第一一六話 絶技(ディヴァインアタック)
「それでこそ剣聖……私も全力でお前の技に応えよう」
テオーデリヒがスッと腰を落とした構えをとると、本当に嬉しそうな顔でそれまでになかった笑みを浮かべる。ララインサルやアマラのような歪んだ笑顔ではない。
前世の記憶からもわかる、この顔は戦士の表情だ……つまり彼は次に最高の技を繰り出して、私の無尽に応えるのだろう。
『……覚悟は決まったか? 我もお前をサポートする、全力で応えよ』
全て破壊するものが心へと語りかける。私はそっと刀の背を撫でると、一度軽く振るってから片手で構え少し腰を落とした構えをとる。
ノエルは違う構えで技を繰り出せたが、私はこの片手の構えが一番気に入っている、そのため今この勝負で命をかけるというのであれば……私はこの構えで戦いたい。
お互いの息遣いだけが聞こえる……テオーデリヒですら緊張をしているのか、かなり息が荒い。私も変わらない……障壁の外にいるエツィオさん、リヒター、先輩やオレーシャも息を呑んで固唾を見守っている。
観客の歓声はボルテージを落としていないが、次第に私の耳にはそういった雑音が聞こえなくなっていく……恐ろしく静かだ、今この瞬間に世界には私とテオーデリヒしかいないような、そんな気分になる。
じり、じりとテオーデリヒが間合いを測っている……本気なのだろう、凄まじい殺気と闘気……そして私がここで少しでもミスをすれば待っているのは確実な死だという現実。
『……灯! 違うことを考えるな! ……だ……ら……ッ!』
急速に全て破壊するものの声すら聞こえなくなっていく……あれ? どうして? テオーデリヒは既に動いているの? 私体が動かないんだけど……。
ゆっくりとテオーデリヒの拳が迫る……え? ちょっとこれ私避けないと死んじゃうんだけど……集中して相手の動きを見ていたはずなのに……なにこれ? いや、限界まで集中力が高まったせいなのか?全てがスローモーションのように見える……。
この限界まで集中力が高まった状態というのに、心当たりがある。これは……ノエルが前剣聖アルス・クライン・ミカガミ、つまり師匠と戦った最後の瞬間。
彼はこの戦いで無尽を成功させて……その技は未完成ではあったが、魔の眷属へと落ちた師匠を倒すには十分な威力を出せた。
まるでその時の動きを再現するかのように私の体が動いていく……私はその流れに沿うように体を動かしていく。そうか……今まで私はノエルに追いつこうとしていたから、まるで彼の技術や能力が手に届かない場所にあるように見えていて……決してできないものだと思い込んでいた。
でもそれは違った……ノエルも私もどちらも私でしかない。ノエルは多分そのことをずっと伝えたかったのかもしれない。だから……できる、今の私であれば絶対にできるはずだ。
テオーデリヒの剛拳の前に一歩も動こうとしなかった新居 灯がその攻撃を避けたように見えたが、次の瞬間……彼女の姿がゆらりとブレると、その数が増えていく。
超高速移動による残像……テオーデリヒは驚いて周りを見ると、自分を取り囲むように彼女の姿が幾人にも増えて見えた。
「これはあの時の……多重分身攻撃……!?」
「では行きます。ミカガミ流……絶技……無尽」
私の宣言とともに私は、いや私達は一気にテオーデリヒへと地面を凹ませて駆け出す……ほぼ同時に、私はテオーデリヒの正面から、背後から左右から上下から……彼の体を凄まじい勢いで叩き切っていく。
まだ遅い……ノエルの完成させた無尽は相手を細切れにするレベルで同時攻撃を成功させていた。だが、未完成とはいえ私の無尽は恐ろしいまでの効果をあげていた。
テオーデリヒの両腕が、両足が、腹部を背中を同時に切り裂かれ……彼の胴体は支えを失って地面へと音を立てて落下する。
観客も、エツィオさんもリヒターも、先輩もその場にいた全員が言葉を失っている。
あれだけ優勢だったはずのテオーデリヒが一瞬で地面に転がされているのだ……しかもその前に新居 灯は多重分身攻撃を仕掛けていた。
そんなことができる人間がこの世界にいるだろうか? いや……まるで漣のように観客席からヒソヒソ声が広がっていく……テオーデリヒの前に立っている黒髪の少女への視線が、まるで怪物を見るものかのように変化していく。
「グハアアッ! ……バカな……私の体が……」
テオーデリヒは一瞬で両手両足を切り裂かれ、胴体をほぼ両断されるレベルの攻撃を思い返す……攻撃の着弾は見えなかった。
いや、正確にいうのであれば初動は見えていた。彼女がつぶやいたと同時に全ての彼女がほぼ同時に自分の体を切り裂いたのだ、防御をする回避するなどという行動すら取れなかった。
この技は……異常だ……テオーデリヒは流れ出る血の海の中で、黒髪の少女を見上げる。
『灯……この獣人は再生能力が強いが、これだけの傷は時間がかかるのだろう、今のうちにとどめをさせ』
全て破壊するものが私に語りかける……どことなくホッとした口調だったのは、それまで私が微動だにしなかったからだろう。
私は刀を逆手に持つと、テオーデリヒの心臓に狙いを定める……確かに彼の傷はまだ塞がろうとしているものの、心臓を突けばおそらく彼は死ぬだろう。
「今トドメを……ありがとうございます、私は一つだけ成長することができました」
「……ふっ……フハハ! ああ、負けた負けた……殺せ……そしてお前の愛する者を連れてこの迷宮から脱出しろ」
テオーデリヒは大きく笑うと、深くため息をついて目を閉じる。もはや再生する気もなくなったようで、体の再生もそこで止まる。
私は一度だけ軽く頭を下げると、そのまま刀を彼の体に突き立てた……そのまま軽く捻ると彼の体が一度大きく痙攣して、そのまま動かなくなる。
異世界で最も強いと言われた獣人……そして誇り高き王者であるテオーデリヒの命の火が潰えた。
『死んだ、な。最後は勝てないと悟ったのだろう……戦士だなこの男も……』
そうだね……私は刀を引き抜くと、一度刀を回転させて血を払うと鞘へと納刀する。そして私は彼の死体へと深々と頭を下げる。障壁がゆっくりと帷を下ろすかのように下がっていく……完全に下がり切ると、甲高い音を立てて魔法が消失していく。すぐにエツィオさんとリヒターが私の元へと駆け寄ってきた。
「大丈夫か?!」
「……さすがだな……」
二人は安堵の表情を浮かべて……エツィオさんは少しだけ目に涙を溜めた状態で今にも泣き出してしまいそうだ。少しだけ微笑むと私はそれよりも大切なことを思い出し……広場の外へと目をむける。
先輩は……ボロボロと涙を流しながらゆっくりと立ち上がる。オレーシャは諦めたような顔で、先輩を縛り付けていた鎖を解くと、先輩の肩をポンと叩くとその場から離れていった。
「灯……ちゃん……君は……ありがとう……ありがとう……」
先輩は立ち上がると、私の元へとゆっくりと近づいてくる……私の顔を見つめて、一度肩に手を置くと涙を拭ってから私を抱きしめた。
正直いえばちょっと苦しいな……でも本当に嬉しかったのだろう、少しだけホッとした気分になって、私も彼の背中にそっと手を添える。
背中に回された私の手を感じたのか、先輩はもう一度嗚咽も漏らしながら私を強く抱きしめる。暖かさを感じて、私は彼にそっと囁いた。
「無事でよかったです……帰りましょう、みんな心配していますよ……」
「これは……サプライズですねえ……まさか獣王が負けるとは……さあさ、観客の皆様決戦は終わりです。退場してくださいね、さっさと出ていかないと殺しちゃいますよぉ」
ララインサルはあくまでも笑顔を浮かべたまま、アナウンスを開始する。
目の前で起きた出来事に呆然としていた観客が多かったが、まるで魔法の効果が切れたかのように悪態をついて出口へと向かっていく……そう、退場をしないと本当に殺される可能性があるのと、この場所も消滅していくと知っているからだ。
「いやいや……いいね、成長が早くて助かるよ女子高生ってやつは」
本当に驚きだ……テオーデリヒが負けを認めてトドメを刺されるとは……テオーデリヒの敗因はなんだっただろうか? 馬鹿正直に一騎打ちをしなければ、あの時技を見せろなどと言わなければ殺せたのではないか? もし最初から全力でかかっていれば、確実に殺せたタイミングが何度かあったはず。
「もったいないねえ……いい仲間だったけど、戦士ってのは面倒だね」
「そういうな、あれは戦士としては極上の存在だったのだから」
いつの間にかララインサルの背後に立っていたアンブロシオが囁く……ララインサルはクスッと笑うと、マイクを放り投げて彼へと向き直り、片膝をつく。
これで二名……この世界を手に入れようと誓った仲間がいなくなった。戦力が下がった? 目的が達成できない? そんなことはない、元々魔王様と自分だけで始めようとした計画だ。なんとかなるさ。
「そうですね、戦士としては……ですけどね。ところであの少女、どうします?」
「テオーデリヒを倒した彼女に褒美をやらんといかんな……その後は好きにやってよろしい。お前は何を考えているのだろう? どうやったら倒せるのか……心のままにやれ、この国に損害が出ようが構うものか、もはや手段を選ぶなどという言葉は言わぬよ」
アンブロシオはこれまでのポーカーフェイスを崩すと、赤い目を輝かせて獰猛に咲う……ああ、ようやくこの方の心に火がついたのか。
ララインサルはとても嬉しそうな顔で、敬愛する魔王の顔をうっとりとした目で見つめる、そう……好きなようにやろう、自分がやりたいように。
彼の気持ちを理解したのか、アンブロシオが笑ったまま頷く。
「楽しいですね、魔王様……本気で戦ってこそこの世界を手に入れる価値があるというものですから」
_(:3 」∠)_ 意外とあっさり決着
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