第一四二話 帰郷(ホームカミング)
「あかりん! いつの間に心葉ちゃんにお弁当作るようになったの?」
「え? あ、うん……四條さんお弁当持ってないっていうし、別に作るのは苦痛じゃないよ?」
先日の九頭龍退治、あれから数日経っていつもの日常が戻ってきた。四條さんと私は結局アンブロシオに味方している立川さんと社家間さんを補足することはできなかったし、結局封印に使われていた刀も回収することはできず……任務としては最低限被害を拡大しなかった、という評価になっている。
で、今なんでこんな話をしているのか、というとお昼の時間に四条さんへ手渡しでお弁当を渡した私を見て、ミカちゃんが驚いた表情で私に問いかけたわけだ。
私の日課に、四條さんに渡すお弁当を作るというルーティンが追加された。まあ自分の分を作るのに合わせてもう一人分くらい作るのは簡単だし、お弁当食べてる時の四條さん案外可愛くて好きなんだよね。
なんていうかな……私が四條さんに初めてお弁当を渡した日、一口口に入れた彼女は美味しいって言ってくれて少しだけ頬を染めるんだぞ? あんな顔見せられちゃったら内心嬉しくなっちゃって、それから毎日私は四條さんにお弁当を作ってきているという状況だ。
「作ったお弁当を美味しく食べて貰えるって結構嬉しいんだよねえ……」
「……あかりん……案外尽くすタイプなんだ〜」
ミカちゃんが意外なものを見た、という顔をしているが尽くすタイプってなんだよ! 四條さん同性なのだからそれは例え方がおかしいだろうに。
四條さんは私のお弁当を無表情に見えるものの、ほんの少しだけ嬉しそうな顔で口に入れている……ああ、なんか作ってきて良かった! と思える瞬間で思わず顔が綻ぶ。
なんていうの? 頼られているというか自分の作ったものを喜んでもらえているという表情がすごく……喜びを感じるのだ。
「私最近お弁当作るのでレシピ結構見てるんだ……なんか作るの楽しくってね」
「へー……その調子で青梅先輩に作ってあげたらいいじゃない」
ミカちゃんが意地悪そうな顔で私を見るが……先輩は今大阪なんだから渡せるわけないじゃないか。そういや今ミカちゃんはリモートで先輩とやりとりをしていると聞いている。
私には全然メッセージくれないのにさ、ミカちゃんとはやり取りしてるって普通に考えたら浮気みたいなものだぞ? 別に私と先輩は付き合ってるわけじゃないので、ミカちゃんとリモートで何かしてても文句は言わないけどさ。
「先輩今大阪だし作ったところでねえ、私別に先輩のことどうとも思ってないよ」
「へー……青梅先輩は喜ぶと思うけどねえ。あかりんが頑張って作ったお弁当なんて健全な男性なら食べたいと思うけどな〜」
だって距離を取りたいって言い出したのは彼の方だし……私がメッセージを送ってもあんまり返してくれないんだから……私のことどうとも思ってないかもしれないじゃない。四條さんがお弁当を突きながら無表情で口を開く。
「大阪に行ってる青梅さんと新居さんは恋愛関係なんですか?」
「ち、ち、ち、ち、チガッ、違いますっ! 私と先輩はそんな関係じゃないですッ! 友達、そうです友達ですよ!」
思わず口がうまく回らずに焦ってしまう……なんで動揺してるんだ私はああああッ! はあ、そうですかと興味のなさそうな表情を浮かべる四條さんの顔と、ニヤニヤと意地悪く笑うミカちゃんの顔が視界に入ってくる。
「あかりん……正直になろうよ……ウヘヘ」
『僕は自信を持って君を愛しているとは言えないんだ!』
先輩の顔を思い出してしまった……私の頬が一気に染まるのを見てミカちゃんが蛇のような笑顔を浮かべる。くそ……イケメンにあんなこと言われたらさ、ドキドキしちゃうじゃないか。
でも彼は私と当分会えないって選択肢を選んだわけで……その状況であれば私と先輩はお付き合いをしているわけじゃないし、お友達プラスアルファみたいなものなのだから、それは恋人のようなものでもないわけだよ。
だから私は先輩とはそういう関係ではないのだ、うん間違いない。
「私、正直だもん……先輩別に私と付き合ってるわけじゃないし」
「そうなんですか? でも新居さん嬉しそうでしたよ?」
四條さんがもぐもぐ口を動かしながら相変わらず無表情で私に質問するが……この子なんか天然風でズケズケと口を開きやがるぜ、ド畜生。
当の四條さんは弁当を食べ終わると軽く手を合わせているが、なかなかに躾はきちんとされているのだな。
「う、嬉しくなんか……だって先輩メッセージ全然くれないし」
「あ、そっか。青梅先輩にちゃんと返信は返してあげてくださいって言わなきゃね」
ミカちゃんがニコニコ笑いながら私の頭を優しく撫でる……うう、この子はいい子なんだよなあ。ただちょっと闇が深そうな部分と、恋愛脳でちょっと意地が悪いってだけで。
まあ、こうやってフォローを入れてくれるのはいいところだよね、うん。
四條さんは別に興味なさそうな顔で、食後の炭酸飲料を飲みながら私とミカちゃんを見てつぶやいていた。
「お弁当だけでそんなに盛り上がれるの……少しだけ羨ましいです」
「墨田さん、色々ありがとうございました」
青梅 涼生は新オオサカ駅の改札口前で墨田と話をしていた……短期の出張だったが、墨田という兄貴分との再会と共闘は非常に彼にとって素晴らしい経験となったのだ。
墨田と共に立っている高槻も少し寂しそうな笑顔で青梅へと親指を立てて話しかける。
「自分はほんまにええやつやったで……このまま大阪の人になったらええのに」
「あはは、高槻さん……東京に待っている人もいるので」
青梅は苦笑いを浮かべながら頭を掻くが、その顔を見て高槻がニヤリと笑う。青梅は大阪出張中あまり自分のことを多くは喋ってはいなかったが、食事をしに行った時に少しだけ東京に強くなるのを待たせている女性がいる、と話していた。
「知っとるわ、女がおるんやろ? 今度一緒に遊びに来なはれ」
「……灯ちゃんのことだな、涼生よぉ……お前本当に灯ちゃんモノにするつもりか?」
少しだけ不満そうな顔で墨田が青梅の胸にぽん、と拳を当てながら問いかける。墨田自身は良く新居 灯にセクハラまがいの行動を繰り返しているものの、本音では妹のように接してあげたいとは思っている。
あのエロすぎる体つきがいけないのだ! そうだ、もっと普通に接したいのに意志とは真逆に思わず触ってしまいそうになるあのエロい体がいけないのだ、そうに違いない。
「……僕はまだ弱いので、彼女に本音で伝えられるのはずっと先だと思いますよ、ハハ……」
青梅の苦笑いが続いているが、墨田は少し表情を変えて青梅の胸に当てた拳に力を込める。少しだけ強く当てられた拳の意味に気がついたのか、青梅の表情から笑みが消える。
墨田は自分の左手を見つめながら少し笑みを浮かべているが、青梅はその手が少しだけ震えているのがわかった。
「……あの子は他とは少し違う、俺は最初見た時にあの子のことが本当に怖いと思った。あれは人間という枠から少し外れた存在だと思う。でもお前は本音であの子に相対することができる一人なんだと思う、お似合いかもな」
「……墨田さん……」
少しだけ申し訳なさそうな表情になった青梅を見て、墨田はウハハと笑ってから、彼の肩に手を回して自分の元へと近づける。
そして青梅の目の前に※※※※を表す拳をグイッと突き出して悪戯っぽく笑う。ギョッとした顔で墨田の顔を見つめる青梅。
「彼女をモノにしたら教えろや。そしたらお前の体験談を聴きながら徹夜で飲みだ、俺らが奢ってやんよ」
「ああ、ええなぁ。俺も聴きたいで」
「す、墨田さん、高槻さんまで?!」
真っ赤になって驚く青梅を見て、墨田も高槻も豪快に笑う……、大阪に来てよかった。元々兄貴分だった墨田だけでなく、高槻 天人という二人目の兄貴分ができた。
自分にとっても良い経験だ、高槻さんは格闘戦の基礎などを教えてくれてさらに関東にいる高槻さんの師匠を紹介してくれることになった。
今日は見送りには来れなかったが、此花さんにも色々なことを教えてもらった。
「大阪の皆さんには本当にお世話になりました……本当にありがとうございます」
「おう、大阪の人材育成終わったら東京に戻ろうかと思ってたんだけどさ、辞令で当分こっちにいることになったから……今度は普通に遊びに来てくれよ」
墨田と高槻に手を振って、ホームへと移動する青梅……そんな彼を見送ってから墨田と高槻は大阪支部へと帰還することにする。
その彼らの横を通り過ぎていく一人のスーツ姿のグラマラスな女性に墨田も、高槻も目を奪われる……スッゲー! 何あれ! 漆黒の髪を靡かせて歩く女性の後ろ姿を見て二人は思わず顔を見合わせてしまう。
「た、高槻……俺ちょっと我慢できなくなってきた……あとで店いくか……」
「やねんなあ、行きまひょか……」
「……失礼、隣よろしいですかね」
新幹線の席に座って炭酸飲料を口にしている青梅の席の隣に、スーツ姿で黒髪のグラマラスな女性が座る……。ふわりと強い香水の匂いに少しだけ顔を顰めると、青梅は隣に座った女性を見る。
その顔を見て青梅は少しだけため息を吐くと、炭酸飲料をテーブルへと置いて窓の外へと目を移す。
「なんだオレーシャか……何の用だよ……」
「つれないわねえ……リョウセイ」
人間へと擬態したオレーシャは、熱っぽい視線と共に薄く笑顔を浮かべて青梅の手にそっと自らの手を重ねる……だが青梅はその手を軽く跳ね除けて窓の外を見たままだ。
少しだけ驚いたような顔をするオレーシャだが、再び黙って青梅の腕にそっと自らの手を這わせるが、今度は青梅もその手を跳ね除けようとせずに窓の外を眺めている。
二人を乗せた新幹線はゆっくりと新オオサカ駅のホームを発車していく……。
「……どうしたんだ? 出口を教えてくれたことには感謝している。だから僕はお前を見逃すことにしたんだ。でも付き纏ってほしくない」
「うふふ……優しいわね。だから貴方のことは全部好きよ、リョウセイ」
窓の外を見たままの青梅にオレーシャは腕を絡めてしなだれかかると、青梅の胸に手を添えて恐ろしく優しく、優しく撫でる……。
青梅とオレーシャは星幽迷宮において、捕虜とその監視役として少しの間一緒にいた。その間に何があったかは青梅は思い出したくない、と考えている。
あんなの自分じゃない、いくら傷ついていたとしてもあんなことは……思い出してはいけないんだ。新幹線の窓の外を見る青梅は唇を強く噛んで、表情を歪める。
「……君のことは嫌いだよ、オレーシャ。要件だけ伝えてくれ」
「アハハ……そんなこと言っても貴方には私が必要なのよ。それと……今すぐではないけど、貴方たちが対処しなければいけない重要なことがあるわ、それを伝えにきたの」
_(:3 」∠)_ 先輩とオレーシャの関係も掘り下げよう(欲張り
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