第一五七話 演習(プラクティス)
「……了解、このまま進みます」
KoRJ調査班一〇名が突撃銃を手にゆっくりと廃ビルの中を進んでいる。緊張からか、こめかみに汗が伝っている。
先日の鴉天狗との一戦から何度も訓練を積み重ねてきたが、緊張感から免れることはない。息が荒い……手が震える。何度か息を吐いて、落ち着こうとした時にふと後ろから肩に手がかかる。
「心配するな、俺がついている。確認を怠るな、焦って弾を無駄打ちするな」
「江戸川さん……ありがとうございます……」
振り向くとそこには……KoRJが誇る戦闘強化人間である江戸川 乱坊が笑顔を浮かべて立っている。
彼は今回調査班の援護として入っている……手には調査班と同じ突撃銃が握られているが、あくまでも今回の主役は調査班だ。
「誰でも緊張はする、だが頭の芯は冷静にな」
調査班のメンバーは頷くと、それまでの緊張が嘘のように口元に笑みが浮かぶ。江戸川はその様子を見ながら、周りの様子を確認していく。
このビルはすでに使われなくなって長いが、基礎はしっかりしており少しくらい派手な立ち回りをしてもそう簡単に床などが崩れることはない。江戸川は後ろにいる班員の一人に話しかける。
「……今回のターゲットはわかるな? 対応について報告せよ」
「はい、本ターゲットは刀剣を所持した接近戦を中心とした戦力と確認されております。彼我の戦力差は一体一〇となっており、中距離での対応によりターゲットを無力化できると判断しております」
江戸川は頷くと、指で班員たちへと前進を指示する……その指示に従い、班員たちが突撃銃を構えて前進を開始する。
机上のシミュレーションでは先ほどの戦力差ではほぼ一方的に鎮圧できるはずなのだが……相手の戦力がその上を行くからな……江戸川は自らも突撃銃を構えて班員についていく。
「移動音確認、こちらへと向かってきます」
班員が遮蔽物の陰に隠れて迎撃体制をとる……わずが数秒、ここまでは合格。江戸川は班員の配置を確認しつつ自らも迎撃のために近くに落ちているコンクリートの大きな破片の裏へと隠れる。
班員たちに緊張感が漂う……軽めの足音、規則正しい音が続くが、ある一定の距離をおいてその音が突然止まる。
「気づかれたな、流石に感覚が鋭い……スモークグレネード投下後、制圧射撃せよ」
「「了解」」
班員たちの息遣いが聞こえる……江戸川が頷くと、班員の一人が進路上へとスモークグレネードを放る……軽い金属音を立てて床へと転がっていくと、軽い爆発と共に通路に白い煙幕が立ち込めていく。視界が悪い中に飛び込んでくる敵がいるだろうか?
だが、今回のターゲットは班員たちの予想を超えていた……再び足音が接近してくる。まるで撃たれても構わない、と言わんばかりの速度で。
「まさか……嘘だろ?」
「射撃開始!」
白い煙幕の中に少し小柄な影が映る……その姿が見えたのをきっかけに班員たちの突撃銃の一斉射撃が開始されるが……煙幕の中に移る影は何かを振るって銃弾を防御し続ける。
甲高い金属同士の衝突音が響き続けるが……突撃銃の残り弾数があっという間に減少していく。不味いな……いきなりこれではあっという間に戦闘が終わってしまう。
「後退だ、制圧射撃をしながら後ろへと下がる」
江戸川は隊長格の班員へと合図を送る……江戸川の指揮の元、班員たちは射撃を行いながら持ち場を離れ隊長を中心に陣形を組むと後退を始める。
江戸川が再びスモークグレネードを放るが、煙幕の中の人物が武器を振るったのか空中で爆発して煙幕を撒き散らしていく。
「……わぷっ……」
ターゲットはこの投擲を予想していなかったのだろう、少し間の抜けた悲鳴が上がるが……江戸川はすぐに部隊をまとめ直すと後退を始める。
だがそれを許さないとばかりに煙幕の中にいる人物が、一気に駆け出す……まずい、すぐに対応を……。班員たちが一斉にその陰へと射撃を開始するが、影は恐ろしいまでの反応スピードで壁を、天井を、床面を蹴り飛ばすように超高速移動していくと一気に班員たちの後方へと躍り出て、江戸川を押さえ込む。
江戸川は少し抵抗をするものの無駄だとわかって両手を上げて武器を落とすと、悔しそうに呟く。
「……まいった」
「私の勝ちですね! 江戸川さん」
江戸川を押さえ込んでいる私……新居 灯が彼にニコニコと笑いかけながら立ち上がると彼に手を差し出す。苦笑いを浮かべながら江戸川は私の手をとって立ち上がる。
今回の戦闘は訓練のために実施した屋内戦闘の模擬練習……実弾ではなくゴム弾を使用しており、当たったとしても打撲程度で済むものだ。ちなみに私が振るっていたのは、刀と同じ長さの鉄棒……にゴム板を巻いた代物だ。
「いや、本当に無茶苦茶だな……正面突破なんて普通考えないだろ」
「灯ちゃん、体はもう大丈夫そうだな、ったく……戦闘能力がおかしすぎるぜ……」
私の周りにいる班員さんたちも笑顔で話しかけてくれるが……まあ、そうだな。先日の入院から少し時間が経って、私の体調はほぼ完全に近い。
普通の兵士や軍隊では私を無力化するのは不可能に近い……それこそ風呂とかに入ってないと無理じゃないかな。
「いや、でも射撃はすごく正確でしたよ。油断したら当たってしまいそうでした」
私の言葉に、苦笑いを浮かべる班員たち。普通の降魔程度なら彼らだけでも十分カタがつくだろう。私たちは片付けを行なってから、廃ビルの外へと出ていく。
ここはKoRJが所有している訓練場の一つで、実は廃ビルのように見せかけた新品の建造物である。ちなみにその近くには射撃場なども併設されており、KoRJの偵察部隊の訓練にも使用されているのだ。江戸川さんが班員たちにいくつか指示を行った後、私に話しかけてきた。
「そういえば、四條も来てるんだってな」
「ええ、射撃場の方にいると思います、いきましょうか?」
私は江戸川さんに笑顔で答えると、彼はニヒルな笑顔を浮かべて私の頭をくしゃっと撫でる。他の人にやられると少し嫌な行動だが、私は江戸川さんにはこれやられても別に嫌じゃないんだよなあ。
私と江戸川さんは他愛もない話をしながら射撃場へと移動していく……射撃場ではリズミカルに発砲音が響いており、四條さんが訓練を続けているのがわかる。
「あ、いたいた」
私が指し示した方向で、四條さんが対物狙撃銃を使って、的へと射撃をしているのが見える。リズミカルに射撃をしていた四條さんが、私と江戸川さんに気がつくと訓練を中断して立ち上がる。
彼女は私に無表情で軽く頭をさげたあと、隣にいた江戸川さんを見ると、突然自分の服を軽く叩いて埃を落とし始める。
「……こ、こんにちは……お久しぶりです」
「おお、心葉。相変わらずいい腕だな」
江戸川さんは四條さんに笑いかけると、私にしたようにぐしゃぐしゃと頭を撫でると、四條さんは少しだけ顔を伏せるような仕草をすると、彼の手にそっと触れて撫でられるのを止める。
ん? なんか普段の彼女の反応と少し違うな……四條さんは江戸川さんの手に触れたまま、江戸川さんに話しかける。
「……乱坊さん、セットが乱れちゃいます……やめてください……」
ら、乱坊さん?! 私は驚いて彼女を見ると彼女はほんの少し頬が染まっている気がする。んー? もしかして、もしかしてするのかこれは! なんかいいもんを見てしまった気がするぞ。
だって彼女は絶対に苗字でしか人のこと呼ばない……それとなんか恥ずかしそうな素振りをしている、相変わらず無表情なんだけどさ。
私は江戸川さんと四條さんを交互に見るが、江戸川さんは気にせずニコニコ笑っていて、四條さんは少し恥ずかしそうに目を逸らしている。
「ああ、すまないな。心葉が良い腕なので思わず他の連中にやるような感じで接してしまって、ごめんな」
「……訓練は無事終わりましたか?」
四條さんが江戸川さんをそっと見上げるように見つめている……だがしかし、江戸川さんは彼女の話を聞いておらず、調査班員たちへと軽く指示を行っているところだった。
四條さんは、何か言いたげな顔をしていたがすぐにいつものポーカーフェイスに戻ると、そっと対物狙撃銃を担いでその他の重そうな荷物を抱えて訓練場から歩いて出ていく。
……う……江戸川さん……そこは気を遣ってあげようよ……私は慌てて四條さんの後を追うように訓練場を離れる。
「四條さん、私少し持ちますよ」
後ろから急に話しかけられた四條さんは驚いたように少しだけ目を大きくしていたが、すぐに普段の表情へと戻ると頭を軽く下げて一つ荷物を渡してきた。
まあ……正直いうなら彼女の筋力は私ほどではないが、平均的な男性のそれを遥かに上回っているから必要ないんだけどね。
「……ありがとうございます」
って渡された荷物は弾薬ボックスだったのでそれなりに重量があるな……私はボックスに付けられたストラップを使って背負うと、四條さんが軽く私に会釈をして、その後は黙って歩いていく……私も荷物を持ったまま何も言わずについていくが、他に誰も居なくなったところで彼女は唐突に口を開いた。
「……どうしたらいいでしょうか?」
「はい? ……えーと、さっきのですか?」
急に話を振られて少しだけ私は混乱するが、ここ最近彼女の性格というかパーソナリティを理解してきた私はピンときたのだ。ミカちゃんに鍛えられた恋バナセンサーがそう告げている!
彼女は江戸川さんに恋をしている! そうだ、そうに違いない。少し年齢は離れてるし、江戸川さん彼女に興味はないと思うんだけどさ。
「……はい、私は乱坊さ……江戸川さんにどのように話せばいいでしょうか?」
それを私に聞くかー? ミカちゃんの方がいいと思うんだけどな。とはいえ聞かれてしまったものは仕方ない。そうだなあ……私も別に手慣れているわけじゃないけど、まずはこっち見てもらうのがいいんじゃないかなあ?
そう思った私は四條さんにアイデアを伝えることにした。
「お菓子とか……そうだ、江戸川さんお茶菓子好きじゃないですか。手作りのクッキーなんかどうですか?」
「……料理を、したことがなくて……」
少し残念そうな顔で四條さんは下を向いてしまうが……ふっふっふ、そういう時は私の出番なのですよ! 何せ転生してから私の趣味の一つは料理なのだから!
クッキーもレシピサイトである食べロガー見ながら作ればなんとかなるに違いない!
「任せてください! 学校の家庭科室で一緒に作ってみましょう!」
_(:3 」∠)_ ……四條 心葉は年上好きなので江戸川 乱坊が好みです
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