第一四七話 深きもの(ディープワン)
「神秘的な光景だよねえ……でも君の方がもっと綺麗さ」
「やだもう……でも、ハジメくん大好き……」
夜……サガミ湖のほとりに二人の男女が肩を寄せ合って座っている。関東地方にあるサガミ湖……山間にあるダムを利用して作られた人口の湖であり、昼は遊覧船などが就航する観光地でもある。
二人は肩を寄せ合って湖に写って揺れる満月をうっとりと眺めている……静かな時間だ、普段は都内で会社勤めをしている二人は、車を使ってこの湖にデートをしに来ている。
夜がとても美しい光景だ、と会社の仲間に勧められてやってきたが本当に湖面へと移る月が美しい、まるで幻想的な光景に二人の気持ちは盛り上がる。
軽くお互いを見つめると、そのまま二人のシルエットは重なっていく……そんな最中、パシャリと水音がしたことに気がついて二人は音の方を見つめる。
「……魚かしらね?」
「ん? あれはなんだ?」
二人が見つめる湖面が不意に揺らめくと、黄金の目が湖にギラリと輝いたまま浮上するのが見える……もしかしてこれは、降魔とかいう怪物か? ハジメは傍にいる女性……サクラと目を合わせてその場から逃げ出すためにゆっくりと後退していく。
しかし……二人の背後に人の気配を感じて驚いて振り向くと、背の高いスーツ姿の男性が彼らの行手を阻んでいるのが見えた。
「あ、あんた誰だ?」
「……こんにちは、私の名前はアンブロシオ……皆様には魔王と呼ばれています。」
その人物は仕立ての良いスーツを着用しており、金髪に赤い眼をした東欧の貴族然とした外見をしている。ロイド眼鏡を軽く片手で直すと二人を見てニヤリと笑う。
二人はその笑みがあまりに獰猛で、まるで肉食獣に睨まれたような本能的な恐怖を覚えて思わず後ずさる。何者なんだ……身がすくむ思い出その赤い眼の男性を見ていると、ズシリ……と背後に重量のある音が響く。
「……ヒッ!」
サクラが振り返って悲鳴をあげる……真後ろに立っているのピラニアのような顔を持ち黄金の眼を持った不気味な、身長が四メートルほどのまるで魚類を思わせるような鰭を生やした巨人だ。
巨人は二人を見てニヤリと笑うように口元を歪めると、鋭い牙の生えている口を大きく開く。あ、これは死ぬ……一瞬の恐怖のあと暗闇と激痛が二人を包み……意識が途切れた。
アンブロシオがその様子を見て、微笑ましいものを見るかのように微笑を湛えている。哀れな犠牲者……ハジメとサクラは頭部から下、胸の辺りまでを食いちぎられて血を滴らせながらフラフラとふらつくように地面へと倒れた。
その二人の死体に食らいつくと、飢えた狼が餌に食らいつくように巨人が貪っていく……咀嚼音が月明かりに照らされた湖面へと響く。
「先祖返りにはまだまだ足りませんかね?」
ロイド眼鏡を片手で直しながらアンブロシオは手元に出現させた書物を開く、そこには不可思議な文字で記載されたページが開かれているが、そこには目の前の巨人と同じ怪物が絵によって表現されている。
アンブロシオの問いに巨人は食う手を休めてから、自らの鋭く尖った爪を持った手を見つめて首を軽く振る。手についた血液をザラザラとした舌で舐めとると不気味な声で口を開く。
「申し訳ない……先祖返りは始まっていると思うのですが、父なる存在へと昇華するにはまだまだ魂が必要なのかもしれません」
「そうですか……この場所での狩も続けすぎると敵を誘引しますからね、あと二、三回狩りをしたら移動しましょうか。貴方には色々働いていただかないと困りますので」
アンブロシオはあくまでも微笑みを浮かべたまま、手に持った書物をパタンと閉じる。目の前の巨人……元々は神話にも登場した海の眷属である深きものだったが、魔王の求めに応じて一族の代表である彼がこの世界へと派遣されてきた。
狩りにより人間を食い続けていることで、次第に父なる存在へと先祖返りを始めたのがつい最近だ。深きものはアンブロシオへと軽く頭をさげる。
「魔王様……一族を代表して感謝申し上げます。私は貴方のために力を尽くす所存でございます」
その言葉に優しく微笑むと、アンブロシオは頭をさげる深きものの大きな頭へと軽く手を当てて軽く撫でる。
まるで聖母のように、優しく微笑むアンブロシオを見上げ、深きものはまるで子猫のように目を細める……このお方は優しい、慈愛の精神に満ちている。
アンブロシオは微笑みを浮かべたまま、口を開く。
「安心してお食べ……人間はいくらでも湧いてくるもの、家畜なのだから」
『先日サガミ湖の駐車場に放置された車両といくつかの遺留品が発見されましたが、この車の持ち主の男性と当日同行していた女性の二人が行方不明となっており警察では行方を探しております』
私はその日の授業を終えて、のんびり買い物にでも出かけようと一人で街を歩いていて、ふと映像と文字が目に止まって足を止める。
街頭のテレビに移る行方不明者のニュース……水場での行方不明事件が多発しているとニュースキャスターが話をしている。確かネットニュースでも少し話題になっていた、湖や海に夜出向いた人が姿を蹴ず事件が多発しているのだと。
『いやー、怖いですねえ……もし降魔のせいであればKoRJは何しているんですかねえ。政府も政府で案件を丸投げしているようですし……』
コメンテーターの意地の悪そうな顔が画面に写っている……降魔というキーワードをニュースサイトだけでなくてテレビなどでもよく見るようになった。
それと合わせてKoRJへの誹謗中傷や、タチの悪い噂話なども増えてきている。そりゃそうだ、活動を行なっているとはいえ人員には限度があるし、基本的に事後対応になっているのだから。
ただ……こういう言われ方をして現場の人、職員さん、受付嬢や多くの人が傷ついている……私も気分が悪い。ため息をついて私はテレビの前から離れて歩き出す。
『勝手なことを言う奴は放っておけばいい……お前はお前にできることをしていると思うぞ』
そうねえ……私と同格の剣士などと言うのはこの世界では存在していないはずなので、あ……立川さんがいると思うが彼女は魔王側だしねえ。彼女が味方になってくれたら……めちゃくちゃ楽なんだけどなあ。
多分今日も呼び出されるんだろうなあ、せめてそれまでにクレープかパフェあたりまでは食べておきたいところだ。そう考えると少しだけお腹が鳴るような気がする……急ぐか。
歩き出してすぐにスマホに着信があって、画面を見るとミカちゃんからのメッセージが着信されている……なになに? 『Word of the Underworldのライブチケット取れた!!!!!! 一緒に行こう!』って……なんだと! 思わずスマホの画面をマジ見してしまう。
Word of the Underworldは最近ミカちゃんと私がハマっている音楽ユニットで超絶イケメンのボーカルであるWor様が率いるクリエーターズユニットだ。
アニメなどの主題歌を担当していることが多く、伸びやかなボーカルが若い女性を中心に人気を博しており、私もミカちゃんも最近は学校でこのユニットの話をすることが増えた。
思わず顔が綻んでしまう……うう、前世では吟遊詩人の歌を聴きながら一杯飲むと言うのは冒険者の嗜みでもあり、生きて帰った証でもあったわけだが、現世では単純にイケメンのボーカリストが歌う音楽を楽しむ、という実に女子高生らしい趣味を得ているわけで、私もちゃんと女の子しているなと自画自賛してしまう。
べ、別にボーカルがイケメンだから聞いているわけじゃなくて、様々な音楽を聴いていった中で好きだな、と思えるものを選んだだけなんだからね。
『……誰に言い訳しているんだ? お前』
全て破壊するものの呆れたような声が聞こえるが、あえてその言葉には反応せずに私はミカちゃんへとメッセージを送り返す、『いくいく! 超楽しみ!』と。
はああああ……なんていい日なんだ、ミカちゃんにはお礼も兼ねて少し多めにお金を渡しておかないといけないな。もうこれで今日一日は仕事でも全然やれる気持ちになってきた。
「幸せだなあ……今日はクリーム二倍パフェにしようかなぁ……」
「……それはよかったわね、アライさん」
突然後ろから声をかけられて私は振り向くが……そこには忘れもしない、漆黒の髪に漆黒の瞳、そして歪んだ笑みを浮かべて笑う女淫魔のオレーシャがスーツ姿で立っていた。
え? なんでこいつこんな街中に! 私が思わず周りを見るが、周りを歩いている人たちはまるで私たちが目に入っていないかのように通り過ぎていく。
「……これは……」
「人払いの御呪いをしてあるわ、安心して忠告をしに来ただけなの」
オレーシャは顔を傾けてぐにゃりと笑う……可愛いとかじゃなくて単純に不気味だな。オレーシャは一度私が散々に叩きのめした相手だ。ぶっちゃけていえば先輩が止めなければ私はこいつを殺していた。
先輩はその返礼なのか、星幽迷宮で先輩を介抱し、脱出経路などを説明してくれたのだと聴いている。
「で、なんの用ですか? 前にやられた仕返しでもしたいのかしら?」
「ウフフ……それもいいんだけどねえ、オウメの顔を立てて止めておくわ」
オレーシャの言葉に違和感を感じるものの、彼女が戦闘をする気がないと言うのは本心からだろう。殺気を感じないし、本気なら気の緩んだあの一瞬で私の胸を貫くと言うこともできたかもしれないから。
彼女はあくまでも笑みを浮かべたまま、私へと近づくとテレビを軽く指差して私の耳元で囁く。
「アレ、気になってるでしょ? 早めに対処しないと……大変なことになるわよ。深きものが先祖返りを果たそうとしているわ」
「……なんでそんな情報を私に伝えるんですか?」
深きもの? それって現世ではホラー小説とかで出てくる魚みたいな顔した怪物だったっけ? 前世でも存在していた海棲種族で魔王崇拝をしている厄介な集団だったかな。
でもなんで魔王側についているオレーシャがそれをバラすのか? その意図が読めずに私は少しだけ混乱している。
「愛する男が一人で危険な場所へ出るのを避けたいのよ、わかるでしょ? 女のキモチってやつよ」
「なっ……先輩に何を!」
思わず驚きのあまり声を荒げた私だが、はっとして周りを見る……が、人払いの御呪いというのが働いているようで私の行動も声も周りの通行人には伝わっていないようで、思わず大きく息を吐く。
オレーシャはくすくす笑うと口元に手を当てて喋り始める。
「深きものは結構強力な能力を持ち始めているわ、だからあなたが対処しなさいな剣聖。あなたが死んでも私の心は痛まないから、せいぜい頑張りなさい……」
そのまま人混みに紛れ込むようにオレーシャの姿が消えていく……私は煙に包まれた気分で、彼女の言葉を考え直す。どう言うことだ? 先輩とオレーシャは何かしら繋がっているのか? 疑問が心に噴出する……不安で心臓がバクバク鳴っている。
先輩がもしも契約者となってしまったら? 私は先輩を斬らないといけなくなる? ゾッとした気分でいるとスマートフォンに着信が入り、私は青い顔のまま電話に出るが、相手は八王子さんだった。
「……はい、新居です……」
「新居くん? なんだ暗いな? ……とりあえず仕事を依頼したい、支部まで来てくれないか?」
_(:3 」∠)_ 恐怖を与える方じゃなくてマッチョな深きものを出したかったw
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