戦闘後の布石
光の鎖が弾けた瞬間、床を覆う六芒陣は崩壊した。
振幅が乱れ、司祭団の一角が膝から崩れる。
誰かが叫ぶこともなく、ただ儀式の回路が破断した衝撃音だけが遺跡に木霊した。
ケイは倒れなかった。
だが生きているとも言えなかった。
胸に押し付けていた端末のコアが半ば融解し、微細な白煙を吐いている。
その表面に焼き付いた波形は――心拍ではなかった。
魂値Lの統計平均。
彼自身の人格ではなく、司祭団が奪おうとした値の“複製”。
ラクシアは思わず息を飲む。
「……あなた、どこまでを渡したの?」
ケイは答えない。
返答できないのではない。思考が再構築の途中で、
感情という概念が入力値として扱うべき変数かどうか判断できなかった。
戦いは終わったわけではなかった。
崩れたのは鎖の“位相だけ”だ。
司祭団の半数は、陣外へすでに散開していた。
撤退者は振り向かない。
倒れた仲間にも手を伸ばさない。
彼らは自分たちの欠損人数を**“損失変数”**として記録するだけだった。
黒外套の一人が歩みを止め、振り返る。
その顔に怒りも悲哀もなかった。
ただ、儀式を中断させた観測対象への声明を読み上げるように。
「神性は記録された値として存在する。
魂は測定されることで形を得る。
君たちは候補ではない。
ただの測定対象だ。」
その言葉は呪いではなかった。
断定。定義。境界条件の宣告だった。
ラクシアは震える手でケイの肩に触れた。
そこに、温度はある。呼吸もある。
だが、魂の“位相”が人間の範疇に戻っていない。
ケイはゆっくりと首を回し、遺跡の奥――炉の方角を見据えた。
そこにはまだ“核”が存在する。
魂値を奪う回路よりも古く、より高度に最適化された機構。
彼の視線は、静かすぎた。
恐怖を忘れた勇者の目ではない。
統計的媒体として、新たな最適解を探す観測者の眼差し。
「……まだ終わっていない」
その声音は、もう人間のものではなかった。




