第一五五話 金剛(ヴァジュラ)
「リュンクス流……返爪ッ!」
立川さんの騎兵刀を横に薙ぐ……左からの横薙ぎを私は咄嗟に体を後ろへと逸らしてギリギリの位置で避けるが、騎兵刀は途中でクルリと回転してそのままの軌道で右薙ぎへと変化し迫ってくる。これはいけない……体勢を戻そうとしていた私を真っ二つにする軌道だ。
閃光の要領で刀を引き抜いて騎兵刀を受け止めるが……中途半端な体勢で受け止めたため、彼女の放った斬撃の圧力で私はバランスを崩してしまい、横に体ごと飛ばされる。
「うああっ……」
横は壁……私は壁に叩きつけられ、一瞬息ができなくなってしまう。だめだ、目を開けなきゃ……咳き込みながら立川さんの姿を探すが、姿が消えた?!
左右に軽く目を配るがそこには何もない広場しか写っていない、どこ……? 再び上から凄まじい殺気を感じて咄嗟に全て破壊するものを掲げると寸分違わない位置へ騎兵刀の一撃が叩き込まれ、路地裏に甲高い衝突音が響く。
「死になさい剣聖……伝説なんか現代にいらない!」
「く……いあぁっ……!」
立川さんの振るった騎兵刀の一撃を受け止めたと思ったが、予想以上の膂力でそのまま肩口まで刀を押し込まれてしまい、彼女の武器の刃先が左肩へと食い込む。
肩に刃物が食い込む感触……鋭い痛みと共に熱いものを肉へとねじ込まれたような異物感、痛みに顔を顰めて私は軽く喘ぐ。まずい……傷が思ったよりも深いかもしれない。
私の肩に食い込む刀の感触と、流れ出ている血の量から立川さんは私の顔を見て殺せると判断したのか、薄く笑いながら騎兵刀をねじ込んでくる。
い、いけない……押し切られたら私は肩から縦に切り裂かれる……足に力を込めて踏ん張っていく。
「う……うぎぎぎ……ぎあああああっ!」
普段じゃ絶対に出せないような呻き声を上げながら、私は全身の筋肉に力を込めて彼女の騎兵刀を押し返していく……刃先の抜けた肩口から軽く血が吹き出して私の戦闘服を頬を汚していくが、そんなことを気にする余裕はない。
そのまま押し込めないと分かったのか立川さんは軽く舌打ちをすると私に押し付けていた騎兵刀にかけていた力を抜くと、体を回転させて私の腹部に超コンパクトな回し蹴りを叩きつける。
「うぐ……ッ!」
私は再び立川さんから離れた場所まで体ごと飛ばされるが、今度はなんとか踏みとどまり負傷していない右手で全て壊すものを構える。まずい……肩の負傷で左腕をうまく動かせない……。
ズキズキと左肩から痛みが伝わり、体にドロリとした液体……血液の流れる感触が伝わってくる。
『……落ち着け、あの武器……まさに正真正銘の聖剣ベランと同等の武器だな……」
立川さんの持っている騎兵刀は今までのものと装飾が似ているが、刀身が先日九頭龍から抜き取った日本刀に差し替えられている。
確か旧軍においても軍刀として、騎兵刀の外装に日本刀を仕込むという例があったそうだけど、彼女も基本的には片手で刀剣を振り回すスタイルなので、その形にしているのかもしれない。旧軍の騎兵刀と同じく両手でも扱えるように柄が長いため、護拳が少し長く見える。
「それは……ベランなの? リュンクス流の……」
「ええ、リュンクス流に伝わる聖剣ベラン……ここで手に入れたのは僥倖、この現世にて剣聖の座を私がいただくわ!」
立川さんが夢でも見た騎兵刀を顔の前に垂直に立てる儀礼用の構えを取ると、私が惚れ惚れするくらいの所作で、風を切るかのように一度武器を振るう。
い、いかん……血液が思ったより傷口から出過ぎている……足が震える。私が少し息を荒くしていることに気がついたのか、立川さんはぎらりと獰猛な笑みを浮かべて騎兵刀を構えて突進してくる。
「リュンクス流……連爪ッ!」
『受け流せッ! 受け止めるな!』
「くっ……ミカガミ流螺旋ッ!」
騎兵刀がまるで四方八方から同時に襲いかかってくるような縦横無尽の斬撃の嵐……咄嗟に私はミカガミ流最強の防御技である螺旋で相手の斬撃を受け流していく。
目まぐるしいくらいの連続した斬撃を必死に刀で受け流すが、斬撃は激しさを増しており……それが止む気配が全く感じられない。衝突音が路地裏の広場に響く……刀と刀がぶつかるたびに火花が散り、私と立川さんの顔を照らしている。
「まずい……このままじゃ……」
立川さんは戦闘の興奮なのか頬を紅潮させて、大きく口を開いて笑いながら私に斬撃を叩きつけていく。衝撃に耐えかねて私の膝が崩れ始めたことに気がついたのか、立川さんは大きく騎兵刀を振り上げて必殺の一撃を叩き込むべく、武器を振り下ろした。
「ク……ハハハッ! ここで死ねえっ! 新居さ……新居 灯ッ!」
ほんの一瞬だけ、彼女の呼吸が乱れそして動作が大振りに変化した。私はその隙を突いて彼女の懐に体を侵入させて、斬撃を振るう腕を肩で受け止める。
思い切り振り下ろした腕が私の肩で受け止められたことで、凄まじい痛みを感じたのか立川さんは苦痛に顔を歪める。私はそのまま刀を回転させると、足で地面を踏み抜くような動作と共に柄を相手の腹部に思い切り叩き込む。
柄は容赦なく彼女の鳩尾へと食い込み、立川さんはくの字になって数メートル後ろへと飛ばされる。
「うぐっ……うげぇぇっ!」
「我流……金剛ッ!」
前世のノエルが愛したシルヴィさんとの訓練の際に、超接近戦になった時のアイデアとして長い刀ではなく柄を使って打撃を叩き込む技を研究していた。
刀一本あればなんでも斬れると豪語していたノエルではあるが、現実的に刀で切り掛かるスペースがない場合などもよくあったのと、シルヴィさんのいうことはちゃんと聞きたかったのだろう。
格闘技における震脚……地面を踏み鳴らすような動作で体幹の力を刀の柄先へと伝え衝撃によって相手を戦闘不能に陥れる一撃必殺の隠し技。
ミカガミ流とは違うノエル独自の我流シリーズであり、そしてこれは彼の死によって異世界では既に失われてしまった技の一つ、金剛だ。
異世界では槌矛などで鎧の上から衝撃を叩き込むことで相手を戦闘不能に陥らせる戦い方もあるのだが、ノエルはそれに着目してゼロ距離から、刀の柄を使って衝撃を相手に伝える技として開発したのだ。
「う……こんな……ぅうげええっ!」
効果はてきめん……立川さんは腹部を抑えながら、血の混じった吐瀉物を吐いて蹈鞴を踏むように後退している。手加減なんかできずに思い切り叩き込んだからな、内臓に傷くらい入ってるかもしれない。とはいえ私も血液が出過ぎている……このままはとてもまずい。
急激に血圧が下がった影響なのか、凄まじく気分が悪くなり私はその場で吐瀉物を吐き出してしまう。
「う……うげええええっ……がはっ……」
「ぐ……これ以上は……好機なのに……また私は……」
立川さんは先にあらかた胃の中のものを吐き出したのか、なんとか立ち直って口元を拭うと騎兵刀を持つ腕を片手で押さえながら私を一瞥する。その目は悔しさと痛みと、そして動揺が浮かんでいるが、とても悔しそうな舌打ちと共に彼女は暗闇の中に姿を消していく。
なんとか撃退できたか……私は刀を鞘に入れると立川さんとは逆の方向……自分がこの路地へと侵入してきた方向へとふらつきながらも歩き出す。
足が重い……必死に壁を伝って血が流れたままの肩を押さえて歩き出す。手に感じる生暖かいぬるりとした感触、血が止まっていない、どうして止まらないんだ、おかしいよ……。
思っていたよりも立川さんの攻撃は強くなっていた、リュンクス流の剣士、達人の生まれ変わりと言っても過言ではない。
最初に戦った時よりも膂力の差が激しい、九頭龍と戦った時に共闘した時からも大きく戦闘能力を上げている気がする。
聖剣ベラン……私の前世の記憶にある形とは違って、日本刀に酷似した形状だった。でも感じた感覚というか、あの神聖な感じの印象というか、なんだっけ私今何してるんだっけ? 再び気分が悪くなった私は、その場で吐き始める。
「う、うぷ……うげええぇ……」
『お、おい……気を強くもて。思考が混乱してて訳がわからんぞ』
「……灯ちゃん?」
大丈夫……私は口元を拭うと、再び路地を歩き出すが、朧げに目の前に金髪の男性が立っているのが見える。あれ? 今日私一人じゃなかったんだ……。この声はエツィオさん? 私はそのまま、地面へと倒れて意識が暗転していく……慌てたようなエツィオさんの声が聞こえるが、すぐに私の意識が闇に飲まれていった。
「お、おい……流血がひどいじゃないか! 青山! まずいぞこれは!」
「……止めはさせなかったか」
社家間の言葉に、立川 藤乃は咳き込みながら痛む腕を押さえている。あの一瞬で肩で私の斬撃を止める、という神技のような動きを見せられた。
まだ差がある……前世でも、今世でもほんの少しミカガミ流の剣士に先をいかれている気がする。でも……抜き身のまま置いていたベランを足で軽く押さえた立川は、ぼろ布を懐から取り出して刀身を片手で軽く拭う。
その行動に不思議そうな顔をして立って居る社家間に、立川は痛みを堪えながら拭き終わったぼろ布を地面へと放る。
「毒を塗っておいたんです……一撃入ってるので、出血が止まりにくくなると思います」
「準備がいいな、ま……次だ」
社家魔は彼女の代わりにベランを掴んで鞘に納め、彼女を抱えて鴉天狗の姿へ変身すると、夜の空へとふわりと舞い上がっていく。
立川がふと眼下に広がる街を見ていると、路地の出口付近で何か慌ただしい動きが見える……KoRJのメンバーが彼女を見つけたのか、ならまだ生きているな。
「また戦えるのね、そう……なら安心だわ……」
_(:3 」∠)_ 正統流派のものと違って、我流や名も無き派閥の技は漢字に英語読みと言うルールを最近決めた(遅
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