宗派の出現:封印された外部ノイズ
通路へ一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。
禁書庫の静謐はまるで隔絶の夢だったのだと、誰もが一瞬で悟る。
壁材の魔力制御鉱石に遮断されていた感覚が戻った途端、床そのものが脈動する。心臓ではなく、都市の血流が足裏を叩くような周期。
振動は乱雑ではなかった。
整数比をもつ指標音のように、一定の間隔で膨らみ、沈む。
研究班の誰かが息を呑むと、その呼吸に合わせたようにまた震えた。
「……同期波だ。」
ケイは携行端末を起動し、床面の微弱な魔力波を走査した。
端末のホログラムに断続的な波形が浮かび、均一な山脈のように整列していく。
「自然発生の揺らぎじゃない。意図的な収束……人為的な干渉だ。」
彼が言葉を吐き終える前に、廊下の奥が暗く沈んだ。
影ではない。人の集団が光を殺すように進んでくる。
黒。
それは布ではなく、羽根を模した鱗片を縫い込んだ外套だった。
歩くたびに細かな粉塵が舞い、金属ではない鈍い反射で周囲の魔力を撥ね返す。
外套の裏地には黒銀の微粒子。干渉媒質として最適化された繊維構造だった。
彼らは歩調を揃え、声を揃えていた。
祈りではない。抑揚のない単音列。
六人の喉から放たれる音は互いに反響せず、数学的に周波数を分担する。
それは人語の装いをした、ただの同期信号。
研究班の魔術士が、恐怖に震える声音で呟いた。
「……詠唱じゃない。コードだ。」
先頭に立つ司祭団の長は、外套の胸部に古代紋の羽根を飾り、
首だけを滑らかに動かしてこちらを見た。
顔の上下、表情の筋肉がほとんど動かない。
まるで生体の必要を忘れた人形のように。
彼は静かに、だが耳を刺すほど澄んだ声で宣告した。
「古代の御業は、人に与えられた隔絶。
それを暴く者は存在の値を“零”へ戻す。」
言葉が終わった瞬間、廊下の波形が跳ね上がった。
合唱ではない。体系的な開始命令であったと誰もが直感する。
そして研究班は理解する。
この集団は信仰の亡者ではない。
**古代術式を儀式として模倣し、最適化された“運用者”**だと。
神を語りながら、その実、神秘をシステムとして扱う側なのだと。




