第一五六話 日常(オーディナリー)
「うーん……これは毒だな」
「……毒ですか」
清潔そうな白衣を着たリヒターが私の寝ていたベッドの横で、私の傷を診察しながらカタカタと顎を揺らしている。昨日立川さんの攻撃で全く血が止まらず、夜そのままKoRJの経営して居る病院へと移送された私は、特別な病室にて治療を受けていた。
ああ、私の意識が戻るのにも時間がかかったし、細かい検査とかやってたら朝になってしまったらしく、病室の窓からは朝日が見えている……スマホもバッテリー切れになっているし朝帰りなんて、家族にどう話せばいいんだろうか。
「この世界でもある血液毒というやつだな、血液中の赤血球へと作用して溶血作用を生む、まあ単純に長時間血が凝固しなくなる類のもので、じわじわと効果が強くなるタイプのようだな……ほれ、薬だ」
リヒターはクッソ怪しい匂いをたてるお茶のようなものをカップに入れてかき混ぜると、私に手渡してくるが……とてもじゃないけど空っぽになった胃にこの匂いはきつい……刺激臭と土臭さと、青臭さが混じり合って思わず咳き込んでしまう。
本当に飲まなきゃいけないのこれ? 飲まずに済むならどうにかしたいし……リヒター魔法使えるじゃん。恨みがましい私の視線を無視するかのようにリヒターは続ける。
「毒消しというのはだな……魔法でやるよりも薬を経口摂取した方が肉体への負担が少ない、黙って飲め」
軽く口をつけて啜ってみるが……苦くて、甘くて、酸っぱくて、エグみがあって、さらにまた馬鹿みたいに苦くて……もはやこれがなんの飲み物なのかわからないくらい臭いし、本当に薬なのこれ。
リヒターはさっさと飲めと言わんばかりの顔で私を見ており、無言の圧力を感じた私は意を決してカップからそのどろりとした液体を口へと入れていく。
まるで泥水でも啜っているかのような舌触りの中に、凄まじい苦味とえぐみと甘みと酸味を感じた私は数回嘔吐き、目に涙を溜めながらその得体の知れない液体を全て口の中に含む。
「う……うぷ……」
我慢して口に全て含むと、なんとか飲み込もうと頑張るが……吐き戻しそうになってしまい、見かねたリヒターが私の顎を軽く摘むと顔を天井側に向ける。
彼の助けもあって私は怪しい匂いととんでもない味の薬をなんとか飲み込むことに成功する。私が液体を飲み込んだのを確認すると彼は顎に添えていた指を離すが……随分強引な飲ませ方だ。
「今日はゆっくりと休むといい、無理に動くと薬の効果も落ちるからな。八王子に親御さんや学校への説明をしてもらえば良かろう」
リヒターは楽しそうに骨を鳴らしながら、私の肩口から採取したサンプルの血液などを試験管に入れたりしている。
昨日の出来事は反省点ばかりだ。よく思い返してみると私は最初から少し気が抜けていたように思える……プライベート側で色々ありすぎたのもあるが、最初の目標を倒した後に襲撃を受けるとは思っていなかったし。
立川さんが破壊力に優れた……あの雷爪とかいう技を出さなかったのは、刃に毒を塗っていて素手で触ることが出来なかったのだろうと今なら理解できる。
「はあああああ……凹むわ……」
「どうした? 急にため息などついて」
リヒターが試験管に試験薬を入れて指先で器用にくるくる回しながら、私に尋ねてくる。この辺りの悩みはリヒターに話したところでどうにもならないんだよな。私は苦笑いを浮かべて、なんでもないと手を振る。
少し私の仕草について考えていたようだが、リヒターは気にせずにそのまま試薬を試験管へと投入している。私は窓の外を見ながら独り言を呟いた。
「……どうしたものかしらね……」
「藤乃! それ……どうしたの?」
立川 藤乃を見て学校の同級生が驚いた顔をしている。立川は利き腕である右腕にギブスを巻いて、首から吊り下げ顔にも軽くガーゼを貼り付けたりなど満身創痍の状態だ。
ま、普通に聞かれるよね……立川は友人である小平 蘭に苦笑いを浮かべた笑顔を向けると頭を掻きながら答える。
「いやー、ドジっちゃってさ。転んで腕の骨にヒビ入れちゃったんだよねえ」
「えー? この間も怪我してたじゃん。大丈夫なの? 持ってあげるよ」
小平は彼女の鞄を立川から奪い取るように持つと、彼女の横に立って一緒に歩き始める。彼女は立川にとって古くからの友人だ。
立川の悩み事などは色々話しているものの、さすがに前世の記憶が……という話はしていない。そんな話をしたら絶対に病院送りにされてしまいそうだから。
さらに降魔と契約して魔王様の部下をやっています、などとは話せずに親の療養費を負担するためにバイトが忙しいという話をしている。
「藤乃のバイト先って小さな輸入商社だって話してたっけ?」
小平がニコニコ笑いながら立川へと話しかけてきたため思考をやめて、彼女の顔を見る。そうだった、彼女にはアンブロシオ様が隠れ蓑にしている輸入代行の仕事の手伝いをしていると話したんだっけ。
実際に輸入して居るのは真っ当なものではないとは思うが、魔王様は表向き事業家としては成功して居るとか、あの不快な闇妖精族は話してたな。
「うん、細かい仕事の話はわからないんだけど、荷物を運んだり、付き添いをしたりしてるよ」
「へー、東欧系の人が社長とか言ってたっけ。日本が好きなのかねえ」
ああ、私そんなことまで話したんだ……内心舌打ちをしたくなる。アンブロシオ・チェロニアーティ……魔王様の表の顔。東欧にある小国出身の男性で、一〇年以上前に来日、日本の文化に魅せられてそこから欧州と日本における友情の架け橋になっている……という仮エピソードをアンブロシオやララインサルが大真面目な顔で設定を決めた。と話した夜のことを思い出して、少しだけ顔が綻ぶ。
そんなどうでもいいエピソードを作るのに何時間かかってんだよ! とさすがに驚いたものだったが、当人たちは大真面目にそれを遂行しており、今でも外向きの顔でその話をしているんだとか。
「まあ、社長何考えているかわからないからね。イケメンなんだけどさ」
立川はそのまま笑顔を作りながら、これは嘘じゃないな、と思い直す。ロイド眼鏡をずっとかけているが、一度だけメガネを外した素顔を見たことがある。
疲労からなのか、少しやつれていて全体的な血色は悪いのだが、よく見ると顔のパーツは恐ろしく整った作りをしており、凄まじいイケメンの部類に入る人物だと思う。
そしてなんというか……優しさというか神々しさのようなものを感じさせるのだ。雰囲気は恐ろしいと思うけども、どことなく人を惹きつける魅力を持っているというか。
「へー……ミステリアスなイケメンっていいよね」
小平は立川の話を聞きながらニコニコ笑っている。そんなよくないけどなあ……一緒に働いてるはずのララインサルは私のことを便利な駒程度にしか思っていないだろうし。上司にしたら絶対パワハラとか笑顔でやりそうなタイプだ。
多分笑いながら「え? 終電だからって帰るの? 朝まで仕事してれば始発があるじゃん」って言いながら書類を渡してくる……ララインサルはそういう嫌な奴だ。
「代表はイケメンなんだけどさ、上司がクッソ嫌なやつなんだよね」
「へー……バイトなのに大変なんだねえ」
その後は他愛もないおしゃべりをしながら学校へと向かうが、果たしていつまでこの生活を続けるのか……母親の容態は良くなってきているそうだが、まだ病院から退院できるほど体調が良いわけではない。
アンブロシオ様は契約した際の約束を守ってくれていて、母親の容態もそれから恐ろしく良くなった。一時期は命すら危ういとまで言われていたのに……。
立川はアンブロシオ様のために改めて、頑張らねばいけないと思い直す。
「何考えてるかわからないけど……やれることはやろう、恩返しみたいなモノだし……」
「……立川 藤乃の様子はどうだ?」
社家間 玄乃介は監視中にいきなり話しかけられたことに驚き、背中をびくりと震わせて振り返る。そこには金髪に赤い眼をした彼の仕える魔王様……アンブロシオが無表情で立っている。
気配を全く感じなかったな、と内心驚きながらも社家間は頬を掻いてから魔王様へと頭を軽く下げて話し始める。
「……まあ、普通の女子高生やってるみたいですよ。昔だと寺子屋? いや藩校かな」
「学習は良いことだな、学ぶことでより多くの知識や知恵を手に入れることができる。私の古い友人もそうだった」
アンブロシオはあくまで無表情で社家間の横に立つ……凄まじいまでの不気味な存在感、正直言えば横に立たれると緊張してしまう。
だが、それと同時に彼の顔を見るとホッとするような、惹きつけられるような魅力を感じる。古くから偉大な為政者や英雄と呼ばれた人間が持つ独特のカリスマ性、それと似たような雰囲気を感じる。
「魔王様の……古いご友人ですか?」
「ああ、私の古い友人だ。ずっと昔に失って以来、私はその友人のことを忘れたことはない。学ぶことの大事さをいつも私に口酸っぱく話していたよ」
社家間が驚くくらい自然にアンブロシオの表情が柔らかく、微笑みを湛えたものへと変化する。誰なんだろうか? 魔王様の友人というくらいだから、別の魔王とか……悪魔とかなのか?
すぐにアンブロシオは表情を元に戻すと、遠くに見えている立川を遠めに眺めながら口を開く。
「ララインサルに混沌の森の召喚を命じた。立川の傷が癒え次第護衛につかせろ、最優先事項になるのでな……」
_(:3 」∠)_ 立川 藤乃の日常も少しだけ書きたかった
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