初めての街
巨大なクマ、もといラウンドベアの死体なのだが、異常個体ということで人を寄越して運び出すことが正式に決まったのと同時に、私は街に連れていかれることになった。
異常個体の討伐者であるのだが、それを組合に報告に行かないといけないからということ。
当時のことを知るのは私のみ、なのだから仕方ない。
だから、私は大人しくクリスとジーン、それと上位の冒険者という方と一緒に森を出た。
ジーンとクリスについては元々森の中に入っていてはいけないランクであるので、それを追い出すというのもあるらしいが。
「なぁ、あのラウンドベア、報奨金とかどうすんだよ」
「あぁ? あぁ……そうだな、とりあえず、まぁ、多分、そこのエルフの姉ちゃんに払われるんじゃないのか?」
「私に……ですか?」
「姉ちゃんが倒したんだろ?」
「はい、それはそうですが……」
私が勝手にやってしまったことなのにいいのかと思うと同時に、自分に全く手持ちがないからありがたいと思ってしまう。
それにこの毛皮があればいいのだけど、今はこれが脱げないのもちょっと問題だ。
この下がちょっとだけ不味いことになっているから、お金があるというのは本当に助かる。
服もだけど、やはり下着を買わないと……女性の。
女性の物を買うことに恥じらいがあるのだから、自分は男性だったのかと思いながらも、忘れているのだから分からないか、とちょっとだけ肩を落とす。
「だったら、ムツミはもっと胸を張ればいいんだよ」
「そーそー、もっと堂々としてたらいいって」
「は、はい、そうしてみます」
そうは言っても、しばらくそんな風に歩いたことはなかったなと思う。
いつも肩を丸めて、猫背になっていた気がする。
自分の殻を守るように、丸まって目立たずに、みんなの中に混じるようにして生きてきた気がする。
だから、背を伸ばして歩くなんていつ振りだろうか。
今私はこうして別の世界に確かにいるんだ、と改めて思う。
この先も日本で過ごしていたことを思い出して、そして、今は違うこの世界に適応しないといけないことを気持ちを新たにすることは何度もあるだろう。
けど、それでいいかもしれない。
この世界に来た意味も、意図も分からないのだが、それでも私は今度こそ自分を誇れるようにしっかりと生きないといけないんだと思う。
それに気が付くために来たのだと私は思いたい。
「エルフの姉ちゃんの名前、ムツミっていうのか? 俺の名前はラルガっていうんだ。これでも街の中ではそこそこのランクにいるから、何か分からないことがあったら言ってくれ」
「はい、ラルガさんですね。ムツミといいます、よろしくお願いします」
しっかりと頭を下げておく。
今でも、きっとその組合という場所に行く道中や手続きでお世話になりそうだから。
「あんた……どこかの貴族なのか? いや、エルフってそういうのあるのか?」
「あ、いえ、それは、そんな事ないと言いますか、その……」
なんといったらいいのか分からず、二人の方を見ると、クリスの方が口だけ動かして「大丈夫」と動かしていた。
聞いた話だと二人ともまだ組合に登録したばかりということだが、それでもここまで慕われているのだから、それに値する人格ということだと勝手に信じることにした。
だから、自分の事情を話すことにした。
「あの……私、記憶喪失でして、その、覚えてないんです……だから、どうしてあの森の中にいたのかも全然で……」
「冗談……じゃないみたいだな?」
ラルガさんが先に二人の方を見て、二人が頷くのを見てから私の方を再び見た。
「いえ、なので、全然覚えてないんです」
記憶喪失はただの設定だけど、ある意味では本当のことなのでこれでいいとも思っている。
それに都合がいい。
それを盾にして、色々と教えてもらうことも出来るから。
「それはなんというか……困ったことが言ってくれ」
「はい、その時は」
話していると、立派な門のある石を積み上げて作られた防壁。
すごい、本当にこんなのはファンタジー映画や、漫画でしか見たことがない。
「どうしたんだ?」
私が多分、防壁を見上げて呆然としていたのかジーンが呼びかけてきた。
「いえ……すごい立派な防壁だなって、見惚れてました」
「それじゃあ、中に入ったらもっと驚くかもよ~?」
クリスが横に並んで、笑みを浮かべる。
それはちょっと期待してしまう。
いや、実際私は早く中が見たいと思ってしまっている。
私がそんなことを思っているとラルガさんが門にいる人と話をつけてくれたらしい。
毛皮を身に着けた私のことをすごい見つめてくることに気が付いた。
なんでだろうと、こっそりとクリスやジーンにだけ聞こえる声で呟く。
「あの……どうしてそんなに見られているのでしょうか……?」
「ラウンドベアを倒したからだろ」
「ムツミの顔を見たら、誰だって見惚れちゃうよ~」
二人が全く違うことを言っていて、どちらにリアクションをとったらいいのか思っていたら、門の脇に設置された扉から入っていく。
扉を抜けた先には石造りの歩道と家。多くの人々が行き来している姿を見て、思わず目を奪われてしまう。
こうやって多くの人が生活しているところを見ると、日本とは全く世界なんだなって思い知らされる。
私もそろそろ日本ではないと、認識しないといけない。
「商業都市群ホープレイに属するアトランタル。どう、ムツミ?」
「……ええ、思っていたよりもすごいです」
クリスに問われていたのだが、そちらを観ずに私は答えた。
だが、私の目を惹いたのは街ゆく人や、街並みではなくて、吊るされていた看板に目がいった。
そこにはその店がどんなものを売っているのか絵で描かれていると同時に、日本語で店名が書いてあったのだ。
ファンタジー世界に不釣り合いな、取り合わせに感動が薄れてしまっている。
「どう? どう? ムツミ」
クリスが寄ってくるのだが、私は店先に吊るされた看板にばかり目が行ってしまう。
だから、私は聞いてみることにした。
「あの、あの文字って」
「文字? 統一言語のことか?」
「え?」
ジーンが答えたことに思わず、問い返してしまう。
統一言語、日本語ではないのか。
それもそうか、日本ではないから名称は違うのか。
ただ、それではこれを広めた人がいるのかもしれない。
「この言葉っていつから……?」
「ん? さぁ、いつからなんだ?」
「んー……昔の書物なんかも統一言語だったみたいだし、かなり昔かも?」
そう言われてしまうと、広めた人はもう死んでいるかもしれない。
同郷の人物がいるかもしれないと思ったのだが、どうやら会うのはちょっと無理そうな雰囲気がある。
「おい、お前ら、早く行くぞ」
私が街並みに呆然としている間にラルガさんがだいぶ前に進んでいた。
「はいはーい、ちょっと待ってくださいってー! ムツミ、早く行くよー!」
クリスが自然と私の手を引いて歩いてくれる。
なんだかこうして人に手を引いてもらえるのも優しくしてもらえるのも久しぶりな感じがした。
いや、もしかしたらこうやって優しくされていたのかもしれないのだけど、私自身がそういうものを感じることが出来なくっていたのかもしれない。
優しさの裏にある物を勝手に考えて、そうじゃないとかそういうことも考えてしまう嫌な大人だったのかもしれないなと改める事ばかりだ。
ラルガさんは当然のことながら、クリスやジーンも歩いていく方向に迷いがないということはこの街を随分歩きなれたものなんだろうなと思う。
そうして辿り着いた建物は、他の建物よりも一回り大きな石造りの二階建ての建物だった。
「ここが冒険者組合の建物だ」




