている。
その行動に少し面食らった狛江は、顔を覆うような仕草をしたが……不意に見えたあるアクセサリーを見て、少し驚いたような唸り声を上げる。
狛江の様子に満足したのか、彼女は見せつけるように狛江へと胸元を寄せていくが、当の狛江はため息を大きく吐くと彼女から視線を外して考え始める。
「……敵ではないのは理解しました、早く服を戻してください。でもどうして貴女がそれを……」
「あら、触らないの? 貴方みたいな強そうな男性だったら抱かれてもいいと思っているのに……魔王様の部下でも二種類存在しているのよ、彼に盲目的に従う愚者と、そうではない愚者の二つに。私は後者なの」
くすくす笑いながらオレーシャはそっとはだけた胸元を元へと戻すと、どこからともなく煙草を取り出して火をつけ、再び煙を燻らせていく。その様子を見ながら、狛江は少しの間目を閉じて少し考える。
正直この女淫魔は気に入らないし本質的には信用できない、ただ話の匂いは嘘をついているような感じはしない。それと……懐かしい匂いもしている。
その匂いの元となるある女性の顔を思い浮かべると、少しだけ心が温かくなるような気分に陥る……彼女は元気だろうか、もう一度顔を見てみたい、と思うようになったのは僕も少しづつ傷が癒えてきているのだろう。
「……新居さんは君と何か関係が?」
「あら、わかるの? ここにくる前に会ったのよ……そんなに臭うかしら?」
少しだけ口元を綻ばせた狛江を見て、オレーシャは少し驚いた風だったが、すぐに匂いがしているのかどうか、自らの腕の匂いを軽く嗅ぎ始める。
ふむ……と狛江は軽く考え事をするかのように、顎に手を当てて考え始める。
新居さんと接触済みな上、そこではどういうわけか戦闘になっていない……ということは今現時点では僕の敵ではないということだな。狛江は納得したように一人頷くと、笑みを浮かべたままのオレーシャに顔を向ける。
「……貴女の要望を聞きたい、返答次第ではここで殺しますが」
「あのお嬢ちゃんも含めてKoRの人はみんな物騒ねえ……でもまあ話を聞いてくれるのであれば満足よ」
オレーシャは歪んだ笑みで狛江へと笑い、その答えで満足だと言わんばかりに再び煙草を地面へと投げ捨て、大袈裟に狛江へとしなだれかかる。わざと胸を強調するかのようだったが、狛江は表情を変えずに彼女を見ている。
感情の籠らない狛江の目を見てつまらなさそうにため息を吐くオレーシャ……朴念仁が! とでも言いたげな顔で軽く息を吐くと、そのままの体制で軽く狛江の胸部に手を這わせる。
「……僕にそういうのは効きませんよ、わかっているでしょう?」
「つまらない男ねえ……まあいいわ。私からの話というのは二つあるわ、一つは混沌の森について……これは出所を秘匿して日本支部へと渡してほしい。もう一つは情報を提供する代わりにお願いをしたいの……」
話し始めたオレーシャの話を興味深そうに聞いていた狛江は、オレーシャの話を聞き終わると驚いたように目を見開く。その顔を見て彼女は満足そうに笑うと頷く。
今はこれで十分……この狼獣人に殺されないだけマシかもしれないし、新居 灯よりも条件によっては強いかもしれないこの男を目的のために引き入れることができれば……今回の任務は達成できたと考えるべきだろう。
狛江は少し悩んだあと、彼の胸にしなだれかかり毛皮を弄んでいるオレーシャを優しく引き剥がしてこう告げた。
「わかりました、貴方に協力します。その混沌の森について詳しく教えてください」
「最近の彼女たちの様子はどうかね? エツィオ君」
「ああ、灯ちゃんと心葉ちゃんですかね。先日家庭科室で一緒にクッキーを作ってましたよ、そりゃもう楽しそうにね」
八王子部長に尋ねられたエツィオはそういえば、という感じでお茶を啜りながら答える。彼の業務は戦闘、内部監査の一部業務、そして青葉根高等学園へと通う新居 灯及び四條 心葉の監視なども担当している。
大阪から編入している四條は卒業までは青葉根に通わせることを検討しているが、彼女の特殊な事情から監視が必要とKoRJでは判断している。
「そうか……大阪では友人も少なかったそうでな。同年代の同僚がいる、というのは彼女の成長にも役立つだろう」
「それで戦闘能力の高い墨田を大阪に異動させてまで、彼女こっちへ連れてきた、と?」
八王子が少しだけ満足そうな顔で頷くと、エツィオが彼の顔を見つめながら……現在の人材配置状況を考える。降魔被害は東京と大阪では発生回数に差があり東京方面に比較的発生は偏っている。
関西方面での発生回数は東京の半分程度となっており、東京側に戦力を集中するのは正しい判断だといえる。
「四條くんはまだ未成年だ、大阪支部のメンバーは彼女より年齢が高く戦闘経験豊富だが、女性のケアができる人間が少ない……東京であれば、目に見える位置に置いて同年代と行動も共にできる」
「……大阪にそう言ったメンバーを配置することはできないんですか?」
エツィオの質問に呑んでいたお茶を吹き出しそうになり、八王子は何度か咳き込むと、口元を拭ってから手元の端末を操作し、モニターへと情報を映し出す。
そこには現在の東京と大阪における人員の配置状況が表示されている。東京が六人、大阪はたったの三人となっている。本来は本部所属扱いだが、現在日本に滞在している江戸川を合わせても一〇人しか戦闘能力を有している人材はいない。
「残念ながら、KoR全体が人材不足だ。当たり前だが降魔と戦えるだけの戦闘能力を持つ人間なんぞ、そう簡単に出てこないからな」
日本における戦闘能力を有する人材は一〇人、多いか少ないか? と言われると実は数が多い方だ。イタリアは六人で全土を防衛していた。イギリスはもっと少なく三人、フランスは五人だったか。
アメリカは国土や現在の総本部ビルが存在している関係もあって二〇人近くいるらしいが、それでも少ないとかで増員の検討がされているとか。
「そういえばアーネストはどうしてるんですかね?」
「ああ、狛江君は本部付きで行動しているが江戸川君のように各支部の応援と人材発掘をしていると話していたな」
狛江 アーネスト 志狼……狼獣人としては世界最高の戦闘能力を持つ人材だが、彼自身は人材発掘をメインに担当しており戦闘任務につくことはそれほど多くない。
それでもこの空前の人材不足の前に、彼自身が前線へと出ることも増えてきているのだという。本人も本意ではないだろうな……エツィオは懐かしい友人の顔を思い浮かべる。
今はどこにいるだろうか? 先日はアメリカにいたからその辺りだろうか……また会えるのであれば、彼とゆっくりお酒を酌み交わしたいといつも思う。
「たまには連絡とって冷やかしてやらないとね……僕にとって大事な友達の一人だから」
_(:3 」∠)_ 狛江君は通常の個体とは少し違うため、人間形態では難しいのですが獣化していると魔法や精神耐性を有するようになります、故にオレーシャが魅了を使っても動じないわけです。
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