第一四九話 開戦(アウトブレイク)
「灯ちゃん、本当に大丈夫かい? 調子が悪いなら僕だけでやるよ」
「……大丈夫です、もう頭痛はないので」
東京の隣県に存在しているサガミ湖の駐車場にKoRJのリムジンを止めた私たちは、車を降りて準備を進めている。先輩はまだ心配そうな顔で私を見ているが、私個人としては先輩に対する不信感を感じており、彼が近くに寄ってくる度にほんの少しだけ距離をとっている状況だ。
「……灯ちゃんやっぱり怒ってるよね?」
「怒ってないです、でも私のメッセージに返信をくれなかったのは怒ってます」
これは本心だ……何度メッセージ送ったと思ってんだよ! 今思えば恥ずかしいレベルのメッセージだって送ってんだぞ!? ちょっと送る時にドキドキしちゃったりさ、あの気持ちを返してほしいよ。
私の返答に少しだけウッ……という感じの表情を浮かべた先輩は頭を掻いて申し訳なさそうな顔になる。
「ミカちゃんにもそれは責められたよ、だから本当にごめんなさい」
ん? ……ミーカーちゃーんー??? いつの間に先輩は昭島さんからミカちゃんと呼ぶようになったのだ? なんか仲良く勉強をしている先輩とミカちゃんの図を想像してしまいムカムカしてきた。ああああ、もうなんなんだ!
全てが私の怒りを助長するだけに感じてきて私は黙って先輩から目を逸らすと、さっさと湖に向かって歩き出す。
「あ、灯ちゃん、ちょっと待って! 一人じゃ危ないよ」
「大丈夫です、少なくとも私は先輩より全然強いですから」
突き放すような言い方をしてしまったが、イライラした気分ではなってしまった言葉だ。もう仕方がないし、先輩より私の方が強いのは事実だからな。
私の言葉に少し怯んだような先輩が息を呑む声が聞こえたけど……気持ちが昂っている私は歩いていく。
『……悪気があったわけでもなかろう? 今は力を合わせた方が得策だぞ』
わかってるよ、でも先輩の言葉が胸にモヤモヤとなってつっかえており、少し時間が欲しい。それよりも父なる魚神と母なる蛇神という存在は前世の知識ではそれほど詳しく知ることができなかったな。そもそも海に住む種族の情報というのはものすごく少ない。住んでいる場所が違うし、人間は嫌われてたからなあ……。
一度だけノエルが魔物に襲われていた人魚を見かけて話しかけたことがあったが、その人魚は言うに事欠いて……『人間の男! いやあああああ! 人間が私の操を狙っているわ!! すごいエロい体位で犯される! 襲われちゃうわ、助けてぇ!』って大騒ぎして速攻で海に逃げていった、それくらいの記憶しかないんだ。
しかしあいつら卵生のはずなんだけどさ、操って……確かに外見は美しかったのだけど、下半身魚だからなあいつら。
『ほー、我と出会う前の記憶だな。まあ普段のノエルは女の敵ともいうべき男だったしなあ……どうせ下心満載の顔で近づいていたんだろうさ』
おい、そのお前が言うところの下心満載の顔をしていた男の転生した姿が今ここにいるんだぞ。一〇〇年くらい海水につけて放置するぞ、このクソ魔剣。
頭痛が増してきた気分で私は額に手を当てながら歩いていく。先輩は私の背後をついて歩いていて、全く喋ろうとしない。……少し言いすぎたな、冷静になってみたら私も酷いことを言ってしまった気がする。私は歩きながらだが、先輩に謝罪を述べる。
「先輩、少し言いすぎました……ごめんなさい」
「い、いや……僕より君が強いのは事実だし、気を使わせてしまってごめんね」
先輩が頬を掻きながら呟くが……思わず私は先輩に向き直って彼の顔を見てしまう。い、いや私が言いすぎただけなのに、なんで謝るんだよ。
罪悪感で郁子がいっぱいになった感じで少し苦しい……先輩は全然悪くないし、むしろあんな言い方をした私の方が悪いのに。
「……なんで謝るんですか……今のは明らかに私が悪いんですよ」
「……それでも、ごめん」
先輩は私に軽く頭をさげる……うっ……この人の性格だから、もう良いって言うまで謝り続けるだろうな。でも、そんな姿を見たいわけじゃないから……私からこれは切らなきゃいけない流れだ。
それと……私は彼にちゃんと伝えなければいけないことがある、先日先輩は私のことを、あ、愛してると言ってくれた。だから私もそれに応えなきゃいけないと思っているのだ。
でも、ずっとそう言う時間を取れなくて、会えない時間が増えてしまい今この瞬間がそのタイミングなのかもしれない、と私は思った。
覚悟を決めた私が先輩に向き直ると、先輩は急に自分を真正面から見つめてきた私にびっくりしたらしく、体をびくりと振るわせた。
「な、なんだい?」
「先輩が私のことどう思ってるか、この間聞きました。嬉しかったです……だから、私を先輩のこ……」
いきなり背後から何かが飛んできたことで私の発言は遮られ……咄嗟に引き抜いた全て破壊するもので全てを斬って落とす。
地面に転がったそれは、鋭く尖った棘のような物体で、硬度だけで言えば人間の体なんか簡単に貫くことができる代物だ。そして速度も十分だな……少しだけ手が痺れるが私は刀をくるりと回して先輩を守るように立ちはだかる。
「人間の反応には見えないな……お前が魔王様が話していた剣聖か」
「……てめえ……人が喋ってるときに何してくれてんだよ……」
「……? あ、灯ちゃん? 口調が……」
勇気を出して言おうとした言葉を遮られて、キレ気味に声の主に言葉を返した私に、少しドン引きした声色の先輩。おっといけないこんなところで前世の私が出てしまうなんて。
視線の先には黄金の瞳に、魚のような顔に筋肉質で鱗だらけの肉体を持ち、鮫のような尾鰭を尻尾のように伸ばした不気味な巨人が水面からゆっくりと姿を表していた。
これが深きもの? 身長は四メートルを超えており、かなりの巨体だ。こんなデカい海棲人種なんか見たことないぞ?
『これは……もうかなり先祖返りが進行しているぞ、もう少しで神格に手が届くレベルだ』
全て破壊するものが相手の様子に驚いたような声を響かせている。どれだけの数の人を食っているんだ、こいつは。
深きものは私と先輩を値踏みするような目で見ている。そして私も刀を向けつつ相手を見ているが……この重圧は、前世でもなかなか感じないレベルのものだ。
「ちょうど良い、我が父なる存在へと昇華する最後の贄は、お前たちにしてやろう……」
「先輩、後ろ任せますよ」
私は刀を片手で構えながら、腰を落として身構える。このまま放置してもし更なる犠牲が出た場合、こいつは神に近い存在へと進化し、おそらくだけど軍隊でも持ってこないとダメなレベルの怪物へと変化するはずだ。
先輩は近くにあったベンチを念動力で引っこ抜いて空中へと持ち上げた。
「わかった! ……灯ちゃん、気をつけて」
私は目の前の深きものへと一気に躍りかかる……私の一撃を腕に生えている鰭のような器官で受け止める。ギリリ……と鰭に食い込む感覚はあるが、硬度は恐ろしく高く全て破壊するものですらこれ以上切り裂くことが難しい。
『ぐ……最近我の魔剣としての品格に傷がついている気がするな……』
全て破壊するものの苦々しい声が響くが、そりゃあ前世でも斬れない物はたくさんあったわけでね。そもそも論で言えばキリアンが所有していた光もたらすもの……手合わせをした際に本気の一撃ですら受け止めることができたんだしな。この深きものの器官も似たようなものなのだろう。
私はその場で体を回転させて、一気に相手の胴体を切り裂くべく……斬撃を繰り出す。
「ミカガミ流……竜巻ッ!」
深きものは私の横凪を両腕の鰭で受け止めるが、私はお構いなしにそのまま刀を振り抜く。その威力に怪物はそのまま後ろへと数メートル吹き飛ばされるが、ダメージにはなっていないようだ。だが、私の外見よりも鋭く重い斬撃に深きものの顔が驚きで歪む。
「……さすがだな、見た目よりも遥かに強力な攻撃……」
そして間隙を縫って自らに向かって飛んでくるベンチを腕を振るって粉々に破壊する深きものは、先輩を見てニヤリと笑う、いや笑っているのだろうけども魚類に近い顔のため口元が歪んで見えるだけなのだけど。
先輩は新たに近くにあった電柱を引き抜くと空中へと回転させながら浮かべていくが、攻撃を簡単に防御した相手の実力を感じて少しだけ顔に緊張の色が浮かんでいる。
「グフフ……こちらは比較的普通だ」
「……くっ……」
それでも昔の先輩が振るっていた念動力による投擲よりも遥かに速度も鋭いし、破壊力は増していると私は感じる。
その成長速度よりもおそらく目の前の深きものの強さが上回っていると言うことだろう。うう、先輩ちゃんと強くなってるんだなあ、私は内心ちょっとだけ嬉しくなる。
うんうん、先輩は私が見込んだ男性なんだからこんなもんじゃ終わらないはずなのだ、もっと強くなれる素質がある。
「大丈夫です、先輩……この調子で連携しましょう」
「う、うん……頑張るよ!」
先輩が嬉しそうな声で答えるのを聞くと私は目の前の深きものへとあらためて向き直り、刀を突きつける。
深きものは威嚇するように唸り声をあげつつ、ゆっくりと前進してくる。恐ろしく重量感のある歩みだ……やはり大きさも含めて特殊な個体になっているのを実感する。
この個体がもし神格を得た場合、どうなるんだ? 少しだけ見てみたい気分もあるのだけど……深きものは全身の筋肉を盛り上げるように力を込める。
「グフフ……お前らを絶望に突き落としてから生きたまま食らってやるわ!」
_(:3 」∠)_ 人魚もぶっ壊れてる異世界
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