六芒陣の形成:信仰ではなくアーキテクチャ
床に影が落ちたわけではなかった。
**黒羽根の司祭たち自身が、床へ影を“描き始めた”**のだ。
彼らは互いを見ない。
視線は前でも斜めでもない。無関係。
ただ足元の空間に指先を滑らせるだけで、羽根状の呪印が床へ投射されていく。
光ではない。墨でもない。
魔力の指向性を持つ薄膜が、床材に吸い付くように展开し、輪郭を増殖させる。
羽根は一枚ごとに微細に角度を変え、隣接位相を補完していく。
声も儀式の掛け声も存在しない。
呪印は、ただ正しい順序で自律的に結合し始めた。
その瞬間、ケイは悟った。
「……自動結線式だ。自分たちをノードにしている。」
羽根の群れは、六つ目の接点を得たところで、図形へ変換された。
星ではない。六芒陣――しかし宗教的意味を剥ぎ取った幾何。
六つの投射源が互いの位相差を相殺し、一点へ収束するネットワーク。
そこに祈祷はない。
あるのは構成要素の最適配置だ。
ラクシアの瞳が凍り付く。
彼女は学者として、言語より先に理解した。
「……彼らは儀式を“回路”として扱っている。
信仰は運用の皮膜に過ぎない。」
司祭の一人が、顔だけこちらへ向けて囁いた。
声色は淡々と、数字を読み上げる測定器のように。
「六点同期。媒介安定。交換開始。」
その瞬間、六芒陣の中心へ立っていた若手隊員の膝が折れた。
体調不良ではない。
**心臓の鼓動が「奪われた」**のだ。
血は流れない。
皮膚は破れない。
だが胸腔の奥から、何かが吸い上げられていく感覚が走る。
息はある。声帯も動く。
ただ、生命値Lだけが、透明な鎖となって引き剥がされていく。
若手は床へ手をつき、視界を歪めながら叫ぶ。
「……抜かれる、心臓じゃない……生きてる値が……!」
六芒陣の上で、司祭たちは一度たりとも視線を交差させない。
ネットワークは完全に自律している。
六つの羽根が、六つの端点を担保し、
内部の人間をただ数値として吸収する容器へと定義し直したのだ。




