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【完結】前世は剣聖の俺が、もしお嬢様に転生したのならば。  作者: 自転車和尚
第三章 混沌の森(ケイオスフォレスト)編

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第一五二話 全方位攻撃(オールレンジアタック)

「倒す? 神格を取り戻しつつある我をか?」


 目の前に立つ深きもの(ディープワン)は全身の鱗に私のつけた刀傷やそこから流れ出す青白い血液に全身を濡らしながら尚も私たちの前に立ちはだかっている。

 気がついていなかったが、言われてみると先ほどより少しだけ体格が大きくなっている気もする。


『自己神化というところか、それまでに取り込んだ魂や絶望を糧に無理やり次の段階へと移行しつつあるのだろうな』


 全て破壊するもの(グランブレイカー)が相手の状態を観察したようで、相手の状態などを伝えてくる。神化というのが何を指すのかはよくわからないが、とにかくこれ以上放置しているととんでもないことになる、というのは理解した。

 私は先輩を軽くみる……彼は黙って私の視線を受け止めた後、頷いて問題ないと言わんばかりに少しだけ口の端を釣り上げている。

 大丈夫だな、これならちゃんと動いてくれるだろう……もう一度私は刀を握りなおす。

「大丈夫、やれる……」


 私は横一文字に刀を構えると、少しだけ腰を落とした構えをとる。先輩が準備を整えるまでは、まずはこちらに気を引かせる必要がある。そのまま私は一気に距離を詰めると深きもの(ディープワン)へと斬り掛かった。

 私の連続した斬撃を腕についた(ヒレ)で丁寧に防御していく、最初の動きとかなり違うな……戦闘開始直後はもう少し大雑把というか、大体この辺りという感じで防御行動を取っていたが、今の動きは歴戦の戦士が見せるような達人級の防御だ。


 風を切り裂くような音を立てて渾身のストレートが私に向かって放たれる……これは目で見ても避けることができる、私はギリギリのタイミングを狙って回避していく。

 本当に顔や体を掠めていく剛拳の圧力は凄まじく、その空気を切り裂くような圧力は恐怖すら感じる。

「フハハッ! 楽しいな剣聖(ソードマスター)ッ!」


「……殺し合いなのにねっ!」

 私は横薙ぎの斬撃を繰り出すが、その攻撃を左腕の(ヒレ)で防御……いや勢いを殺した後に刀を弾く、これは私もたまに使う小技なのだが、動作が精密さを増している気がするな。

 弾かれた刀の勢いを使って私は体ごと回転し、一気に相手の足への斬撃へと切り替える……甲高い衝突音を立てて私の刀は深きもの(ディープワン)の脛にぶち当たるが、鱗と迫り上がった筋肉が硬くそれ以上は切り裂くことができない。

「固すぎる……ッ!」


 私はすぐに後ろへ飛んで距離をとるが、眼前を深きもの(ディープワン)の繰り出した回し蹴りが掠めていく……凄まじいな。前世のシルヴィほどの圧倒的な速度ではないが、圧力は彼女を超えているに違いない。

 すぐに体勢を立て直すと私は一気に攻めに転じるために刀を連続で突き出す。回し蹴りはそれなりに大きく体勢を崩す攻撃であり隙が大きい、だが深きもの(ディープワン)はその突きを可動域の限界を超えた不可思議な動きで躱していく。

「やる……わねっ!」


「灯ちゃん!」

 先輩の声が響いたと同時に、深きもの(ディープワン)の頭上にベンチや電柱、石造りのオブジェなどが空中へと一気に浮きあがり、月夜の空に浮島のように浮かんでいる。

 深きもの(ディープワン)がその宙を舞う瓦礫を見て驚愕の表情を浮かべた。いやいや、驚くのはまだ早いんだよ、ここから私と先輩の共同攻撃(コンビネーション)が始まるのだから。

 私は少し疎遠になる前に訓練をしている先輩との会話を思い出していた。




『先輩って普段コントロールする物体の数を絞ってますけど、それってなんでですか?』

 念動力(サイコキネシス)で練習用のドラム缶を自由自在にコントロールしているジャージ姿の先輩へと話しかけると、彼は突然コントロールを乱してドラム缶が大きな音を立てて地面へと落下する。

 先輩はため息をついて、再びドラム缶を手元へと引き寄せて再び宙に浮かべ直してから苦笑いを私に向ける。

『あ、う……またやってしまった』


『す、すいません……私がいきなり話しかけたから……』

『大丈夫……まあ、答えになるかわからないんだけどコントロールがね、結構繊細なんだ』

 先輩はドラム缶を回転させながら自由自在に空中に舞わせているが、その片手間に別のドラム缶を引き寄せようとすると急に宙を待っていたドラム缶の動きが鈍く、そして不規則なブレのようなものへと変化していく。

 ああ、そうか恐ろしく正確な投擲をするなあ、と思っていたのだけどそれは集中して動かしているからってことなのか。

『……コントロールがいらない場合はどのくらい持ち上げられます?』


『そうだな……限界まで持ち上げたことはないけど、重さに関わらず二桁はいけると思うよ』

 私の質問に少し考え込むような仕草をした後、彼ははっきりと答えた。二桁か……それもそれで凄まじい能力だなとは思うけどね。重さに関わらずというのが実にチート臭い。

 先輩は実例として床に置かれていたダンベルの重りを複数個一気に持ち上げる、それを見て私も少し驚くが、数えるだけで二〇個近い重りが宙へと浮き上がる。


『……すごいですね……』

 感心する私の顔を見て先輩は少し恥ずかしそうな顔をすると、微笑を浮かべて頬を軽く掻く。その行動に合わせて、いくつかのドラム缶が地面へと落下し、大きな衝突音を立てて転がる。

 その光景を見て先輩は再び大きなため息をつくと、恥ずかしそうに目を伏せた。

『そう言ってもらえると嬉しいよ、僕は戦力としては少し落ちるから、もっと力になれればいいんだけどね……』




「……ちゃんと戦力になってますよ、先輩……ミカガミ流、隼鷹(ジュンヨー)ッ!!!」

 私は一気に地面を蹴り飛ばすと深きもの(ディープワン)へと技を繰り出す……本来であれば室内や洞窟内など天井や壁のある場所で最大の効果を発揮する全方位攻撃(オールレンジアタック)だ。

 上下左右から繰り出される突進しながらの斬撃を浴びせて相手を切り裂くのだけど、突進には足場を蹴る必要があって、何もない空中からの切り下ろしなどが行えない。


 それ故に開けた場所などで使う技ではない、というのがミカガミ流剣士の共通した認識だった。まあノエルもそう教えられて育ったし、常識とされていたわけだけど……前世の海竜(シードラゴン)との戦いの際、キリアンの発想でエリーゼさんの魔法の盾(マジックシールド)を空中に複数個出現させ、それを足場とすることで開けた場所での全方位攻撃(オールレンジアタック)に成功したのだ。


 先ほど見た記憶はまさにその時の記憶……そして今の世界では魔法の盾(マジックシールド)を使える魔法使いはおそらくエツィオさんなんだけど、今彼はいない。

 でも今私と組んでいる先輩は念動力(サイコキネシス)を使うことができる……それが何を意味するのか?


 空中に足場を強引に作ることができるのだ。


 私は空中に浮かぶ岩や、ベンチ、街灯を蹴って深きもの(ディープワン)へと凄まじい速度で襲い掛かる……私の能力は以前よりもはるかに上がっており、隼鷹(ジュンヨー)の速度も破壊力もそれまでの比ではない。

 深きもの(ディープワン)は必死に攻撃を防御するが、超高速で移動しながら斬撃を縦横無尽に繰り出す私の攻撃を次第に防ぎきれなくなっていく。

「く、クソガァああっ!」


 深きもの(ディープワン)の腕が、足が、背中が、腹が、顔が次々と切り裂かれていく。青白い血液を噴き出しながら、悶え苦しむ怪物……技を繰り出す手を休めずに私は全方位攻撃(オールレンジアタック)を繰り出していく。

 全身を隈なく切り裂かれ、血だるまになった深きもの(ディープワン)に向かって私は最後の攻撃を繰り出すために、刀を回転させながら鞘へと叩き込み、体勢を少し低く保つ……。

「これで終わりよ……ミカガミ流絶技、不知火(シラヌイ)


 技を繰り出した私は瞬きをする間に深きもの(ディープワン)と交錯、彼の後背の地面へとゆっくりと着地する……まだ鞘に収めていない刀を握って相手へと向き直る。

 彼は血だるまの状態で呆然とした顔で私を見て……そして自分の身に起きたことを理解して薄く笑う。

「見事……神に近かった我をこのような形で倒すとは……」


「……強かったですよ、あなた。でもさようなら、です」

 刀を鞘へと納刀する……パチン、という音とともに深きもの(ディープワン)の上半身がゆっくりと地面へと落ちていく……まだ立ったままの下半身も少し遅れて力を無くしたかのように地面へと音を立てて倒れ伏す。

 青白い血液が地面へと流れ出し、私はほっと息をついてその場に座り込む……先輩が宙に浮かべていた瓦礫を脇にどかして落とすと、慌てて私の元へと走ってきた。

「灯ちゃん! 大丈夫かい?!」


「え、ええ……大丈夫ですよ。それと……ありがとうございます」

 私は先輩の顔を見て軽く微笑むと、そっと手を差し出す……先輩は最初その行動の意味を測り兼ねていたようだが、ああ! という顔をしてから私の手を握ると引っ張ってくれた。

 ゆっくりと立ち上がると私は地面へと倒れている深きもの(ディープワン)に目をやるが……死んでるな。神化が始まっていたと話していたが、不死ではなかったな。


「灯ちゃん……無事でよかった……」

 先輩が私の手を握ったまま、本当に安心したのだろう、両手で私の手を包む見込むように笑顔を浮かべている。私は彼の目をじっと見つめてから、軽く微笑む。

 そのまま少しの間私と先輩はじっと見つめ合って……ふと自分達が何もせずにそのまま見つめ合っているだけという状態に気がつくと、慌てて手を離してお互い別の方向を向いてしまう。

 な、何やってるんだ私は……先輩もなぜか私のような反応を見せつつも、何度かこちらをチラチラ見ている。

 なんだろう、先輩の能力は前よりも強力になっているな……少し前の彼ならあの数を持ち上げることも難しかった気もするんだけどね。

 でもまあ、今は素直に喜ぶべきか……軽い空腹感を覚えて私は先輩に戻ろうと伝えることにして、彼に向かってもう一度微笑む。


「私も先輩が無事でよかったです……任務も終わりましたし、帰りましょうか」

_(:3 」∠)_ 接近戦でニュータイプのオールレンジ攻撃したらさいつよだよね! という軽いノリで設定した技(ネタバレ


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