第一五一話 信頼(トラスト)
「大丈夫かノエル! 頭から血が出てるが……動けるか?」
「ああ、大丈夫……すまねえ……」
剣を構えたキリアンが俺に向かって片手を伸ばす……尻餅をついていた俺はこめかみに流れる血を軽く拭うと、彼の手をとってすぐに立ち上がる。
目の前に立ちはだかる海竜は俺たちに向かって大きく咆哮している。くそっ……単体攻撃では止めをさせるほどの威力が出せないな。
そのほかの海の怪物と戦う兵士たちにも犠牲が出始めている……まずいな。
「ノエル、隼鷹は出せるか? あれなら一気にカタがつくんじゃないか?」
「……無理だ、隼鷹は狭い場所で放つことで全方位攻撃になる、今ここでは横方向の重複攻撃になっちまう……」
俺は首を振ってキリアンの提案に応えるのは難しいことを伝える。彼は少し考えた後、攻撃魔法を笑顔でぶちかましているエリーゼを呼ぶ。
あいつ……相変わらず規格外の破壊力だな……エリーゼは魔法を放つ手を休めて杖に乗ったまま俺とキリアンの居場所へと滑るように移動してくる。
「どうしたの? 今いいところなんだけど」
「エリーゼ、お前確か魔法の盾はどこでも、どれだけでも出現させられたよな?」
キリアンがエリーゼの肩をガシッと掴んで話しかける……思っていたよりも力が強かったようでエリーゼは顔を顰めてキリアンの手を軽く叩くと、彼はしまった、という顔をして慌ててエリーゼから手を離す。
「痛いわよ、ったく……あなたの認識には少し齟齬があるけど、似たようなことはできるわよ? それがどうかしたの?」
「……ならできるだろ、作戦を話すぞ……」
キリアンが俺とエリーゼに顔を近づけて、作戦を話し出す。その内容を聞いて俺は確かにそれならできるとは思ったが……、それを聞いてエリーゼが烈火の如く怒り始めた。
「ちょっと、それ無茶苦茶すぎるでしょ! 第一魔法の盾なんてそんなに強度出せないわよ!」
エリーゼのいう通り魔法の盾は魔法使いが初級魔法の一つとして覚えるもので、攻撃を受け止める魔力の盾を作り出せる。
強度は攻撃を受けると簡単に砕けてしまうレベルで別名『ガラスの盾』としても知られており、防御魔法としてはないよりはマシというレベルなのだ。
「足場って言っても、隼鷹を放っている際のノエルの脚力じゃ踏み抜いちゃうわよ!」
「……いや、やろう」
「ちょっと! ノエル! って何してんの! ……バカノエルやめろッ!」
エリーゼは俺に食ってかかるが、俺は彼女の頭をポンと叩くとそのままぐしゃぐしゃと撫で回す……彼女は顔を真っ赤にして頭を撫で回している俺の手をバシバシ叩く。
キリアンは俺とエリーゼの様子を見て、少し考えた後に含みのある笑みを浮かべるが、俺はそれを無視してそのまま続ける。
エリーゼは頬を膨らませながらも俺が話す内容を聞いて、俺が引き下がる気がないと知ったらしく渋々頷いた。
急速に風景が遠くなっていく……そうだ、この時はこうやって倒したんだっけ、これの結末どうなったかな? でもこの後も魔王軍と戦っていたのだからちゃんと勝ったんだよなあ。
「どちらにせよ、あの海竜を倒さないとダメだ、エリーゼ……俺はお前を信じてるからな」
「……あっ……ミ、ミカガミ流……幻影ッ!」
い、今一瞬意識が完全に飛んでいた!? 目の目には深きものの拳が眼前に迫っている。
私はふらつきながらも、相手の繰り出した右ストレートを体を回転させるように回避しつつ、横薙ぎの斬撃を相手の腹部へと叩き込む……衝突音と共に手に衝撃が伝わるがそれ以上刀が進まない。
深きものの腹部にある鱗が刀の侵入を拒む……私は咄嗟に柄に左手を当ててそのまま振り抜くが、彼はその間隙を縫って一気に後方へと飛び退る。
戦闘の高揚感なのか、口の端を大きく歪めて牙を剥き出しにして笑顔を浮かべる深きもの。
「凄まじいパワー……食人鬼や暗黒族のような剛力だな!」
そのまま鰓を膨らませて射撃体制に入るのを見た私は、咄嗟に体を沈み込ませてさらなる加速をするために足に力を込める。
深きものの射撃……仮称で水弾と名付けるが、これの出どころ、発射までは私は確認できる。が、見てからではほぼ避けられない……受け流すのが精一杯かもしれない。
それくらい射撃速度が高い……私も動体視力は相当に高いはずなのに、その上を行くことに背中が少しだけ寒くなる。本当に強力な降魔だ。
『おそらくノエルなら見てからでも叩き落としだだろうが……お前にはお前の良さがある、気にするな』
そうね……ノエルと私はイコールであってイコールではない存在なのだから、今はやれることをやろう。水弾の発射と同時に私は地面を蹴る。
それまでいた場所から一瞬で掻き消えた私に驚いたのか、深きものが慌てて左右を確認するが、残念私がいるのはそこではない。
「ミカガミ流……朧月」
深きものの後背、死角に出現した私はそのまま刀を振り下ろす……が、怪物の黄金の眼が片側だけぎろりと私を見たかと思うと、まるで関節を外したかのように腕をグルリと回して鰭で刀を受け止めた。甲高い衝突音が夜の闇に響く……無茶苦茶すぎないか?!
「我が眼は進化によって大きく変化している……死角などない」
「な……あぐっ!」
そのまま深きものは上半身のみを回転させて裏拳を私に叩き込む……私の腹部に凄まじい勢いの拳が叩き込まれ、私はそのままの勢いで吹き飛ばされて地面へと落下する。
だが、受け身は取れた。私は猫のようにしなやかに勢いを殺すと体を回転させながらも立ち上がる。力を込めようとすると、腹部に鈍い痛みが走る……今の衝撃で肋骨にヒビでも入っただろうか。
まるで骨が入っていないかのように、体の方向を自由に変更できる……死角をつくことすらできないというのは初めての経験だ。
少しだけ表情の変わった私を見て深きものはニヤリと笑う……致命傷はお互い与えることができていないが、双方に打撃、切り傷が身体中に刻まれている。
が、深きものがそもそも生命力に満ち溢れた状態であるのに対して、私は生身の人間……このまま推移していくと不利になるのは私だ。
それがわかっているのだろう、深きものは私の体についた打撲や切り傷などを眺めてこのまま攻防を繰り返せば最終的に自分が残ると判断しているのだろう。その余裕ぶった目が気に食わねえ……。
「灯ちゃん! 大丈夫かい?」
私のそばへと先輩がまるで氷の上を滑るような動きでやってくる……念動力を使った空中浮遊とか話してたっけ。
ズキリと再び鈍い痛みが響く……あんまり長引かせると立てなくなる。私は深きものを警戒しつつも彼に話しかける。
さっき軽く意識が飛んだ時に私は昔の出来事を思い出していた……これなら開けた場所でも全方位攻撃を繰り出せるはずだ、そのためには……先輩の手助けが欲しい。
「先輩、二つ作戦を考えました。協力をお願いできますか? それとどちらならできるか確認したいです」
「え? どういう作戦だい?」
先輩は少しびっくりしたような顔で私を見るが、私の顔色がそれほど良くないということに気がついたのか、黙って頷く。作戦は二つ、どちらも念動力を使うことを前提としている。
私は、先輩の能力がどこまで進化しているかよくわかっていない、いや知りたいと思っていてもなかなか時間が取れなかったし、最近彼の戦いを見る機会が少なかった。
私が二つの作戦を簡単に説明すると、先輩は慌てたように私の手をぎゅっと握って首を振る。
「ど、どっちも出来るけど危険だよ! 君を危険な目に合わせるなんて僕にはできないよ……」
繋いでくれた手の暖かさを感じて少しだけホッとした気分になる、暖かい……この人の手に触れると暖かいって感じる。本音を言えばずっと手を繋いでいたいんだけど、今はそんなことをしてる場合じゃないな。
私はそっと先輩と繋いでる手を解くと、先輩の目を見て話し始める。
「先輩、私は戦うことでしか皆さんに貢献できません、だから私は最後まで戦います。なので……手伝ってください」
「でも……君が死ぬかもしれないのに、はい、そうですか、とは言えないよ……」
先輩は優しいけど……今ここでOKと言わないと二人とも死ぬぞ、マジで。私は黙って首を横に振ると、彼の頬に手を添えて私はじっと彼の目を見つめる。
じっと見つめられた先輩は頬を赤く染めて、頬に添えられた私の手を軽く握ると、少し不安そうな目で私を見ている。
「先輩……優しいのは良いですが、時にそれは死を招きます。私はあなたを死なせたくない……だから」
そこまで話した私の手を強く握る先輩……ギリリと歯軋りをした後に彼は私の目をじっと見つめる。お、おう……そんな真剣な目で私見られたらちょっと恥ずかしいんですけど。
少しの間私を見つめた後、軽くため息をついて先輩は頷いた。
「わかった……僕の全力を出して君を支援する……お願いだから死なないでくれ……」
「大丈夫ですよ、私死ぬ気ありませんから」
私はニコリと笑うと彼の手をそっと振り解く。大丈夫、私と先輩の能力を合わせれば相手を倒せる……と思う、多分。今のところ単体の攻撃については痛み分けの状態だけど、飽和攻撃ならどうだろうか?
そうだ……昔似たような感じで私、いやノエルは海竜を倒している……同じことを再現することで、この場所に足場を作るのだ。
「……待ってくれるなんて、優しいのね」
「お前が何をするのか知りたかっただけだが、番と乳繰り合うだけなら殺してもよかったな」
深きものは口の端を歪めて笑う。つ……番!? ま、まだ私と先輩は手を繋ぐくらいしかできてないのでその表現は適切ではないはずだけど。んー、でも……先輩だったらいいかなってちょっとだけ思っちゃったりしなくもないんだけどね。
私の隣に先輩が並び立つ……彼の目はもう迷いはなく、私を軽く見ると黙って頷く。大丈夫、私は先輩を信じて戦える。
私も少し笑って頷くと、深きものへと刀を突きつけて宣言する。
「ミカガミ流剣聖として、人々に危害を加えるあなたを、異世界からの異物、降魔として倒します」
_(:3 」∠)_ ということで次回ディープワン戦決着です
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