第一二五話 戦いの場(バトルフィールド)
「今日も来てしまった……戦いの場へと……」
僕の名前は折田 隆史、都立青葉根高等学園の女学生である僕の女神……新居 灯を陰ながら見守る愛の戦士である。
僕自身は青葉根ではなく、私立城濹高校という別の高校に通っているが……新居 灯を街で見かけた僕は、一眼で恋に落ちた。
長い黒髪、涼しげな目元、そして素晴らしくスタイルの良い長身……もちろん素晴らしい母性を感じさせる胸、全てが僕のハートを釘付けにして、僕はそれからずっと彼女を追いかけている。
僕は彼女のことを思うと夜も眠れない……ティッシュも何箱使ったか分からない……それくらい夢中だ。
彼女には友人がいる……中学生の頃からずっと仲の良い昭島 美香子というこれまた可愛い女性……いやいや、彼女ほどではないものの十分に美しい友人と一緒にいることが多い。
僕には新居 灯しか目に入らないが、彼女を見なければこの昭島 美香子という女性への恋心を感じたかもしれない……いやいや僕には今日やらなければいけないことがある。
それは今僕が立っている場所……僕にとっての戦場が広がっているのだ……ゆっくりと扉を開けて中へと入る。熱気と心地よい豚骨の匂いが鼻口に伝わり……僕の心が戦場へ来たことを理解する。
「へい、らっしゃい! 空いてるところに座ってね!」
「どうも……」
お店の大将の威勢の良い声が響く……そう、この場所は僕が何度も通っている戦いの場……『マウンテン・ラーメン』。食ロガーという口コミサイトで高得点を叩き出す人気ラーメン店である。
口当たりの良いツルシコ麺と、たっぷり野菜、分厚いチャーシュー、ニンニク、背脂……そして豚骨と醤油をベースにしたコッテリスープが人気のお店だ。僕はこの店に一年ほど通っており、ようやく常連と言っても過言ではないレベルとなった。
ただ……今この時間に僕と大将以外の人間がいない……これは、奇跡の時間帯なのではないだろうか?
「お、学生の兄ちゃんいつもありがとよ。今日は珍しく客が少なくてな……どうする?」
「どうも……今日はチャーシューマシらーめん大盛りをお願いします」
大将の質問に僕は挑戦するべき次の山脈を口にする……そう、この店のラーメンは、量が多く食べ応えがあるというので有名だ。
僕は最初小らーめんしか食べることができなかった……それほどの山脈。登頂することすら許されないそんな難易度の山であったのだ。一年近くかけて自分を鍛え上げ、ついにチャーシューマシらーめん大盛りという新しい山脈への挑戦を行う……僕の覚悟を感じたのか店の大将は僕の緊張した顔を見て、ニヤリと笑う。
「……ついに来るのか……俺ぁ嬉しいぜ……兄ちゃん、待ってな最高のラーメンを出してやるぜ!」
大将は機嫌よく麺を掴み取ると、準備を開始する……その笑顔はまさに戦場へと向かう若者を送り出す上官のような、喜びと高揚感に満ちている。
この待っている時間……とても心地よい……芳醇なスープの香りを感じながら、デポに投入される麺を眺めて僕はそっとセルフの水を飲む……待ち遠しい。
その時、ガラガラと扉が開く……何気なく入口に目をやった僕の目が大きく見開く……心臓が高鳴る。ど、どうしてあの人が……。
「こんにちはー、あれ? 今日人少ないですね〜」
「お、いらっしゃい! 灯ちゃん久しぶりだね、適当なところ座ってよ」
大将が入店してきた女神……新居 灯に笑顔で挨拶を交わしている……どういうことだ! この店に新居 灯がきている……僕の心臓が早鐘のように高鳴る……思わずじっと彼女を見てしまう僕の視線に気がついたのか、新居 灯はニコリと笑うと席へと座ると大将に笑顔で話しかける。
「最近これなくて……お久しぶりです〜」
ど、ど、どういうことだ! この店は僕のお気に入りの場所……そこへ彼女がくる……これはもう運命を感じてしまう。僕は少し目を逸らせて自分の身なりをさりげなく確認する。
大丈夫、変な格好はしていない……いつでも彼女からの愛を受け取れる準備はできている。僕は軽く肩の埃を払う。
その直後……彼女は恐ろしいワードを口にする。
「とりあえずいつものチャーシューマシらーめん大盛り、麺固めでお願いしますー」
『いつものチャーシューマシらーめん大盛り、麺固め』
「あいよ! ちょっと待っててね」
僕は彼女の口から出たワードに……衝撃を受ける。いつもの……? どういうことだ? 僕が一年をかけて到達した山脈に、彼女は既に登頂を果たしている……?
新居 灯はセルフの水をコップに注ぐと、その滑らかな唇を湿らせて……懐からヘアゴムを取り出してその滑らかな髪の毛をまとめていく。
「兄ちゃんお待ち! 豚マシらーめん大盛りだよ!」
ドンッ! と僕の前に巨大な……そして恐るべき山脈が姿を現す。普通のラーメンはこんな威圧感を持たないはずだ……どんぶりの上には山盛りの野菜と、恐ろしく巨大な肉塊にしか見えないチャーシューが鎮座している。
僕はゆっくりと箸を使ってその野菜を分けつつ、スープという生命の海に沈む麺を引き出していく……海より現れる麺は……まさに海の怪物。僕はのたうつ海蛇のような麺を軽く啜る。
恐ろしいまでの質量と、喉越しの良さに僕は口の中に広がる芳醇な香りと、歯応えの良さを感じて思わず顔が綻んでしまう。これだ……この蛇のような太さの麺……パーフェクト。
まるで口の中で悶えるような、大蛇のような麺が強い歯ごたえを感じさせる……素晴らしい……この店の麺は最高だ。
僕は麺を啜り、茹でた野菜を口に運ぶ……これまたパーフェクト……涙がこぼれそうになる……そして肉塊のようなチャーシューを手に取る。
指先にズシリ……とチャーシューの重みを感じ、僕はゴクリと喉を鳴らす……口の中へと肉塊を運び、噛みちぎる……うぉおおん!
それはチャーシューと呼ぶにはあまりにも大きすぎた。大きく分厚く、重く……そして大雑把すぎた。それはまさに肉塊だ。肉の旨みと、味付けの絶妙なバランス。これは……素晴らしいチャーシューだ。
僕は必死にラーメンをかきこんでいく、そんな僕の様子を見て大将が満足そうに微笑んでいる。
「……うますぎる……僕は、幸せ者だ……」
「はい、灯ちゃんお待たせ」
「わあ! いただきまーす」
ズドン! という音を立てて僕の女神様の前に僕の前にある巨大などんぶりが置かれる……新居 灯は目を輝かせて笑顔を浮かべて箸を手に取り、野菜を軽く口に入れている。
そうか……彼女は常連といえども女性だ。女子の口にはこの店のラーメンは大きすぎる、じわじわ野菜から削っていく作戦なのか。
しかし……そうすると基本的に茹でただけの野菜は味がついていない。僕も過去何度か試したが、スープの海へと一度野菜を沈め味をつけてからでないとこの店のラーメンを完食することは難しいのだ。だめだ! 女神様……その行動はまさに罪……ッ!
「やっぱり野菜多いですねえ、じゃあこれで〜」
しかし新居 灯は思いもかけぬ行動に打って出る……卓上調味料、スープにも使われている醤油を手に取ると、サアッと一振りふりかけたのだ。
それはまさに一服の清涼剤、そして確実に野菜を食すという決意の表れ。新居 灯は一振りの醤油を使って野菜に味をつけ、その野菜を次々と平らげていく。
なんという機転……そして美しい……野菜を一生懸命食べている君の唇は、艶やかに濡れている。艶かしい色をつけながら、彼女はゆっくりと肉塊へと手を伸ばす。
「チャーシュー〜、あむっ」
その巨大な肉塊を笑顔で齧りとっていく……半分ほど食べた後に彼女はついに麺へと手を伸ばす。……しかし女神様……いけない、この店の麺はスープを吸うとさらに巨大化していくのだ。
僕は今君より先に提供された麺の巨大化に苦しんでいる……しかし僕は歴戦の戦士、ペースを守りつつ既に麺の大半を平らげている。
でも君は……スープを吸い始める麺を食べなくてはいけない……なんという不合理、彼女のその可憐な姿にはその海の怪物のような麺は高く聳え立つのだろう。
「じゃあ麺食べよーっと、ワシワシ〜、ずるずる〜」
僕の予想と反して……スープの海から持ち上がっていく海の怪物は、予想とは違いその麺は、未だ海蛇のような光沢とそれほどスープを吸っていないように見える。
どういうことだ! 僕は過去何度もこの店の麺を食してきた……でも最後には海の怪物は強大な、その本性を剥き出しにして僕の胃袋を攻撃してきたのだ……。僕の驚愕の表情を見て大将がニヤリと微笑む……その笑みで僕は新居 灯の技を知った。
『……これは……麺固めッ!』
そうか……彼女は時間がかかることを予想して最初から茹で時間を短く、そしてスープを吸ってもそれほど膨らまない状態を作り出しているのか!
なんという玄人の技、達人と言ってもいい。驚く僕の前で、新居 灯はあっという間にラーメンの量を減らしていく。驚きだ……僕が食べ終わるのとほとんど変わらないじゃないか。
僕は手元にあるどんぶりを見下ろす……そこには母なる海、スープの大海が獣脂の光沢を纏って広がっており、その広大さに僕は恐れ慄く。
『これを飲めば……僕は海へと帰ってしまうかもしれない……』
少しだけ自分の胃袋の大きさに悲しみを感じつつ、僕はそっとどんぶりを戻し、再びセルフで注いだ水を口に含む。僕の戦いはここまでだったのだ。
今日これ以上戦うことはできない……しかし完食とも言ってよい僕のどんぶりを見て静かに親指を立てて祝福する。そう、今日ついにこの店の高い山を登頂することに成功したのだ。
「スープぅ〜」
しかしそんな僕の目の前で、あろうことか新居 灯はどんぶりを両手で持って、スープを飲み干していく……だめだ僕の女神様……この店のスープは凄まじく塩分が強い。
そんなスープを飲み干したら……君は、君でなくなってしまう……しかし新居 灯はその生命を生み出しそうな大海を完飲すると、口元をナプキンで軽く拭いどんぶりを卓上へとそっと戻す。
「ごちそーさまでした〜、やっぱり美味しいですね〜」
「おう、やっぱ食いっぷりがいいなあ。またきてよ」
まるで応えた様子の無い僕の女神はニコニコ笑いながら、大将へと挨拶をして髪の毛をまとめていたゴムを外し席から立ち上がる。
そんな颯爽とした姿も美しい……彼女は笑顔で扉を開けると大将に手を振って別れを告げる……。
「ありがとうございます〜、また来ますね〜」
「……ふっ……上には、上がいるということか……」
そんな彼女の立ち去る姿を見つめて、僕は新たに思うのだ。やはり彼女の美しさは格別だと……僕もそっと席を立ち、大将へと軽く会釈をしてお金を払い、店を離れようとする。
大将の笑顔と挨拶を背中に感じつつ、僕は歴戦の戦士のように家路に向けて歩き始め、一つだけ次の改善点を頭の中でシミュレーションして呟く。
「ありがとうね、にいちゃん! また来てよ!」
「次は……固め……だな……ゲフッ……」
_(:3 」∠)_ ラーメン食べたいなーって考えてたらこうなった(オイ
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