冒険者登録
「おい、それは本気で言ってるのか?」
アガルダさんが真剣な目でこちらを見つめてくる。
それから私は目を逸らさない。
逃げてはいけないところだ。
「はい、本気で言っています」
「どうしてだ?」
「そうですね……私は自分の足で、目で、この世界を見てみたいからです」
「それなら、別に商人でもいいじゃねぇか」
「そうですね、その方がきっと安全かと思います。ただ、私は話術も駆け引きも不得手です。それに記憶がありませんから、みなさんの常識がよく分かっておりません。だから、きっと商人としてこの世界を巡るのに時間もかかります」
今まで相手を見てこなかったせいでもある。
下を向いて、自分の足元ばかり見て生きてきた。
他人に優しくしていた? 違う。
そうしていた方が楽だったからだ。
人には分からないようにやんわりと拒絶していただけ。
「私にはどうやら少しばかり力があるみたいなので、自分の力で、足で、自分のことを探しながら、この世界を見て回って、新しいものに出会う冒険がしたいです。そのために私は冒険者になりたいと思ってます」
言い切ってから部屋の中が静かになれば、とたんに恥ずかしくなってきた。
こんな告白する場面だっただろうか、と。
アガルダさんが、ふと笑う。
「下の受付に行ってこい」
「……はいっ!」
立ち上がって、礼をして部屋を出て行こうとする。
部屋の中でジーンとクリスが立ち上がるのが見えた。
「私たちが」
「お前ら、二人は残れ」
二人が肩をすぼめて座り直すのを見てから、そっと扉を閉じた。
あまり強く怒られないのを祈りながら、私は階段を下りた。
受付は三つある。
どれがいいのだろうか、と悩んでみたがあまり目立たない階段に近い女の子の受付にすることにした。
紫の髪色をした女性というのはちょっとドキッとする。日本ではあまり見慣れない色というのもあるのだろうけど。
日本だと変に髪色を染めるのは目立つのだけど、この世界は割とカラフルの髪色をしている。
どういうことなのかって聞いてもきっと分からない事。
これもきっとこの世界の常識というものだろうと、納得しておくことにする。
セミロング程度の長さの髪はストレートに下ろされていて、すっと細長い目にメガネをかけて書類に向かっている姿はなんだか出来る人という雰囲気。
「あの……すみません」
私が声をかけるとメガネをかけた受付の女性が顔を上げる。
「はい、何でしょうか?」
「冒険者の登録をしたいのですが……」
「登録ですね」
私の言葉を反芻するようにして、一枚の紙が差し出された。
「文字はかけますでしょうか? 書けない場合はこちらで代筆しますが」
紙を見れば、やはり書いてあるのは日本語なのだが、ところどころ知らない漢字のようなものが使われている。
これは発展していった形ということなのだろうか。
そう疑問に思いながら、間違っていてはちょっと困るということ、それと私一応記憶喪失設定あるんだったと、思い出した。
「すみません、代筆をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、構いません」
淡々とした対応だけど、しっかりとやってくれるところはプロって感じがして、すごい。
サービス業に当たるんだろうけど、私はバイトでもしてこなかったような気がする。
「お名前は何でしょうか?」
「あ、ムツミです」
「年齢は?」
「……」
私って一体今何歳なんだろうか。
いや、日本では多分、四十ぐらいいっていたと思う。
思うのだけど、こっちでは見た目も違うみたいだからよく分からない。
あとエルフって人と同じでいいのだろうか。
「あのー……私って何歳に見れるでしょうか?」
「え?」
「私、ちょっと記憶喪失? みたいな感じで名前以外覚えてなくて……」
受付さんの目が一瞬遠くを見つめるように動く。
きっと面倒くさいお客が来たぞと思ったのだろう。
よく分かります。私も自分で面倒なことをしているという自覚はあるので。
「支部長はなんと?」
「下で登録して来い、とだけ……」
「……では、十五歳ということにしておきましょう」
いいのかなと思いながら、私はそれに頷いておいた。
「私、人ではなくてエルフ? なのですが、それでも同じでいいのでしょうか」
「……人用の決まりしかありませんので、それで適用させてさせてください」
これはあれだろうか。
私が来たせいで、エルフ用のマニュアルが出来たりとか、そう言うことがあったりするのかな。
そんなことを思っていると、先ほどの紙が差し出された。
「私が詠唱した後に、『契約』とお願いします」
「詠唱……魔法を使用するということでしょうか?」
「はい、そうですが?」
魔法を使用するのに、詠唱というものが必要なのか。
あれ、私が使っていたのって実は魔法ではなくて、何か別の力だったりするのだろうか。
常識や知識って大事だなと意識を彼方にやりそうになったところで受付の女性の声で引き戻された。
「いいでしょうか?」
「あ、はい、すみません、お願いします」
受付の女性が紙に手を翳す。
視線は落とされて、紙を見つめている。
「契り、結び、巡り。我ら、此処に命ず」
どうぞ、というように見つめられる。
「契約」
私が紙に手を翳して言うと、バチリと派手な音がして紙が一度爆ぜた。
焼けた様な白い煙が立っているのだが、大丈夫なのだろうかと心配になる。
恐る恐る受付の人を見ると、気にしていないようだったのでホッと息をつく。
これが正しい現象だったのだろう。
「冒険者のタグを発行してきますので、少々お待ちください。外にはいかないようにしてくださいね」
はい、と答えると受付の女性は席を離れたので、私も受付を離れて、階段近くの壁際まで退避した。
冒険者組合、今はがらんとしている。
いや、受付とは反対側の壁際、様々な紙が貼られたボードのある所には長いマフラーを巻いた子が一人いた。
その子は熱心にボードに貼られた紙を見つめていているので、何をそんなに見ているのだろうかと興味を惹かれる。
自然な足取りを意識して、マフラーの子の隣に立つと、私が見えるように少しだけ横にずれてくれた。
マフラーをつけた子は濃い青のロングヘアの細い目をした子だった。並ぶと身長が私の頭一つ分ほど小さい。マフラーで顔は半分隠れているし、ローブを羽織っているので、体型もよく分からない不思議な子だった。
「ありがとうございます」
私が礼を言えば、その子は少し頭を下げてくれる。
ボードには張り紙が張ってあって、漢字が少し違うから憶測なのだけど、魔物というものや野盗みたいなものの討伐、何かの採取、探索というものもあるし、街中の手伝いみたいなものや知らない地名みたいなのもあるから何かの配達みたいなものまである。
隣の子はまだ熱心に見ているのだが、何か探しているのだろうかと気になってしまう。
「あの、あなたも冒険者なのでしょうか?」
ボードを見つめたまま、頷かれた。
話をしても良さそうと勝手に判断した。
「登録はずっと前からしているのですか?」
マフラーが動いたのだが、何かを諦めるように息を吐いて首を横に振られる。
マフラーの隙間から、黒いオーラのようなものがにじみ出てきたのだが、ちょっとカッコイイなと見惚れてしまう。
もしかして、この人は物語の選ばれた人みたいな重要人物なのではないかと勝手に思ってしまった。
「えーっと……昨日? 今日?」
昨日という言葉には否定が入り、今日で頷かれた。
「私も今登録しているところなんです。同期ですね、あ、私、ムツミって言います。よろしくお願いします」
私が手を差し出せば、その子は手を握ってくれた。
それにしてもどうして喋らないのだろうか。
話下手というだけではないのかもしれないが、人には何かしら理由がある。
まだ出会ったばかりなのだから、そこまで踏み込むべきではないだろう。
「あなたの名前を教えてもらってもいいでしょうか?」
私が聞くと、その子はローブの下から一本のナイフを出すのだが、視線を巡らせてからボードの下にナイフを立てようとしたところで私が止めた。
「それはきっと不味いことになるかと思いますので……えっと、指で、私の手に書いてください」
上向きに手を差し出すと、ナイフを仕舞って、指でゆっくりと一文字一文字丁寧に描いてくれた。
「えっと、の……な? ノナさんで合っていますか?」
私が聞いたら頷いてくれた。
「あの、ノナさん、良ければですが――」
「ムツミさん、カウンターまでお越しください」
冒険者タグが出来たんだ。
ただ、どうしても話しておきたいこともあるのにもどかしい。
それに放っておいたらどこかにふらりと行ってしまいそうな雰囲気もある。
「ノナさん、少しだけ待ってもらってもいいでしょうか?」
私が聞けば、頷いてくれる。
ちゃんと会話をしてくれることが嬉しい。
「では、絶対待っていてくださいね!」
ノナさんにお願いして、私は受付に駆けた。




